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先程のは彼らにとって最悪の言葉だろうな。
通話が切れた携帯電話を見つめ、青年は思う。
悪夢を払拭しようとして、それが結果的に悪夢を再び呼び込むことになるのだから……。
「――よし」
軽く息を吐き、気持ちを入れ替える。この事実を伝えるべき相手はもう一人いるのだ。
「お兄ちゃん?」
「ん、なんでもない」
首を向けてきたリカちゃんへと笑みを向ける。リカちゃんは「そうなの?」と首を傾げ、
「……ねえ、お姉ちゃんは、だいじょうぶ?」
心配げに問うた。
「契約者は大丈夫だろう。話してみてだいたい分かったがあの男、さっちゃんの安全の確保のためだけに契約者を連れて行っただけ、という公算が高い」
「こうさん?」
と再び首をかしげるリカちゃん。
「ああ、確率が高いといったところか……あの男、おそらく――」
リカちゃんへと答え、予想を告げようとしたところで青年は異変に気付き、言葉を止めた。そして首をある一室へと向ける。
「……部屋の方から物音がしなくなったな」
「え……あ、ほんとなの」
その部屋では夢子とさっちゃんの二人が言葉による相対をしている。気絶させたさっちゃんを拘束した青年に夢子が申し出たのだ。
「『あの子と二人で話させてください』……か」
無理はせぬよう言い含めて部屋を後にしたのだが、部屋からは今の今までさっちゃんの罵倒とそれに答える疲弊した声が漏れ聞こえていた。
「こちらも難儀だな」
「なんぎ?」
「難しく苦しいということだ」
「……うん」
青年が答えながら部屋へと歩を進めていると、その近くに気配が現れた。リカちゃんが彼らの総称を呼ぶ。
「ますこっとさん?」
部屋の前でリカちゃんと中の様子を訝しんでいた青年の横にマスコットの一人が現れていた。
「何かあったのか?」
無言で部屋を指し示して首を左右に振るマスコット。彼らもまた、王の命令で部屋の中には入っていない。
しかし彼ら自身の王の不調は察することができるのだろう、不安げな気配を滲ませている。
「あの子も大概無茶をする」
さっちゃんの歌の二番の影響が最もあるであろうさっちゃんの目の前でひたすら自分を呪う言葉を聞き続けているのだ。おそらく限界が来たのだろう。
青年は扉を開け、部屋に入った。中には椅子に縛りつけられているさっちゃんと、その前で倒れている夢子がいた。
さっちゃんは床に倒れて動かない夢子を見て半ば呆然としている。青年は一度、夢子の解呪を願ってみるがそれはやはり通用しない。口惜しげに眉根を一瞬詰め、リカちゃんに指示を出す。
「夢子ちゃんを別室へ運んでくれ」
「わかったの」
リカちゃんは頷いて意識を失っている夢子を運んで行く。小さな人形が少女を一人運んで行く姿は一種珍妙なものでどこか危なっかしくもあるのだが、
部屋から出ればマスコットが手伝うだろう。
そう思い見送って、青年は椅子に縛りつけられているさっちゃんに声をかける。
「歌の二番が夢子ちゃんに与える影響を見て怯んだ、と言うわけではないだろう?」
もしそうならばここまで強力な呪いをかけ続けなどしまい。
言外に言いつつ腰を下ろし、さっちゃんと目線を同じ高さに合わせる。さっちゃんは先程までの元気も無く、悄然として呟いた。
「…………なんで、ずっとさっちゃんの悪口、きいてるの?」
「それがあの子なりの罪滅ぼしだからだろう」
そう答えた青年にさっちゃんは改めて顔を向け、ぽつりぽつりと話し始める。
「たおれるまで、ずっときいてた。今日までも何回も、何回も死んでるはずなのに……」
「そうか」
おそらくこの子の中にあるのは自らの契約者や知り合いを悉く殺しつくした≪夢の国≫のイメージだったのだろう。実際の、今の≪夢の国≫の王を、夢子を見て、話して、戸惑っているのだ。
青年はひどく疲れた顔をしているさっちゃんを見て思う。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「どうした?」
さっちゃんは少し迷うように目を泳がせた後、面を上げ、訊いた。
「あの王様がお兄たんたちを殺したんじゃないんだよね?」
お兄たん……以前のこの子の契約者のことだな。
黒服から聞いたことを思い出す。以前の契約者とさっちゃんはそれこそ本当の兄妹のように仲が良かったと聞く。
青年は首を振り、
「夢子ちゃんがその手で殺したのは確かだ。――しかし、そこに彼女の意思はなかった」
最初に会った時に言ったことを改めて告げる。初めに会った時には感情が反発した言葉だ。そして今回、彼女は、
「そっか」
