占い師と少女 マッドガッサー決戦編 15
○月×日 22:26
「煙ったいなぁ……」
空き教室の半分を、黒い煙が覆っている。
幸い教室と廊下とを繋ぐ扉の近くにまで煙は来ていないけれど、それでも室内は少し煙っぽかった。
扉を開ければもう少しマシになるんだろうけど、不用意に出口を開け放つわけにもいかないし……。
幸い教室と廊下とを繋ぐ扉の近くにまで煙は来ていないけれど、それでも室内は少し煙っぽかった。
扉を開ければもう少しマシになるんだろうけど、不用意に出口を開け放つわけにもいかないし……。
「……完璧に壁、張られちゃったのかな」
先程から何度かゴム弾をその中へ打ち込んでいるが、どこへ打ち込んでも返ってくるのはゴムの焼ける音と臭いだけだった。
持ってきた弾数はそこまで多くはない。撃った後回収ができない以上、無駄撃ちは避けたいのだけれど……。
持ってきた弾数はそこまで多くはない。撃った後回収ができない以上、無駄撃ちは避けたいのだけれど……。
「めんどくさいなぁ……よりにもよって『骨を溶かすコーラ』の契約者と当たるなんて」
普通の壁なら壊したり、弾を床に当てて回り込ませることも出来る。
けれど、それが可動な上にいくら弾を当てても削られない壁だとなると……。
けれど、それが可動な上にいくら弾を当てても削られない壁だとなると……。
「……どう考えても不利だよね、僕」
銃口は下げず、両手で構えたまま肩をすくめる。
ゴスロリの服がポケットに入った弾の重量分だけ動作を遅れさせながら、それに合せて動いた。
ゴスロリの服がポケットに入った弾の重量分だけ動作を遅れさせながら、それに合せて動いた。
「オリカルクム入りの弾も溶かされちゃったし……」
ついさっきまでポケットに入っていたそれら二発の事を考え、もったいなかったなぁ、と首を振った。
残弾数は62発。もし本格的な銃撃戦になれば、その程度の量はすぐに無くなってしまうだろう。
一応、その他に普通のゴム弾と、硝酸銀を含んだ弾丸も持ってはいるけれど……。
残弾数は62発。もし本格的な銃撃戦になれば、その程度の量はすぐに無くなってしまうだろう。
一応、その他に普通のゴム弾と、硝酸銀を含んだ弾丸も持ってはいるけれど……。
「多分、硝酸銀も簡単に溶かしちゃうんだろうな……」
運よく奇襲をかけて相手を追い込めはしたけれど、これ以上相手を追い詰める手立てはない。
一見すれば扉を抑えている自分が有利なように見える状況なのだろうが、個人的な心情を言えば完全な八方塞がりだった。
しかも、「骨を溶かすコーラ」の契約者が自分を殺す気になったら、こちらに対抗する手立てはない。
一見すれば扉を抑えている自分が有利なように見える状況なのだろうが、個人的な心情を言えば完全な八方塞がりだった。
しかも、「骨を溶かすコーラ」の契約者が自分を殺す気になったら、こちらに対抗する手立てはない。
「まぁ多分、面識あるし殺さないだろうとは思うけど……」
……「覚えてないかもしれない」なんて考えは、その時全く持っていなかった。
ついでに、「覚えてても殺されるかもしれない」なんて考えも。
ついでに、「覚えてても殺されるかもしれない」なんて考えも。
「うーん…………」
ちらりと壁にかけられた時計を見る。
幸いなことに黒煙から逃れたそれが指している時刻は、夜の10時28分。
もう既に、黒煙が充満してから7、8分が経過していた。
しかし特別な煙なのか、一向に晴れる気配はない。
しかもコーラの壁が音を吸収してしまっているのか、この数分間、向こうの声は全く聞こえていなかった。
つまり、無音で、視界も悪く、改良したとはいえまだまだ重いハンドガンをずっと持ち上げた状態で数分間を過ごしていたのだ。
…………正直、退屈だし、かなり疲れていた。
幸いなことに黒煙から逃れたそれが指している時刻は、夜の10時28分。
もう既に、黒煙が充満してから7、8分が経過していた。
しかし特別な煙なのか、一向に晴れる気配はない。
