●
マンションの外に出ると、そこには浅井が居た。青年は彼を、そして彼の背後で女性に担ぎあげられている少女を見て目つきを険しいものにする。
「……随分と早く来たものだな」
「なんカ対都市伝説警備係みたいなノに見つかっちまったみテえでな」
いや参ッた参った。と聞く者に違和感を感じさせる口調で浅井は言う。担ぎあげられていた少女が、
「Tさん! おっちゃんがなんかおかしいんだ! ≪組織≫からきた連中と戦う時にいきなり苦しみ出したと思ったらその後いきなり黒服の腕とか食っちまった!」
と首を捻って顔を青年へと向けて言うのに、
「ああ、分かってる」
と頷き、青年は浅井を睨んだ。浅井はおお怖イ怖いとおどけ、
「そウだ、あんたの契約者を返すゼ」
操られている女から少女を取り上げ、放り投げた。
青年はなにやら自分に対する扱いについて物を申しながら飛んでくる少女を受け止め、
「確かに……」
浅井を睨んだまま、腕の中で顔を赤くしている少女に気付くことなく安堵したように受領の言葉を述べた。浅井は更に、
「そうだ。足を返してやらナきゃいかねえな。――おい、ガキ。とっとと返してやレ」
そうさっちゃんへ命令した。「え?」と振り向くさっちゃんに浅井はまた告げる。
「聞こえなかったのか? 早く足を返さねえか、ガキ」
「う、うん……」
浅井の言葉に強烈な違和感を覚えながら、さっちゃんは少女へと奪った両足を戻す。
足は当然あるべき姿を取り戻すように何の抵抗も無く少女へとくっつき、
「おお、戻った!」
「本当に……よかった」
地面へと立って足の具合を確認している少女とその様子を見てほっと息をついている夢子を見て浅井はにこやかに言った。
「そうかそうかソいツはよかっタな」
「あっさり返すとは意外だな」
不審感を隠そうとしない青年の声、それを聞いた浅井は唐突に身を折り、狂ったように嗤った。
「…………くっククハハは! そリャそうだ! せっかくの食べる生肉が減っちマうのも嫌だしなァ! それにこの女ノ案内に任せりゃそこの≪夢の国≫ミてェな上等な上に食っても減ルことのねェ都市伝説の肉ガ食えんだからよォ!」
まるで正体でも現すかのように盛大に、凶悪に嗤いだした浅井に、ギョッとして少女が問いかける。
「おっちゃん! どうしたんだよ? さっきの≪組織≫の連中と戦ってからなんかおかしいぜ!?」
「契約者、下がれ」
青年が少女の前に出て有無を言わさぬ口調で言うのへ少女が抗弁する。
「Tさん、このおっちゃん本当はそんな悪い奴じゃ」
青年は、
「知っている、さっちゃんに聞いた」
答え、
「だが、コレはあの男ではない」
そう浅井を指さし告げた。
「――え?」
「どーいうことなの?」
言葉の意味が分からず疑問を呈する少女とリカちゃん。一方で夢子は哀しげな顔で「やはり、そうですか」と呟き、黒服が浅井の様子と先程あった連絡を重ねて思慮し、結論を口にした。
「……おそらく、彼は契約した都市伝説に取り込まれています」
「そうだな? 都市伝説」
青年が質し、
「アあ? 気づいテたのか?」
浅井がやはりどこか違和感を感じるひび割れたような声で興が削がれたように答えた。青年は浅井に――それを飲みこんだ都市伝説へと、応えるように浅井の事を口にする。
「あの男、元々復讐が成功しようとしなかろうと、もう普通には生きられないことを悟っていた」
さっちゃんを頼むと言ってきた男の真意を慮って言う青年は浅井の身体を乗っ取るモノへと誰何の声を上げる。
「お前は、〝どれ〟だ?」
答えは、再び上がった盛大な笑い声によってなされた。
