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連載 - 恐怖のサンタ-a08

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恐怖のサンタ 日常編 08


 山田は、走っていた。
 そして、疲れていた。
 ついでに言えば、疲れ過ぎて足がガクガクもしていた。
 別に何も口裂け女のように時速120kmで走っているわけではない。
 ただの散歩である。
 その手綱を握っているのが一匹の子ライオン(山田曰く「猫」)なだけで、それ以外は普通の散歩である。
 ちょっと塀に上ったり屋根を張ったりするが、(子ライオンにとっては)極めて普通の散歩である。

「はぁっ……はぁっ……こんなの、散歩じゃないだろっ!」

 山田の叫びは、虚しく夜空に響き渡った。

 事の始まりは、いつもこの子ライオンを散歩させている少女に用事が出来た事だった。
 なんでも近所にあの占い師の師匠だとかいうよくわからない存在が越してきたとかで、歓迎パーティのような催しを行っているらしい。
 山田も誘われたのだが、あの占い師から「来ない方がいい」と釘を刺されていた。
 何が起こるのか分からないんだそうだ。
 どんなパーティだ、と山田は思う。
 とにかく、そんなこんなで今日は山田がこの子ライオンの散歩をする事になったのだが

「はぁっ……はぁっ……死ぬ、酸欠で死ぬ……」

 深夜の道で中腰になってへたっている次第である。
 いつの間にか、子ライオンも見失ってしまっていた。
 一体あの少女はどうやってこの子ライオンの散歩について言っているのか、と山田は疑問に思う。
 そこそこ運動には自信のあった山田がこのざまだ。
 それを毎日行っているあの少女は一体何なのか。

「つーか、見失ったらまずいのか……?」

 あの子ライオンがどうなった所で知った事ではないが、そうなった場合は山田家の女性陣にド突かれる事間違いない。
 と言うか、一週間絶食とかいう罰ゲームが始まってもおかしくない。

「……やばい、危機だ。酸欠とか言ってる場合じゃないぞ、おい」

 死なない山田の身体でも、空腹は感じるし疲れも恐怖も感じる。
 絶食一週間なんて事態になった場合、飢餓を味わいながらも死なずに一週間生きていく事になる。
 それだけは、何としても避けたい。

「くそっ、どこ行った。あの子ラ……猫は」

 中腰の状態から立ち上がり、周囲を見渡す。
 近くの家からいくつも光が漏れているが、その光に照らされた範囲にあの子ライオンはいなかった。
 あの特徴的な毛並みも、闇の中で爛々と光る眼もない。
 と言うか、この暗闇であの小さな体を見つけるのは至難の技だった。

「……マジで一週間絶食を覚悟するべきか、俺」

 絶望の淵に立たされたような表情で、山田が呟いたその時

 ぎゃしゃー

 闇の中で響く声があった。
 どこか尊大で、人を見下したような声。
 山田には何と言っているのか分からないが、それは確かにあの子ライオンの声だった。
 声がするのは、山田の真正面の道の先。
 それがだんだんと近くなっている事を考えると、山田の方へ向かっているのかもしれない。
 そう思って、山田は小さくガッツポーズをする。

「よし来いっ! 戻ってこいっ! 俺の一週間の食事っ!」

 しかし山田は、気付くべきだった。
 今した子ライオンの声が、どこかくぐもっている事に。
 てちてちと、子ライオンの足音が近づいてくる。
 何だかその足音すら、どこか誇らしげだった。

「…………ん?」

 そして山田は、聞いた。
 子ライオンの足音と共に、何かずりずりと言う音が子ライオンの方からしている。
 それは子ライオンの足音とは到底思えず、そして何だか何かを引きずっているような印象を山田に与えた。

 子ライオンは、やがて街灯の光の元へと姿を現す。
 その姿は、いつもと変わらない愛らしい、ふさふさな身体。
 しかしその口に、子ライオンは何かを咥えていた。
 山田程の大きさのあるそれは、何故か赤かった。
 赤いそれは、どこかぐったりとしていた。

「…………あれ?」

 赤いそれは、人間だった。

(きゃぁあああああああああああああああああああああっ!!??)

