●
娘が消え、妻が不安定な心のまま半ば自分を責め死んでから、浅井秀也は積極的に生きる気力も無く、惰性で仕事をこなし、得た金を酒と煙草につぎ込む日々を繰り返していた。
そんな彼を心配していた友人も同僚たちも五年もすれば誰も寄り付かなくなり、結果、周囲から浅井は孤立していった。
その日も彼はいつもと同じように酒を浴びるように飲み、千鳥足で翌朝用の食料が詰まったコンビニの袋を揺らして歩いていた。酒に酔い歩く姿はそれでもどこか醒めているようで、皺だらけのスーツと相まってさながら幽鬼のようであり、哀れな程孤独であった。
「は、ははは~、と…………うん?」
いつもと変わらぬ道中、しかし、その日は違った。
電柱の陰に隠れるようにして、童女が倒れていたのだ。
「……!!」
駆け寄りその童女を確認する。一瞬自分の消えてしまった娘かと心のどこかが期待したが、
そんなはずねえか……。
娘の失踪からもう何十年も過ぎている。もし生きているとしてももうこのように幼い姿ではないだろう。
「おい、大丈夫か?」
「……ぅ」
声をかけると童女は瞼を振るわせてうっすらと目を開けた。
可愛らしい童女だった。何故か衣服は長く放浪でもしていたかのように薄汚れていたが、それでも白さを失うことは無い整った、精巧な日本人形を思わせる顔、そして多少汚れてはいるが瑞々しさを帯びたおかっぱ。
童女は起き上り、浅井へと顔を向けると弱々しく訊ねた。
「…………だれ?」
「ただのおっさんだ……ついてこい」
言って近くの小さな公園へと入った。家族が誰も居なくなってしい、一人で暮らすにはあまりにも広い家に代わって最近彼の寝床になっている公園だ。童女の姿を見てどうせ家出でもして食うに困っているんだろうと思った浅井はコンビニで買った翌日の朝食を童女に渡すと、訊いた。
「親はどうした?」
「……いない」
「いない?」
施設からでも逃げてきたのだろうか? そう思っていると彼女は奇妙なことを言いだした。
「さっちゃん、人じゃないもん」
「はぁ?」
人じゃないとはまたおかしいことを言う娘っ子だ。じゃあお前はなんなんだ。そう問いかけるとこれもまた奇妙な答えが返って来た。ただし、
「都市伝説」
「!」
今回の答えは浅井を驚愕させた。言葉自体はよく聞く言葉ではあるが、今この場で出てくるには違和感を感じる名称だ。
それに、
浅井の妻がこんな力に頼ったからと言って自らを責め殺した力も、浅井自身が持っている不思議な力もその括りに含まれるものであった。童女は続ける。
「だから親はいないよ……契約してくれたお兄たんはいたけど……殺されちゃった」
童女はそう、暗く暗く言った。
ということは、
「娘っ子が都市伝説、なのか?」
「うんそうだよ。≪さっちゃんの歌の四番目≫っていうの。だからさっちゃん」
人間のかっこの都市伝説もいやがるのか……。
今まで見知った都市伝説はその両方ともが姿かたちを持たないものであった浅井はまた驚きを覚える。
「おじさん、契約者?」
童女――さっちゃんが浅井の反応を見て確かめるように訊いてきた。
懐かしい。自分の都市伝説に対応するような都市伝説と契約していた妻に、同じように問われた時の事を浅井は思い出す。感傷に浸るようにそっと頬の傷痕を撫で、
「ああ、≪結婚相手が見える洗面器≫ってやつといつの間にやら契約しててな、一方的に危害を加える奴の正体を見破れるんだぜ?」
それが無気力な人生を送っている彼が未だに会社に居られる理由だった。彼はこの能力によって会社に対して一方的な危害を与える者を突きとめ、お偉いさんに報告することを仕事としていた。周囲の人間はどのようにして彼がそれを突きとめているのか分かってはいないし、そもそも会社の上の方しか知らない仕事内容ではあるが……。
男の言葉に対するさっちゃんの反応は意外な程強烈なものだった。
「ほんとに!? 一方的にやられたら探せるの!?」
「あ? ああ、大体な」
「じゃあ探して! お兄たんや皆を殺した、≪夢の国≫を!!」
勢い込んで言うさっちゃんに浅井は面食らう。
「待て、よく分かんねえぞ? 殺されたって……夢の国ってーとほら、あのでっけえ遊園地のことじゃねえのかよ?」
浅井の言葉にさっちゃんはもどかしそうになにやら言葉を発しようと口を動かし、しかし良い言葉が出てこないのかうー、と唸ると浅井を見上げた。
「おじさん、さっちゃんと契約して。全部見せるから」
「なに……?」
浅井はぼんやりと、人間の姿をして生きている都市伝説との契約などして大丈夫なのか、そもそもいくつもの都市伝説との契約をしても大丈夫なのかを考え、その実ほぼ無思慮に、必死な様子のさっちゃんを見て了承した。
「いいぜ、別に人生特に意味もねえし、さっちゃんの話も気になるしな」
そう言って、契約といっても何をしたものか分からないのでとりあえず手を握手でもするように手を差し出した。さっちゃんはその手を握ると、
「ありがとう、おじさん」
契約が交わされ、浅井の視界が歪んだ。
そんな彼を心配していた友人も同僚たちも五年もすれば誰も寄り付かなくなり、結果、周囲から浅井は孤立していった。
その日も彼はいつもと同じように酒を浴びるように飲み、千鳥足で翌朝用の食料が詰まったコンビニの袋を揺らして歩いていた。酒に酔い歩く姿はそれでもどこか醒めているようで、皺だらけのスーツと相まってさながら幽鬼のようであり、哀れな程孤独であった。
「は、ははは~、と…………うん?」
いつもと変わらぬ道中、しかし、その日は違った。
電柱の陰に隠れるようにして、童女が倒れていたのだ。
「……!!」
駆け寄りその童女を確認する。一瞬自分の消えてしまった娘かと心のどこかが期待したが、
そんなはずねえか……。