しかもコーラの壁が音を吸収してしまっているのか、この数分間、向こうの声は全く聞こえていなかった。
つまり、無音で、視界も悪く、改良したとはいえまだまだ重いハンドガンをずっと持ち上げた状態で数分間を過ごしていたのだ。
…………正直、退屈だし、かなり疲れていた。
「結構頑張ったし、僕が今ここから逃げても誰も責めないんじゃないかな?」
だって、この後何分待たなきゃいけないかも分からないし、もし相手が疲れるのを待っていたらこの後ずっとここでハンドガンを構えてなくちゃいけないし……。
大体、どう考えても勝てない相手とずっと向かい合うのにも精神的な疲弊が重なるんだよねー。
あの真面目な黒服みたいに胃を悪くしたくないし、僕が倒れたら困る人がいると思うし……多分。
そんな言い訳を心の中でしつつ、少しずつ扉の方へと向かっていると――――
大体、どう考えても勝てない相手とずっと向かい合うのにも精神的な疲弊が重なるんだよねー。
あの真面目な黒服みたいに胃を悪くしたくないし、僕が倒れたら困る人がいると思うし……多分。
そんな言い訳を心の中でしつつ、少しずつ扉の方へと向かっていると――――
かさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさ…………
「……うん?」
――何か嫌な音が、黒煙の中から聞こえてきた。
そういえば、ここへ来る前にも数百匹見かけたな。
結構綺麗な印象があったけれど、もしかして見えない所は汚いのかな、この校舎。
鼠もいたし、蜘蛛もいたし……。
あれ? でも蜘蛛はいた方がいいんだっけ?
そういえば、ここへ来る前にも数百匹見かけたな。
結構綺麗な印象があったけれど、もしかして見えない所は汚いのかな、この校舎。
鼠もいたし、蜘蛛もいたし……。
あれ? でも蜘蛛はいた方がいいんだっけ?
かさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさ…………
「……っと、そんな事を考えてる場合じゃなかった……」
思考が飛んだ一瞬の間にも、その足音はこちらに迫ってきていた。
少しして、黒い煙の中から、それと同じくらい色の濃いGがわらわらと這い出てくる。
煙が覆う前は全然いなかったのに、どこから出てきたんだろう?
数十匹単位のGが、黒煙からどんどん排出されている。その数、目視しただけで50匹以上。
しかし、こちらが攻撃を仕掛けたり、驚かしたりしなければ襲われない事を知っているので、慌てはしない。
少しして、黒い煙の中から、それと同じくらい色の濃いGがわらわらと這い出てくる。
煙が覆う前は全然いなかったのに、どこから出てきたんだろう?
数十匹単位のGが、黒煙からどんどん排出されている。その数、目視しただけで50匹以上。
しかし、こちらが攻撃を仕掛けたり、驚かしたりしなければ襲われない事を知っているので、慌てはしない。
「自然体、自然体……」
そう自分に言い聞かせながら、壁と同化するように動きを止める。
銃口がプルプルと震えているが、多分見逃してくれるだろう。
銃口がプルプルと震えているが、多分見逃してくれるだろう。
かさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさかさ…………
Gはどんどん増えて行き、黒い波を形成していく。
動かない人間なんかは無視をして、それらは進む……はずだった。
動かない人間なんかは無視をして、それらは進む……はずだった。
「自然体、しぜんた…………うわっ!?」
しかし、呟きながら動いきを止めていた身体にGがわさわさと登ってくる。
ただ壁だと思って上って来たのならいいのだけれど、上ってきているGは布の薄いゴスロリの服から出た足に、その牙を突き立てた。
ただ壁だと思って上って来たのならいいのだけれど、上ってきているGは布の薄いゴスロリの服から出た足に、その牙を突き立てた。
「ちょっ、うわっ、痛い痛いっ!」
