喫茶ルーモア 「情報」
と同時刻
と同時刻
学校町とその北に隣接する町、その間には山がある。
月明かりを反射する真っ白な雪が薄く積もった山の奥、整地されていない細い山道の先、そこに付近には人家が一切無い中ぽつんと一つ佇む山荘がある。
その山荘が臨める少し開けたなだらかな斜面の上、そこにTさんの姿があった。
彼は手に持った書類と写真とを確認しながら山荘の内部を窺い、「……情報屋さんの言った通りか」と小さく声を発する。
それからしばらく山荘の方へと視線を向けていたTさんはやがて目を離し、自身が踏んだために露わになった山の地肌に見つけた、一度土を掘り起こしてから再び埋め戻したらしい跡を暴いた。
土中から出てきたのは小さな小さな、
「桃の種……か?」
周囲、葉の落ちた木々を確認するがそれらは見たところ桃ではないようだ。
首を捻りながらもTさんは種を足先で埋め戻すと携帯電話を取り出した。
簡単な操作を行い数秒、相手が出るのを待つ間があり、
「――ああ、すまない。寺生まれのTさんだ。……軍人さんに代わってくれるか?」
電話は喫茶ルーモアで働いている碓氷サチへと繋がった。
『……カシマさん? ……はい――』
電話に出たサチは少々怪訝そうにしながらも、自身の契約都市伝説へと電話を代わる旨を伝え、
『ワタシだが』
「ああ、軍人さん」
ほどなくして聞こえてきた男の声にTさんは電話越しに一つ頷いた。
次いで、冷静に、周りに悟られないように聞いて欲しい。とTさんは前置きをすると、
「……マスター殺しの犯人を見つけたよ」
情報屋から得た情報を記した紙片と秋祭りの前日に入手した写真を懐へとしまいながら言った。
電話の向こうでは息を飲む気配がある。
相手が言葉の衝撃から復帰する間を数秒置き、Tさんは話を続けた。
「魔術師の居場所は――」
Tさんが山荘の場所と、魔術師が共に暮らしているらしい少女の存在を告げていると、
『! かたじけない』
焦った声で急に話が途中で切られてしまった。
Tさんが怪訝に思っていると、取り繕うようなカシマの声が聞こえた。
『……さて、酒の事だったか』
「ん?」
急な話題の転換だ。しかもこのような話をしている最中に。
誰か、この話を聞かせたくない者が電話の会話を聞き取れる位置にでも来たのだろうか?
もしそうならば、
……ちょうどいい。
「そうだな。今から俺は山を下りる。以前話をした公園にきてくれ。酒の在り処と、酒蔵への詳細な地図も渡そう」
一応会話を聞かれる事を予想してはっきりと言葉にはしていないがカシマの事だ、理解してくれるだろうとTさんは考える。
カシマからの返答はTさんの予想に違わぬものだった。
『分かった……では失礼する』
そう言って電話が切られる。
Tさんは不通音を漏らす携帯を畳み、ポケットにしまい込むと山荘に背を向けた。
山の上から見下ろす街を、そこに息づく人々の生活の灯を見て、山荘の彼らもこの光景を見たのだろうかと思い、詮無いことだと苦笑と共に一つ白い息を吐くと、山の斜面を下りて行った。
月明かりを反射する真っ白な雪が薄く積もった山の奥、整地されていない細い山道の先、そこに付近には人家が一切無い中ぽつんと一つ佇む山荘がある。
その山荘が臨める少し開けたなだらかな斜面の上、そこにTさんの姿があった。
彼は手に持った書類と写真とを確認しながら山荘の内部を窺い、「……情報屋さんの言った通りか」と小さく声を発する。
それからしばらく山荘の方へと視線を向けていたTさんはやがて目を離し、自身が踏んだために露わになった山の地肌に見つけた、一度土を掘り起こしてから再び埋め戻したらしい跡を暴いた。
土中から出てきたのは小さな小さな、
「桃の種……か?」
周囲、葉の落ちた木々を確認するがそれらは見たところ桃ではないようだ。