娘の失踪からもう何十年も過ぎている。もし生きているとしてももうこのように幼い姿ではないだろう。
「おい、大丈夫か?」
「……ぅ」
声をかけると童女は瞼を振るわせてうっすらと目を開けた。
可愛らしい童女だった。何故か衣服は長く放浪でもしていたかのように薄汚れていたが、それでも白さを失うことは無い整った、精巧な日本人形を思わせる顔、そして多少汚れてはいるが瑞々しさを帯びたおかっぱ。
童女は起き上り、浅井へと顔を向けると弱々しく訊ねた。
「…………だれ?」
「ただのおっさんだ……ついてこい」
言って近くの小さな公園へと入った。家族が誰も居なくなってしい、一人で暮らすにはあまりにも広い家に代わって最近彼の寝床になっている公園だ。童女の姿を見てどうせ家出でもして食うに困っているんだろうと思った浅井はコンビニで買った翌日の朝食を童女に渡すと、訊いた。
「親はどうした?」
「……いない」
「いない?」
施設からでも逃げてきたのだろうか? そう思っていると彼女は奇妙なことを言いだした。
「さっちゃん、人じゃないもん」
「はぁ?」
人じゃないとはまたおかしいことを言う娘っ子だ。じゃあお前はなんなんだ。そう問いかけるとこれもまた奇妙な答えが返って来た。ただし、
「都市伝説」
「!」
今回の答えは浅井を驚愕させた。言葉自体はよく聞く言葉ではあるが、今この場で出てくるには違和感を感じる名称だ。
それに、
浅井の妻がこんな力に頼ったからと言って自らを責め殺した力も、浅井自身が持っている不思議な力もその括りに含まれるものであった。童女は続ける。
「だから親はいないよ……契約してくれたお兄たんはいたけど……殺されちゃった」
童女はそう、暗く暗く言った。
ということは、
「娘っ子が都市伝説、なのか?」
「うんそうだよ。≪さっちゃんの歌の四番目≫っていうの。だからさっちゃん」
人間のかっこの都市伝説もいやがるのか……。
今まで見知った都市伝説はその両方ともが姿かたちを持たないものであった浅井はまた驚きを覚える。
「おじさん、契約者?」
童女――さっちゃんが浅井の反応を見て確かめるように訊いてきた。
懐かしい。自分の都市伝説に対応するような都市伝説と契約していた妻に、同じように問われた時の事を浅井は思い出す。感傷に浸るようにそっと頬の傷痕を撫で、
「ああ、≪結婚相手が見える洗面器≫ってやつといつの間にやら契約しててな、一方的に危害を加える奴の正体を見破れるんだぜ?」
それが無気力な人生を送っている彼が未だに会社に居られる理由だった。彼はこの能力によって会社に対して一方的な危害を与える者を突きとめ、お偉いさんに報告することを仕事としていた。周囲の人間はどのようにして彼がそれを突きとめているのか分かってはいないし、そもそも会社の上の方しか知らない仕事内容ではあるが……。
男の言葉に対するさっちゃんの反応は意外な程強烈なものだった。
「ほんとに!? 一方的にやられたら探せるの!?」
「あ? ああ、大体な」
「じゃあ探して! お兄たんや皆を殺した、≪夢の国≫を!!」
勢い込んで言うさっちゃんに浅井は面食らう。
「待て、よく分かんねえぞ? 殺されたって……夢の国ってーとほら、あのでっけえ遊園地のことじゃねえのかよ?」
浅井の言葉にさっちゃんはもどかしそうになにやら言葉を発しようと口を動かし、しかし良い言葉が出てこないのかうー、と唸ると浅井を見上げた。
「おじさん、さっちゃんと契約して。全部見せるから」
「なに……?」
浅井はぼんやりと、人間の姿をして生きている都市伝説との契約などして大丈夫なのか、そもそもいくつもの都市伝説との契約をしても大丈夫なのかを考え、その実ほぼ無思慮に、必死な様子のさっちゃんを見て了承した。
「いいぜ、別に人生特に意味もねえし、さっちゃんの話も気になるしな」
そう言って、契約といっても何をしたものか分からないのでとりあえず手を握手でもするように手を差し出した。さっちゃんはその手を握ると、
「ありがとう、おじさん」
契約が交わされ、浅井の視界が歪んだ。
*
近くで複数人が暴れているような叫び声と物音が聞こえる。
なんだ?
思い、視界がはっきりした時、浅井の意識は呆然とした。
眼前では異常な体型をした人間のようなものやテレビなどで見覚えのあるマスコットを従えた少女が数名の人間を相手に立ち回っていた。
何だ……これは?
目の前で起こっている光景にまるで悪夢のようだと彼は思う。見る間に少女を相手にしていた人間が倒されていくのだ。そして、彼の意識の近くに立っていた逞しい体をした男性が倒れた時、浅井の意識全体に響くような悲鳴が迸った。
なんだ?
思い、視界がはっきりした時、浅井の意識は呆然とした。
眼前では異常な体型をした人間のようなものやテレビなどで見覚えのあるマスコットを従えた少女が数名の人間を相手に立ち回っていた。
何だ……これは?
目の前で起こっている光景にまるで悪夢のようだと彼は思う。見る間に少女を相手にしていた人間が倒されていくのだ。そして、彼の意識の近くに立っていた逞しい体をした男性が倒れた時、浅井の意識全体に響くような悲鳴が迸った。
「あ、ぁ…………い、いや……いやあああああぁっお兄たんっ!! ねえ!? 死んじゃだめだよ!! ねえ!?」
壊れたように発される悲鳴を聞き、その声の主が先程まで話をしていたさっちゃんだと悟った浅井はこれがさっちゃんの記憶であり、全てを見せるとはこういうことであるとなんとなく気付いた。
あのがっしりした体の若いのが前の娘っ子の契約者か。
浅井の視界の中、おそらくもう助からないであろう男性がさっちゃんの髪を撫でるように手を伸ばした。その視界の隅では少女の足が消失し、その上から更に金粉が降り注いでいたが、
なんだ? あの娘っ子……死なねえのか? それに、瞬間移動?