こうなったらもう、自然体何て言っていられない。
左手をハンドガンから離し、身体に這い上がってきているGを払った。
払われ、地面へと落ちたGを、右手のハンドガンで撃っていく。
左手をハンドガンから離し、身体に這い上がってきているGを払った。
払われ、地面へと落ちたGを、右手のハンドガンで撃っていく。
「何か恨まれるような事したかなぁ、僕」
Gに浸食されていない、扉の方へと向かいながら呟く。
その間に足を上ってきたGは手で払い、先に上ってきたそれらと同じように撃ち落とした。
……でも、どうやら撃っても再生するみたいだ。急所を打たれたはずのGは、それでもすぐに他のGと共に後を追おうと走ってくる。
その間に足を上ってきたGは手で払い、先に上ってきたそれらと同じように撃ち落とした。
……でも、どうやら撃っても再生するみたいだ。急所を打たれたはずのGは、それでもすぐに他のGと共に後を追おうと走ってくる。
「早く逃げよ……」
小走りと言うよりは殆ど全力疾走で扉へと走る。
この部屋の扉は一つ。Gを部屋に閉じ込めた後、扉さえ見張っていれば彼らに逃げられることもないと思う。多分。
…………そして、扉まであと少しと言う距離で
この部屋の扉は一つ。Gを部屋に閉じ込めた後、扉さえ見張っていれば彼らに逃げられることもないと思う。多分。
…………そして、扉まであと少しと言う距離で
カランッ
何かが、目の前に落ちてきた。
「え…………?」
それは、見た事のある形。
表面を濃い茶色とグリーンのような模様で覆われた、瓢箪のような形。
そういえば、閃光弾や手榴弾はこんな形や色をしていたような。
表面を濃い茶色とグリーンのような模様で覆われた、瓢箪のような形。
そういえば、閃光弾や手榴弾はこんな形や色をしていたような。
「………………あれ?」
……と言うか、さっき投げたはずの閃光弾だった。
「うわ、何で爆発してないの……」
そう言えば爆発音とかしてなかったなぁ、なんて今さらながらに気付く。
あの中の誰かが、一時的に閃光弾の爆発を凍結したのだろうか。
あの中の誰かが、一時的に閃光弾の爆発を凍結したのだろうか。
「…………しかも爆発寸前じゃないかっ」
それが炸裂する前に、顔をそむけ、目を閉じた。
目を閉じ切った瞬間、昼間のような光量が瞼を通して目に入り、小規模な爆発音が耳をつく。
目を閉じ切った瞬間、昼間のような光量が瞼を通して目に入り、小規模な爆発音が耳をつく。
「危ないなぁ、もう」
元々自分の所持物であった事は棚に上げ、閃光弾を投げた誰かに向けて呟いた。
そむけていた顔を上げ、身体にまた登ってきたいたGを払う。
そして再び顔を扉へと向けようとして――――
そむけていた顔を上げ、身体にまた登ってきたいたGを払う。
そして再び顔を扉へと向けようとして――――
「…………っ!?」
――――煙の中から、一人の青年が出てきていた。
白衣を着たその青年は、そのまま走りの勢いを殺さず、まっすぐに自分の所へと走ってくる。
風になびく白い白衣が、黒煙を背景に映えている。
距離の関係か、顔までは見えなかった。
白衣を着たその青年は、そのまま走りの勢いを殺さず、まっすぐに自分の所へと走ってくる。
風になびく白い白衣が、黒煙を背景に映えている。
距離の関係か、顔までは見えなかった。
「……直接僕を気絶させるつもりなのかな?」
右手のハンドガンを、彼へと向ける。
白衣の青年との間には、何の障害物もない。オートポインターの能力もあるし、まず外れる事はないと思う。
白衣の青年との間には、何の障害物もない。オートポインターの能力もあるし、まず外れる事はないと思う。
「取りあえず足を狙って、と……」
この距離だと下手に頭を狙ったら気絶だけでは済まないかもしれないしね。
両手で狙いをつけ、引き金に手をかける。
それを、そのまま引き絞ろうとして――――
両手で狙いをつけ、引き金に手をかける。
それを、そのまま引き絞ろうとして――――
ブンブンブンブンブンブンブンブンッ!!!