 叫びそうになった口を、思わず手で押さえる。

(何だ何だよ何なのよこれっ?! えっ、何、ついに肉食獣の本能が目覚めちゃったのっ?! 殺しちゃった? 襲ってがぶりと殺しちゃったっ?!)

 あわあわと、山田がてんぱる。

(と、とにかく救急車っ! あれでも救急車って何番だっけ、107? 111? ってちょっと待て、俺今携帯家に置き忘れてんじゃんっ!?)

 てんぱった山田は、気付かなかった。
 今、子ライオンが咥えているのは人間ではなく、大きく耳元まで口の裂けた「口裂け女」である事に。
 そして何よりも、その口裂け女は、山田が以前討伐する予定だった「同族殺し」と呼ばれた存在である事に。

(ああいやもうこれどうなっちゃうのっ?! 殺人罪? でも猫に殺人って適用されんのっ?! あれ、もしかしたら保護者の俺のせい?! この年で刑務所は嫌ぁあああああああっ!?)

 山田はてんぱり、子ライオンがそれを平然と眺め、同族殺しが子ライオンに咥えられピクピクと動く。
 静かに、しかしまるで阿鼻叫喚のような地獄絵図が、そこに展開されていた。

「ええいっ! 男は度胸だっ!」

 何を考えたのか、唐突に山田が叫ぶ。
 その目は座り、鼻息は荒かった。

「子ライ……じゃない、猫っ!」

 大きな声で呼ばれた子ライオンは、「何だよ煩いな」とでも言うかのような視線を山田に向ける。
 その小さな動きでさえ、口に咥えられた同族殺しは振り回される。

「今ならまだ助かるっ!(多分) さっさと家に連れて帰って治療するぞっ!(病院だと警察に通報されちゃうかもしれないもん)」

 裏に色々な思惑を乗せて、山田が叫ぶ。
 一見男らしいが、その本音は酷く女々しかった。
 呼ばれた子ライオンは、どこか面倒臭そうにぎゃしゃーと鳴いて、同族殺しを口から離した。
 せっかくの獲物なのに、とどこか名残惜しげでもある。
 アスファルトの上に寝かされた同族殺しの元に、山田は跪いて、その身体の下に手を入れる。

「よし、さっさと連れて帰るぞ……って軽っ!」

 同族殺しを持ちあげた山田は、その軽さに驚いた。
 本質を失い、存在そのものが消えかかっている同族殺しが軽いのは当たり前なのだが、その事を山田は知らない。

「まさかこの肉食獣、既に内臓でも食い散らかしてるんじゃ……」

 たらりと、一筋の汗が山田の頬を伝った。
 頭の中には、18禁なグロシーンが展開されている。
 血で服もべったりだしやばいよこれっ、と叫ぶ山田は、同族殺しが血の池に落ちただけで、実はどこも怪我をしていない事に気づかない。

「よ、よし……取りあえず家に帰るぞ」

 震える声で山田は言い、両手で捧げるように同族殺しを抱えた。
 酷く軽いその重量にびくびくしながら、足のつま先で軽く地面を叩く。
 途端、ただのアスファルトだったはずの地面から、一本の煙突がせり上がってきた。
 それは山田を、子ライオンを、そして抱えられた同族殺しを飲み込んでいく。
 やがてそれは三人全てを包み隠す程の大きさにまで成長した。

(まだちゃんと生きててくれよ―っ!)

 そう山田が心の中で呟くと同時。
 煙突は、白い煙を残して消失した。

 この日、同族殺しは初めて人間から悪意以外の感情を受けた。
 無意識のままに過ぎ去ったその小さな感情から生まれた行動は、同族殺しに一つの転機を与える事になる。

【続】



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