「フ、は、ハハハはははハはは! 〝どれ〟か! そうだなぁ! 俺はコイツの中の都市伝説、その全テよォ!」
〝それ〟は語る。
「元々コイツには複数の都市伝説と契約するほど俺たチへの適応力なんザなかったんだよ! それを契約させテいたのが心の根本にあった復讐心ってヤつだァな。それがいざ復讐の対象に会って一度やリあったら復讐の意志が薄れやがった」
全く情けなイ。と首を振り、
「当然、そんな状態なコイツにいつまデも従ってやることもねえ」
だから飲みこんでやったと〝それ〟は言う。
「おとー……さん?」
豹変した浅井の姿をしたものへと呆然と声をかけるさっちゃん。〝それ〟はそちらを振り返り、再び命令した。
「ソうだ、おいガキ、俺と来い。お前の歌は餌を調達すルのに使えるからな」
その言葉はさっちゃんを道具として見るものであり、〝それ〟が浅井では、彼女のおとーさんではありえないことをさっちゃんへと理解させるには十分な言葉であった。だから、
「……」
「なンだ? その目は」
無言で〝それ〟を睨みつけた彼女は要求した。
「おとーさんを、返して」
大事な家族の返却を要求する言葉に、〝それ〟は肩をすくめて首を振り、
「何を言うノかと思えバ……やなこった」
答えるのも阿呆らしいとでも言いたげに告げた。さちゃんはそんな〝それ〟を見て、「じゃあ」と歌を朗じ始めた。
「さっちゃんはね、バナナが大好き――」
聴かせた相手を病へと陥れる呪歌はしかし、
「――あれ? 歌が……」
さっちゃんの疑問の声と共に中断された。その様子を見て〝それ〟は笑みに口の端を歪める。〝それ〟は時折ふらつきながら浅井を見据えている夢子を指さしながら、
「そこの特上肉にかけタ歌を解除されるわケにはいかねえし、俺は食らいたくはネえしナァ」
次に自らの体を指さす。
「まあ、この身体――契約者も本望だロうよ? ≪夢の国≫に娘を食った奴ヲ食い返しテやるんだからヨぉっ!」
そう言って夢子の方に向かって一歩を踏み出した。
「させるかよ」
言って、少女が立ちふさがろうとする。その肩を掴んで夢子が言った。
「どいて、ください」
「どけるか馬鹿。今の夢子ちゃんじゃあ危なっかしくて見てらんねぇ!」
少女が言い、それに何か夢子が反論しようとするが、その言葉が発されるよりも先に二人の前に立つ影があった。
「それはお前も同じだ、契約者」
そう言ってリカちゃんを少女の頭にぽんと乗せ、青年は〝それ〟に手を翳した。
「止めるノか? Tサん?」
契約者は返してヤったのニ。と〝それ〟が不満交じりに言う。
「止めるさ。暴走するのはその男の本意ではないだろうしな」
青年は当然のように答え、
「そウかい」
〝それ〟が言ったのと同時、乗っ取られた浅井の身体に異変が起きた。その胸元から青白い光と赤い燐光が強烈な光量をもって溢れだし、彼のスーツが、髪が、靴が、そして腕が、足が、首が――見渡せる範囲全てが人のそれからかけ離れた姿へと変異していく。
「なんだよこれ!?」
少女が叫び、
「都市伝説ですか?」
黒服が確認する。異形となっていく〝それ〟は己の身体の具合を確かめるように眺めまわしながら、
「≪放射能による突然変異≫ダ。立派なもんだロ?」
自身の事を自慢するように語った。
≪放射能による突然変異≫、放射能は照射された物の細胞などを突然変異させるという都市伝説。
しかし、それを発動させるにはあるモノが必要だ。
「でも、放射能なんてどこにあんだよ?」
「そのネックレス」
青年が顎で示す先、異形の首から下がる赤い燐光を発する≪ホープダイヤ≫と共に揺れているもう一つのネックレス。青白く光っているそれは――
