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「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - プレダトリー・カウアード-03

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uranaishi

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プレダトリー・カウアード 日常編 03




「――――何?」

 吸血鬼は、この家へ来て、初めて目を見張った。
 一人の少年、彼の獲物になるはずだった少年の身体を、一本の巨大な腕が、貫いている。
 ……一体、いつの間に。
 つい一秒前まで、そこには何もなかった。
 何の予備動作もなく、現れた腕。
 吸血鬼にはそれが、まるで瞬間移動でもしてきたかのように、見えていた。

「馬鹿な。誰だね、私の今日の夕飯を横取りしたのは」

 腕からの返答はない。
 それどころか、ずるずると、少年から腕が抜けていく。
 少年の後方、吸血鬼から死角となった空間へ腕が抜け切ると、少年の腹部から、夥しい量の血が流れ出した。
 血が、あたり一面を赤で染め上げる。
 雑誌も、霊装も、教科書も、床に散らばったものは全て等しく、赤に、緋に、色を奪われる。
 支えが消えると、少年はそのまま重量に引かれ、崩れ落ちる。
 少年の背後へと抜け落ちたはずの腕は、どこかへ消えていた。

 ここへ来てから、ずっと吸血鬼の顔に張り付いていた笑みが、消える。

「ああ、ああ…………なんと、もったいない」

 吸血鬼は総じて誇りが高い。
 その中でも特に、この吸血鬼は、自尊心で己を固めていた。
 いざと言うときは輸血パックで、なんて真似は決して行わないし、一度でも外気に触れたら、その血すらも飲む気が失せる。
 地面に這いつくばってまで血を吸うような存在に成り下がるつもりなど、彼には一ミリたりとも、なかった。

 少年の前に、吸血鬼が片膝を立てて座る。
 せめて、少年の体に残った僅かな血だけでも、絞り取って「あげよう」
 傲慢にもそう思い、吸血鬼は少年の身体へと、手を伸ばして――

「――――っ!?」

 ――しかし弾かれたように、その手を引き戻した。
 驚愕に顔が染まる。
 別に、何かが起こったというわけではない。
 少年が突然動き出したわけでも、先ほどの巨大な腕が再び現れたわけでもない。
 ただ、彼の本能が、その行為、少年に触れる行為を、咄嗟に止めさせたのだ。

 ――――決して、触れてはならない。

 困惑とも、錯乱とも取れる奇妙な感覚が、吸血鬼の身体を支配する。

「何だ……何だというのは、これは」

 わけの分からない巨大な腕、わけの分からない少年への恐怖。
 そう……恐怖だ。
 生まれて初めて、吸血鬼はその感情と出会った。
 恐怖とは己を超越する「何か」に出くわした時、初めて芽生えるもの。
 これまで、如何なる都市伝説相手にも、そのような感情に捕らわれたことなどなかったのにも関わらず、彼は少年を、何の力も持たなかったはずの少年を、恐れた。

 ――――本当に、わけが分からない。

 この少年に、一体何があるというのだろう。
 失策を重ね、吸血鬼の前にただ怯える事しかできなかった、こんな少年に、一体何が。

「…………いや、いや、全く。何だろうね」

 不愉快だった。
 こんな少年に恐怖を感じる、己が。
 そしてそんな状況を作り出したあの腕が、この少年が、不愉快だった。
 不愉快で、そして、怖かった。

 ……逃げたい。一刻も早く、この場から、この少年の傍から、離れたい。
 しかし、吸血鬼は誇りと自尊心に満ちていた。
 そんな行動は、彼と彼のこれまでの人生が、許さない。

「ふむ、ふむ。ならば答えは一つしかあるまいに」

 引けないならば、向かうしかない。
 元凶を、この少年を「きっちりと」殺せば、きっとこんな薄気味悪い感情からは解放されるだろう。
 一歩引いた足を、再び少年に近づける。
 こんな瀕死の、ひょっとしたら死んでいるかもしれない少年など、誰にだって殺せるに違いない。
 一動でその命を刈り取る事など、容易いはずだ。

 ――――では、この身体の震えは、何なのだろうか。
 手が、震える。
 それでも強引に、力でそれを押さえつけた。

 肩を上げる。指先を整え、貫手の構えを作る。
 狙うは喉。平時ですら死へと追い込む一撃を以って、少年を沈めよう。

 ゆっくりと息を吐いて、吸う。
 冷静に、冷徹に。
 今まで何度も行ってきた事だ。今更何を怯える必要がある?
 吸血鬼には、プライドがある。
 そう――――そうなのだ。
 決して後退の余地など、残されては、いないのだ。

「――――シッ」

 小さく息を吐いて、腕を撃ち抜く。
 吸血鬼の腕力で放たれた掌は、一本の黒い線と化して少年へと向かう。
 重症の少年に、その一撃を止められるはずなど、ない、
 止められるはずなど――――ない、のに

「…………何故だ」

 ――――その手は、少年の差し出した手の平に、包まれるようにして、握り込まれていた。
 動かないはずの少年。動かないはずの手。
 それが、吸血鬼を止める。それが、吸血鬼を恐れさせる。

