「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - 占い師と少女-a09

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集

占い師と少女 マッドガッサー決戦編 09


○月×日 21:31

コツッ コツッ

「……音がしたのは、この辺りか」

マリ・ヴェリテは足音を響かせながら、廊下の角の近くにまで来ていた。
あれから、特に何かが音をたてた様子はない。

「…………逃げたのか?」

スーパーハカーからの報告はないが、相手はその監視から潜り抜ける術を持っているかもしれないのだ。
そんな事を考えながら、角を曲がろうとしたその時――

「…………っ!?」

――白い何者かが、音もなくマリ・ヴェリテに迫ってきていた。

「ちっ…………」

それを避けるには、気づくのが遅すぎた。
マリ・ヴェリテはその剛腕で、白い何かを薙ぎ払おうとして――

ザシュッ

――一歩早く、白い何者かの攻撃が腹部を裂く。

「……くっ」

想定していた程のダメージ量ではない。
マリ・ヴェリテは両手を振い、攻撃を仕掛けてきた何かを吹き飛ばした。

「きゃっ」

何やらかわいらしい声を上げて、受け身をとりつつ床に落ちたそれは……白い、骸骨だった。
それが立ち上がろうとしている間に、マリ・ヴェリテは持ち前の速さでさらなる追撃をかけようと――

「子羊と羊の首を絞めろ。子牛と子馬と雌ラバの首を――」

――突如響いてきた声に、立ち止まる。

(やべぇっ……!?)

慌てて懐から、事前に「スパニッシュフライ」の契約者から貰っていた「あるもの」を取り出し、それで耳をふさいだ。
途端、「ベート避けの呪文」が聞こえなくなる。

(耳栓ってのも、案外馬鹿に出来ないもんだな……)

その間に、白骨は起き上がり、マリ・ヴェリテから数メートルの間隔を取っていた。
そして、その後ろ……いつの間に現れたのか、白骨を含め6人の人間と都市伝説がそこにいた。
知っている都市伝説が1人と契約者が2人ずつに、知らない都市伝説や契約者が3人。

(……いや、あの白衣の野郎はスパニッシュフライに洗脳された奴じゃないのか……?)

顔は同じだが、白衣を着ている上、まとっている雰囲気が全く違う事に、マリ・ヴェリテは気付いていた。

(そんなことより……)

と、マリ・ヴェリテは別の2人へと視線を移す。

(この前まんまと出し抜かれた借りを、返さねぇとな……)

その視線の先には、銀髪の青年と黒髪の少女が寄り添うように立っていた。

******************************

~視点:未来(みく)~

白骨標本さんがマリ・ヴェリテに奇襲を仕掛け、私が「ベート避けの呪文」を唱える。
そこまでは、予定通りだった。
一つ想定外だったのは、マリ・ヴェリテが耳栓を持っていた事だ。
「ベート避けの呪文」を言い終わっても苦しまない所を見ると、どうやら完全に音が遮断されているらしい。

「『ベート避けの呪文』、もう効かないみたいですね」
「なに、相手の聴覚を奪えたんだ。十分だ」

二言、三言私たちが話す間に、白骨標本さんは第二撃目に入っていた。
それを見て、占い師さんは周囲の仲間を見渡し、言った。

「…………よし、作戦開始だ」

********************************

~視点:マリ・ヴェリテのベート~

白骨が再び攻撃を仕掛けてくる。
両手を刃に変え、さらなる傷をつけようと狙っていた。
しかし、マリ・ヴェリテはそれを避けるそぶりを全く見せず、体から力を抜いて立っていた。

ザシュッ

数秒後、白骨の刃が再び腹部を切り裂く。
…………しかし、それを見たマリ・ヴェリテはにやりと笑い

「ガアアアアアアアアッ!」

己の間合いへと不用心にも飛び込んできたそれに、片腕をふりぬいた。
速さ、威力、距離…………その一撃は、どれをとっても避けられないものの「はずだった」

ガンッ

……しかし、マリ・ヴェリテの拳は、拳を床に叩きつけていた。
白骨は、そのすぐ隣に立っている。

(……あの一撃を、避けやがったのか?)