「≪死を招くネックレス≫だ」
贈り物として贈られたネックレス、それを身に着けていた人間は変死を遂げる。原因はネックレスだった。その青白い石は宝石などではなく、ウランの結晶だったのだ。そういう都市伝説。
浅井が契約したそれは青白い石からウランのように放射能を発することができるようにするというもの、そしてそれは彼が契約している≪放射能による突然変異≫を場所を選ばず、更にネックレスが与える加護により対放射能性をも身につけて発動させることを可能とした。その結果が、
「その外殻と異常な膂力を引き起こす体内、そして同じく契約していた都市伝説であるさっちゃんの、二番目の歌の変異だろう。
防護が砕かれたのはそれらで陣の間を縫うように変異した呪いが原因だな」
青年が能力を見極める間にも〝それ〟の変異は進んでいき、木が無理やり倒されるようなメキメキという異音が浅井の身体の内部から響く。
「やめて! それ以上は……!」
身体の内部を変異させる異音にさっちゃんが悲鳴交じりに制止の言葉をかけつつ駆けだし、
「行ってはいけません! 彼はもう、あなたのおとーさんではありません」
今〝それ〟に近づいたら何をされるかわからない。さっちゃんが駆け寄ろうとするのを黒服が必死に止めた。
その間に完成した外殻を纏った異形の怪物は立ち上がり、そして言う。
「メシの時間だナ」
外殻に覆われた顔の奥から笑い声が轟いた。
「これは……」
呻くように黒服。
〝それ〟はまさしく異形の姿をしていた。その身は己が着ていたスーツ以外にもその場にあったあらゆるものを取り込んでより強固になった外殻に覆われ、人型の竜のような姿になっており、胸元からは厚い外殻を通しても尚、青白い光と赤い燐光がその異常な光を強く強く瞬かせているのが確認できる。
――と、
「お兄ちゃんお姉ちゃん! 人が来るの!」
リカちゃんの注意を促す声が響き、
「こんな時にかよ!?」
少女が頭上からのその声に周囲を見回すと、
「げ、なんだよこりゃ!?」
≪ホープダイヤ≫に操られているのか虚ろな目をした人々が公園内に殺到していた。
「都市伝説相手にはヤっぱり効かねえカ」
異形の呟きがあり、
「――まァいい、マズはそっちのヤつからとっ捕まえロ」
その命令の下、操られた人々が一斉に彼らへと突進した。しかもその数は、
「どんどん増えてやがる!?」
「あのひかりすごいつよいの!」
その言葉通り、周囲からはどんどん人が集まりだしていた。マンションの中からも次々人が出て来て少女たちを囲む輪の中へと合流している。
「これ以上≪ホープダイヤ≫に魅了される人間が増える前にどうにかしなくては」
黒服が懐から≪パワーストーン≫を取り出しながら言う。
「私が、やります」
夢子が支えられ、咳き込みながら、
「皆、お願い……っ!」
荒い呼吸のままに言葉を放ち、夢子たちを囲み人々から壁になるように黒いパレードが呼び出され――夢子は血を吐き倒れた。
「う……そ?」
その夢子の様子に驚いたのは他でもない、さっちゃんだ。
自身の力を増強していた物の内の一つを砕いたために大きな力を発してはいてもあくまで死ぬ寸前程度の効果しかなかったはずの能力がいきなりその殺傷力を強めたことにさっちゃんは驚き、王様が狂わないように己の能力を緩めようとして、
「二番が……? 二番がさっちゃんのそうさを受けてくれないよ!?」
突然の不測の事態に動転気味の声を上げた。
異形が笑みを含んだ口調で言う。
「≪ホープダイヤ≫が効かねえんならやっぱり都市伝説を食うのにはそのガキがいる方ガ便利ダなぁ!」
