プレダトリー・カウアード 日常編 02
日曜日。
本屋から雑誌入荷の連絡を受け、昨日同様、日が落ち始めた頃に外出する。
夕刻。夜の闇が世界を覆うわけでも、昼の光が世界を明るく染め上げるわけでもない時間。
平生は白黒青赤多々入り混じった町並みも、この時だけは朱一色に染まる。
――――逢魔が時。
黄昏でも夕暮れでもなく、真っ先にこの言葉が頭に浮かぶのは、やはり僕の趣味が関係しているのだろうか。
その言葉が不幸の象徴というわけではないが、心に小さな鉛が入ったような感じがする。
すぐに頭を振って、嫌な考えを外へと放逐する。
この時間帯は駄目だ。どうしても「あの時」のことを考えてしまう。
脳裏に浮かぶのは赤い風景。
夕日の赤。服の赤。そして……血の、赤。
今と同じような夕刻。学校の屋上へと続く階段の上に立っていた「あの人」の表情は、今でも、僕の脳裏から抜け落ちてはくれない。
一年ほど経ってすら、腑抜けた僕が、責めてられているような気分にさせる。
本屋から雑誌入荷の連絡を受け、昨日同様、日が落ち始めた頃に外出する。
夕刻。夜の闇が世界を覆うわけでも、昼の光が世界を明るく染め上げるわけでもない時間。
平生は白黒青赤多々入り混じった町並みも、この時だけは朱一色に染まる。
――――逢魔が時。
黄昏でも夕暮れでもなく、真っ先にこの言葉が頭に浮かぶのは、やはり僕の趣味が関係しているのだろうか。
その言葉が不幸の象徴というわけではないが、心に小さな鉛が入ったような感じがする。
すぐに頭を振って、嫌な考えを外へと放逐する。
この時間帯は駄目だ。どうしても「あの時」のことを考えてしまう。
脳裏に浮かぶのは赤い風景。
夕日の赤。服の赤。そして……血の、赤。
今と同じような夕刻。学校の屋上へと続く階段の上に立っていた「あの人」の表情は、今でも、僕の脳裏から抜け落ちてはくれない。
一年ほど経ってすら、腑抜けた僕が、責めてられているような気分にさせる。
――――もう、過ぎたことだ。
僕は自分にそう言い聞かせて、いつの間にか止まっていた歩みを、再開させた。
清く、正しく、堅実に。
あそこで何もしなかった僕は、悪くない。信条に背かなかった僕は、決して、悪くないのだ。
清く、正しく、堅実に。
あそこで何もしなかった僕は、悪くない。信条に背かなかった僕は、決して、悪くないのだ。
*****************************************
本屋からの帰り道を、僕はほくほく顔で歩く。
手には、薄い茶色の紙袋が握られている。
時分は既に、夕から夜へと移り変わっていた。
黒は赤を排斥し、僕の心も少しだけ、軽くなっている。
来た時と同じ、しかし今は電灯に照らし出された道を、僕は帰る。
手には、薄い茶色の紙袋が握られている。
時分は既に、夕から夜へと移り変わっていた。
黒は赤を排斥し、僕の心も少しだけ、軽くなっている。
来た時と同じ、しかし今は電灯に照らし出された道を、僕は帰る。
すぐに、僕の家が見えてきた。
大きくもなく、といって小さくもない、二階建ての建売住宅。
何十年かのローンで買ったその家は、「中流階級」を地で行く僕ら家族にぴったりだ。
門から玄関口までの僅かなスペースを通り、ドアの前へ。
紙袋を左手に持ち替え、右手でポケットから鍵を取り出す。
銀色の鍵が、月明かりを浴びて鈍く光った。
僕はそれを鍵口へと差込み、回し、ドアノブに手をかけて――――
大きくもなく、といって小さくもない、二階建ての建売住宅。
何十年かのローンで買ったその家は、「中流階級」を地で行く僕ら家族にぴったりだ。
門から玄関口までの僅かなスペースを通り、ドアの前へ。
紙袋を左手に持ち替え、右手でポケットから鍵を取り出す。
銀色の鍵が、月明かりを浴びて鈍く光った。
僕はそれを鍵口へと差込み、回し、ドアノブに手をかけて――――
「――――あれ?」
――――家の電気が、灯っていないことに、気づいた。