「何だと、言うのだ」

 力を入れる。しかし手は動かない。
 少年が何かした雰囲気はない。
 ただ、握るだけ。
 それだけで、吸血鬼の腕は、その用を成していなかった。

「一体、何だと――――」
「そう急くな、若僧」

 ――――声。音源は下。少年の口。
 顔が引きつるのが、分かる。

 違う。この声は違う。
 こんな重低音ではなかった。こんな聞くだけで身体が震えるような声では、なかった。
 あの少年の声では……なかった。
 ……呼吸を、整える。冷静に、出来るだけ冷静に、相手へと語りかける。

「……君かね、私の『食事』を邪魔したのは」
「いかにも」
「……君かね、今私を、止めているのは」
「いかにも」
「……君かね、私をここまで――――怯えさせるのは」
「いかにも、そうだ」
「そう、か――――」

 一呼吸、間を置いた。
 心を、身体を、落ち着かせるために。

「――――君は、何だ?」
「我か? いや、残念だ。その問には答えられそうにない」

 くつくつと、少年の身体をした「何か」が、笑う。
 ――答え、られない?
 どういう、ことだ。
 それ程高名な都市伝説で、弱点すらもその名と同時に知れ渡っているような都市伝説であると、そういう事だろうか。
 それなら、いい。相手はただの都市伝説だ。どんなに強大であれ、それは変わらない。

 しかし……しかしもし、そうでなかったのなら――――

「我に名はない。人に語るべき名など、何も、持たない」

 ――――「コレ」は一体、何だと、言うのだろうか。
 焦燥。困惑。恐慌。震撼。狼狽。
 そのどれともつかない感情が、頭の中で渦巻く。

 捕まれた手を、振り払った。
 一歩、二歩。よろめきながら後ずさる。
 目をドアへ、窓へと走らせる。
 この部屋の出口は、その、二つだけ。

「――――退却は、恥だろう? 吸血鬼よ」

 声と同時に、閉じる。
 窓が、ドアが、この部屋に残されていた退路が、閉ざされる。
 それだけではない。
 閉じたそれらを、そしてこの部屋の四面上下全ての壁を覆うように、淡く青い光が、この部屋を囲んだ。

 ――――本能で、悟る。
 この部屋からの退避など、不可能。
 ここから立ち去りたければ、生きて帰りたいのなら――――

「我が主の初舞台だ。興のないことなどしてはくれるな」

 ――――目の前に横たわる「コレ」を倒さねば、殺さねば、ならない。

*****************************************

「我が『主』……?」
「貴様の前にいるだろう。我の声がするだろう。『ソレ』だ。『ソレ』がこそ我が主」
「何を、たわけた事を」

 既に死に体の少年が、主?
 笑おうとした。笑おうとして――――気づいた。
 少年の身体。傷つき、血を流していた少年の腹部が……治りかけて、いる。
 赤く、丸く開いていた「穴」は消え、
 その内臓が、その皮膚が、再生して、いた。

 吸血鬼は、知っている。これが一体、何を示すのか。

「『契約』かね? 己で害した人間を、己が契約して助けると、そういうことかね」

 『契約』。人と都市伝説の間に絆を作り、それを媒介にして双方に力をもたらす行為。
 人からは都市伝説に見合った「器」を、都市伝説からは器に見合った「力」を、それぞれ提供する。
 そうする事で人は人外の力を手に入れ、都市伝説はその名を知られぬ土地での活動を許される。

 吸血鬼は、知っている。
 知っているからこそ、安堵する。
 未知が既知へ。闇に光が照らされる事で、吸血鬼の怯えは、恐れは、消えていき――――

「『契約』? 我が、主に対して力を貸し与える? 馬鹿な。何故、そんな非効率な事をしなければならない?」

 されど安堵は、裏切られる。
 笑っていた。強者が、弱者を、無知を、笑っていた。

「貴様ら吸血鬼とて、我と同じ事をするだろうに。何故、気づかない? 何故、分からない?」

 ――――同じ事?
 吸血鬼は、知らない。そんな方法など、知らない。
 しかし「コレ」は言う。知っているはずだと、知らないはずなどない、と。
 では……では――――?

「――――まさか」

 ある。確かに、あった。
 契約以外、それ以外で、人間に力を与える方法が、あった。

「そう、そうだ。分かっただろう?」

 吸血鬼は、人間の血を吸って生きる。
 そして、伝説の中には、ある。確かに、ある。

「今の主は、我と同じ――――」

 その人間が、血を吸われた、人間が――――

「――――『都市伝説』だ」

 ――――その者と同じ、吸血鬼に、都市伝説になることが、ある。

*****************************************

「う…………ん…………」

 目を、開ける。
 真っ先に目に入ったのは、青く発光する天井だった。
 あれ……? 僕の部屋の天井って、青かったっけ……?
 というか、こんなに派手に光ってたっけ……?
 頭がぼんやりとしている。
 手を頭に当てながら、身体を起こす。
 青く輝く、僕の部屋。
 次に僕が見たのは、部屋の壁際、クローゼットの前で、呆然と立っている……

「うわっ!?」

 そうだ。そうだった。
 明滅を繰り返していた思考がクリアになり、記憶が蘇る。
 家に帰ってきた時のこと、居間で吸血鬼と、二つの骸があったこと。
 僕は逃げて、でも追い詰められて、妙な「声」がして
 それで――それで…………?