そうとだけ、小声で言った。
「赦してはやれないか?」
「いや、だもん。なかったことにしたら、いやだもん……」
やはりまだ赦せはしないか……。
「しかし、このままでは≪夢の国≫はまた歪むことになる。さっちゃん、君の手によってだ」
「え?」
ひどいことをしているな。と思い、自然、逸らしたくなる目を意志力で見つめたまま青年は言葉を繋ぐ。
「今の夢子ちゃんの状況は夢の国の創始者が置かれていた状況と似通っている。このままではあの子は狂うだろう」
そうしたら、≪夢の国≫は再び悪夢の国となる。
さっちゃんはそれを聞くとは、とした顔になり、
「そうなんだ……」
言って俯いた。しかしやがて、
「ねぇ……」
青年に呼びかけ、もぞもぞと身を動かし始めた。
「さっちゃんの服の下、ネックレスがあるから……とって」
青年は疑問顔で服へと手を突き入れネックレスを取り出す。細い鎖の先に青白く光る石を備えたそれはサラリーマン風の男が付けていた物と同じに見える。
「……なんらかの都市伝説か」
ネックレスから感じる異様な気配に青年はそう判断した。
「うん……≪ホープダイヤ≫以外の、もう一つの力の石、おとーさんも同じのを持ってるよ。おとーさんはこの石を――」
さっちゃんは石の名を告げ、それを聞いた青年が即座に結界を張ろうとする。しかし、
「契約者が、おとーさんが決めた人にしか効果は出ないから大丈夫だよ」
そういったさっちゃんの言葉に、青年は動きを止めた。
確かに今まで問題は特に無かった、信用できるだろう。
そう青年が考えていると、さっちゃんが告げた。
「壊してもいいよ」
「……すまない」
「どうしてあやまるの?」
疑問を投げかけてくるさっちゃん。青年はネックレスの鎖を引きちぎりながら答える。
「大切なものがなくなった時の悲哀がわからないわけではない。復讐をしたい気持ちも察する。だが……それでも俺はお前たちを止めるからだ」
青白い石を握りこむ。
「これを壊してもさっちゃんは王様に能力を使い続けるよ。少し、少しだけ苦しくなくなるだけ。それにおとーさんは強いもん。苦しまないように王様を殺してくれるよ。それまで動けないようにしておくのがさっちゃんのお仕事。動けなくするだけでいいから、王様がおかしくなっちゃわないように少しだけ力を弱めるだけ」
「……そうか」
青年の手が光り、その光は石が放っていた光をも飲みこみ――砕いた。
通話が切れた携帯電話を見つめ、青年は思う。
悪夢を払拭しようとして、それが結果的に悪夢を再び呼び込むことになるのだから……。
「――よし」
軽く息を吐き、気持ちを入れ替える。この事実を伝えるべき相手はもう一人いるのだ。
「お兄ちゃん?」
「ん、なんでもない」
首を向けてきたリカちゃんへと笑みを向ける。リカちゃんは「そうなの?」と首を傾げ、
「……ねえ、お姉ちゃんは、だいじょうぶ?」
心配げに問うた。
「契約者は大丈夫だろう。話してみてだいたい分かったがあの男、さっちゃんの安全の確保のためだけに契約者を連れて行っただけ、という公算が高い」
「こうさん?」
と再び首をかしげるリカちゃん。
「ああ、確率が高いといったところか……あの男、おそらく――」
リカちゃんへと答え、予想を告げようとしたところで青年は異変に気付き、言葉を止めた。そして首をある一室へと向ける。
「……部屋の方から物音がしなくなったな」
「え……あ、ほんとなの」
その部屋では夢子とさっちゃんの二人が言葉による相対をしている。気絶させたさっちゃんを拘束した青年に夢子が申し出たのだ。
「『あの子と二人で話させてください』……か」
無理はせぬよう言い含めて部屋を後にしたのだが、部屋からは今の今までさっちゃんの罵倒とそれに答える疲弊した声が漏れ聞こえていた。
「こちらも難儀だな」
「なんぎ?」
「難しく苦しいということだ」
「……うん」
青年が答えながら部屋へと歩を進めていると、その近くに気配が現れた。リカちゃんが彼らの総称を呼ぶ。
「ますこっとさん?」
部屋の前でリカちゃんと中の様子を訝しんでいた青年の横にマスコットの一人が現れていた。
「何かあったのか?」
無言で部屋を指し示して首を左右に振るマスコット。彼らもまた、王の命令で部屋の中には入っていない。
しかし彼ら自身の王の不調は察することができるのだろう、不安げな気配を滲ませている。
「あの子も大概無茶をする」
さっちゃんの歌の二番の影響が最もあるであろうさっちゃんの目の前でひたすら自分を呪う言葉を聞き続けているのだ。おそらく限界が来たのだろう。
青年は扉を開け、部屋に入った。中には椅子に縛りつけられているさっちゃんと、その前で倒れている夢子がいた。