夕闇の時刻を過ぎ、辺りは夜の趣を呈している。
今夜は満月だから、確かに月明かりはある。
しかし、電気をつけずにいられる程、明るくはないと思うのだけれど……。
夕闇の時刻を過ぎ、辺りは夜の趣を呈している。
今夜は満月だから、確かに月明かりはある。
しかし、電気をつけずにいられる程、明るくはないと思うのだけれど……。
首をひねりながら、僕はノブを回した。
音を立てずに、ドアが開く。
中から押し出されるようにして出てきた生暖かい空気が、僕の頬をなでる。
誰もが持つ、我が家の匂い。
いつもなら違和感なく、匂いを匂いとすら気づかず、受け入れる、はずなのに
音を立てずに、ドアが開く。
中から押し出されるようにして出てきた生暖かい空気が、僕の頬をなでる。
誰もが持つ、我が家の匂い。
いつもなら違和感なく、匂いを匂いとすら気づかず、受け入れる、はずなのに
「………………?」
何かが、違う。
おかしい。
鼻が、脳が、異常を訴える。
「いつも」の中に、「何か」が混じっている?
この、異物は、違和感は、どこかで――――?
おかしい。
鼻が、脳が、異常を訴える。
「いつも」の中に、「何か」が混じっている?
この、異物は、違和感は、どこかで――――?
僕は、そっと家の中へと「侵入」した。
「帰宅」のイメージが、なぜか出てこない。
そろり、そろり、玄関脇手にある階段を無視し、足音を殺して、廊下の突き当たり、リビングへと向かう。
「帰宅」のイメージが、なぜか出てこない。
そろり、そろり、玄関脇手にある階段を無視し、足音を殺して、廊下の突き当たり、リビングへと向かう。
――――違和感は、少しずつ、強くなっていく。
ついに、リビングが目の前に迫る。
明りのないリビング。
廊下とその部屋を繋ぐのは、一枚の薄い、ガラスの嵌め込まれた扉だけ。
明りのないリビング。
廊下とその部屋を繋ぐのは、一枚の薄い、ガラスの嵌め込まれた扉だけ。
――――本能が、警鐘を鳴らす。
扉の取っ手を、掴む。
いつの間にか汗が、僕の頬を、顎を、伝わっていた。
いつの間にか汗が、僕の頬を、顎を、伝わっていた。
――――やめろ。
慎重に、物音一つ立てないように、取っ手をひねる。
――――やめろ、開けるな。
ひねって、それを、前へと押し出す。
体重をかけて、少しずつ、少しずつ。
体重をかけて、少しずつ、少しずつ。
――――やめろ、引き返せ。今なら、今なら、まだ…………。
扉が、開いた。
*****************************************
最初に目に飛び込んできたのは、真正面の壁。
――――おかしい。
僕の家の壁は、真っ白な、清潔感溢れる、純白の壁だったはずだ。
なのに、月明かりに映えるそれは、どう、見たって
なのに、月明かりに映えるそれは、どう、見たって
「…………あ」
……その時、思い出した。
そうだ。この違和感、この匂い。
どこかで嗅いだ事があると、思ってたんだ。
「あの時」と同じなんだ。
どうして忘れてたんだろう。そうだ、これは、「あの時」と同じ
そうだ。この違和感、この匂い。
どこかで嗅いだ事があると、思ってたんだ。
「あの時」と同じなんだ。
どうして忘れてたんだろう。そうだ、これは、「あの時」と同じ
「血」の――――
「おや、おや、今日はついている」
…………真横から、声。
知らない、声。
僕の首が、軋みを上げて、横を、家族の座るテーブルがあるはずの場所を、見る。
カーテンから、月明かりが漏れる。
淡い光が、居間を、家族の暖かな空間だった居間を、照らす。
知らない、声。
僕の首が、軋みを上げて、横を、家族の座るテーブルがあるはずの場所を、見る。
カーテンから、月明かりが漏れる。
淡い光が、居間を、家族の暖かな空間だった居間を、照らす。
「ちょうど今、帰って来てくれるとは……いや、いや、全く今日は運が良い」
そこには、一人の、黒い「何か」が、いた。
……人間?
