三面鏡の少女 66
言い訳じみた退席でトイレへ逃げてきた繰だったが、とりあえずは手を洗ってついでに顔もぱしゃぱしゃと洗う
冷たい水の感触で、頬に満ち満ちていた熱が引いていく気がする
「……何で私があいつに色々気を使わなきゃいけないのよ」
鏡に映る自分の顔を見詰めながら、大きく溜息を吐いた
あの講師は本人が言う通りいつ転任でいなくなるか判らないし、長くともあと一年と半分もあれば繰が学校を卒業してお別れという関係である
もっとも繰の生活態度、出席日数及び遅刻回数、そして学力の三点から鑑みるに留年して一年二年と追加される可能性も無くはないのだが
「学園祭の前後で関わり過ぎただけよね。あいつが絡んできても無視してきゃいいのよ」
鏡の前に置いてあったハンカチで顔を拭き、ぱしんと気合を入れるように頬を叩く
「よし、もうあいつには深く関わらない。英語だけは呼び出しや補習を食らわないように真面目に勉強しよう」
気になる講師のいる教科だけ成績が上がるような事があれば、周囲の評価がどういう事になるかとかは想像すらしていない辺りが繰の思案の足りなさである
なんとかかんとか気を取り直して、廊下をずんずん歩き教室の扉をどばんと開け放つ
「さあ、さっさと補習終わらせ、る……わ……?」
繰の目に飛び込んできたのは、ディランに圧し掛かる女郎蜘蛛と化した未冬の姿
未冬の顔は繰も良く覚えている
彼女とディランの会話が今日までの繰の悶々の原因、忘れようにも忘れられるはずもない
「繰ちゃん、逃げて!」
三人の中で最も早く状況を把握していたディランが、教室の入り口で呆然としている繰に向かって叫ぶ
その言葉で繰は我を取り戻し
「むしろ逃げなきゃいけないのはあんたでしょうが!」
繰は教室に飛び込むと、ひっくり返った机の横に転がった鞄に向かって叫ぶ
「菊花、やるわよ!」
鞄のファスナーが内側からじゃっと開き、中から飛び出した日本人形がてちてちと繰に駆け寄っていく
別に鞄の中に居ても近くなら能力は使えるのだが、何かと雑な繰の戦闘スタイルである、乱戦になって巻き込まれないよういつも繰に抱かれているのが定位置なのだ
「ダメよ……あなたに先生は渡さない!」
「誰がんなもん欲しがるかっ!」
繰の髪が伸びて絡み合い、拳を作り上げ思い切り殴り付ける
はずだったのだが
学園祭のあの日、ディランに告白していた時の彼女の顔が頭を過ぎる
殴ってからどうすればいいのだろうか
意識を失えば元に戻るのか、戻らないのか
人並みの耐久力なら死んでしまうのではないのか
「ああもう、こういう時に何であの黒服(バカ)居ないのよ!?」
思わず攻撃を止めて、イライラした様子で床を思い切り蹴る繰
都市伝説という化物に憑かれ狂気に侵食された未冬が、その隙を逃すはずも無い
「繰ちゃん! 前っ!」
ディランの声で我に返った時には、既に未冬の顔が目の前まで迫っていた
飛び込んでくる前傾姿勢から身体を捻ったかと思うと、蜘蛛とは思えない綺麗な回し蹴りが繰の顔面目掛けて飛んできた
「そんな大振りが当たるか……っ!?」
即座に飛び退こうとした繰の足が動かない
右の足首から下を床に縫い止めるかのように、未冬の手から放たれた糸が絡み付いていた
ともかくあの体格から放たれる攻撃を食らうわけにはいかない
バランスを崩しながらも繰は髪を引き戻し、なんとかその蹴りをブロックするが、そのまま床に倒されてしまう
「くっ!」
すぐさま起き上がろうとしたが、今度は左腕が床に縫い止められる
ただ固いだけなら力技で引き千切れるのだが、粘着力と柔軟性に富んだ蜘蛛の糸は触れれば繰の髪の毛などあっさり引き剥がせなくなるだろう
「先生に近付く女を全て消せば、先生は私だけのものになるの」
未冬は節足をきちきちと動かし、床に倒れた繰ににじり寄る
完全に動きを封じようというのか残る右腕と左足にも何度も糸が放たれるが、全て伸ばした髪の毛でなんとか受け止めている
粘着性の糸でベタベタになった髪は、今までのようには動かせない
攻撃を外して壁や床にくっついてしまえばそれまでである
まだ糸を受けてない髪の毛を伸ばせば攻撃にも使えるが、伸ばすだけで生え変わるわけではない以上、数には限度がある
「ねぇ……あなたも先生が好きなんでしょう?」
その言葉に繰が思わず息を呑む
「隠そうとしてもダメ。先生に近付こうとする女は全部排除するの」
足の爪先で繰の頬から首筋を弄るように撫で、服の襟元についと引っ掛け、そのまま制服からスカートまでを肌を傷付ける事なく縦一文字に切り裂いた
「この身体で先生を篭絡しようとしたの? この恥知らず」
「んなわけあるかっ!?」
叫び返して否定したものの、怒りではなく羞恥心で頬が染めながら
