●
その日の朝、いきなりTさんの携帯に電話がかかってきた。
「もしもし……ああ、軍人さん。……なに? あの後輪少年が? そうか、聞かれていたか……それで……」
軍人さんってことは、カシマのおっちゃんか? なんか驚き気味に会話してるけど……。
そんな事を思っていると、出し抜けにTさんが大声を上げた。
「――なんだとっ!?」
俺もリカちゃんもその声に驚いて顔を見合わせる。
「まさか、マスターが……ああ、そうか……それは……魔法、いや、奇跡……か」
話を続けるTさんの表情は驚きから次第に喜びに移っていった。
「……ああ、行っても構わないだろうか? ……ん、わかった。
祝杯をあげよう。秋祭りの前に約した祝いの酒を。――今こそ飲み頃だろう」
そう言って電話を切ったTさんはなにやら上機嫌にどこからか上等そうな酒を引っ張り出してきた。
「お兄ちゃんすごくたのしそうなの」
「なんだ? どうしたんだよ?」
いつもだと、ただ酒が飲めるというだけでTさんがあんなテンションになることは無い。怪しく思って問いかけてみると、やはり上機嫌で返答があった。
「祝い酒だ。最上の奇跡に対する、な」
どういうこった?
行き先を訊いてみると喫茶ルーモアに行くらしい。
マスターが死んで≪組織≫に管理が移ってからというもの、Tさんは輪君にもろバレな変装なんざして今までルーモアに行ってたくせに、今回は変装セットも無しだ。
「変装しなくていいのか?」
「ああ、もうあそこは≪組織≫の管轄ではないからな」
≪組織≫の管轄じゃあ、ない?
「それって、輪君があの店を権利からなにから全部継いだって事?」
それなら確かに祝い事ではあるけど……奇跡か?
「いや、違う」
Tさんは俺の言葉に首を振ると、「奇跡というやつは起こるらしい」とのたまった。
「は?」
「よくわかんないの」
俺とリカちゃんは首を捻る。何のこっちゃかさっぱり分からない。
Tさんは俺たちの様子を見ると、「ん、すまん。言葉が足りなかったな」と言って俺の正面に来て、ゆっくりと告げた。
「ルーモアのマスターが復活した」
…………へ?
「マジ……か?」
あまりにも意表を突く発言だ。Tさんがこの手のタチの悪い冗談を言うことは無い事を知っていてもつい訊ね返してしまう。咄嗟に目を向けたカレンダーは……四月一日にはまだ何日か早い。
いや、でもマスターは≪首塚≫所属の馬鹿に襲われて体も残らずに消滅したって……。
俺が驚きのあまり目を白黒させていると、
「百の言葉よりも一度実物を見た方が早い。これからルーモアまで様子を見に行くが、舞もリカちゃんも来るだろう?」
Tさんが酒瓶片手に声をかけてきた。
「お、おう」
「いくの!」
俺とリカちゃんは一も二もなく頷き、急いで出かける準備をした。
「もしもし……ああ、軍人さん。……なに? あの後輪少年が? そうか、聞かれていたか……それで……」
軍人さんってことは、カシマのおっちゃんか? なんか驚き気味に会話してるけど……。
そんな事を思っていると、出し抜けにTさんが大声を上げた。
「――なんだとっ!?」
俺もリカちゃんもその声に驚いて顔を見合わせる。
「まさか、マスターが……ああ、そうか……それは……魔法、いや、奇跡……か」
話を続けるTさんの表情は驚きから次第に喜びに移っていった。
「……ああ、行っても構わないだろうか? ……ん、わかった。
祝杯をあげよう。秋祭りの前に約した祝いの酒を。――今こそ飲み頃だろう」
そう言って電話を切ったTさんはなにやら上機嫌にどこからか上等そうな酒を引っ張り出してきた。
「お兄ちゃんすごくたのしそうなの」
「なんだ? どうしたんだよ?」
いつもだと、ただ酒が飲めるというだけでTさんがあんなテンションになることは無い。怪しく思って問いかけてみると、やはり上機嫌で返答があった。
「祝い酒だ。最上の奇跡に対する、な」
どういうこった?
