ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(Henry David Thoreau、1817年7月12日 - 1862年5月6日)は、アメリカ合衆国の作家・思想家・詩人・博物学者。
『市民の反抗 他五篇』より
「原則のない生活」(“Life Without Principle”, 1863)
- 流通しないタイプの「原則」について
現代日本では「原則のある人間」という評価は、表面的にはほめ言葉でありながら、ある種の皮肉を含んでいる。ソローのいた1860年代のアメリカではどうだったのか知らないが、ゴールド・ラッシュに沸きかえり投機が盛んになっていることを嘆くソローの強い調子からすれば、聴衆による彼の言葉の受け取られ方は、そんなに変わらないのではないだろうか。
人々は流通するものを求める。というのも、流通するものは取引を喚起し、利益をもたらすから。
流通しやすいニュース(新聞)と、流通しやすい制度(政治)を人々は求めて、ソローは嫌う。
ソローの「原則」は流通しない。
人々は流通するものを求める。というのも、流通するものは取引を喚起し、利益をもたらすから。
流通しやすいニュース(新聞)と、流通しやすい制度(政治)を人々は求めて、ソローは嫌う。
ソローの「原則」は流通しない。
私としては、たとえ前例がないほど聴衆を退屈させることになろうと、思い切って彼らに私という人間を投与したいのだ。(p.209)
They have sent for me, and engaged to pay for me, and I am determined that they shall have me, though I bore them beyond all precedent.
と言うソローの講演は、たしかに「彼はなんのために講演をしているのか?」という疑問を、わかりやすい説教を聴くことを求めていた教会の聴衆におこさせただろう。
「市民の反抗」、「ジョンブラウン大佐を弁護して」でもそうであったように、彼の講演はシンプルとは言いがたく、一見、非合理的で、博覧強記を前提とした引用に満ちているからだ。
ところで、原則principleとは、教説doctrineの違いは、現代の日本で「原則のない生活」を読むに当たっては重要だと思われる。
おそらく私たちの多くは、「自分に対して原則を立てる」にあたり、「原則を立てる私」と「原則を適用されて言動を律される私」に二極化するだろう。
このとき、〈原則〉がどこかですでに流通していたものであるならば、それはソローが「原則のない生活」で語っているタイプの「原則」とは異なる。流通する原則principleとは、ソローが拒絶する教説doctrineのことであり、ソローが主張する原則principleとは、
「市民の反抗」、「ジョンブラウン大佐を弁護して」でもそうであったように、彼の講演はシンプルとは言いがたく、一見、非合理的で、博覧強記を前提とした引用に満ちているからだ。
ところで、原則principleとは、教説doctrineの違いは、現代の日本で「原則のない生活」を読むに当たっては重要だと思われる。
おそらく私たちの多くは、「自分に対して原則を立てる」にあたり、「原則を立てる私」と「原則を適用されて言動を律される私」に二極化するだろう。
このとき、〈原則〉がどこかですでに流通していたものであるならば、それはソローが「原則のない生活」で語っているタイプの「原則」とは異なる。流通する原則principleとは、ソローが拒絶する教説doctrineのことであり、ソローが主張する原則principleとは、
知識は細部の累積としてではなく、天からの閃光としてわれわれのもとに届けられる。
Knowledge does not come to us by details, but in flashes of light from heaven.