もし避けたのだとしたら……一体、この白骨はどれほどの速さで動いたことになるのだろうか。

(…………ちっ)

マリ・ヴェリテは再び腕で白骨を薙ぎ払おうと、腕を真横へ振りぬく途中で、ふと左から迫る気配に気付いた。
それを目視せず、そのまま体勢を半歩後ろへずらす。

ぶんっ

目の前を、大きな音を立てた椅子が通り抜けた。
その軌道上を見ると、銀髪の男が投げ終わったかのような体勢で静止している。

(んなもんに、当たるとと思ってんのか?)

心の中で嘲り、マリ・ベリテは再び攻撃の体勢に入ろうとして――

ガッシャーーーンッ

校庭での戦闘時にも聞いた、ガラスの割れる音を聞いた。
見ると、教室のガラスが割れている。
――それだけなら、まだいい。
しかし、何がどうなっているのか、割れた窓から椅子が数個、こちらに向かって飛んできていた。
とっさに下げていた腕を上げ、椅子を全て弾き飛ばす。

ザシュッ! ザシュッ!

(くっ…………)

その間に、懐にいた白骨が何度も、マリ・ヴェリテの体を裂いていた。

(…………この程度で、倒れると思うなよ)
「ガアアアアアアッ!」

上がった腕を、相手の全てを壊す勢いで振りおろす。
速さ、威力、距離。そのどれを取っても、先程の一撃よりも重く、速いものだった。

ガンッ

……しかし、マリ・ヴェリテの拳は床を叩き、白骨はいつの間にか横へと移動していた。

(……どういう、ことだ?)

斬りかかってくる白骨から一旦距離を取る。
一撃目も、二撃目も、必ず当たるはずだった。……しかし、マリ・ヴェリテの拳は床を叩いていたのだ。

(何が起こってやがる……)

再度迫ってくる白骨を視認し、マリ・ヴェリテは軽い困惑と共に腕を振り上げた。

******************************

~視点:鼠~

ちゅうちゅうちゅうちゅうちゅうちゅうちゅう

二階の廊下を走る鼠たち。
その先は、鈍い音が断続的に響いている廊下の角だ。

ちゅうちゅうちゅうちゅうちゅうちゅうちゅう

空は曇り、月明かりすらないその空間を、鼠達は迷わずに進む。
目標まで、あと少し。
……そして、戦闘を続けている人狼と、白骨が見えたその時――

ちゅうちゅうちゅう…………ちゅう?

――鼠達は、自分たちがいつの間にか進路を変え、視聴覚室へ向けて走っている事に気付いた。

******************************

~視点:マリ・ヴェリテのベート~

「はぁ……はぁ……」

マリ・ヴェリテは疲労を感じていた。

(…………くそっ)

向かってくる白骨に向かって、力の限り拳を振り下ろす。

ガンッ

しかしそれは白骨を捉えることなく、床に叩きつけられる。

ザシュッ

そして、新たな傷が増える。
先程から、この繰り返しだった。
既に素早く立ち回る白骨に何度も体を裂かれ、体中から血を流している。どんなに一撃が小さくとも、それが重なった時のダメージには計り知れないものがあった。

(どうなってんだ……)

マリ・ヴェリテは困惑していた。
必ず当たるはずの一撃が当たらない……それも、一度や二度ではなく、全ての打撃において。
まるで、自分の体が自分のものではないような感覚。
…………このような感覚を、以前にも一度味わった事がある。

(…………支配型の都市伝説か)

その時にも、自分の攻撃は全て、まったく思いもよらない所へと向かった。
しかも、支配されている感覚は皆無だ。

(こん中に支配型がいるとすれば……)

能力を知っている銀髪の男と黒髪の女を除いて、3人。
白衣の男はこの白骨と人体模型の契約者だろう。
つまり、残ったのは――

(…………てめぇか)

八百屋の格好をした男だった。

**********************************

~視点:未来~

「…………気づいたか」

マリ・ヴェリテの行動を見ていた不良教師さんがつぶやいた。
その視線の先では、マリ・ヴェリテが白骨標本さんに切られながらも、時々こちらに……厳密に言うと、大将に向けて目を走らせていた。