そして、跳んだ。
外殻を纏っていても尚パレードを飛び越える程の高い跳躍だ。そうしてさっちゃんの前に降り立った異形はその拳を振り上げ、
「二番は契約にヨって得タ能力だ。契約者ノ身体を乗っ取っている今、お前よりモ俺の方がそノ力の支配権を持ってるんダよ」
愉快そうに言い、
「ちょっと逃げられないようにしとこうかァ!!」
腕が振り下ろされた。
「嬢ちゃん! 逃げろ!」
少女の注意が飛ぶが、異形が発する慣れ親しんだ声から唐突に振るわれた拳にさっちゃんは思わず「ぁ」とどこか気の抜けた声を出し、動けない。異形の手はその無防備な頭へと迫る。
「っ!」
そこへ夢子が病の身体を無理に転移し、さっちゃんを抱き寄せた。
同時に夢子を蝕む正体不明の病が彼女の意識を揺さぶり、続く転移を阻害。夢子は地に倒れるように伏せることしかできない。
間近で振るわれる異形の拳を見て、夢子は初めに襲ってきた時に浅井が外殻を纏わなかったのはそれがあると重みの分拳を止めることが難しくなるからだと理解した。
浅井さんを乗っ取った都市伝説は私に会って彼の復讐心が揺らいだと言いました……。
あの時の拳はこちらを試すための拳だったのだ。夢子が避けていたらおそらくその拳はゲストの誰かに当たる前に止められたのだろう。しかし、今目の前のこの異形は間違いなく夢子ごと周囲の人々を殴り飛ばす。人外、異形へと変異した膂力だ。殴られたらただではすまない。
ふらつく視界で相手を見据える。あの時身を守ってくれたターコイズも今は無い。
しかし、
「待て」
腹に響くような音を立て、異形の拳が止められていた。それを果たしたのは体の各部位を淡く発光させた青年だ。青年は衝撃に対して険しい顔をし、
「≪夢の国≫を展開しろ!」
夢子へと声をかける。
「は、はい」
「コノ状態の拳も止めルのか……なんだか初めに会った時ミてェになったナ」
異形の感心したような言葉を無視して青年は異形を睨み据え、敵対の言葉を告げた。
「俺が病の夢子ちゃんに代わって相手をしよう。もともと王の頼みは≪夢の国≫を再び歪むるに至る呪いの元を止めること。そしてその呪いの元凶はさっちゃんではなく、お前だ」
「それデ俺を倒スってカ? ハハハ無理だな、そんな華奢な体じゃア無理ダ! 敵にナるんならお前ハ俺ノ餌、上等な肉でしかなクなっチまうヨ!」
楽しそうな異形の声がする。異形が再び拳を再び振り上げたその時、周囲、空間が侵食された。
足元の砂の地面がカラフルな石畳になり、周囲の遊具が消え失せアトラクションが立ち並び、乏しかった街灯がきらびやかなイルミネーション群にとって代わる。マンションや民家は全て異国の建物へとさし代わり、≪ホープダイヤ≫で操られていた人々の相手を捕まえ、櫓へと放りこんでいた≪夢の国≫の住人達とそれらが牽引するパレードが違和感なくその風景へと溶け込んだ。
そこはまさしく異国、≪夢の国≫内部だ。
「流石に速いな」
「い、え……こんなことしかできま、せんから……」
そう言って身を傾がせながら立つ夢子を青年の契約者の少女と≪夢の国≫の住人が支えた。
「ですが、これで新たに≪ホープダイヤ≫の効果に晒される人はいなくなりました」
呆然とするさっちゃんを抱き起こした黒服に頷き、青年は異形を睨み据えた。
祈る。
「お前を破壊できたら――幸せだ」
その幸せは直接的には叶わない。幸せに至るための可能性を≪ケサランパサラン≫の果たせる範囲において与えるだけだ。それは白い光の形で青年の身体へと現れる。そうして青年の戦闘準備が整えられていき――