と語るときの「知識」のように、まったく突然、介入してくるものだろうからだ。
- 原則principleとは、教説doctrineの語源の違い
[principle:原理、原則、主義(第一のもの)]
【語根】prim-, prim-, prin-, prem-
――L.primus = first(第一の)
【関連語彙】
primal 最も初期の、第一位の、原始時代の
primary 初期の、根源の、第一原理、一次電池
prime minister 総理大臣、首相
primer 入門書、初学書、導火線
primus 第一の、最年長の、最古参の
primogeniture (最初に生まれたる)長子たること、長子相続権 [doctrine:教義、教え込まれたもの]
【語根】doc-, doct-
――L.docere = to teach(教える),過去分詞形doctus
【関連語彙】
didactic 教訓的の、教師風の
didacticism 教訓主義
discipline 訓練、規律、懲罰
docile 従順な、教えやすい
disciple 門弟、キリストの弟子
education 教育
【語根】prim-, prim-, prin-, prem-
――L.primus = first(第一の)
【関連語彙】
primal 最も初期の、第一位の、原始時代の
primary 初期の、根源の、第一原理、一次電池
prime minister 総理大臣、首相
primer 入門書、初学書、導火線
primus 第一の、最年長の、最古参の
primogeniture (最初に生まれたる)長子たること、長子相続権 [doctrine:教義、教え込まれたもの]
【語根】doc-, doct-
――L.docere = to teach(教える),過去分詞形doctus
【関連語彙】
didactic 教訓的の、教師風の
didacticism 教訓主義
discipline 訓練、規律、懲罰
docile 従順な、教えやすい
disciple 門弟、キリストの弟子
education 教育
「トマス・カーライルとその作品」(“Thomas Carlyle and His Works”,1846)
- カーライルとクロムウェル、ソローとブラウン大尉
カーライルはオリバー・クロムウェルを弁護する。
『クロムウェル伝』(1845)が出版された時代、イングランドの清教徒革命の指導者だったクロムウェルは国王チャールズ一世を処刑した(1648年)ので、反逆者あるいは独裁者という汚名をきせられていた。(現在では、英国議会が議事堂として使用しているウェストミンスター宮殿正門前に、鎧姿で剣と聖書を持ったクロムウェルの銅像がある。)
しかし、カーライルはクロムウェルの革命精神が衆目には狂気と映ろうとも、その起源が神聖なものであり、純粋で詩的な原理に基づくものであることを指摘した。ソローは、カーライルがクロムウェルを「弁護」したのと同じ意味合いにおいて、ブラウン大尉の精神の気高さを称賛したといえるだろう。というのも、ソローはウォールデン滞在中に『クロムウェル伝』を熟読し、カーライルの意見に強く共鳴しているからだ。
ソローは、ニューイングランド地方におけるピューリタンの歴史や伝統に親和的だったというよりも、ルターの宗教改革、イギリスの清教徒革命、それを指揮したクロムウェルにより深く興味を抱いていたと言えるだろう。「トマス・カーライルとその作品」の十五年後に書かれる「原則のない生活」と合わせて読めば、ソローはピューリタニズムという宗教の教義や道徳に関心を抱いたのではなく、宗教的な教義や因習を改革し信仰を純化するという精神、神の僕としていかなる世俗の権威をも否定して妥協しない態度、あるいは革命思想そのものに共感したともいえる。そんなソローを、エマソンはソローへの弔辞のなかで、「生まれつきのプロテスタント(抵抗するもの)」、「極端なプロテスタント」と述懐している。
『クロムウェル伝』(1845)が出版された時代、イングランドの清教徒革命の指導者だったクロムウェルは国王チャールズ一世を処刑した(1648年)ので、反逆者あるいは独裁者という汚名をきせられていた。(現在では、英国議会が議事堂として使用しているウェストミンスター宮殿正門前に、鎧姿で剣と聖書を持ったクロムウェルの銅像がある。)
しかし、カーライルはクロムウェルの革命精神が衆目には狂気と映ろうとも、その起源が神聖なものであり、純粋で詩的な原理に基づくものであることを指摘した。ソローは、カーライルがクロムウェルを「弁護」したのと同じ意味合いにおいて、ブラウン大尉の精神の気高さを称賛したといえるだろう。というのも、ソローはウォールデン滞在中に『クロムウェル伝』を熟読し、カーライルの意見に強く共鳴しているからだ。
ソローは、ニューイングランド地方におけるピューリタンの歴史や伝統に親和的だったというよりも、ルターの宗教改革、イギリスの清教徒革命、それを指揮したクロムウェルにより深く興味を抱いていたと言えるだろう。「トマス・カーライルとその作品」の十五年後に書かれる「原則のない生活」と合わせて読めば、ソローはピューリタニズムという宗教の教義や道徳に関心を抱いたのではなく、宗教的な教義や因習を改革し信仰を純化するという精神、神の僕としていかなる世俗の権威をも否定して妥協しない態度、あるいは革命思想そのものに共感したともいえる。そんなソローを、エマソンはソローへの弔辞のなかで、「生まれつきのプロテスタント(抵抗するもの)」、「極端なプロテスタント」と述懐している。