いつの間にか少女の姿は消え失せ、黒いパレードの櫓の上に現れていた。無くなっていたはずの両の足も元通りになっている。
少女は手をぞんざいに振り、その手の動きと共に黒いパレードが動きだした。圧倒的な物量による戦いとも呼べぬ虐殺の光景が展開される。そして、そのパレードの中、浅井の視界にあってはならないものが映った。それは――
……あ。
忘れもしない。昔、家族が誰一人欠けてなかった時の最後の記憶。遊園地に遊びに行った日から変わらない衣服を身に付けた、
……ぅあ。
当時と変わらぬ、浅井の娘の姿であった。
どういうことだ!?
混乱する思考で浅井は自らの娘を見る。その顔色はとても生者のものとは思えない程に土気色で、目は虚ろ、周囲に居る同じような状態の子供たちと共に黒いパレードを先導していて、――と、
不意に少女の姿が娘の後方に現れた。
おい……やめろ!
浅井は嫌な予感のするままに叫んだ。しかしその声は過去の記憶に何の影響も与えはしない。
やめ――
再び叫ぼうとした浅井の眼前、少女が浅井の娘と共にパレードの照明に溶け込むように消え失せ、次の瞬間、少女と敵対していた一人の女性が背にしていた路地からその姿が現れた。
パレードとその路地が何かの通路で繋がっていたとしか思えないような唐突な出現に、それでも女性は反応し、身に纏った金粉で何かをしようとする。しかし、少女が盾にするように突き出した浅井の娘の姿に躊躇うように動きを一瞬止めた。少女はその様を愉しそうに見、その容姿に似つかわしくないひどく老獪な笑みを浮かべると――
やめ――っ!
娘ごと女性を肉厚の刃物で貫いた。
少女は愉快そうに嗤い、その足元では血に塗れた女性とパレードに吸収されていく娘の姿があった。その様を浅井はまざまざと見せつけられて――――
あのがっしりした体の若いのが前の娘っ子の契約者か。
浅井の視界の中、おそらくもう助からないであろう男性がさっちゃんの髪を撫でるように手を伸ばした。その視界の隅では少女の足が消失し、その上から更に金粉が降り注いでいたが、
なんだ? あの娘っ子……死なねえのか? それに、瞬間移動?
いつの間にか少女の姿は消え失せ、黒いパレードの櫓の上に現れていた。無くなっていたはずの両の足も元通りになっている。
少女は手をぞんざいに振り、その手の動きと共に黒いパレードが動きだした。圧倒的な物量による戦いとも呼べぬ虐殺の光景が展開される。そして、そのパレードの中、浅井の視界にあってはならないものが映った。それは――
……あ。
忘れもしない。昔、家族が誰一人欠けてなかった時の最後の記憶。遊園地に遊びに行った日から変わらない衣服を身に付けた、
……ぅあ。
当時と変わらぬ、浅井の娘の姿であった。
どういうことだ!?
混乱する思考で浅井は自らの娘を見る。その顔色はとても生者のものとは思えない程に土気色で、目は虚ろ、周囲に居る同じような状態の子供たちと共に黒いパレードを先導していて、――と、
不意に少女の姿が娘の後方に現れた。
おい……やめろ!
浅井は嫌な予感のするままに叫んだ。しかしその声は過去の記憶に何の影響も与えはしない。
やめ――
再び叫ぼうとした浅井の眼前、少女が浅井の娘と共にパレードの照明に溶け込むように消え失せ、次の瞬間、少女と敵対していた一人の女性が背にしていた路地からその姿が現れた。
パレードとその路地が何かの通路で繋がっていたとしか思えないような唐突な出現に、それでも女性は反応し、身に纏った金粉で何かをしようとする。しかし、少女が盾にするように突き出した浅井の娘の姿に躊躇うように動きを一瞬止めた。少女はその様を愉しそうに見、その容姿に似つかわしくないひどく老獪な笑みを浮かべると――
やめ――っ!
娘ごと女性を肉厚の刃物で貫いた。
少女は愉快そうに嗤い、その足元では血に塗れた女性とパレードに吸収されていく娘の姿があった。その様を浅井はまざまざと見せつけられて――――
*
「――――っ!!」
ひどく耳触りな音が聞こえると思ったら自らが発する悲鳴だった。それに気が付き落ち着くまで何分かかっただろうか。気がつけば浅井はひどく疲労していた。
「……くっ」
「おじさん?」
さっちゃんがうなだれている浅井へと不安げに声をかける。浅井はギッ、と視線を彼女へと向け、問うた。
「さっちゃん、ありゃ、本当にあったことか?」
「そう、だよ」
それがどうしたのか? この記憶は確かにさっちゃん自身が体験したことであり、だがそれだけだ。
この男には関係のないことではないのか? 何故ここまで過剰にこの男は反応するのか? 彼女には疑問だった。
「……そうかい、そういうことかよ」
浅井の口から空気が漏れるように掠れた笑いがこぼれ出た。彼は久しぶりに喜んで、そして悲しんでいた。生きる意味が、目標が見つかったことに、自分の娘がもう絶対に助からないということに。
「もっと詳しく話せ。アレはなんだ?」
「おじ、さん?」
さっちゃんの両の肩を掴み、浅井は告げた。
「アレは俺の……復讐しなきゃならねえ仇だ!!」
「……くっ」
「おじさん?」
さっちゃんがうなだれている浅井へと不安げに声をかける。浅井はギッ、と視線を彼女へと向け、問うた。
「さっちゃん、ありゃ、本当にあったことか?」
「そう、だよ」
それがどうしたのか? この記憶は確かにさっちゃん自身が体験したことであり、だがそれだけだ。
この男には関係のないことではないのか? 何故ここまで過剰にこの男は反応するのか? 彼女には疑問だった。
「……そうかい、そういうことかよ」
浅井の口から空気が漏れるように掠れた笑いがこぼれ出た。彼は久しぶりに喜んで、そして悲しんでいた。生きる意味が、目標が見つかったことに、自分の娘がもう絶対に助からないということに。
「もっと詳しく話せ。アレはなんだ?」