≪夢の国≫内部に強い強い戦いの気配が満ちていった。
「……随分と早く来たものだな」
「なんカ対都市伝説警備係みたいなノに見つかっちまったみテえでな」
いや参ッた参った。と聞く者に違和感を感じさせる口調で浅井は言う。担ぎあげられていた少女が、
「Tさん! おっちゃんがなんかおかしいんだ! ≪組織≫からきた連中と戦う時にいきなり苦しみ出したと思ったらその後いきなり黒服の腕とか食っちまった!」
と首を捻って顔を青年へと向けて言うのに、
「ああ、分かってる」
と頷き、青年は浅井を睨んだ。浅井はおお怖イ怖いとおどけ、
「そウだ、あんたの契約者を返すゼ」
操られている女から少女を取り上げ、放り投げた。
青年はなにやら自分に対する扱いについて物を申しながら飛んでくる少女を受け止め、
「確かに……」
浅井を睨んだまま、腕の中で顔を赤くしている少女に気付くことなく安堵したように受領の言葉を述べた。浅井は更に、
「そうだ。足を返してやらナきゃいかねえな。――おい、ガキ。とっとと返してやレ」
そうさっちゃんへ命令した。「え?」と振り向くさっちゃんに浅井はまた告げる。
「聞こえなかったのか? 早く足を返さねえか、ガキ」
「う、うん……」
浅井の言葉に強烈な違和感を覚えながら、さっちゃんは少女へと奪った両足を戻す。
足は当然あるべき姿を取り戻すように何の抵抗も無く少女へとくっつき、
「おお、戻った!」
「本当に……よかった」
地面へと立って足の具合を確認している少女とその様子を見てほっと息をついている夢子を見て浅井はにこやかに言った。
「そうかそうかソいツはよかっタな」
「あっさり返すとは意外だな」
不審感を隠そうとしない青年の声、それを聞いた浅井は唐突に身を折り、狂ったように嗤った。
「…………くっククハハは! そリャそうだ! せっかくの食べる生肉が減っちマうのも嫌だしなァ! それにこの女ノ案内に任せりゃそこの≪夢の国≫ミてェな上等な上に食っても減ルことのねェ都市伝説の肉ガ食えんだからよォ!」
まるで正体でも現すかのように盛大に、凶悪に嗤いだした浅井に、ギョッとして少女が問いかける。
「おっちゃん! どうしたんだよ? さっきの≪組織≫の連中と戦ってからなんかおかしいぜ!?」
「契約者、下がれ」
青年が少女の前に出て有無を言わさぬ口調で言うのへ少女が抗弁する。
「Tさん、このおっちゃん本当はそんな悪い奴じゃ」
青年は、
「知っている、さっちゃんに聞いた」
答え、
「だが、コレはあの男ではない」
そう浅井を指さし告げた。
「――え?」
「どーいうことなの?」
言葉の意味が分からず疑問を呈する少女とリカちゃん。一方で夢子は哀しげな顔で「やはり、そうですか」と呟き、黒服が浅井の様子と先程あった連絡を重ねて思慮し、結論を口にした。
「……おそらく、彼は契約した都市伝説に取り込まれています」
「そうだな? 都市伝説」
青年が質し、
「アあ? 気づいテたのか?」
浅井がやはりどこか違和感を感じるひび割れたような声で興が削がれたように答えた。青年は浅井に――それを飲みこんだ都市伝説へと、応えるように浅井の事を口にする。
「あの男、元々復讐が成功しようとしなかろうと、もう普通には生きられないことを悟っていた」
さっちゃんを頼むと言ってきた男の真意を慮って言う青年は浅井の身体を乗っ取るモノへと誰何の声を上げる。
「お前は、〝どれ〟だ?」
答えは、再び上がった盛大な笑い声によってなされた。
「フ、は、ハハハはははハはは! 〝どれ〟か! そうだなぁ! 俺はコイツの中の都市伝説、その全テよォ!」