首を捻りながらもTさんは種を足先で埋め戻すと携帯電話を取り出した。
簡単な操作を行い数秒、相手が出るのを待つ間があり、
「――ああ、すまない。寺生まれのTさんだ。……軍人さんに代わってくれるか?」
電話は喫茶ルーモアで働いている碓氷サチへと繋がった。
『……カシマさん? ……はい――』
電話に出たサチは少々怪訝そうにしながらも、自身の契約都市伝説へと電話を代わる旨を伝え、
『ワタシだが』
「ああ、軍人さん」
ほどなくして聞こえてきた男の声にTさんは電話越しに一つ頷いた。
次いで、冷静に、周りに悟られないように聞いて欲しい。とTさんは前置きをすると、
「……マスター殺しの犯人を見つけたよ」
情報屋から得た情報を記した紙片と秋祭りの前日に入手した写真を懐へとしまいながら言った。
電話の向こうでは息を飲む気配がある。
相手が言葉の衝撃から復帰する間を数秒置き、Tさんは話を続けた。
「魔術師の居場所は――」
Tさんが山荘の場所と、魔術師が共に暮らしているらしい少女の存在を告げていると、
『! かたじけない』
焦った声で急に話が途中で切られてしまった。
Tさんが怪訝に思っていると、取り繕うようなカシマの声が聞こえた。
『……さて、酒の事だったか』
「ん?」
急な話題の転換だ。しかもこのような話をしている最中に。
誰か、この話を聞かせたくない者が電話の会話を聞き取れる位置にでも来たのだろうか?
もしそうならば、
……ちょうどいい。
「そうだな。今から俺は山を下りる。以前話をした公園にきてくれ。酒の在り処と、酒蔵への詳細な地図も渡そう」
一応会話を聞かれる事を予想してはっきりと言葉にはしていないがカシマの事だ、理解してくれるだろうとTさんは考える。
カシマからの返答はTさんの予想に違わぬものだった。
『分かった……では失礼する』
そう言って電話が切られる。
Tさんは不通音を漏らす携帯を畳み、ポケットにしまい込むと山荘に背を向けた。
山の上から見下ろす街を、そこに息づく人々の生活の灯を見て、山荘の彼らもこの光景を見たのだろうかと思い、詮無いことだと苦笑と共に一つ白い息を吐くと、山の斜面を下りて行った。
●
カシマとTさんが会ったのはTさんが山を下ってすぐのことであった。
寒空の下、それでもカシマの近くに付き従っている白い鳩の幻に思わず笑みを漏らし、既に公園でTさんを待っていたカシマへと足を進めながらTさんは声をかけた。
「軍人さん、早いな」
「まあ、な。――早速で悪いが」
「ああ、分かった」
Tさんは自らが見た山荘での光景をカシマへと説明しながら紙に地図を記していった。
Tさんが山荘の中に見たのはマスターを殺したという魔術師の男と、それに寄り添うようにしていた、
「少女……か」
「おそらくは何らかの都市伝説契約者だろう」
カシマにそう言い、Tさんはそれらの光景を見た感想を述べる。
「もし魔術師が、彼と戦闘経験のある≪日焼けマシーンで人間ステーキ≫の青年や黒服さん。軍人さんが言うような人間ならばいっそ俺が彼を――と思っていたのだが」
実際に彼の様子を見ると、
「後ろ姿を窓越しに見ただけだったが、話に聞いていた人物とはまた違った雰囲気を持っていた」
それだけならばまだ捕縛するなどしたのだが。
あの少女……。
窓越しに見た、魔術師と寄り添うようにしていた少女は力なく肢体を投げ出していて、ほとんど生気というものを感じられなかった。もしかしたら長くは無いのかもしれないとTさんは思う。
それに、
静かに寄り添う二人の姿は、
……似ていた。
魔術師と少女の姿はどことなく浅井とさっちゃんに似た雰囲気を持っていた。それを思うとどうしても彼らを引き離すのが躊躇われた。
「故に俺には彼らを見ても何もすることは出来なかった」
「そうか……」
カシマは思案気な表情をして浅く俯いている。Tさんはそんなカシマにぽつりと問いかけた。