「おじ、さん?」
さっちゃんの両の肩を掴み、浅井は告げた。
「アレは俺の……復讐しなきゃならねえ仇だ!!」
●
「…………ぅ、っつ、あー、ずいぶんと懐かしい夢を見たな……」
ホテルの一室、その床で気絶するように寝ていた浅井は皺だらけになったスーツもそのままに起き上り、誰にともなく言う。
顔を洗い、髭を剃っていると、鏡に胸元のネックレスが何かを知らせるように微弱に青白く点滅しているのが見えた。浅井はそれを見て、口元に笑みを作り、
「そうか、さっちゃんのペンダントが砕けたか。さっちゃんはあれを隠してたしそうそう簡単に見つかりゃせんだろうから……あの青年、口が達者みてえだな」
笑み、
「逃げられるわけにはいかねえから≪ホープダイヤ≫は使わせてもらうが、王様も苦しみがいくらか引いているはずだな」
ならきっと俺が行くまでは狂うこともないだろう。よしよしと言いながらホテルの別の部屋に居る少女のもとへと歩く。
「おい、起きてるかー?」
「おう、おっちゃん、起きてるぜ。ってかもう昼過ぎな」
足がないのをそれほど苦にしていないような少女の声、浅井はそれに微かに安心すると、
「よし、じゃあ行くぞ」
そう言ってさっさと少女に背を向けた。
「行くって、どこに?」
「王様を消し飛ばしに行くに決まってんだろーが」
少女の問いかけにさっさと答え、浅井は操ったままの従業員を一人呼び寄せた。
「……行くのか? やっぱ」
言外に行かないで欲しいと言っている少女に背を向けたまま浅井は言う。
「本当なら昨日殺しているはずなんだしな。……それに、時間がねえ」
「時間?」
疑問が来たのとほぼ同時、部屋の扉を叩く音がした。
浅井は扉の方を見て舌打ちを一つ、
「回数が違う、操られてねえ奴か」
「え?」
状況を把握していない少女に説明してやる。
「≪結婚相手の見える洗面器≫が感知した。誰かにこのホテルの現状がばれたみてえだな」
言った瞬間、いっこうに部屋の中の者が反応しないことに事に業を煮やしたのか、扉が無理やり破られた。
扉を破ったのは黒いスーツに黒いサングラスを身に着けた男たちで、彼らは手に奇妙な形状をした銃らしきものを構え、高圧的に言った。
「……≪組織≫だ。何をやっているのか話してもらおう。大人しくついてこい」
「やなこった。――突破すっぞ、娘っ子」
男たちの言葉にそう応えると浅井は己の都市伝説の能力を発動させた。胸元で二つの石が光る。
浅井の言葉をうけ、≪ホープダイヤ≫で操られている女性が少女を抱え上げた。
「うわ! 姉ちゃん、いきなり抱えるな!」
少女が大声で文句を言うが、
「かまわねえ、やってくれ」
無視された。そうして突破の用意ができた事を確認した浅井を、不意の苦痛が襲った。
「――――っ、グ……」
頭を押さえた彼は、次いで胸元のネックレスを憎々しげに睨み、
「……まだ、まだ俺ハ……あああァ!!」
浅井のスーツが堅い外殻へと変異し、彼は≪組織≫の男たちへと駆けた。
ホテルの一室、その床で気絶するように寝ていた浅井は皺だらけになったスーツもそのままに起き上り、誰にともなく言う。
顔を洗い、髭を剃っていると、鏡に胸元のネックレスが何かを知らせるように微弱に青白く点滅しているのが見えた。浅井はそれを見て、口元に笑みを作り、
「そうか、さっちゃんのペンダントが砕けたか。さっちゃんはあれを隠してたしそうそう簡単に見つかりゃせんだろうから……あの青年、口が達者みてえだな」
笑み、
「逃げられるわけにはいかねえから≪ホープダイヤ≫は使わせてもらうが、王様も苦しみがいくらか引いているはずだな」
ならきっと俺が行くまでは狂うこともないだろう。よしよしと言いながらホテルの別の部屋に居る少女のもとへと歩く。
「おい、起きてるかー?」
「おう、おっちゃん、起きてるぜ。ってかもう昼過ぎな」
足がないのをそれほど苦にしていないような少女の声、浅井はそれに微かに安心すると、
「よし、じゃあ行くぞ」
そう言ってさっさと少女に背を向けた。
「行くって、どこに?」
「王様を消し飛ばしに行くに決まってんだろーが」
少女の問いかけにさっさと答え、浅井は操ったままの従業員を一人呼び寄せた。
「……行くのか? やっぱ」
言外に行かないで欲しいと言っている少女に背を向けたまま浅井は言う。
「本当なら昨日殺しているはずなんだしな。……それに、時間がねえ」
「時間?」
疑問が来たのとほぼ同時、部屋の扉を叩く音がした。
浅井は扉の方を見て舌打ちを一つ、
「回数が違う、操られてねえ奴か」
「え?」
状況を把握していない少女に説明してやる。
「≪結婚相手の見える洗面器≫が感知した。誰かにこのホテルの現状がばれたみてえだな」
言った瞬間、いっこうに部屋の中の者が反応しないことに事に業を煮やしたのか、扉が無理やり破られた。
扉を破ったのは黒いスーツに黒いサングラスを身に着けた男たちで、彼らは手に奇妙な形状をした銃らしきものを構え、高圧的に言った。
「……≪組織≫だ。何をやっているのか話してもらおう。大人しくついてこい」
「やなこった。――突破すっぞ、娘っ子」
男たちの言葉にそう応えると浅井は己の都市伝説の能力を発動させた。胸元で二つの石が光る。
浅井の言葉をうけ、≪ホープダイヤ≫で操られている女性が少女を抱え上げた。
「うわ! 姉ちゃん、いきなり抱えるな!」
少女が大声で文句を言うが、
「かまわねえ、やってくれ」
無視された。そうして突破の用意ができた事を確認した浅井を、不意の苦痛が襲った。
「――――っ、グ……」
頭を押さえた彼は、次いで胸元のネックレスを憎々しげに睨み、
「……まだ、まだ俺ハ……あああァ!!」
浅井のスーツが堅い外殻へと変異し、彼は≪組織≫の男たちへと駆けた。
●
