ドクター38
深夜、というより明け方という時刻
診療所の二階にある寝室から、一階のトイレに向かってぺたぺたと歩いていくエニグマ妹
「………………んや?」
寝惚けた目に映る、事務室の明かり
それほど広くない診療所なので、そこで何が行われているのかはすぐに判った
「何をしているのですか、ドクター?」
「ん? 静かにしているつもりだったが、起こしてしまったかね?」
「トイレに降りてきただけです……こんな時間にパソコンで何をしているんですか?」
診療所の日常業務はミツキとメアリーが片付けており、多少手が足りなくともバイトちゃんがいれば事足りている
最近ではエニグマ姉妹もいるため、夜中にやる仕事など殆ど無いはずなのだが
「去年の騒動の折に、とある研究に関する成果を譲渡されてな」
「ドクターがそこまで根を詰めるという事は……総統閣下が望むあの研究ですか」
「ああ……都市伝説を人間にする。総統閣下の望む成果であり、ボクの研究の最終地点だ」
視線はモニターに向けたままドクターは語る
「人間と共に生き、人間と共に死す事を望む都市伝説。忘れられ消え去る恐怖に怯える都市伝説。都市伝説へ変じてしまった人間。そんな者達に与えられる選択肢の一つを、完成させれるかもしれん」
「隣人を守る力を持つ都市伝説。永遠を共に歩む事を誓い合った都市伝説。人間を望んで捨てた都市伝説。そんな者達にもそれは与えられるのですか?」
「望まぬ者に押し付けるほど、ボクは傲慢ではないさ」
エニグマ妹の問いに、ドクターは苦笑を浮かべる
「例えばだ。肝臓を痛めている患者に、医者として長生きのために禁酒を勧める。だが酒の無い人生など真っ平だと言われれば、ボクにそれを止める権利は無い」
あふ、と小さく欠伸を漏らし、ドクターはかちかちとマウスを動かしてパソコンの電源を落とす
「さて、夢中になると時間を忘れていたが流石に眠いな。少し眠っておくか」
「あの、ドクター」
遠慮がちなエニグマ妹の声
「その研究が完成したら……もしかしたら、強い力を持つ都市伝説を容易に倒す事が可能になりますか?」
「ふむ、例えば……『アメリカ政府の陰謀論』とかをかね?」
「ええ。私達姉妹は、あいつのせいで故郷も家族も友達も、全てを失いました。お姉は軍人かぶれで自分を誤魔化していますが……私は」
ぎり、と歯を食い縛り
「あいつを殺せる手があるのなら、私は何でもしますよ」
「落ち着きたまえ。実際にこの研究の成果が現実のものとなったとしても、医療で言えば大規模な外科手術ほどの規模になるだろう。望まぬ者に施せるほどのものにはならんよ」
「そう、ですか」
悔しそうな、それでいて安堵したような、そんな複雑な表情
「概念的存在である奴を倒す手段は、第三帝国のみならず様々な組織が研究を重ねている。そう遠くない未来に実現させてみせるさ」
「……はい」
椅子から立ち上がったドクターは、エニグマ妹の頭を軽く撫でる
「さて、話し込んでしまったボクが言うのも難だが夜更かしは美容の大敵だぞ。トイレを済ませて二度寝と洒落込みたまえ」
「はい、ドクターも無理はせずきちんと休んで下さいね?」
「ああ、それではおやすみ」
寝室への階段を昇りながら、ドクターは先程まで見ていたデータを脳内で反芻する
「あのデータの礎になった者達のためにも、この研究は必ず完成させなくては。例えボクがやった実験でなくとも、成果を享受する以上はその業は背負わなければな」
診療所の二階にある寝室から、一階のトイレに向かってぺたぺたと歩いていくエニグマ妹
「………………んや?」
寝惚けた目に映る、事務室の明かり
それほど広くない診療所なので、そこで何が行われているのかはすぐに判った
「何をしているのですか、ドクター?」
「ん? 静かにしているつもりだったが、起こしてしまったかね?」
「トイレに降りてきただけです……こんな時間にパソコンで何をしているんですか?」
診療所の日常業務はミツキとメアリーが片付けており、多少手が足りなくともバイトちゃんがいれば事足りている
最近ではエニグマ姉妹もいるため、夜中にやる仕事など殆ど無いはずなのだが
「去年の騒動の折に、とある研究に関する成果を譲渡されてな」
「ドクターがそこまで根を詰めるという事は……総統閣下が望むあの研究ですか」
「ああ……都市伝説を人間にする。総統閣下の望む成果であり、ボクの研究の最終地点だ」
視線はモニターに向けたままドクターは語る
「人間と共に生き、人間と共に死す事を望む都市伝説。忘れられ消え去る恐怖に怯える都市伝説。都市伝説へ変じてしまった人間。そんな者達に与えられる選択肢の一つを、完成させれるかもしれん」
「隣人を守る力を持つ都市伝説。永遠を共に歩む事を誓い合った都市伝説。人間を望んで捨てた都市伝説。そんな者達にもそれは与えられるのですか?」
「望まぬ者に押し付けるほど、ボクは傲慢ではないさ」
エニグマ妹の問いに、ドクターは苦笑を浮かべる
「例えばだ。肝臓を痛めている患者に、医者として長生きのために禁酒を勧める。だが酒の無い人生など真っ平だと言われれば、ボクにそれを止める権利は無い」