「みてぇだな」

相変わらずのほほんとした大将。
……自分が狙われているというのに、この緊迫感のなさは一体何だろう。

「なに、ここまで傷つければ十分だ」
「ああ」

占い師さんの言葉に、大将が頷く。
この戦いの間中、マリ・ヴェリテの心を支配し、動きに制限をかけていた。
マリ・ヴェリテには、白骨標本さんが全ての打撃を避けていたように見えた事だろう。
しかし実際は、マリ・ヴェリテが攻撃しようとした先の、少し右へと打撃を逸らしていたのだ。

「……大将、気をつけて下さいね」

それに気付かれた以上、マリ・ヴェリテは大将を重点的に狙ってくる事になるはずだ。

「なぁに、その為の作戦じゃねぇか。期待してるぜ、不良教師の兄ちゃんよぉ」
「ああ」
「八百屋のあんさんには指一本触れさせまへんでぇ」

くつくつと笑う人体模型。
……動作が一々不気味なのは、やはり怪談として語られているからだろうか。

「さて……あちらさんはこれが罠だと気付くかな?」

**********************************

~視点:マリ・ヴェリテのベート~

マリ・ヴェリテは、白骨に隙ができるのを待っていた。
男との間は10メートル。後数メートル詰めれば、マリ・ヴェリテなら数秒とかからずに男を仕留める事が出来る。
もちろん、男がマリ・ヴェリテの行動を止めるよう、マリの体に命令をかければ別だが……。

(んな事を考えてる暇もねぇくらい、すぐに殺してやるよ……)

白骨の攻撃を交わしながら、少しずつ男との間合いを詰めていく。
そして、その間合いをわずか数メートルにまで詰め――

「ガアアアアアアアアッ!」

――マリ・ヴェリテは白骨を振り切り、男に向かって突進した。
男は自分が狙われている事を理解できていないのか、避けようとすらしていない。

(…………恐怖のあまり動けねぇのか、情けねぇ)

せめて一撃で終わらせようと、爪を光らせたマリの目の前

(なん……だ……?)

……そこに、唐突に胃袋が放られてきた。

**********************************

~視点:未来~

マリ・ヴェリテが大将に行動を仕掛ける数秒前。

「…………今ですっ!」

足の筋肉を能力で読み、マリ・ヴェリテが大将に襲いかかるタイミングを見定めていた私は、大声でそれを告げる。
幸いマリ・ヴェリテは耳栓をつけているので、今の一言も聞こえなかったはずだ。

「胃袋ミサーーーーーイルッ!!!!!!!」

私の掛け声と同時に、人体模型さんが自分の胃袋をマリ・ヴェリテと大将の直線上に射出した。
それと同時に、マリ・ヴェリテが動き始める。
流れるように動く彼は、大将の体を切り裂くには十分すぎる程の速さで動いていた。
しかし、大将に斬りかかる直前――

「…………っ!?」

マリ・ヴェリテの目の前に、胃袋が落下する。

******************************

~視点:マリ・ヴェリテのベート~

目の前に、視界を覆うようにして落下してきた胃袋。

(ちっ…………面倒な事すんじゃねぇよ)

走る勢いは殺さず、目の前の胃袋に一時的に意識を集中させる。
そのまま、爪を伸ばした腕で、それを引き裂いた。

ボンッ!

「なっ…………!?」

マリ・ヴェリテの爪に触れた瞬間に、それは爆発した。
それと同時に、胃袋に仕込まれていた「何か」が辺りにぶちまけられる。
その「何か」によって黒色の煙が辺りに充満し、マリ・ヴェリテの視界を覆った。

(何も見えねぇ……!?)

一瞬止まりそうになった己を、しかし鞭打って前へと走らせる。
確かに黒煙で何も見る事が出来ない。しかし、あの男がこの直線上にいるのは間違いないのだ。

「死ねええぇ!!」

嗅覚のみを頼りに、腕を振う。
圧倒的な速さと重さで放たれたマリ・ヴェリテの拳は――

ガッ

――――誰も捉えず、壁へと吸い込まれた。
……それだけなら、まだよかった。

(抜け、ねぇ!?)