とあるマンションの一室にさっちゃんと、彼を知る者の間ではお人好しで過労死候補と評判の黒服の姿があった。
「≪さっちゃんの歌の四番目≫がいる。黒服さん、貴方から彼女にいろいろと言ってやって、そして話相手になってやって欲しい」
そう言って青年がさっちゃんを軟禁している部屋へと黒服を招いたのだ。未だに歌の二番目を施し続けている彼女の説得を頼んではいるが、なによりも話相手になってやって欲しいと、青年は黒服に依頼した。
黒服は生来の気質故か、その頼みを聞き入れ、今こうして対談が果たされている。
昨日の内に椅子に縛りつけられていた状態から解放されていたさっちゃんは彼を見て開口一番、
「地下トンネルのお兄ちゃん?」
微弱な驚きを含んだ声を上げた。事の顛末を全て聞いている身であっても死んでしまったと思っていた者の生存がその目で確認されたことは驚きだったようだ。
そんな再会をして、彼の口から≪夢の国≫の事、知り合いたちの事を改めて聞いている内に数時間が経った。
夕刻、日が西に沈み行く時間、青年の契約者の事を案ずる黒服の言葉にさっちゃんが「おとーさんなら危ないことはしない」と言うのを聞き、不意に彼は訊ねてみた。
「あなたと、そのおとーさんはどのように知り合ったのですか?」
彼らと離れてからのさっちゃんの動きを彼は知らない。故に、現在この子の契約者である男の存在はどうしても気になるところであった。
「おとーさん? おとーさんはね、えっとね――」
さっちゃんは彼女の契約者が居なくなってから見せることが少なくなった、心の底から嬉しそうな顔で、その時のことを語り始めた。
「≪さっちゃんの歌の四番目≫がいる。黒服さん、貴方から彼女にいろいろと言ってやって、そして話相手になってやって欲しい」
そう言って青年がさっちゃんを軟禁している部屋へと黒服を招いたのだ。未だに歌の二番目を施し続けている彼女の説得を頼んではいるが、なによりも話相手になってやって欲しいと、青年は黒服に依頼した。
黒服は生来の気質故か、その頼みを聞き入れ、今こうして対談が果たされている。
昨日の内に椅子に縛りつけられていた状態から解放されていたさっちゃんは彼を見て開口一番、
「地下トンネルのお兄ちゃん?」
微弱な驚きを含んだ声を上げた。事の顛末を全て聞いている身であっても死んでしまったと思っていた者の生存がその目で確認されたことは驚きだったようだ。
そんな再会をして、彼の口から≪夢の国≫の事、知り合いたちの事を改めて聞いている内に数時間が経った。
夕刻、日が西に沈み行く時間、青年の契約者の事を案ずる黒服の言葉にさっちゃんが「おとーさんなら危ないことはしない」と言うのを聞き、不意に彼は訊ねてみた。
「あなたと、そのおとーさんはどのように知り合ったのですか?」
彼らと離れてからのさっちゃんの動きを彼は知らない。故に、現在この子の契約者である男の存在はどうしても気になるところであった。
「おとーさん? おとーさんはね、えっとね――」
さっちゃんは彼女の契約者が居なくなってから見せることが少なくなった、心の底から嬉しそうな顔で、その時のことを語り始めた。
●
さっちゃんと浅井が出会い、そして契約した時に見せた光景は彼女自身が当初思っていたよりも遥かに大きな影響を浅井に与えていた。浅井は自身の娘が≪夢の国≫に攫われ、そして殺されたということを理解し、彼が求めるがままにさっちゃんは≪夢の国≫の事と自身が≪夢の国≫と対峙した時の事を話した。
全てを聞き終えた浅井は「そうかい」と頷き、
「≪夢の国≫、そいつが俺の家族をぶち壊しやがった野郎だな」
憎々しげに吐き捨てた。
……似てる。
浅井の憎々しげな呟きを聞いてさっちゃんはそう感じた。
仲間を、兄のように慕っていた契約者を≪夢の国≫によって失い、全てを狂わされた彼女と、家族を≪夢の国≫によって失い、それまでの生活を壊された浅井はとてもよく似ていたのだ。
浅井自身もそれに思い当ったようで頬の傷痕をひっかきながら力無く笑うと、「なんか似た者同士だな」と言って節くれだった手で彼女の頭を撫でた。さっちゃんは「うん」と答え、なされるがままにされていた。久しぶりに優しく触れられた手はとても温かく感じられた。
「信じらんねぇことだよな」
力が抜けた言葉が浅井の口から漏れる。
「でもあの記憶は本物だよ?」
「ああ、いや、悪りぃ……信じたくねえのさ」
苦笑。確認するように問う。
「娘はもう駄目なんだよな?」
さっちゃんは頷き、
「おじさんの言ってたようにパレードの中にその子がいたのならきっともう内臓を取られて……」
「そうか……」
まだ死体が見つかってねえからもしかしたらって思ってたんだけどなぁ。
浅井はそう思い――と、そこではたと気付いた。
「≪夢の国≫に俺の娘も殺されてるんだよな」
ということは、
「どうしたの?」
顔を向けてくるさっちゃんへああ、と答えて浅井は言う。
「俺は今まで娘を探すために≪結婚相手が見える洗面器≫を何度か試したことがあるんだが一度も成功しなかったんだよ。水面が歪んで何も映らねえのさ」
何故かはわからなかったがそういうものなのだろうと諦めていたことだ。だが娘を攫って殺したのも都市伝説であるのならば、何らかの妨害があったのかも知れない。
その考えを話すと、あ、と声を上げてさっちゃんが、
「お兄たんが言ってた。≪夢の国≫には特別な電波が流れてるって」
だからその姿も普通には見つけることが難しいらしいとのことだ。
つまりは、
「その特別な電波ってやつに妨害されてやがるのか」
見つけられねえわけだ。と浅井が舌打ちをした時、不意に少年の声がした。
全てを聞き終えた浅井は「そうかい」と頷き、
「≪夢の国≫、そいつが俺の家族をぶち壊しやがった野郎だな」
憎々しげに吐き捨てた。
……似てる。