〝それ〟は語る。
「元々コイツには複数の都市伝説と契約するほど俺たチへの適応力なんザなかったんだよ! それを契約させテいたのが心の根本にあった復讐心ってヤつだァな。それがいざ復讐の対象に会って一度やリあったら復讐の意志が薄れやがった」
全く情けなイ。と首を振り、
「当然、そんな状態なコイツにいつまデも従ってやることもねえ」
だから飲みこんでやったと〝それ〟は言う。
「おとー……さん?」
豹変した浅井の姿をしたものへと呆然と声をかけるさっちゃん。〝それ〟はそちらを振り返り、再び命令した。
「ソうだ、おいガキ、俺と来い。お前の歌は餌を調達すルのに使えるからな」
その言葉はさっちゃんを道具として見るものであり、〝それ〟が浅井では、彼女のおとーさんではありえないことをさっちゃんへと理解させるには十分な言葉であった。だから、
「……」
「なンだ? その目は」
無言で〝それ〟を睨みつけた彼女は要求した。
「おとーさんを、返して」
大事な家族の返却を要求する言葉に、〝それ〟は肩をすくめて首を振り、
「何を言うノかと思えバ……やなこった」
答えるのも阿呆らしいとでも言いたげに告げた。さちゃんはそんな〝それ〟を見て、「じゃあ」と歌を朗じ始めた。
「さっちゃんはね、バナナが大好き――」
聴かせた相手を病へと陥れる呪歌はしかし、
「――あれ? 歌が……」
さっちゃんの疑問の声と共に中断された。その様子を見て〝それ〟は笑みに口の端を歪める。〝それ〟は時折ふらつきながら浅井を見据えている夢子を指さしながら、
「そこの特上肉にかけタ歌を解除されるわケにはいかねえし、俺は食らいたくはネえしナァ」
次に自らの体を指さす。
「まあ、この身体――契約者も本望だロうよ? ≪夢の国≫に娘を食った奴ヲ食い返しテやるんだからヨぉっ!」
そう言って夢子の方に向かって一歩を踏み出した。
「させるかよ」
言って、少女が立ちふさがろうとする。その肩を掴んで夢子が言った。
「どいて、ください」
「どけるか馬鹿。今の夢子ちゃんじゃあ危なっかしくて見てらんねぇ!」
少女が言い、それに何か夢子が反論しようとするが、その言葉が発されるよりも先に二人の前に立つ影があった。
「それはお前も同じだ、契約者」
そう言ってリカちゃんを少女の頭にぽんと乗せ、青年は〝それ〟に手を翳した。
「止めるノか? Tサん?」
契約者は返してヤったのニ。と〝それ〟が不満交じりに言う。
「止めるさ。暴走するのはその男の本意ではないだろうしな」
青年は当然のように答え、
「そウかい」
〝それ〟が言ったのと同時、乗っ取られた浅井の身体に異変が起きた。その胸元から青白い光と赤い燐光が強烈な光量をもって溢れだし、彼のスーツが、髪が、靴が、そして腕が、足が、首が――見渡せる範囲全てが人のそれからかけ離れた姿へと変異していく。
「なんだよこれ!?」
少女が叫び、
「都市伝説ですか?」
黒服が確認する。異形となっていく〝それ〟は己の身体の具合を確かめるように眺めまわしながら、
「≪放射能による突然変異≫ダ。立派なもんだロ?」
自身の事を自慢するように語った。
≪放射能による突然変異≫、放射能は照射された物の細胞などを突然変異させるという都市伝説。
しかし、それを発動させるにはあるモノが必要だ。
「でも、放射能なんてどこにあんだよ?」
「そのネックレス」
青年が顎で示す先、異形の首から下がる赤い燐光を発する≪ホープダイヤ≫と共に揺れているもう一つのネックレス。青白く光っているそれは――
「≪死を招くネックレス≫だ」
