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連載 - 同族殺しの口裂け女-06

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uranaishi

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同族殺しの口裂け女 06


一旦落着の続き

 同族殺しは、走っていた。
 とある高校の屋上から飛び降り、そして目標へと向けて一直線に。
 標的とは、一度接触している。
 そして、一度でも接触した口裂け女なら、同族殺しは自由にその位置の座標を割り出す事が出来た。
 動物が嗅覚を頼りに獲物を見つけるような、本能的な行為。
 それは同族殺しが取り戻した知性によって、さらなる正確さが加えられていた。

 同族殺しは、走る。
 時速120km超えで走る彼女は、景色が後ろへ流れるような錯覚を起こした。
 走る同族殺しを目で捉える人間は、少ない。
 仮に捉えたとしても、耳元まで裂けた口に、今でも身体から滴る血に濡れた女性の事など、ただの錯覚だと思い込むのがオチだ。

 同族殺しは、走る。
 標的までの距離は、近い。

********************************************

 同族殺しの視線の先に、簡素な建物が見え始める。
 恐らく診療所が半壊したために急遽こしらえたプレハブだろう。
 あの口裂け女の気配は、その建物の中から発せられている。

 逃げなかったのか、と同族殺しは少しだけ驚いた。
 自分が脱出した事など、とうに自分を閉じ込めた都市伝説から聞いているだろうに、と。
 それとも、同族殺しを閉じ込めたのはただ何かの目的が一致しただけで、普段はいがみ合う仲なのだろうか。

 同族殺しは不思議に思いつつも、走る。
 建物は正面にまで迫り、そしてその前に並ぶ人間達の姿を、同族殺しは捉えた。

「……警戒は万全、ね」

 小さく呟いた言葉は、風に流されて消える。
 同族殺しの眼前、プレハブの前には幾人もの都市伝説契約者らしき人間が立っていた。
 連絡を受け、あの口裂け女を守るために組織された集団か。
 そう考え、しかしすぐに口裂け女は首を振った。
 彼女が血の池を脱出してから、まだ30分も経っていない。
 そんな短時間でこんな人数を招集するのは不可能だろう。
 もしかしたら、プレハブの建設に携わる人間の中に契約者がいたのかもしれない。

「本当に、人望があるのね」

 それらを見て、しかし同族殺しはひるまない。
 しかし、それは実力に裏打ちされた自信ではない。
 時折もつれる足に、磁場が乱れるように一瞬薄透明になる身体。
 同族殺しは、既に力のほとんどを失っていた。

 その原因は、血の池からの脱出である。
 血の池から脱出する際、同族殺しは血の池そのものを飲み込もうとした。
 飲み込む事で、同族殺しは外との繋がりを自ら創出する力を得るつもりだった。

 しかし、それは失敗に終わってしまった。
 今まで口裂け女を何人も飲み込んできた彼女は、少しだけ勘違いをしていたのだ。
 同族殺しが口裂け女を飲み込む事が出来たのは、その本質が一致していたから。
 口裂け女の色を赤に例えるのなら、それがピンクであれ赤紫であれ、いくら色を混ぜ合わせても結局は「赤」と言う分類の色になるのと同じだ。
 幾ら口裂け女と言う色を混ぜても、同族殺しの本質は揺らがない。

 対して、血の池は13階段によって作られた存在。
 つまり、その本質は13階段の力そのものであり、口裂け女のそれとは違う。
 だから、同族殺しは血の池の空間を飲み込めなかった。

 しかし、それを知った彼女は少しだけ無茶をした。
 己の内に蓄えた口裂け女の力の解放。
 それを同族殺しは行った。
 彼女が今まで蓄えていたのは、それこそ学校町を一瞬で灰に出来るほどの力。
 それら全てを解放、つまり力を使用せずただ放出する事によって、同族殺しの身体の中には力の「穴」が開いた。
 力の放出によって出来た「穴」は、力を欲する。
 その巨大な「穴」の中に、同族殺しは血の池を収容しようとした。

 結果として、脱出は成功した。
 血の池という空間そのものを飲み込まれる事を危惧した空間自体が、防衛機能を用いて彼女を外へ排出したのだ。
 ほんの一部の空間を奪っただけで、同族殺しは外へと出る事が出来た。
 それだけ見れば、この結果は成功だった。
 ……しかし、同族殺しにとって、その行為は想定外に大きな損壊を生み出してしまった。

 同族殺しの本質は、赤。
 そこに13階段としての青を足したら、どうなるのか。
 結果は明白だった。
 どっちつかずの本質を得た同族殺しは、その存在そのものが揺らいでしまった。
 13階段でもなく、口裂け女でもない身体。
 今の同族殺しは、この世に存在する全てのものに合致しない。
 そしてそれはつまり、存在そのものの否定でもある。
 同族殺しは、消えかけていた。

「……うふ、うふふふふふ」

 明確な死期を悟っている同族殺しは、ひるまない。
 もはや彼女に残された力は後僅か。
 それで今彼女の目の前に広がる軍勢に立ち向かえるとは、到底思えなかった。

 しかし、それでも同族殺しは笑う。
 彼女の内には、一つの力がある。
 それは口裂け女でも13階段でもない、紫色の本質を持つ力。
 今の彼女の力は、未だにその存在を知られていない、新しい力。
 使えば、同族殺しは自分の寿命をさらに縮める事になるだろう。
 それでも彼女は、ひるまなかった。
 一度死を覚悟した彼女に、死は何の恐怖も与えなかった。