浅井の憎々しげな呟きを聞いてさっちゃんはそう感じた。
仲間を、兄のように慕っていた契約者を≪夢の国≫によって失い、全てを狂わされた彼女と、家族を≪夢の国≫によって失い、それまでの生活を壊された浅井はとてもよく似ていたのだ。
浅井自身もそれに思い当ったようで頬の傷痕をひっかきながら力無く笑うと、「なんか似た者同士だな」と言って節くれだった手で彼女の頭を撫でた。さっちゃんは「うん」と答え、なされるがままにされていた。久しぶりに優しく触れられた手はとても温かく感じられた。
「信じらんねぇことだよな」
力が抜けた言葉が浅井の口から漏れる。
「でもあの記憶は本物だよ?」
「ああ、いや、悪りぃ……信じたくねえのさ」
苦笑。確認するように問う。
「娘はもう駄目なんだよな?」
さっちゃんは頷き、
「おじさんの言ってたようにパレードの中にその子がいたのならきっともう内臓を取られて……」
「そうか……」
まだ死体が見つかってねえからもしかしたらって思ってたんだけどなぁ。
浅井はそう思い――と、そこではたと気付いた。
「≪夢の国≫に俺の娘も殺されてるんだよな」
ということは、
「どうしたの?」
顔を向けてくるさっちゃんへああ、と答えて浅井は言う。
「俺は今まで娘を探すために≪結婚相手が見える洗面器≫を何度か試したことがあるんだが一度も成功しなかったんだよ。水面が歪んで何も映らねえのさ」
何故かはわからなかったがそういうものなのだろうと諦めていたことだ。だが娘を攫って殺したのも都市伝説であるのならば、何らかの妨害があったのかも知れない。
その考えを話すと、あ、と声を上げてさっちゃんが、
「お兄たんが言ってた。≪夢の国≫には特別な電波が流れてるって」
だからその姿も普通には見つけることが難しいらしいとのことだ。
つまりは、
「その特別な電波ってやつに妨害されてやがるのか」
見つけられねえわけだ。と浅井が舌打ちをした時、不意に少年の声がした。
「見ぃ~つけたー」
声の方向、公園の入り口へと目を向けると高校生くらいに見える少年が立ち、さっちゃんへと顔を向けていた。浅井も彼女へと目を向ける。するとさっちゃんは驚いたように少年を見ていた。
「うそ……」
その声は緊張を帯びている。
「夢に出てきたからさぁ、この逃走経路」
高圧的に言ってナイフを手に歩いて来る少年。
浅井は少年が手に持つナイフを見て、眉を寄せ、渋い顔で呟いた。
「そういえば最近ここら辺で連続殺人事件が起こってるとかいう話を聞いたような気がすんな」
「その犯人って俺だぜ?」
少年は自慢気に言う。
「なにしろ皆夢で見た通りに動いてくれるからさぁ~、殺しやすいったらないぜ? 夢に見るのは人気のない場所に行く馬鹿ばかりだから見つかることもねえし」
「……にげれたと思ったのに」
そう呟くさっちゃんを少年は嘲笑する。
「俺からは逃げらんねぇよ。おとなしく殺されろって。都市伝説殺しは初めてでさぁ、どんな殺し心地か楽しみなんだよ」
「さっちゃんが倒れてたのはこの坊主から逃げてたからか?」
浅井が少年を指さし、さっちゃんへと顔を向けて訊く。
「うん、それと……少しつかれちゃって」
「腹が減ってたからじゃなかったのか……」
「ちがうもん!」
小突いてくるさっちゃんを笑って見ながら、
まあ、この娘っ子のなりで一人旅じゃあ大変だよな。
浅井は思い、再び少年を見る。少年は浅井たちの方へと歩いて来ながら上機嫌に言う。
「それでも俺からの逃走記録更新してるぜ? 流石は都市伝説。しぶといねぇ。――ああ、おっさんもまとめて殺してやるから逃げんなよ」
少年の発言を受けてさっちゃんが叫んだ。
「おじさん、にげて!」
そして少年へと向けて駆けだす。
「さっちゃんはね、ふみきりで足をなくしたよ!」
彼女の所以たる≪さっちゃんの歌の四番目≫が歌われ、少年の足を求めて腕が振るわれる。しかしそれを少年はあっさりと避け、
「夢と同じだなぁっ!」
さっちゃんを地面に組み伏せた。
「さあて、どんな感触がすんのかなぁ!?」
そう言ってナイフを振り上げた少年の顔に酒瓶が飛んだ。
ぶつかる。
「っがぁ!?」
倒れる少年。酒瓶を投じた浅井はさっちゃんのもとへと駆け寄る。
「っのクソヤロオオッ!!」
起きあがった少年は叫びながらナイフで浅井の顔を切りつけた。
「っつ!」
「死ねぇッ!」
ひるんだ浅井へと更にナイフを突き込もうとした少年の耳に歌が届いた。
「うそ……」
その声は緊張を帯びている。
「夢に出てきたからさぁ、この逃走経路」
高圧的に言ってナイフを手に歩いて来る少年。
浅井は少年が手に持つナイフを見て、眉を寄せ、渋い顔で呟いた。
「そういえば最近ここら辺で連続殺人事件が起こってるとかいう話を聞いたような気がすんな」
「その犯人って俺だぜ?」
少年は自慢気に言う。
「なにしろ皆夢で見た通りに動いてくれるからさぁ~、殺しやすいったらないぜ? 夢に見るのは人気のない場所に行く馬鹿ばかりだから見つかることもねえし」
「……にげれたと思ったのに」
そう呟くさっちゃんを少年は嘲笑する。
「俺からは逃げらんねぇよ。おとなしく殺されろって。都市伝説殺しは初めてでさぁ、どんな殺し心地か楽しみなんだよ」
「さっちゃんが倒れてたのはこの坊主から逃げてたからか?」
浅井が少年を指さし、さっちゃんへと顔を向けて訊く。
「うん、それと……少しつかれちゃって」
「腹が減ってたからじゃなかったのか……」
「ちがうもん!」
小突いてくるさっちゃんを笑って見ながら、
まあ、この娘っ子のなりで一人旅じゃあ大変だよな。
浅井は思い、再び少年を見る。少年は浅井たちの方へと歩いて来ながら上機嫌に言う。
「それでも俺からの逃走記録更新してるぜ? 流石は都市伝説。しぶといねぇ。――ああ、おっさんもまとめて殺してやるから逃げんなよ」