「…………うぇっ!?」
――――先程まで床を這っていたGが、一斉に飛び上がった。
視界を覆うように飛び上がったGを前に、動揺が走る。
青年の姿は見えるには見える。けれど、これでは撃ってもGに防がれてしまうだろう。
……しかし、それでも、射撃で鍛えられた目には、Gの合間を縫うように青年の足にまで届く隙間を一点、見つけていた。
青年との距離は近い。早く撃たないと、ハンドガンでは対処しきれない距離にまで近づかれてしまうだろう。
接近戦に銃は向かない。その為に一応格闘技も少しなら出来るようにはしているけれど……わざわざ前線に出てきた青年だし、多分自分なんかよりずっと強いんだろうな。
視界を覆うように飛び上がったGを前に、動揺が走る。
青年の姿は見えるには見える。けれど、これでは撃ってもGに防がれてしまうだろう。
……しかし、それでも、射撃で鍛えられた目には、Gの合間を縫うように青年の足にまで届く隙間を一点、見つけていた。
青年との距離は近い。早く撃たないと、ハンドガンでは対処しきれない距離にまで近づかれてしまうだろう。
接近戦に銃は向かない。その為に一応格闘技も少しなら出来るようにはしているけれど……わざわざ前線に出てきた青年だし、多分自分なんかよりずっと強いんだろうな。
「だから、ごめんね」
そう呟き、引き金に再び手をかける。
それを振り絞り、発砲しようとした瞬間……非常灯が、青年の顔を照らした。
それを振り絞り、発砲しようとした瞬間……非常灯が、青年の顔を照らした。
「…………え?」
その顔は、「骨を溶かすコーラ」の契約者と瓜二つで、
「骨を溶かすコーラ」とは、面識があって、
面識のある人間を撃つ…………そんな錯覚を、その顔は引き起こさせた。
一瞬、青年を撃つ事にためらいが生まれる。
その躊躇した一瞬で、青年と自分を結んでいた線上にGが入り込んだ。
「骨を溶かすコーラ」とは、面識があって、
面識のある人間を撃つ…………そんな錯覚を、その顔は引き起こさせた。
一瞬、青年を撃つ事にためらいが生まれる。
その躊躇した一瞬で、青年と自分を結んでいた線上にGが入り込んだ。
「やば…………」
そう呟くと同時に、Gをかき分けて青年がやってくる。
ハンドガンがギリギリ届く範囲……青年の周囲のGの壁は、薄くなっていた。
……これなら、撃てる。
ハンドガンがギリギリ届く範囲……青年の周囲のGの壁は、薄くなっていた。
……これなら、撃てる。
「…………よし」
再度降って湧いた、そして恐らく最後のチャンス。3度目の正直だ。
狙いを付け、引き金に指をかける。
狙いを付け、引き金に指をかける。
「足を撃つだけだ……殺すわけじゃない」
自分に言い聞かせるように、一言呟いた。
パンッ
それと同時に、引き金を振り絞る。
銃口から放たれた銃弾は、狙い通りの線を描き、青年の足へと向かう。
銃口から放たれた銃弾は、狙い通りの線を描き、青年の足へと向かう。
(当たった…………)
そう確信した、その時だった。
ゴポポポポポポポポポポポポポポポポポ…………
――青年の足元から、コーラが立ち上った。
「……足と一緒にコーラを移動させるなんて、反則じゃないのかな……」
じゅう、と音を立ててコーラに阻まれるゴム弾。
その一発を交わした青年は、ハンドガンの射程圏内であり射程圏外である、そんな境界にまで既に入り込んでいた。
咄嗟に受けの体勢を整えたけれど、やっぱり遅すぎた。
その一発を交わした青年は、ハンドガンの射程圏内であり射程圏外である、そんな境界にまで既に入り込んでいた。
咄嗟に受けの体勢を整えたけれど、やっぱり遅すぎた。
「……ふっ」
言葉と共に放たれた青年の拳が、鳩尾を直撃する。
膝を折り、倒れそうになるも、意識はまだあった。
反撃を試みようとしたその時――――
膝を折り、倒れそうになるも、意識はまだあった。
反撃を試みようとしたその時――――
ストン
――――青年の手刀が、首に入った。
「……悪いな」
その言葉が聞こえるか、聞こえないか。
そんな一瞬の後に、意識は暗転した……。
そんな一瞬の後に、意識は暗転した……。
○月×日 22:31 黒服Y、失神