マリ・ヴェリテの拳は、その全てを壁の中へと埋め込まれてしまっていた。

******************************

~視点:未来~

人体模型さんの胃袋が爆発し、それと同時に仕込まれていた黒煙が辺りに充満する。
一瞬の後に、大将が煙の中から飛び出してきた。

「大将、大丈夫でしたか?」
「なーに、傷一つ付いちゃいねぇよ。もっとも、あの野郎が目の前まで迫ってきた時にゃあ肝が冷えたがな」
「さて……これで、あいつはもうお終いだ」

占い師さんの言葉と共に、黒煙が少しずつ晴れていく。
その間に白骨標本さんは私たちの所へ戻り、

「てめぇ…………」

黒煙の晴れた後には、マリ・ヴェリテだけが立っていた。
片腕が、拳の少し先まで壁に飲み込まれている。
それを見た占い師さんは肩をすくめた。

「運が悪いな、マリ・ヴェリテのベート。『偶然』、その部分が脆くなっていたんじゃないか?」
「……何を勝ち誇った顔をしてやがる? この数分、てめぇらが支配型で俺の行動を操作してまで出来た傷が、これだぜ?」

今の衝撃で耳栓が取れたのか、私たちの言葉を聞いたマリ・ヴェリテは空いている腕で自らの体を指し、嘲笑った。

「たった数十秒間、俺が動けなかったとして、てめぇらに何ができる?」
「さて、俺ら全力でお前と戦っていたと、本当にそう思うのか?」

占い師さんの後ろからかけられた不良教師さんの問いに、マリ・ヴェリテの耳がピクリと動いた。

「はったりもいい加減にしろよ、てめぇ」
「……はったりかどうか、確かめてみるか?」

そう言って、不良教師さんが体をずらす。
その後ろから現れた影に、マリ・ヴェリテは目を見開いた。

「……兄さん、もう戦えるようになったよ、僕」
「ああ、そのために休ませてたんだからな」

……戦いの間休養をしていた「骨を溶かすコーラ」の契約者さんが、姿を現した。


******************************

~視点:マリ・ヴェリテのベート~

(これは、やべぇっ…………)

「スパニッシュフライ」の契約者が操っていたはずのこの男の能力は、「組織」の中でも優秀な部類に入るらしい。
軽い焦りを感じながら、腕を壁から引き抜こうとするが、深くめり込んでしまっているのか、抜ける気配はない。

ごぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ…………

その間に、男の周囲に黒い液体が渦巻き始める。
あれの威力は分からない。しかし、もし触れたら死ぬ可能性があるのは間違いないだろう。

「殺さないで、気絶させるだけだって兄さんと約束したからさ、ちょっとは手加減するよ?」

くすくすと笑いながら、男の周囲の液体がうねりを増す。

「……でも、あの女の人に操られる感覚、あんまりいいものじゃなかったし、ちょっと加減を間違えちゃうかもね?」

その言葉が終わるや否や、渦巻いていた液体がマリ・ヴェリテへと向かって来た。

(くそっ、仕方ねぇなっ……!!)

壁に挟まっていない腕を、全力で壁に叩きつける。
鈍い打撲音と共に、壁が崩れる。
まだ壁の一部が瓦礫となって片腕についたままだったが、マリ・ヴェリテにそれを気にする時間はない。
まだ黒い波とマリ・ヴェリテの間には、逃げるのに必要なだけの距離があった。しかし、一瞬でも遅れを取ればすぐに無意味なものとなるほどの、危うい均衡でそれはなりたっていた。
こんな碌に力もないような人間や都市伝説相手に逃げを取るのは、マリ・ヴェリテとしては避けたい事態ではあったが、今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。

(ちっ…………)

傷はジャッカロープのミルクで幾らでも癒す事が出来る。その後で、この男たちを殺せばいい。
そう己に言い聞かせ、逃げへと転じたマリ・ヴェリテの腕を、

ぐんっ

片腕についた瓦礫が、引っ張った。
その一瞬、たった数秒、それが、マリ・ヴェリテにとっての命取りとなった。

じゅううううううううう…………

「ぐああああああああっ!?」

黒い液体がマリ・ヴェリテの腕を覆い、焼き、溶かした。
そのあまりの痛みに、一瞬気が遠のく。
その一瞬ですら、黒い液体は止まることなく、腕からマリ・ヴェリテの体を溶かしていく。

(これは、マジでやべぇ……!)

液体から逃れようと、足を踏ん張ろうとするが、

じゅううう…………

「っ!?」

そこも、黒い液体で浸っていた。
足の裏が焼かれ、溶かされる。
万事休す――
そんな言葉が、マリ・ヴェリテの頭に浮かんだ、その時だった。

ぐんっ!