少年の発言を受けてさっちゃんが叫んだ。
「おじさん、にげて!」
そして少年へと向けて駆けだす。
「さっちゃんはね、ふみきりで足をなくしたよ!」
彼女の所以たる≪さっちゃんの歌の四番目≫が歌われ、少年の足を求めて腕が振るわれる。しかしそれを少年はあっさりと避け、
「夢と同じだなぁっ!」
さっちゃんを地面に組み伏せた。
「さあて、どんな感触がすんのかなぁ!?」
そう言ってナイフを振り上げた少年の顔に酒瓶が飛んだ。
ぶつかる。
「っがぁ!?」
倒れる少年。酒瓶を投じた浅井はさっちゃんのもとへと駆け寄る。
「っのクソヤロオオッ!!」
起きあがった少年は叫びながらナイフで浅井の顔を切りつけた。
「っつ!」
「死ねぇッ!」
ひるんだ浅井へと更にナイフを突き込もうとした少年の耳に歌が届いた。
「さっちゃんはね、バナナが大好きほんとだよ」
同時に少年の身体が急激に重くなる。そう、まるで重い病にでも罹ったかのように。
「なん、だ? こんなの、夢とちが――」
足にさっちゃんが触れた。
「さっちゃんはね、ふみきりで足をなくしたよ」
次いで痛みも無く足が消失する感覚。
「契約で能力が増えたの。さっちゃんは二番も四番も歌えるよ?」
すごい? と訊ねる声。「ああ」と浅井は答え。
「――だとさ」
浅井の拳が少年の顔面を捉えた。
「大丈夫か?」
「うん、ありがとうおじさん……大丈夫?」
そういってさっちゃんは小さな手を伸ばして浅井の頬へと触れた。そこには元々あった傷痕をなぞるように新たな切り傷ができていた。浅井はそれをなぞって苦笑し、
「ああ大丈夫だ。ここの傷は奥さんとの水面越しの出会いの時の思い出深いもんでな。さっちゃんとの出会いの記念にもなったな」
そう言って笑う。浅井は気絶している少年を放っておいたまま言う。
「家に来い、もう一回洗面器を試してみようぜ」
「なん、だ? こんなの、夢とちが――」
足にさっちゃんが触れた。
「さっちゃんはね、ふみきりで足をなくしたよ」
次いで痛みも無く足が消失する感覚。
「契約で能力が増えたの。さっちゃんは二番も四番も歌えるよ?」
すごい? と訊ねる声。「ああ」と浅井は答え。
「――だとさ」
浅井の拳が少年の顔面を捉えた。
「大丈夫か?」
「うん、ありがとうおじさん……大丈夫?」
そういってさっちゃんは小さな手を伸ばして浅井の頬へと触れた。そこには元々あった傷痕をなぞるように新たな切り傷ができていた。浅井はそれをなぞって苦笑し、
「ああ大丈夫だ。ここの傷は奥さんとの水面越しの出会いの時の思い出深いもんでな。さっちゃんとの出会いの記念にもなったな」
そう言って笑う。浅井は気絶している少年を放っておいたまま言う。
「家に来い、もう一回洗面器を試してみようぜ」
*
浅井の家は閑散としていた。ゴミが溜まり、埃が堆積し、人の出入りなどここ最近無かったことが窺える。そんな家の風呂場で男はコンビニで購入していたペットボトから移された水をなみなみと湛えた洗面器を前にし、その水面を覗き込んでいた。
「俺とさっちゃんの復讐の相手を、≪夢の国≫を映し出してくれ」
祈るような声が漏れるが水面には何も映りはしない。
「くそっ駄目か!」
悪態をつき、しかし浅井は少し冷静になって呟いた。
「……いや、これでまだよかったのかもしんねえな」
「よかった?」
近くで洗面器を一緒に覗き込んでいたさっちゃんが訊く。
「ああ、俺たちは、弱え……こんなんじゃああの≪夢の国≫には勝てるわけがねえ」
記憶の中にあった≪夢の国≫はとても今の彼らに勝てるものでは、いや、おそらく手を触れることすらできないであろうものだった。
さっちゃんは反抗するように浅井を見上げていたが、やがて目を逸らすと、
「……うん」
小さくそれを認めた。
「もっと、もっと力が必要だ、国だろうとなんだろうとぶち壊して復讐するための力が……っ!」
浅井は低く、獣が唸るように、深い深い情念を込めて言う。
さっちゃんは彼を見、
「うん……力が、ほしい」
悔しそうに言った。浅井は頷き返すと、洗面器へと向き直る。
「――そんな力は、それだけの力をもった都市伝説はどこにある? 一方的に誰かに危害を与える程の力をもった都市伝説は、どこにある?」
すると、見つめる洗面器に変化が起きた。暗く澄んだ水面が波立ち、映像が浮かんだのだ。それは青い綺麗な石のようで、
「これが、力……?」
さっちゃんが問いかけ、浅井が頷いた。
「≪夢の国≫を潰すための復讐の力を手に入れて……あれを、殺す」
彼らにはそれは復讐のための鋭利な刃に見えた。
「俺とさっちゃんの復讐の相手を、≪夢の国≫を映し出してくれ」
祈るような声が漏れるが水面には何も映りはしない。
「くそっ駄目か!」
悪態をつき、しかし浅井は少し冷静になって呟いた。
「……いや、これでまだよかったのかもしんねえな」
「よかった?」
近くで洗面器を一緒に覗き込んでいたさっちゃんが訊く。
「ああ、俺たちは、弱え……こんなんじゃああの≪夢の国≫には勝てるわけがねえ」
記憶の中にあった≪夢の国≫はとても今の彼らに勝てるものでは、いや、おそらく手を触れることすらできないであろうものだった。
さっちゃんは反抗するように浅井を見上げていたが、やがて目を逸らすと、
「……うん」
小さくそれを認めた。
「もっと、もっと力が必要だ、国だろうとなんだろうとぶち壊して復讐するための力が……っ!」
浅井は低く、獣が唸るように、深い深い情念を込めて言う。
さっちゃんは彼を見、
「うん……力が、ほしい」
悔しそうに言った。浅井は頷き返すと、洗面器へと向き直る。
「――そんな力は、それだけの力をもった都市伝説はどこにある? 一方的に誰かに危害を与える程の力をもった都市伝説は、どこにある?」