きっと、違うはずだ。いや、人であるはずが、ない。
人、なら、もしも、「人」であるのなら――――
……人間?
きっと、違うはずだ。いや、人であるはずが、ない。
人、なら、もしも、「人」であるのなら――――
「母さん…………?」
――――どうしてその口に、僕の「母」が、ぶら下っているのか。
細い首に、「何か」の牙が、突き立っている。
その腕はだらりと垂れ下がっていて、どうしようもないくらい白くて、あれじゃ、まるで■んだみたいじゃ、ないか。
細い首に、「何か」の牙が、突き立っている。
その腕はだらりと垂れ下がっていて、どうしようもないくらい白くて、あれじゃ、まるで■んだみたいじゃ、ないか。
「おいしかったよ、ありがとう」
場違いな程穏やかな声を出して、「何か」が、母さんを放す。
最近体重が増えている事を嘆いていたはずの母さんは、驚くほど柔らかく、軽く、まるで羽かなにかのように、落ちていく。
ぱさり、と。ほとんど音を立てずに、母さんだったモノが、床に倒れる。
……床には既に、先客が居た。
母さんと同じように、白く、細く、けれど母さんよりも赤く染まっている、ソレは。
どうしてか、今朝見た父さんと、同じ服を着ている、気が――――
最近体重が増えている事を嘆いていたはずの母さんは、驚くほど柔らかく、軽く、まるで羽かなにかのように、落ちていく。
ぱさり、と。ほとんど音を立てずに、母さんだったモノが、床に倒れる。
……床には既に、先客が居た。
母さんと同じように、白く、細く、けれど母さんよりも赤く染まっている、ソレは。
どうしてか、今朝見た父さんと、同じ服を着ている、気が――――
「さて、さて。メインディッシュの前に、楽しい前菜と洒落込もうじゃないか、坊や」
黒い影が、足を踏み出す。
――――逃げなくちゃ。
足が震える。いや……足も、腕も、歯も、全てが、震えていた。
僕の身体が、僕のものではないような感覚。
力の抜けた僕の手から、茶色の紙袋が落ちた。
上口をセロハンで止めていなかった紙袋から、中身が転げ出る。
今週の、週間「超常現象」。
その表紙一面を飾っているのは、漆黒のマントを身に纏い、その鋭い歯を女性に突き立てている、都市伝説。
その姿は、滑稽なほど、先ほどの情景に、似ていた。
僕の身体が、僕のものではないような感覚。
力の抜けた僕の手から、茶色の紙袋が落ちた。
上口をセロハンで止めていなかった紙袋から、中身が転げ出る。
今週の、週間「超常現象」。
その表紙一面を飾っているのは、漆黒のマントを身に纏い、その鋭い歯を女性に突き立てている、都市伝説。
その姿は、滑稽なほど、先ほどの情景に、似ていた。
「――――おや、おや、私の同族じゃないか。いやなに、私の方が格好いいがね」
嬉しそうに、「何か」が――――「吸血鬼」が、雑誌を見やる。
「どれ、どれ、君、記念に私に、この雑誌を――――」
――――僕は、走り出した。
全力で、死に物狂いで、走った。
既に開いている扉を抜け、廊下を走る。
目の前には、外へ通じる玄関と、二階へと通じる階段。
走りながら、どちらへと行くべきか、一瞬悩む。
外へ出れば、誰かが助けてくれるかもしれない。
誰もいなくても、隠れる場所くらい、あるだろう。
そうだ、外へ出よう。外へ出て、誰かに助けを…………。
全力で、死に物狂いで、走った。
既に開いている扉を抜け、廊下を走る。
目の前には、外へ通じる玄関と、二階へと通じる階段。
走りながら、どちらへと行くべきか、一瞬悩む。
外へ出れば、誰かが助けてくれるかもしれない。
誰もいなくても、隠れる場所くらい、あるだろう。
そうだ、外へ出よう。外へ出て、誰かに助けを…………。
――――違う。
違う、違う。そうじゃない。
さっきあいつは、なんて言ってた?
