| 今日 - |
昨日 - |
合計 - |
| + | ドッグスの小説秘話 |
マウンド上の六反田はすでにスタミナが切れていると言うレベルではなかった。
肩が上下に大きく動き、ひじが悲鳴を上げていた。 守備陣に、2アウトを知らせる人差し指と小指を挙げてみせるが、その指にも力がはいっておらず、六反田の疲労が誰からも見てとれた。 ここまで5打者を相手に22球。1塁には先ほど歩かせた4番サザーランド。2塁は今日2本塁打のヴェラスケス。先ほどショートに守備交代をしたピッチャー登録の1番南方が3塁。 シャークスファンの優勝への思いは確信へ、ドッグスファンの優勝への思いは絶望へと変わっていた。 すでに帰り始めるファンも多く、スタンドはシャークスの応援でいっぱいだった。 六反田がロージンバッグをマウンド上に落とした時、場内アナウンスのウグイス嬢の声が流れた。 「シャークス、選手の交代をお知らせします。5番、高浪に代わりまして、ゲイナー。バッターは、ゲイナー。背番号、55」 スタンドが歓声に揺れる。ドッグスファンの絶望はさらに深いものとなり、帰る客が目立つ。 しかし、少ない応援客の中に、六反田がずっと気にしている人がいた。 愛する妻と息子である。 今日の優勝決定戦のために、2人分のチケットを買っておいたのだ。 残念ながら3塁アルプスの席しか取れなかったが、家族達はそれを気にせず 「ありがとう、お父さん!今日の試合、頑張ってね!」と言う言葉をくれた。 六反田はすでに泣きそうになってしまっていた。しゃがんで、息子の頭をなでながら、「うん、父さん頑張るよ」と声をかけた。 立ち上がり、今度は妻に「頑張るよ、行ってきます」と言った。 妻はただ、「うん」とだけ言った。その目は少し寂しそうな目だった。
ゲイナー。今季35HR105打点。数多くのプロ野球選手が抜けなかった記録を1年で抜いてしまったゲイナー。
しかし、六反田は絶対に諦めようとはしなかった。 チームのため、自分のため。そして、愛する家族のため。 今日の試合で投げ抜いてやると心に決めていたのだ。
ふと我に帰ると、ゲイナーがバッターボックスの手前で素振りをしている。
来生がタイムをかけ、こちらにやってくる。 「大丈夫だ六反田。もう2アウトだ。あと1アウト取れば勝ちなんだからさ、3つストライク投げろ。俺なら大丈夫。思いっきり投げてこい!」 六反田が頷くと、それを見た来生も頷き、戻ってマスクを被りこう叫んだ。 「2アウト2アウトー!絶対に守るぞー!」そう叫び、しゃがんだ。 守備陣から返事はなかったが、明らかに目が変わった。 ゲイナーがバッターボックスに入り、審判がプレイを告げる。 1球目、来生のサインは外角低めへのシュート。 サインどおりに投げようとするがコントロールが定まらずすっぽぬけ。 しかし、これをゲイナーが空振り。ノーボール1ストライク。 2球目、サインは真ん中低めにフォーク。これもサインどおりに投げる。今度はちゃんと思いどおりの場所に行った。ストライクゾーンから外れるフォーク。 ゲイナーがこれを見逃して判定はボール。1ボール1ストライク。 3球目、内角高めのストレートを要求。ストレートはもはや力を失い、落ちる球になっていた。これが功を奏し、ゲイナーが空振り。1ボール2ストライク。 そして4球目、一旦来生がタイムをもらう。審判が頷くと、来生はこちらへやってきた。 「お前はもうスタミナがとっくに切れてる。それはお前が一番分かってるはずだ。 だから、変なボール球は投げるな。ど真ん中ストレート。それ以外投げるな。思いっきりの球、投げろよ!」 六反田が頷くと来生は戻ってマスクを被った。 肩、ひじ、手の順で前にだされる体。豪快なワインドアップの右腕から繰り出されるストレート。ゲイナーは待ってましたといわんばかりにバットを振り始める。 ドッグスファンの誰もが祈った。家でテレビ中継を見ていた坂道家のお父さんや子供がみんな祈った。
ゲイナーのバットはボールには触れず、空を切った。
「ストライク、バッターアウト!!」審判の大きい声が球場内に響き渡る。 一瞬空気が止まったあとの大歓声の中、うぐいす嬢の声が続く。 「ご覧のように、10-9でドッグスが勝ちました」 その声を聞いた六反田は前に倒れかけた。 感動で顔が涙でぐしゃぐしゃになった来生がそれを支えるように抱きつく。 続いて内野陣、ベンチの選手、外野陣が円になって喜びを分かち合った。
これがドッグスの歴史に残る優勝史や。
六反田の妻と息子はとても嬉しくて泣いてしまったそうや。 六反田は2人と再会した時にまた泣いてしもうたそうや。 ちなみにこのとき六反田は疲労骨折をしていたそうやで。 気合というものは凄いで。 |