すると、見つめる洗面器に変化が起きた。暗く澄んだ水面が波立ち、映像が浮かんだのだ。それは青い綺麗な石のようで、
「これが、力……?」
さっちゃんが問いかけ、浅井が頷いた。
「≪夢の国≫を潰すための復讐の力を手に入れて……あれを、殺す」
彼らにはそれは復讐のための鋭利な刃に見えた。
*
数日後、
「じゃあ行くか」
旅装の浅井がさっちゃんへと声をかける。彼女は心配げに彼の頬に張り付けられたガーゼを見て、
「あの、おじさん……けがとか大丈夫?」
「おう、問題無しだ」
浅井はそう言ってガーゼを外し、頬の傷痕をなぞる。その痕は消えることは無いだろうが彼は別に頓着しない。
「ほんとに、さっちゃんといっしょに来てくれるの?」
さっちゃんは恐る恐るといったように、窺うように問う。
「ああ、俺に生きる意味を与えてくれたようなもんだしな。俺も≪夢の国≫を殺したい。
それにさっちゃん一人だと道中大変だろ? 保護者面出来る奴がいた方が楽だぜ?」
目標は復讐、暗く歪で後ろ向きではあるが、
「じゃあ、おとーさんって、呼んでもいい?」
そう言って伸ばされた手は確かに握られ、
「おう、今日からさっちゃんは俺の娘だ」
笑顔が互いに交わされた。
この時から、
「うん、おとーさん」
間違いなく、二人は親子であった。
「じゃあ行くか」
旅装の浅井がさっちゃんへと声をかける。彼女は心配げに彼の頬に張り付けられたガーゼを見て、
「あの、おじさん……けがとか大丈夫?」
「おう、問題無しだ」
浅井はそう言ってガーゼを外し、頬の傷痕をなぞる。その痕は消えることは無いだろうが彼は別に頓着しない。
「ほんとに、さっちゃんといっしょに来てくれるの?」
さっちゃんは恐る恐るといったように、窺うように問う。
「ああ、俺に生きる意味を与えてくれたようなもんだしな。俺も≪夢の国≫を殺したい。
それにさっちゃん一人だと道中大変だろ? 保護者面出来る奴がいた方が楽だぜ?」
目標は復讐、暗く歪で後ろ向きではあるが、
「じゃあ、おとーさんって、呼んでもいい?」
そう言って伸ばされた手は確かに握られ、
「おう、今日からさっちゃんは俺の娘だ」
笑顔が互いに交わされた。
この時から、
「うん、おとーさん」
間違いなく、二人は親子であった。
●
出逢いの全てを話したさっちゃんは最後にこう締めくくった。
「それからずっといっしょなんだよ……お兄たんたちといっしょだったときみたいに」
明るい顔から一転、以前の契約者を思い出したのか表情に影が差したさっちゃんを見て、黒服が窺うように訊いた。
「≪夢の国≫が憎いですか?」
「≪夢の国≫はゆるせないよ……でも」
昨日、自分の罵声を文句も無くひたすら聞き続け、倒れた夢子をさっちゃんは思い出す。
あの時の彼女の表情を、目を思い出して、
「でも、あの王様を殺すのは、なにか違うって、そう思う……」
小さく小さく呟いた。
「……そうですか」
「地下トンネルのお兄ちゃんは王様をゆるしたの?」
さっちゃんからの問い返し、黒服は微笑み、
「私は、そうですね。あの子も、彼女が王を務める≪夢の国≫も、今はもう」
「そうなんだ……お兄たんたちのことは、忘れちゃった?」
寂しげに訊かれた言葉、それに黒服は首を振って、
「とんでもない、一時期は都市伝説化していたことで記憶が飛んでいましたが、彼らの事はいつまでも私の中で大切なままですよ」
そうなんだ。と今度は安心したように呟く。そして、
「さっちゃんはね」
ぽつりと言う。
「今はよくわからなくなっちゃった。王様に会うまではあんなに殺してやりたいって思ってたのに……」
「そうですか……」
黒服はそっとさっちゃんの頭を撫でる。と、黒服の携帯が鳴りだした。出てみると、それは≪組織≫からの連絡であり、「――はい、……え? ホテルを乗っ取っていた都市伝説契約者が逃走中? 突撃班は全滅、一部の者は身体を食べられた?」
そこへ青年が頭にいつも契約者の少女が連れている人形を乗せて入ってきた。表情は少し険を帯びたもので、
「黒服さん、さっちゃん、客が来たようだ。ついてきてくれ」
告げた。
「それからずっといっしょなんだよ……お兄たんたちといっしょだったときみたいに」
明るい顔から一転、以前の契約者を思い出したのか表情に影が差したさっちゃんを見て、黒服が窺うように訊いた。
「≪夢の国≫が憎いですか?」
「≪夢の国≫はゆるせないよ……でも」
昨日、自分の罵声を文句も無くひたすら聞き続け、倒れた夢子をさっちゃんは思い出す。
あの時の彼女の表情を、目を思い出して、
「でも、あの王様を殺すのは、なにか違うって、そう思う……」
小さく小さく呟いた。
「……そうですか」
「地下トンネルのお兄ちゃんは王様をゆるしたの?」
さっちゃんからの問い返し、黒服は微笑み、
「私は、そうですね。あの子も、彼女が王を務める≪夢の国≫も、今はもう」
「そうなんだ……お兄たんたちのことは、忘れちゃった?」
寂しげに訊かれた言葉、それに黒服は首を振って、
「とんでもない、一時期は都市伝説化していたことで記憶が飛んでいましたが、彼らの事はいつまでも私の中で大切なままですよ」
そうなんだ。と今度は安心したように呟く。そして、
「さっちゃんはね」
ぽつりと言う。
「今はよくわからなくなっちゃった。王様に会うまではあんなに殺してやりたいって思ってたのに……」
「そうですか……」
黒服はそっとさっちゃんの頭を撫でる。と、黒服の携帯が鳴りだした。出てみると、それは≪組織≫からの連絡であり、「――はい、……え? ホテルを乗っ取っていた都市伝説契約者が逃走中? 突撃班は全滅、一部の者は身体を食べられた?」
そこへ青年が頭にいつも契約者の少女が連れている人形を乗せて入ってきた。表情は少し険を帯びたもので、
「黒服さん、さっちゃん、客が来たようだ。ついてきてくれ」
告げた。