考えろ、思い出せ、僕の家族は「何人」だ?
さっきあいつは、なんて言ってた?
考えろ、思い出せ、僕の家族は「何人」だ?
『さて、さて。メインディッシュの前に、楽しい前菜と洒落込もうじゃないか、坊や』
「メインディッシュ」
あいつは確かに、そう言った。
僕は「前菜」だろう。そして床に横たわった「二人」も、きっと僕と同じ。
なら――――なら、他に誰が、いるのか?
考えるまでも、ない。
僕の家は「四人」家族だ。
父さんでも、母さんでも、僕でもなければ、残ったのは――――
あいつは確かに、そう言った。
僕は「前菜」だろう。そして床に横たわった「二人」も、きっと僕と同じ。
なら――――なら、他に誰が、いるのか?
考えるまでも、ない。
僕の家は「四人」家族だ。
父さんでも、母さんでも、僕でもなければ、残ったのは――――
「…………くそっ!」
――――僕が家から出れば、あいつは間違いなく、「姉ちゃん」を、殺す。
玄関へ向きかけた足を強引に曲げ、階段へと向ける。
袋小路だ。分かってる。
しかし、時間が稼げれば、それでいい。
誰かが、近所の人が少しでもおかしいと思えば、きっと助けは、来る。
僕の仕事は、助けを求める事と、それが来るまでの間、時間を稼ぐ事。
袋小路だ。分かってる。
しかし、時間が稼げれば、それでいい。
誰かが、近所の人が少しでもおかしいと思えば、きっと助けは、来る。
僕の仕事は、助けを求める事と、それが来るまでの間、時間を稼ぐ事。
階段を、駆け上る。
右手と左手に、二つのドア。僕と姉ちゃんの、二つの部屋。
僕はまず、左手のドアを開けた。
もしかしたら、姉ちゃんがいるかもしれない。
しかし、開けた先に見えたのは、ダンベルにバーベル、そしてサンドバックの置いてあるだけの、いつもの姉ちゃんの部屋だった。
その部屋の主は、いない。
右手と左手に、二つのドア。僕と姉ちゃんの、二つの部屋。
僕はまず、左手のドアを開けた。
もしかしたら、姉ちゃんがいるかもしれない。
しかし、開けた先に見えたのは、ダンベルにバーベル、そしてサンドバックの置いてあるだけの、いつもの姉ちゃんの部屋だった。
その部屋の主は、いない。
舌打ちをして、ドアを閉める。
つまり、姉ちゃんがいるのは、階下……?
つまり、姉ちゃんがいるのは、階下……?
「――――いや、いや。元気がいいのは喜ばしい事だと、そうは思わないかね」
声。階段の下からだ。
のんびりとした声だった。あいつはきっと、急いでいない。
それだけ余裕だと言うことなのだろう。
のんびりとした声だった。あいつはきっと、急いでいない。
それだけ余裕だと言うことなのだろう。
右手のドアを開ける。
僕の部屋。乱雑に散らかった雑誌の上には、古今東西様々な「霊装」がさらに乱雑さの度合いを強めて、散らばっている。
それらをの中からニ、三拝借してから、まず窓へと駆け寄った。
焦りで手元を狂わせながら、鍵を解除し、大きく開け放つ。
僕の部屋。乱雑に散らかった雑誌の上には、古今東西様々な「霊装」がさらに乱雑さの度合いを強めて、散らばっている。
それらをの中からニ、三拝借してから、まず窓へと駆け寄った。
焦りで手元を狂わせながら、鍵を解除し、大きく開け放つ。
「助けてくれぇぇええええええええええええっ!! 人殺しだぁぁあああああああああっ!!」
息を吸い込み、ありったけの声で、僕は叫んだ。
誰でも、いい。
誰でもいいから、今の声に気づいて、警察に電話してくれれば、それでいい。
誰でも、いい。
誰でもいいから、今の声に気づいて、警察に電話してくれれば、それでいい。
「――そうだ。携帯」
僕自身があれで警察にでも連絡すれば、完璧だ。
――――どこにある?
考える。
土曜に学校から帰ってきてから、制服から出した記憶がない。
……制服か。
――――どこにある?