さっちゃんは床に倒れて動かない夢子を見て半ば呆然としている。青年は一度、夢子の解呪を願ってみるがそれはやはり通用しない。口惜しげに眉根を一瞬詰め、リカちゃんに指示を出す。
「夢子ちゃんを別室へ運んでくれ」
「わかったの」
リカちゃんは頷いて意識を失っている夢子を運んで行く。小さな人形が少女を一人運んで行く姿は一種珍妙なものでどこか危なっかしくもあるのだが、
部屋から出ればマスコットが手伝うだろう。
そう思い見送って、青年は椅子に縛りつけられているさっちゃんに声をかける。
「歌の二番が夢子ちゃんに与える影響を見て怯んだ、と言うわけではないだろう?」
もしそうならばここまで強力な呪いをかけ続けなどしまい。
言外に言いつつ腰を下ろし、さっちゃんと目線を同じ高さに合わせる。さっちゃんは先程までの元気も無く、悄然として呟いた。
「…………なんで、ずっとさっちゃんの悪口、きいてるの?」
「それがあの子なりの罪滅ぼしだからだろう」
そう答えた青年にさっちゃんは改めて顔を向け、ぽつりぽつりと話し始める。
「たおれるまで、ずっときいてた。今日までも何回も、何回も死んでるはずなのに……」
「そうか」
おそらくこの子の中にあるのは自らの契約者や知り合いを悉く殺しつくした≪夢の国≫のイメージだったのだろう。実際の、今の≪夢の国≫の王を、夢子を見て、話して、戸惑っているのだ。
青年はひどく疲れた顔をしているさっちゃんを見て思う。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「どうした?」
さっちゃんは少し迷うように目を泳がせた後、面を上げ、訊いた。
「あの王様がお兄たんたちを殺したんじゃないんだよね?」
お兄たん……以前のこの子の契約者のことだな。
黒服から聞いたことを思い出す。以前の契約者とさっちゃんはそれこそ本当の兄妹のように仲が良かったと聞く。
青年は首を振り、
「夢子ちゃんがその手で殺したのは確かだ。――しかし、そこに彼女の意思はなかった」
最初に会った時に言ったことを改めて告げる。初めに会った時には感情が反発した言葉だ。そして今回、彼女は、
「そっか」
そうとだけ、小声で言った。
「赦してはやれないか?」
「いや、だもん。なかったことにしたら、いやだもん……」
やはりまだ赦せはしないか……。
「しかし、このままでは≪夢の国≫はまた歪むことになる。さっちゃん、君の手によってだ」
「え?」
ひどいことをしているな。と思い、自然、逸らしたくなる目を意志力で見つめたまま青年は言葉を繋ぐ。
「今の夢子ちゃんの状況は夢の国の創始者が置かれていた状況と似通っている。このままではあの子は狂うだろう」
そうしたら、≪夢の国≫は再び悪夢の国となる。
さっちゃんはそれを聞くとは、とした顔になり、
「そうなんだ……」
言って俯いた。しかしやがて、
「ねぇ……」
青年に呼びかけ、もぞもぞと身を動かし始めた。
「さっちゃんの服の下、ネックレスがあるから……とって」
青年は疑問顔で服へと手を突き入れネックレスを取り出す。細い鎖の先に青白く光る石を備えたそれはサラリーマン風の男が付けていた物と同じに見える。
「……なんらかの都市伝説か」
ネックレスから感じる異様な気配に青年はそう判断した。
「うん……≪ホープダイヤ≫以外の、もう一つの力の石、おとーさんも同じのを持ってるよ。おとーさんはこの石を――」
さっちゃんは石の名を告げ、それを聞いた青年が即座に結界を張ろうとする。しかし、
「契約者が、おとーさんが決めた人にしか効果は出ないから大丈夫だよ」
そういったさっちゃんの言葉に、青年は動きを止めた。
確かに今まで問題は特に無かった、信用できるだろう。
そう青年が考えていると、さっちゃんが告げた。
「壊してもいいよ」
「……すまない」
「どうしてあやまるの?」
疑問を投げかけてくるさっちゃん。青年はネックレスの鎖を引きちぎりながら答える。
「大切なものがなくなった時の悲哀がわからないわけではない。復讐をしたい気持ちも察する。だが……それでも俺はお前たちを止めるからだ」
青白い石を握りこむ。
「これを壊してもさっちゃんは王様に能力を使い続けるよ。少し、少しだけ苦しくなくなるだけ。それにおとーさんは強いもん。苦しまないように王様を殺してくれるよ。それまで動けないようにしておくのがさっちゃんのお仕事。動けなくするだけでいいから、王様がおかしくなっちゃわないように少しだけ力を弱めるだけ」
「……そうか」
青年の手が光り、その光は石が放っていた光をも飲みこみ――砕いた。