「ねぇ――――」

 眼前の建物を見据え、同族殺しは呟く。
 その結果同族殺し自身が消え去ったとしても、彼女はそれで満足だった。
 安らかな死。
 それとついでに彼女のちょっとした疑問さえ解決すれば、それ以上の喜びはない。

「――――私、きれい?」

 瞬間、黒い何かがプレハブの建物を包み込んだ。

*********************************************

 半壊した診療所の付近。
 建設中のプレハブを前に、黒服Hは、眼前の光景に少しだけ驚いていた。
 辰也から同族殺しの脱出についての報を受けて、彼は急いで診療所のプレハブ建設地へと向かったのだが

「……何だ、こりゃ」

 黒く、丸い球体。
 それがプレハブの一部を覆うように、宙に浮かんでいた。
 黒服Hですら見た事のない、漆黒の球体は、静かに表面を波立たせる。
 口裂け女の派生話の中に、こんな物はない。
 同族殺しがいくら口裂け女を殺した所で、こんな現象が現れる事はない、そのはずだった。

「――――宏也っ!」

 その時、黒服Hの背後から彼を呼ぶ声がした。
 振り返ると、13階段の契約者である宏也が歩いて来る所だった。
 その手は恵と繋がれている。
 急ぎつつ、しかし気遣うように足の速度を緩めているのは、彼女の為なのだろう。
 こんな時ながら、黒服Hは口の中で少しだけ笑った。

「あれ、は……何、だ……?」

 少し時間をかけて二人が到着すると、恵がおずおずと尋ねた。
 その目は黒い球体に向けられている。

「分からないな」

 質問に対する、黒服Hの答えは単純だった。
 そう、分かるはずもない。
 口裂け女と13階段の本質そのものが混じりあって出現した球体。
 それは現存する全ての力の本質とは異なり、そして全く別の法則で成り立っている。

「……けどあれ、すぐに崩壊するぞ」

 しかし、じっと球体を眺めていた辰也はぽつりと呟いた。
 あの球体の力の一端は、彼の契約都市伝説のものでもある。
 その全貌こそ分からないが、辰也には少しだけ分かる事があった。

「血の池をそのまま、しかも不安定な状態で呼び出したようなもんだ。あんなの幾らも持つわけがねぇ」

 付け加えられた説明に、二人が沈黙する。
 表面を微妙に蠢かせ、制し続ける球体。
 その中では、一体何が起こっているのか。

*********************************************

 暗い、暗い闇の中。
 そこで、二人は向き合って立っていた。
 一人は、血に濡れ、時々蜃気楼のように揺らぐ同族殺し。
 もう一人は、まだ傷の癒えていないミツキ。
 負傷した二人は、ただ無言で、お互いの顔を見つめあっていた。

「………………」

 同族殺しは、何と切り出すべきか悩んでいた。
 疑問はある。
 しかしその量が余りに大きすぎて、思考の整理がまだついて行っていないのだ。
 同族殺しが「思考」と呼べるほどの物を取り戻したのは、僅か24時間ほど前。
 まだそれを有効に活用する術が、同族殺しの脳には形成されていなかった。

 同族殺しは、目の前の存在について考える。
 周囲に「仲間」と呼べるような存在を得、つい先ほども何人もの人間に守られていた口裂け女。
 その存在は、その姿は、かつて同族殺しが求めてやまないものでもあった。
 今はもう捨ててしまった、過去の幻想。

 ――――過去に、同族殺しがまだまともな口裂け女だった時があった。
 もう彼女が思い出す事も難しいほど昔だが、あったのは事実だ。
 そしてその時の彼女は、今と違って契約者を欲していた。
 「同族殺し」などと呼ばれる彼女からは想像もできないかもしれないが、そういう時期は確かにあった。
 「寿命」と言う概念がない、長い人生。
 それを誰かと共に過ごしたいと思う事は、それほど不自然ではない。
 だから彼女は、契約者を求めて旅に出た。
 この広い世界、そのどこかになら必ず自分と契約してくれる人間がいると、そう信じて。

 しかし、それは結果として裏切られる事になった。
 同族殺しが本来持っていたのは、ただ100mを三秒で走る脚力と、種類豊富な凶器だけ。
 それを周囲の人間は「地味」と評した。
 確かに、同族殺しは地味な口裂け女の中でも、さらにとびきり地味だった。
 かつての彼女は、他の口裂け女のように周囲を爆発させる事も、真っ赤なスポーツカーを出す事も出来ない、本当に地味な存在。
 だから世界はこぞって彼女を地味だと評し、やられ役だと罵倒した。

 だから、彼女は考えた。
 自分が地味なのは何故か、自分がやられ役なのは何故か。
 長い寿命を使って、ひたすらに考えた。
 ひたすら、ただただひたすら考えて、彼女は一つの結論に達した。

 ――――自分が地味なのは、数が多いせいだ、と。

 だから、彼女はひたすら同族を殺した。
 「己」と言う存在を唯一のものにするために。
 もしかしたら、その結論には少しの嫉妬も混じっていたのかもしれない。
 自分とは違う、華やかな力を持つ他の口裂け女。
 そんな彼女たちへの嫉妬が、同族殺しをそんな行動に駆り立てたのかもしれない。

 そして今も、同族殺しは目の前の口裂け女に嫉妬しているのかもしれない。
 自分が欲し、そして結局手に入れられなかった「仲間」を手に入れた口裂け女を。
 だから、同族殺しは彼女に尋ねる。
 己の疑問を、そして己が果たせなかった希望を叶えた、一人の口裂け女に。

「……貴女の周りには、何であんなにも仲間がいるの?」

 風の起こるはずのない空間に、一陣の風が吹いた。
 それはもしかしたら、彼女の心の震えを表していたのかしれない。

【続】









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