考える。
土曜に学校から帰ってきてから、制服から出した記憶がない。
……制服か。
足をクローゼットへと、向ける。
制服は、クローゼットを開ければ、すぐの、所に――――
制服は、クローゼットを開ければ、すぐの、所に――――
「――――さて、さて。満足したかね? 坊や」
固まった。
僕の目の前、僕とクローゼットの間に、黒い影が、立っていた。
一体いつの間に、この部屋に入ったというのか。
足音はなかった。そもそも、この雑然とした部屋で音を立てずに行動する事自体、不可能だ。
……なら、どうして?
僕の目の前、僕とクローゼットの間に、黒い影が、立っていた。
一体いつの間に、この部屋に入ったというのか。
足音はなかった。そもそも、この雑然とした部屋で音を立てずに行動する事自体、不可能だ。
……なら、どうして?
「ふむ、ふむ。驚いてくれると私もやり甲斐があるね」
満足げに頷く吸血鬼の元へ、小さな何かが、寄り添った。
黒く、小さいながらも翼を持つそれは、コウモリ。
黒く、小さいながらも翼を持つそれは、コウモリ。
――――吸血鬼は、その姿をコウモリへと変えることが出来る。
なるほど。以前「超常現象」で読んだ記事は、間違っていなかったらしい。
「……それで? 私と『食事』する決心は、ついたかね?」
目の前で、吸血鬼が尋ねる。
優しげな声なのが、妙に気持ち悪かった。
優しげな声なのが、妙に気持ち悪かった。
「決心なら――――」
ポケットの中へ、手を入れる。
先ほどモノの山から抜き取った、二つの「武器」。
先ほどモノの山から抜き取った、二つの「武器」。
「――――とっくについてるに、決まってるだろっ!」
抜き出した手に持っているのは、ニンニクと、水の入った小瓶。
その二つを、僕は吸血鬼めがけて、ぶん投げた。
その二つを、僕は吸血鬼めがけて、ぶん投げた。
*****************************************
吸血鬼は、ニンニクに弱い。そして、聖水にも、弱い。
僕は今投げたのは、その二つだ。
コウモリに関する雑誌の記事は、正確だった。
僕は今投げたのは、その二つだ。
コウモリに関する雑誌の記事は、正確だった。
――――ならば、これも、きっと。
聖水とニンニクが、吸血鬼に当たる。
「…………ふむ?」
当たって――――しかし、それだけだった。
吸血鬼は、不可解そうな顔をして、僕を見、そして投げつけられたモノを見
吸血鬼は、不可解そうな顔をして、僕を見、そして投げつけられたモノを見
「ああ、ああ。なるほど、確かにそういう『勘違い』もある」
要を得たように、頷いた。
呆然として、僕は馬鹿みたいに、投げつけた後の姿勢で固まっている。
呆然として、僕は馬鹿みたいに、投げつけた後の姿勢で固まっている。
「残念だがね。それを弱点に設定したのはどこだかの宗教なのだよ」
「…………え?」
「いや、いや。そんな不可解そうな顔をしなくてもいい。私が言いたいのはつまりだね、それを設定する『前』にも、吸血鬼は存在したと、そういうことだよ」
「…………え?」
「いや、いや。そんな不可解そうな顔をしなくてもいい。私が言いたいのはつまりだね、それを設定する『前』にも、吸血鬼は存在したと、そういうことだよ」
誇らしげに、そのマントを翻し、吸血鬼が一礼する。
「私はね、そんな『最古』の吸血鬼の一人なんだ。最近の『まがい者』どもとは、一味も、二味も……違う」
言って、吸血鬼は、僕の眼前に迫ってきた。
目と鼻が触れる距離。
そんな近くで、吸血鬼が、笑う。
目と鼻が触れる距離。
そんな近くで、吸血鬼が、笑う。
「そんな私に食べられるなんて、君は『幸運』だと、そうは思わないかね?」
「あ……ひ……」
「あ……ひ……」
腰が、抜ける。
さっきまでの覚悟は砕け、だらしなく、上を、吸血鬼を、見上げる。
さっきまでの覚悟は砕け、だらしなく、上を、吸血鬼を、見上げる。
……くそ、まだか。
まだ、警察は――――
まだ、警察は――――
「ああ、ああ。助けなら、来ないよ」
吸血鬼が、笑う。
獲物を甚振るのを楽しむように、彼は、笑う。
獲物を甚振るのを楽しむように、彼は、笑う。
「だ、だって、僕、さっき窓から…………」
「そうだね。確かに辺りに『人がいれば』それで良かったかも、しれないね」
「そうだね。確かに辺りに『人がいれば』それで良かったかも、しれないね」
どもりながら反撃を試みるの言葉に、吸血鬼は外を見る。
目を細め、外の暗がりを、見る。
目を細め、外の暗がりを、見る。
――――暗がり?