贈り物として贈られたネックレス、それを身に着けていた人間は変死を遂げる。原因はネックレスだった。その青白い石は宝石などではなく、ウランの結晶だったのだ。そういう都市伝説。
浅井が契約したそれは青白い石からウランのように放射能を発することができるようにするというもの、そしてそれは彼が契約している≪放射能による突然変異≫を場所を選ばず、更にネックレスが与える加護により対放射能性をも身につけて発動させることを可能とした。その結果が、
「その外殻と異常な膂力を引き起こす体内、そして同じく契約していた都市伝説であるさっちゃんの、二番目の歌の変異だろう。
防護が砕かれたのはそれらで陣の間を縫うように変異した呪いが原因だな」
青年が能力を見極める間にも〝それ〟の変異は進んでいき、木が無理やり倒されるようなメキメキという異音が浅井の身体の内部から響く。
「やめて! それ以上は……!」
身体の内部を変異させる異音にさっちゃんが悲鳴交じりに制止の言葉をかけつつ駆けだし、
「行ってはいけません! 彼はもう、あなたのおとーさんではありません」
今〝それ〟に近づいたら何をされるかわからない。さっちゃんが駆け寄ろうとするのを黒服が必死に止めた。
その間に完成した外殻を纏った異形の怪物は立ち上がり、そして言う。
「メシの時間だナ」
外殻に覆われた顔の奥から笑い声が轟いた。
「これは……」
呻くように黒服。
〝それ〟はまさしく異形の姿をしていた。その身は己が着ていたスーツ以外にもその場にあったあらゆるものを取り込んでより強固になった外殻に覆われ、人型の竜のような姿になっており、胸元からは厚い外殻を通しても尚、青白い光と赤い燐光がその異常な光を強く強く瞬かせているのが確認できる。
――と、
「お兄ちゃんお姉ちゃん! 人が来るの!」
リカちゃんの注意を促す声が響き、
「こんな時にかよ!?」
少女が頭上からのその声に周囲を見回すと、
「げ、なんだよこりゃ!?」
≪ホープダイヤ≫に操られているのか虚ろな目をした人々が公園内に殺到していた。
「都市伝説相手にはヤっぱり効かねえカ」
異形の呟きがあり、
「――まァいい、マズはそっちのヤつからとっ捕まえロ」
その命令の下、操られた人々が一斉に彼らへと突進した。しかもその数は、
「どんどん増えてやがる!?」
「あのひかりすごいつよいの!」
その言葉通り、周囲からはどんどん人が集まりだしていた。マンションの中からも次々人が出て来て少女たちを囲む輪の中へと合流している。
「これ以上≪ホープダイヤ≫に魅了される人間が増える前にどうにかしなくては」
黒服が懐から≪パワーストーン≫を取り出しながら言う。
「私が、やります」
夢子が支えられ、咳き込みながら、
「皆、お願い……っ!」
荒い呼吸のままに言葉を放ち、夢子たちを囲み人々から壁になるように黒いパレードが呼び出され――夢子は血を吐き倒れた。
「う……そ?」
その夢子の様子に驚いたのは他でもない、さっちゃんだ。
自身の力を増強していた物の内の一つを砕いたために大きな力を発してはいてもあくまで死ぬ寸前程度の効果しかなかったはずの能力がいきなりその殺傷力を強めたことにさっちゃんは驚き、王様が狂わないように己の能力を緩めようとして、
「二番が……? 二番がさっちゃんのそうさを受けてくれないよ!?」
突然の不測の事態に動転気味の声を上げた。
異形が笑みを含んだ口調で言う。
「≪ホープダイヤ≫が効かねえんならやっぱり都市伝説を食うのにはそのガキがいる方ガ便利ダなぁ!」
そして、跳んだ。