何かが、マリ・ヴェリテの残った片腕を引っ張った。
そのまま、液体の波からマリ・ヴェリテが引きずり出される。
……見ると、腕に髪が絡みついていた。
そして、マリ・ヴェリテの目の前、髪を幾重にも張り巡らせ、液体の侵入を防いでいるその影。

「……全く、愛しい人は人使いが荒い」

黒服Hが、そこに立っていた。

******************************

~視点:未来~

「ぐああああああああっ!?」

コーラがマリ・ヴェリテを覆い、体を溶かしていく。
あくまで気絶させるだけ……「骨を溶かすコーラ」の契約者さんが言った言葉に、嘘はない。
痛みで気絶するか、体の一部を失い、逃走も攻撃もできなくなるか、そのどれかの事態になった時点で、私たちは攻撃をやめるつもりだった。
しかし――

「……全く、愛しい人は人使いが荒い」

――私たちの知らない誰かが、マリ・ヴェリテの前に降り立った。
何かの都市伝説なのか、はたまたその契約者なのか、髪を廊下の半分程を覆うような網目状にして、その人物はコーラを防いでいた。

「なっ、どういう事でっか、八百屋のあんさん!?」

人体模型さんが、珍しく慌てたような口調で大将に問いかける。
……そう、戦いの間、マリ・ヴェリテのかく乱だけでなく、この周囲に誰も近づけないようにする役目を、大将は任せられていた。
近づいた人間や都市伝説を操り、全く逆方向へと向かわせる……その、はずだった。

「知らねぇよ……あの兄ちゃんを操ろうとしても、あの兄ちゃんの心に侵入できねぇんだ。どういうことか、こっちが知りてぇぜ」
「つまり、大将には支配できないってことですか……?」
「わりぃな、あの兄ちゃんが何なのかは知らねぇが、俺の操れる対象じゃねぇ」

人間、都市伝説、動物、なんでも操る事が出来るはずの大将の能力で操れない人……一体、何者なのだろうか。
軽い衝撃を受ける私たちをよそに、髪の壁を透視していた占い師さんが言葉を漏らした。

「また『スパニッシュフライ』の契約者に操られた人間か……」
「あれ、黒服さんだよね。会った事あるよ、僕」

コーラでの攻撃を続けながら、気楽そうに「骨を溶かすコーラ」の契約者が言った。

「『組織』の人間か……」

占い師さんは面倒臭そうに言って、何かに気づいたように、頭をかいた。

「…………まずいぞ、マリ・ヴェリテが逃げる」

******************************

~視点:マリ・ヴェリテのベート~

「早く逃げろ。俺もそういつまでもあれを防げるわけじゃない」

黒服は、倒れるマリ・ヴェリテにそう言って来た。

「『スパニッシュフライ』の契約者か? てめぇを寄こしたのは」
「ああ。ここに駈けつけようとしたお前ら一味が誰も、ここに近づけなかったらしくてな。俺に白羽の矢が立ったってわけだ」
「そうか…………」

何とか溶かされていない足と手を使い、起き上がる。
見たところ、右腕が完全になくなった事と、左足の一部が溶かされてしまった以外、特に溶かされた部分は見受けられない。

「それじゃ、足止めは頼んだぜ」
「ああ」

左足を引きずり、教室脇の階段を上がろうとして、マリ・ヴェリテはふと立ち止まった。

「……てめぇ、あいつらを殺すんじゃねぇぞ。あれは俺の獲物だ」
「安心しろ、あんな人数一度に相手にするお前程、俺は馬鹿じゃない。適当なころ合いを見て逃げるさ」
「ちっ…………」