「おや、おや。ようやく気づいたかね?」
僕は慌てて、地に腰をつけたまま、ベランダへと通じる大きなガラス窓へと、視線を向けた。
……外は、暗い。
夜なのだから、当たり前?
……いいや、暗「過ぎる」。
……外は、暗い。
夜なのだから、当たり前?
……いいや、暗「過ぎる」。
何故、目の前の家には明りがついていない?
何故、その隣の家にも、明りがついていない?
何故――――
何故、その隣の家にも、明りがついていない?
何故――――
「そん、な……」
――――辺り一体の家全ての電気が、消えているのか。
「言っただろう? 私は最近の『まがい者』どもとは違う。一軒や二軒の人家で満足するような、胃袋の小さな奴らとは、違うんだよ」
……目の前が、暗くなる。
それじゃ、僕の今まで、やった事は……。
それじゃ、僕の今まで、やった事は……。
「いや、いや。いいね、その顔だ。怯えてくれ、怖がってくれ、絶望してくれ! アドレナリンが出れば出るほど、血は美味しくなるんだよ!」
二歩、三歩、吸血鬼が近づいてくる。
聖水を投げた。けれど全く効かなかった。
助けを呼んだ。けれど助ける「人」がいなかった。
聖水を投げた。けれど全く効かなかった。
助けを呼んだ。けれど助ける「人」がいなかった。
――――万事、休す。
「さて、さて。果たして、君はどんな『味』なんだろうね?」
吸血鬼が、迫る。
僕は、動けない。
何も、出来ない。
出来る事なら、全てした。
それでも……それでも、駄目だった。
僕は、やっぱり駄目なままだ。
「あの時」から、何の進歩も、ない。
臆病なままの僕が死ぬのも、結局、仕方が――――
僕は、動けない。
何も、出来ない。
出来る事なら、全てした。
それでも……それでも、駄目だった。
僕は、やっぱり駄目なままだ。
「あの時」から、何の進歩も、ない。
臆病なままの僕が死ぬのも、結局、仕方が――――
≪――――それで、いいのか?≫
――――え?
どこからか、声が、する。
≪貴様は、それで、満足なのか?≫
この声は、何だ?
≪このまま死んで、それで、貴様は、本当に満足なのか?≫
誰が、どこから発しているのかすら、分からない声。
けれど、その言葉に、身体の血が一瞬沸き立ったような気が、した。
けれど、その言葉に、身体の血が一瞬沸き立ったような気が、した。
――――怒り。そう、怒りだ。
このまま死んで満足? そんなはず、そんなはずは、ないだろう。
嫌だ、怖い、死にたくない。
まだ十七年しか生きてないのだ。
やりたい事も、やり残した事も、まだまだ、数え切れないほどある。
このまま死んで満足? そんなはず、そんなはずは、ないだろう。
嫌だ、怖い、死にたくない。
まだ十七年しか生きてないのだ。
やりたい事も、やり残した事も、まだまだ、数え切れないほどある。
≪ならば、何故諦める?≫
――――だって、仕方がないじゃないか。
やれることは全てやった。それで駄目なら、仕方がないじゃないか。
それに、僕一人が死んだ所で、別に――――
やれることは全てやった。それで駄目なら、仕方がないじゃないか。
それに、僕一人が死んだ所で、別に――――
≪本気か? 貴様は、本気で、そう思っているか?≫
本気も何も、それが現実だ。
そうだろう。だって、僕の家族は――――
そうだろう。だって、僕の家族は――――
……いや、違う。
まだ、姉ちゃんが生きている。
≪ああ、そうだ≫
――――僕の欠点で、僕が被害を受けるのは、いい。
僕の臆病で、僕が死ぬのは、いい。
けれど……ここで、僕が死んだら、どうなる?