外殻を纏っていても尚パレードを飛び越える程の高い跳躍だ。そうしてさっちゃんの前に降り立った異形はその拳を振り上げ、
「二番は契約にヨって得タ能力だ。契約者ノ身体を乗っ取っている今、お前よりモ俺の方がそノ力の支配権を持ってるんダよ」
愉快そうに言い、
「ちょっと逃げられないようにしとこうかァ!!」
腕が振り下ろされた。
「嬢ちゃん! 逃げろ!」
少女の注意が飛ぶが、異形が発する慣れ親しんだ声から唐突に振るわれた拳にさっちゃんは思わず「ぁ」とどこか気の抜けた声を出し、動けない。異形の手はその無防備な頭へと迫る。
「っ!」
そこへ夢子が病の身体を無理に転移し、さっちゃんを抱き寄せた。
同時に夢子を蝕む正体不明の病が彼女の意識を揺さぶり、続く転移を阻害。夢子は地に倒れるように伏せることしかできない。
間近で振るわれる異形の拳を見て、夢子は初めに襲ってきた時に浅井が外殻を纏わなかったのはそれがあると重みの分拳を止めることが難しくなるからだと理解した。
浅井さんを乗っ取った都市伝説は私に会って彼の復讐心が揺らいだと言いました……。
あの時の拳はこちらを試すための拳だったのだ。夢子が避けていたらおそらくその拳はゲストの誰かに当たる前に止められたのだろう。しかし、今目の前のこの異形は間違いなく夢子ごと周囲の人々を殴り飛ばす。人外、異形へと変異した膂力だ。殴られたらただではすまない。
ふらつく視界で相手を見据える。あの時身を守ってくれたターコイズも今は無い。
しかし、
「待て」
腹に響くような音を立て、異形の拳が止められていた。それを果たしたのは体の各部位を淡く発光させた青年だ。青年は衝撃に対して険しい顔をし、
「≪夢の国≫を展開しろ!」
夢子へと声をかける。
「は、はい」
「コノ状態の拳も止めルのか……なんだか初めに会った時ミてェになったナ」
異形の感心したような言葉を無視して青年は異形を睨み据え、敵対の言葉を告げた。
「俺が病の夢子ちゃんに代わって相手をしよう。もともと王の頼みは≪夢の国≫を再び歪むるに至る呪いの元を止めること。そしてその呪いの元凶はさっちゃんではなく、お前だ」
「それデ俺を倒スってカ? ハハハ無理だな、そんな華奢な体じゃア無理ダ! 敵にナるんならお前ハ俺ノ餌、上等な肉でしかなクなっチまうヨ!」
楽しそうな異形の声がする。異形が再び拳を再び振り上げたその時、周囲、空間が侵食された。
足元の砂の地面がカラフルな石畳になり、周囲の遊具が消え失せアトラクションが立ち並び、乏しかった街灯がきらびやかなイルミネーション群にとって代わる。マンションや民家は全て異国の建物へとさし代わり、≪ホープダイヤ≫で操られていた人々の相手を捕まえ、櫓へと放りこんでいた≪夢の国≫の住人達とそれらが牽引するパレードが違和感なくその風景へと溶け込んだ。
そこはまさしく異国、≪夢の国≫内部だ。
「流石に速いな」
「い、え……こんなことしかできま、せんから……」
そう言って身を傾がせながら立つ夢子を青年の契約者の少女と≪夢の国≫の住人が支えた。
「ですが、これで新たに≪ホープダイヤ≫の効果に晒される人はいなくなりました」
呆然とするさっちゃんを抱き起こした黒服に頷き、青年は異形を睨み据えた。
祈る。
「お前を破壊できたら――幸せだ」
その幸せは直接的には叶わない。幸せに至るための可能性を≪ケサランパサラン≫の果たせる範囲において与えるだけだ。それは白い光の形で青年の身体へと現れる。そうして青年の戦闘準備が整えられていき――
≪夢の国≫内部に強い強い戦いの気配が満ちていった。