もし五体満足なら殺してやるところだが……今はとにかく、回復が先だ。
階段を3階へと登りながら、踊り場の上に設置されたスピーカーに向けて話しかける。

「スーパーハカー、ジャッカロープは今どこにいる?」
『オイ、ズイブントハデニヤラレタミタイジャネエカ』

ノイズを含みながらスピーカーから発せられたのは、軽い笑いを含んだ声だった。

「うるせぇ。それよりジャッカロープの居場所だ。早くしやがれ」
『イマ、ハニーヲサンカイニムカワセテイル。ソコデゴウリュウシロ』
「分かった」

マリ・ヴェリテは片足を引きずりながら、三階を目指した。

******************************

~視点:黒服H~

「……てめぇ、あいつらを殺すんじゃねぇぞ。あれは俺の獲物だ」

マリ・ヴェリテのベートはそう言っていたが……。

「……むしろ、俺が殺されそうだな、この状況は」

明らかに、伸びている髪の量よりコーラの溶かす量の方が大きい。
このままでは確実にコーラが黒服Hの体を襲うだろう。

「そろそろ逃げ頃、か」

コーラがそろそろ溢れそうになっているのを見て、黒服はつぶやいた。
髪の壁を維持しながら、黒服は階段の方へ踏み出そうとして、

ズキリ

体に走った痛みに、足が止まった。

「あの嬢ちゃんの攻撃が……相当響いてるみたいだな」

ここに来るまでにも足を酷使してしまった。
当分の間、走ることはもとより、歩くことさえままならないだろう。

「やばいな、こりゃ」

髪を伸ばして補強を図るが、髪の壁の倒壊が目前に迫っている事は、漏れ出しているコーラを見る限り明白だった。

******************************

~視点:未来~

「『骨を溶かすコーラ』の契約者。あいつが『組織』の人間な以上、下手に傷つけないほうがいい」
「えー? でも僕みたいに操られてるんでしょ? だったら気絶させないと」
「…………後でいびられても知らないぞ、俺は」
「………………」
「………………」

占い師さんと「骨を溶かすコーラ」の契約者さんのの間に沈黙が降りる。
沈黙に耐えきれなかったのか、彼がとった行動は

「……兄さん…………」

……潤んだ目で、後ろの兄に助けを請いた。
その目に、不良教師さんは煙草をふかして

「ったく。仕方ないな……」
「弟には甘いのか、あんた」
「言うな。後で自己嫌悪の元になる」

占い師さんの言葉を手でさえぎり、不良教師さんは人体模型さんの方へ向き直った。

「……取りあえず、あの黒服を気絶させるぞ」
「頑張りまっせ―!」

******************************

~視点:黒服H~

「もう食らうしかないのかね、このコーラ」

髪を伸ばして壁を増強するのも、もう限界に近い。
既にかなりの量のコーラが漏れだし、それを防ぐのにも髪を幾つか使っていた。
そんな少々危機的な状況の中

『心臓ミサーーーーーイルッ!!!!』

…………何やら、間の抜けた声が響いてきた。
それと同時に、髪の壁のさらに上空から、何かがこちらに飛来してくる。
……心臓だった。

「……何のホラーだ」

呆れながらそう言いつつ、髪を何本かまとめたものを、心臓めがけて伸ばす。
何かは分からないが、防いでおく事に越したことはない。
……しかし、心臓とほぼ同時に、何か瓶のようなものが飛来してきた。
それは心臓より重いのか早くに落下し、髪にぶつかって、

ごぅんっ!

けたたましい音を立てて、爆発した。

「うおっ!?」

それに一瞬気を取られてしまう。
その間も、髪からのがれた心臓は飛行を続け、

ボンッ!

黒服の目の前で、爆発した。

ぶちぶちぶちっ

同時に、髪の壁が崩れさる。
髪の支えが無くなった黒服は、心臓の爆風に押され、吹き飛んだ。

「ちっ…………」

飛ばされながらも、髪を伸ばし、クッションとして壁に髪を配置する。
これで、気絶するほどのダメージではなくなるはずだったが、

かっ

ふと、足が床の盛り上がった一部――黒服は知らなかったが、マリ・ヴェリテが殴り、盛り上がった一部――にひっかかる。
そのわずかな突起にぶつかった黒服は、想像していた進路を外れ、髪のクッションを用意しておいた壁を外れ……壁に、真正面から激突した。

「ぐっ…………」

あまりの衝撃に、まず息がつまり、その衝撃が脳まで達した時――

「『偶然』床の盛り上がった部分に足をひっかけるなんて、不運だな?」

(なにを、しらじらしい……)
――それを口にする前に、黒服の意識は闇へと呑まれた。


○月×日 21:40 黒服H 陥落



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
ウィキ募集バナー