「輪少年は、彼と対面した時どうするのだろうか?」
「輪は、この件に関しては心の整理が付かないでいる……彼が改心していれば殺しはしないだろうが、もし同じように立ちはだかるのならば……」
「仇討ち……復讐を果たすか……」
おそらくは。と頷き、カシマは物憂げな表情で語る。
「毎日の鍛錬で戦闘能力のみでなく、心も強くなった。……しかし」
「失ったものが大きい」
カシマはああ、と答え、
「輪にとってマスターはそれほど大きな存在だった」
哀惜の念がこもったカシマの言葉にTさんは静かに頷いた。
「近く、決着するだろう。寺生まれの御仁、情報感謝する」
そう告げてTさんから地図を受け取り去っていくカシマ。その背中が見えなくなるまで見送ってから、Tさんは空を見上げた。
雪雲が空を覆い、昇り始めた太陽が地上へと投げ出す光を妨害している。完全な夜明けはもう少し先だろう。
「……全てが済んだら、できるだけ皆が幸せならばいいな」
カシマが去った名残を残すように雪と共に舞う桜の花弁を目で追いながら、Tさんは独りごちた。
寒空の下、それでもカシマの近くに付き従っている白い鳩の幻に思わず笑みを漏らし、既に公園でTさんを待っていたカシマへと足を進めながらTさんは声をかけた。
「軍人さん、早いな」
「まあ、な。――早速で悪いが」
「ああ、分かった」
Tさんは自らが見た山荘での光景をカシマへと説明しながら紙に地図を記していった。
Tさんが山荘の中に見たのはマスターを殺したという魔術師の男と、それに寄り添うようにしていた、
「少女……か」
「おそらくは何らかの都市伝説契約者だろう」
カシマにそう言い、Tさんはそれらの光景を見た感想を述べる。
「もし魔術師が、彼と戦闘経験のある≪日焼けマシーンで人間ステーキ≫の青年や黒服さん。軍人さんが言うような人間ならばいっそ俺が彼を――と思っていたのだが」
実際に彼の様子を見ると、
「後ろ姿を窓越しに見ただけだったが、話に聞いていた人物とはまた違った雰囲気を持っていた」
それだけならばまだ捕縛するなどしたのだが。
あの少女……。
窓越しに見た、魔術師と寄り添うようにしていた少女は力なく肢体を投げ出していて、ほとんど生気というものを感じられなかった。もしかしたら長くは無いのかもしれないとTさんは思う。
それに、
静かに寄り添う二人の姿は、
……似ていた。
魔術師と少女の姿はどことなく浅井とさっちゃんに似た雰囲気を持っていた。それを思うとどうしても彼らを引き離すのが躊躇われた。
「故に俺には彼らを見ても何もすることは出来なかった」
「そうか……」
カシマは思案気な表情をして浅く俯いている。Tさんはそんなカシマにぽつりと問いかけた。
「輪少年は、彼と対面した時どうするのだろうか?」
「輪は、この件に関しては心の整理が付かないでいる……彼が改心していれば殺しはしないだろうが、もし同じように立ちはだかるのならば……」
「仇討ち……復讐を果たすか……」
おそらくは。と頷き、カシマは物憂げな表情で語る。
「毎日の鍛錬で戦闘能力のみでなく、心も強くなった。……しかし」
「失ったものが大きい」
カシマはああ、と答え、
「輪にとってマスターはそれほど大きな存在だった」
哀惜の念がこもったカシマの言葉にTさんは静かに頷いた。
「近く、決着するだろう。寺生まれの御仁、情報感謝する」
そう告げてTさんから地図を受け取り去っていくカシマ。その背中が見えなくなるまで見送ってから、Tさんは空を見上げた。
雪雲が空を覆い、昇り始めた太陽が地上へと投げ出す光を妨害している。完全な夜明けはもう少し先だろう。
「……全てが済んだら、できるだけ皆が幸せならばいいな」
カシマが去った名残を残すように雪と共に舞う桜の花弁を目で追いながら、Tさんは独りごちた。