行き先を訊いてみると喫茶ルーモアに行くらしい。
マスターが死んで≪組織≫に管理が移ってからというもの、Tさんは輪君にもろバレな変装なんざして今までルーモアに行ってたくせに、今回は変装セットも無しだ。
「変装しなくていいのか?」
「ああ、もうあそこは≪組織≫の管轄ではないからな」
≪組織≫の管轄じゃあ、ない?
「それって、輪君があの店を権利からなにから全部継いだって事?」
それなら確かに祝い事ではあるけど……奇跡か?
「いや、違う」
Tさんは俺の言葉に首を振ると、「奇跡というやつは起こるらしい」とのたまった。
「は?」
「よくわかんないの」
俺とリカちゃんは首を捻る。何のこっちゃかさっぱり分からない。
Tさんは俺たちの様子を見ると、「ん、すまん。言葉が足りなかったな」と言って俺の正面に来て、ゆっくりと告げた。
「ルーモアのマスターが復活した」
…………へ?
「マジ……か?」
あまりにも意表を突く発言だ。Tさんがこの手のタチの悪い冗談を言うことは無い事を知っていてもつい訊ね返してしまう。咄嗟に目を向けたカレンダーは……四月一日にはまだ何日か早い。
いや、でもマスターは≪首塚≫所属の馬鹿に襲われて体も残らずに消滅したって……。
俺が驚きのあまり目を白黒させていると、
「百の言葉よりも一度実物を見た方が早い。これからルーモアまで様子を見に行くが、舞もリカちゃんも来るだろう?」
Tさんが酒瓶片手に声をかけてきた。
「お、おう」
「いくの!」
俺とリカちゃんは一も二もなく頷き、急いで出かける準備をした。
●
西区、喫茶ルーモアの前、入口付近の窓からは確かにマスターが居て、元気に働いている姿が見えた。
以前と変わらない様子で仕事をしているその光景に俺は思わずその場で立ちつくした。
「いつまでもここで見ているわけにもいかん。店に入ろう」
「いくの!」
「……おう」
Tさんとリカちゃんに答えながら俺はさてマスターに開口一番なんて言おうか考える。「久しぶりっ!」ってなんでもないかのように言おうか。「不死身だなあマスター!」っておどけてみようか……そんなことを考えるけど、きっとそんな考えは無駄になるんだろうなと思った。
だって、
きっと、俺は泣くのに忙しくてそんな余裕なんてないんだ。
いつまでも店の前から動く気配のない俺に振り返ったTさんが穏やかに笑んで優しく頭を撫でてくれる。
「行こう」
「……ん」
促すような言葉に頷いて扉を開くと、来客を告げるベルが鳴った。
店の中にはカシマのおっちゃんと、おっちゃんに寄り添うように座るジャックの姉ちゃん。最近少し明るくなったような気がするさっちゃんに、 カウンターでいつものようにツンとした表情をしている輪君。
そして、カウンター内で穏やかな雰囲気を発散している中年のおっちゃんが居た。
以前と変わらない様子で仕事をしているその光景に俺は思わずその場で立ちつくした。
「いつまでもここで見ているわけにもいかん。店に入ろう」
「いくの!」
「……おう」
Tさんとリカちゃんに答えながら俺はさてマスターに開口一番なんて言おうか考える。「久しぶりっ!」ってなんでもないかのように言おうか。「不死身だなあマスター!」っておどけてみようか……そんなことを考えるけど、きっとそんな考えは無駄になるんだろうなと思った。
だって、
きっと、俺は泣くのに忙しくてそんな余裕なんてないんだ。
いつまでも店の前から動く気配のない俺に振り返ったTさんが穏やかに笑んで優しく頭を撫でてくれる。
「行こう」
「……ん」
促すような言葉に頷いて扉を開くと、来客を告げるベルが鳴った。
店の中にはカシマのおっちゃんと、おっちゃんに寄り添うように座るジャックの姉ちゃん。最近少し明るくなったような気がするさっちゃんに、 カウンターでいつものようにツンとした表情をしている輪君。
そして、カウンター内で穏やかな雰囲気を発散している中年のおっちゃんが居た。
「――やあ、マスター。久しいな」
Tさんが酒瓶を掲げながらおっちゃんに挨拶する。
俺は、やっぱり声を出す余裕なんてなかった。
俺は、やっぱり声を出す余裕なんてなかった。
長く寒い冬は、その姿を潜め
徐々に町を包む春は、その暖かさを増していた