その頭の中は、どう戦えばいいのかという思案がぐるぐると堂々巡りを繰り返していたのだった
冷たい水の感触で、頬に満ち満ちていた熱が引いていく気がする
「……何で私があいつに色々気を使わなきゃいけないのよ」
鏡に映る自分の顔を見詰めながら、大きく溜息を吐いた
あの講師は本人が言う通りいつ転任でいなくなるか判らないし、長くともあと一年と半分もあれば繰が学校を卒業してお別れという関係である
もっとも繰の生活態度、出席日数及び遅刻回数、そして学力の三点から鑑みるに留年して一年二年と追加される可能性も無くはないのだが
「学園祭の前後で関わり過ぎただけよね。あいつが絡んできても無視してきゃいいのよ」
鏡の前に置いてあったハンカチで顔を拭き、ぱしんと気合を入れるように頬を叩く
「よし、もうあいつには深く関わらない。英語だけは呼び出しや補習を食らわないように真面目に勉強しよう」
気になる講師のいる教科だけ成績が上がるような事があれば、周囲の評価がどういう事になるかとかは想像すらしていない辺りが繰の思案の足りなさである
なんとかかんとか気を取り直して、廊下をずんずん歩き教室の扉をどばんと開け放つ
「さあ、さっさと補習終わらせ、る……わ……?」
繰の目に飛び込んできたのは、ディランに圧し掛かる女郎蜘蛛と化した未冬の姿
未冬の顔は繰も良く覚えている
彼女とディランの会話が今日までの繰の悶々の原因、忘れようにも忘れられるはずもない
「繰ちゃん、逃げて!」
三人の中で最も早く状況を把握していたディランが、教室の入り口で呆然としている繰に向かって叫ぶ
その言葉で繰は我を取り戻し
「むしろ逃げなきゃいけないのはあんたでしょうが!」
繰は教室に飛び込むと、ひっくり返った机の横に転がった鞄に向かって叫ぶ
「菊花、やるわよ!」
鞄のファスナーが内側からじゃっと開き、中から飛び出した日本人形がてちてちと繰に駆け寄っていく
別に鞄の中に居ても近くなら能力は使えるのだが、何かと雑な繰の戦闘スタイルである、乱戦になって巻き込まれないよういつも繰に抱かれているのが定位置なのだ
「ダメよ……あなたに先生は渡さない!」
「誰がんなもん欲しがるかっ!」
繰の髪が伸びて絡み合い、拳を作り上げ思い切り殴り付ける
はずだったのだが
学園祭のあの日、ディランに告白していた時の彼女の顔が頭を過ぎる
殴ってからどうすればいいのだろうか
意識を失えば元に戻るのか、戻らないのか
人並みの耐久力なら死んでしまうのではないのか
「ああもう、こういう時に何であの黒服(バカ)居ないのよ!?」
思わず攻撃を止めて、イライラした様子で床を思い切り蹴る繰
都市伝説という化物に憑かれ狂気に侵食された未冬が、その隙を逃すはずも無い
「繰ちゃん! 前っ!」
ディランの声で我に返った時には、既に未冬の顔が目の前まで迫っていた
飛び込んでくる前傾姿勢から身体を捻ったかと思うと、蜘蛛とは思えない綺麗な回し蹴りが繰の顔面目掛けて飛んできた
「そんな大振りが当たるか……っ!?」
即座に飛び退こうとした繰の足が動かない
右の足首から下を床に縫い止めるかのように、未冬の手から放たれた糸が絡み付いていた
ともかくあの体格から放たれる攻撃を食らうわけにはいかない
バランスを崩しながらも繰は髪を引き戻し、なんとかその蹴りをブロックするが、そのまま床に倒されてしまう
「くっ!」
すぐさま起き上がろうとしたが、今度は左腕が床に縫い止められる
ただ固いだけなら力技で引き千切れるのだが、粘着力と柔軟性に富んだ蜘蛛の糸は触れれば繰の髪の毛などあっさり引き剥がせなくなるだろう
「先生に近付く女を全て消せば、先生は私だけのものになるの」
未冬は節足をきちきちと動かし、床に倒れた繰ににじり寄る
完全に動きを封じようというのか残る右腕と左足にも何度も糸が放たれるが、全て伸ばした髪の毛でなんとか受け止めている
粘着性の糸でベタベタになった髪は、今までのようには動かせない
攻撃を外して壁や床にくっついてしまえばそれまでである
まだ糸を受けてない髪の毛を伸ばせば攻撃にも使えるが、伸ばすだけで生え変わるわけではない以上、数には限度がある
「ねぇ……あなたも先生が好きなんでしょう?」
その言葉に繰が思わず息を呑む
「隠そうとしてもダメ。先生に近付こうとする女は全部排除するの」
足の爪先で繰の頬から首筋を弄るように撫で、服の襟元についと引っ掛け、そのまま制服からスカートまでを肌を傷付ける事なく縦一文字に切り裂いた
「この身体で先生を篭絡しようとしたの? この恥知らず」
「んなわけあるかっ!?」
叫び返して否定したものの、怒りではなく羞恥心で頬が染めながら
その頭の中は、どう戦えばいいのかという思案がぐるぐると堂々巡りを繰り返していたのだった