あふ、と小さく欠伸を漏らし、ドクターはかちかちとマウスを動かしてパソコンの電源を落とす
「さて、夢中になると時間を忘れていたが流石に眠いな。少し眠っておくか」
「あの、ドクター」
遠慮がちなエニグマ妹の声
「その研究が完成したら……もしかしたら、強い力を持つ都市伝説を容易に倒す事が可能になりますか?」
「ふむ、例えば……『アメリカ政府の陰謀論』とかをかね?」
「ええ。私達姉妹は、あいつのせいで故郷も家族も友達も、全てを失いました。お姉は軍人かぶれで自分を誤魔化していますが……私は」
ぎり、と歯を食い縛り
「あいつを殺せる手があるのなら、私は何でもしますよ」
「落ち着きたまえ。実際にこの研究の成果が現実のものとなったとしても、医療で言えば大規模な外科手術ほどの規模になるだろう。望まぬ者に施せるほどのものにはならんよ」
「そう、ですか」
悔しそうな、それでいて安堵したような、そんな複雑な表情
「概念的存在である奴を倒す手段は、第三帝国のみならず様々な組織が研究を重ねている。そう遠くない未来に実現させてみせるさ」
「……はい」
椅子から立ち上がったドクターは、エニグマ妹の頭を軽く撫でる
「さて、話し込んでしまったボクが言うのも難だが夜更かしは美容の大敵だぞ。トイレを済ませて二度寝と洒落込みたまえ」
「はい、ドクターも無理はせずきちんと休んで下さいね?」
「ああ、それではおやすみ」
寝室への階段を昇りながら、ドクターは先程まで見ていたデータを脳内で反芻する
「あのデータの礎になった者達のためにも、この研究は必ず完成させなくては。例えボクがやった実験でなくとも、成果を享受する以上はその業は背負わなければな」
―――
ドクターの足音が遠ざかっていくのを確認し、エニグマ妹は静かに電波を飛ばす
つい先程までの会話の内容を
ドクターの研究の進展状況の推測を
何処へ電波を飛ばしているのか、自分では理解できないまま無意識に
憎むべき敵に蝕まれた事に気付く事無く
つい先程までの会話の内容を
ドクターの研究の進展状況の推測を
何処へ電波を飛ばしているのか、自分では理解できないまま無意識に
憎むべき敵に蝕まれた事に気付く事無く
―――
「あの女の研究は、予想以上に進んでおるようだ」
「なるほど、『組織』の研究成果を手に入れたのだな。随分と運の良い事だ」
「化物が減れば我らの『毒』が成せぬではないか」
「早急に始末するべきか?」
「だが我らの『毒』はあの女には効かぬ」
「呪詛とて成果が毒や病で蝕むものでは通用せぬ」
「第三帝国の不死者共を始末する方策、まずは成らせるのも手ではある」
「今は泳がせておくのが得策か」
「本国に知らせておけば問題あるまいて」
「しかしこの地の『組織』もそうだが、上層は適切な手駒を使う術を心得ておるまい」
「ならば我らも策を練るとしようではないか」
「駒を用意し舞台を整えようではないか」
「十重二十重に巡らせた策の糸で、あの女を縊り殺し嬲り尽くし」
「魂も骸も我らの玩具としてくれようではないか」
「ところで、この地に住まう将門の怨霊めが我らに気付いているようだが」
「その怨念こそ強いが祟り神としては所詮島国の一将よ」
「『太歳星君』を動かすか?」
「あれは我々総出ですら手に余る最後の手段。今は彼奴めで問題あるまい」
「しかし彼奴めは、裏切りが常。役に立つものか?」
「彼奴めを飼い慣らす駒はこちらの手の内。それに役に立たねば『毒』の礎となるまでよ」
中国人黒服の集団は、まるで造形の違う顔にまったく同じ笑みを張り付かせ
けたけたけたけたけたけたけたけたと笑う
人形劇の人形のように
身体を揺らせて
けたけたけたけたけたけたけたけたと
「なるほど、『組織』の研究成果を手に入れたのだな。随分と運の良い事だ」
「化物が減れば我らの『毒』が成せぬではないか」
「早急に始末するべきか?」
「だが我らの『毒』はあの女には効かぬ」
「呪詛とて成果が毒や病で蝕むものでは通用せぬ」
「第三帝国の不死者共を始末する方策、まずは成らせるのも手ではある」
「今は泳がせておくのが得策か」
「本国に知らせておけば問題あるまいて」
「しかしこの地の『組織』もそうだが、上層は適切な手駒を使う術を心得ておるまい」
「ならば我らも策を練るとしようではないか」
「駒を用意し舞台を整えようではないか」
「十重二十重に巡らせた策の糸で、あの女を縊り殺し嬲り尽くし」
「魂も骸も我らの玩具としてくれようではないか」
「ところで、この地に住まう将門の怨霊めが我らに気付いているようだが」
「その怨念こそ強いが祟り神としては所詮島国の一将よ」
「『太歳星君』を動かすか?」
「あれは我々総出ですら手に余る最後の手段。今は彼奴めで問題あるまい」
「しかし彼奴めは、裏切りが常。役に立つものか?」
「彼奴めを飼い慣らす駒はこちらの手の内。それに役に立たねば『毒』の礎となるまでよ」
中国人黒服の集団は、まるで造形の違う顔にまったく同じ笑みを張り付かせ
けたけたけたけたけたけたけたけたと笑う
人形劇の人形のように
身体を揺らせて
けたけたけたけたけたけたけたけたと