吸血鬼は、すぐに僕を「食べ終え」るだろう。
そして、「前菜」の僕の次、この飢えた吸血鬼は、必ず
僕の臆病で、僕が死ぬのは、いい。
けれど……ここで、僕が死んだら、どうなる?
吸血鬼は、すぐに僕を「食べ終え」るだろう。
そして、「前菜」の僕の次、この飢えた吸血鬼は、必ず
≪ああ、そうだとも。仮にそうなれば、貴様の姉は死ぬ。確実に≫
それでも、と、見知らぬ声は、続けた。
≪貴様は本当に、諦められるのか?≫
――――無理だ。
まだ、死ねない。
そう、少なくとも、姉ちゃんが生き残るのを見届けるまで、僕は…………。
まだ、死ねない。
そう、少なくとも、姉ちゃんが生き残るのを見届けるまで、僕は…………。
≪そう、そうだ。それでいい。貴様にはやり残したことがある≫
けれど、やる為の力がない。何よりもまず、時間がない。
――――いや、待て。
時間? 一体さっきから、何十秒たった?
何故、僕はまだ生きている?
何故、吸血鬼はまだ、僕を殺さない?
――――いや、待て。
時間? 一体さっきから、何十秒たった?
何故、僕はまだ生きている?
何故、吸血鬼はまだ、僕を殺さない?
僕は、そっと顔を上げ――――
「なっ…………」
――――目の前の光景に、凍りついた。
吸血鬼が、停止している。
ついさっきまでと同じ姿勢で、止まっている。
何だ、これは。
まるで、時間でも、止まっているかのような――――?
ついさっきまでと同じ姿勢で、止まっている。
何だ、これは。
まるで、時間でも、止まっているかのような――――?
≪貴様には、覚悟があるか≫
僕に構わず、声が、無機質な声が、語りかける。
≪貴様には、命を捨てる、覚悟があるか≫
静かな部屋。全てが停止した部屋で、声だけが、語り続ける。
≪命を捨て、戦う覚悟が、貴様には、あるか?≫
声が、途切れる。
声はきっと、待っている。
後に残された作業は、ただ一つ。
声はきっと、待っている。
後に残された作業は、ただ一つ。
「――――覚悟は、ある」
僕は、混乱する頭で、考え、しかしはっきりと、口にした。
そう、僕は、ここで死ぬわけには、いかない。
やりたいことがある、やり残したことがある。
そして、何より。
そう、僕は、ここで死ぬわけには、いかない。
やりたいことがある、やり残したことがある。
そして、何より。
やらなければいけないことが、ある。
≪そうか≫
声は、一瞬、沈黙した。
僕の言葉を、吟味するように、間をおいて
そして、告げる。
僕の言葉を、吟味するように、間をおいて
そして、告げる。
≪ならば――――≫
僕は、思い出していた。
以前、雑誌の記事で、読んだ事がある。
「契約者」――――都市伝説と「契約」を交わし、都市伝説と戦う、ただの「人間」
これが、そうなのだろうか。
僕は今、この声の持ち主と、契約を――――
以前、雑誌の記事で、読んだ事がある。
「契約者」――――都市伝説と「契約」を交わし、都市伝説と戦う、ただの「人間」
これが、そうなのだろうか。
僕は今、この声の持ち主と、契約を――――
≪――――死ね≫
…………え?
ずぶり、と、何か不快な音が、下から、僕の腹部の辺りから、した。
暖かいモノが、腹を、足を、伝う。
僕は、恐る恐る、下を、奇妙な感覚のする、腹を、見て
絶句、した。
暖かいモノが、腹を、足を、伝う。
僕は、恐る恐る、下を、奇妙な感覚のする、腹を、見て
絶句、した。
――――僕の腹から、一本の巨大な、丸太程もある腕が、生えていた。
【Continued...】