 僕は、死んだ――――?

 慌てて僕は腕の生えていた、何者かによって刳り貫かれたはずの腹を見る。
 服が綺麗に、丸く破けていた。
 血で下半身が、赤く濡れていた。
 ……けれど、それだけだった。
 大きな腕も、飛散った内臓も、グロテスクな穴も、ない。

 ――僕は、生きていた。

 どういう、事だろう。
 夢? そんなはずはない。
 破れた服も、血もある。ないのは傷だけだ。

 じゃあ、これは……?

≪目が覚めたか≫

 頭に、声が響く。
 さっきと同じ、声。
 僕を殺した、声。

≪体調はいかがかな。不快な所、吐きそうな気配、どこかしらの痛み。あるならすぐに、どうにかした方がいい――――≫

 疑問が、あった。
 この声は一体、何なのか。
 何故、僕を殺したのか。
 何故、僕は今、生きているのか。
 たくさん、たくさん、聞きたいことが、あった。

 ――けれど

≪――――あちらは既に、動き始めているからな≫

 拳で身体を思い切りぶん殴られて、質問の一つも、口から出す事は許されなかった。
 治ったばかりの腹に拳がめり込む。海老反りのように身体が湾曲する。
 吹き飛ばされた先は青く輝く壁。見事に背から突っ込んだ。
 身体に激痛が走る。
 痛い。一歩間違えればまた死んでいたかもしれない。

「いや、いや、驚いた。てっきりまた受け止められるものだと思っていたのだが」

 手についた血を拭い、青い光を携えて、吸血鬼が首を傾げる。

「さて、さて。先ほどのはまぐれだと、そういうことかね」

 ――――先ほど、といわれても。
 僕にはあんな攻撃を止めた記憶なんてない。
 口に競り上がってきたすっぱい物を強引に飲み下して、僕は吸血鬼と対峙した。

 僕が死ぬ前にはなかった青い「何か」が、吸血鬼の身体から立ち昇っている。
 部屋の壁を覆う光と、同じ色だ。
 ではやはり、それもこの吸血鬼が行った事なのだろうか。

「ああ、ああ。手加減ならしなくていいよ。先の一連では驚いてしまったが、もう割り切った」

 歩く吸血鬼の足元で、ぺきぺきと、潰された雑誌の付録たちが悲鳴を上げる。

「君を殺せばいい。それで丸く収まるんだ」

 丸く収まる。その意味が分からない。
 吸血鬼の様子を見る限り、僕が「死んで」いる間に何かあったらしいのだが。

「せいぜいあがいて、死んでくれ」

 その「何か」を声の主に聞こうにも、吸血鬼がその時間を与えてはくれない。
 速かった。
 これまでの穏やかな、のんびりとした動作が嘘であるかのように、吸血鬼は速かった。
 僕の目は、一つとして吸血鬼の行動を見切れない。
 タコ殴りだ。
 殴られ、蹴られ、また殴られて
 血塗れになりながらも、僕はしかし――――倒れなかった。

 ――――おかしい。
 身体が、熱い。
 殴られた箇所、蹴られた箇所は幾百。しかしなぜか、殴られた次の瞬間には身体が既に元の綺麗な状態へと戻っていた。
 出血も、痣も、骨折も、その全てが負った傍から癒えていく。
 殴られるのは痛い。蹴られるのも、突かれるのも、痛い。
 けれど、痛みさえ我慢すれば、それさえ我慢すれば、僕の身体が倒れる事は、ない。

「……ふむ、ふむ。なるほど、回復系だと、そういうことだね?」

 幾ら殴った所で無駄だと悟ったのか、吸血鬼がその攻の手を緩めた。青の揺らぎも同時に、止まる。
 「死んだ」後に見た、狼狽の色はもうない。
 全き平静さで、あいつは僕を、細めた目で見ていた。

「いや、いや、死にかけた、或いは本当に死んだ状態から蘇生したのだ。これくらいは想像していたさ」

 吸血鬼から発せられる青い輝きが揺らぐ。それから少し遅れて、吸血鬼が再度行動を開始した。
 黒い影としか捉えられない吸血鬼の一撃は、腕を突き出した僕の抵抗空しく、最初同様に僕の腹を歪める。
 リピートのように僕は飛び、壁に激突し、そして起き上がった。
 その様子を見て、どこか満足そうに吸血鬼が頷く。

「なるほど。なるほど。そうか、よく分かった。君に物理的な打撃は効かないらしい」

 口から垂れてきた血、僕はを拭う。
 今ので内臓のどこかが破裂し、そしてまた再生したのだろう。
 想像すれば気味の悪い光景だが、それが今は僕を救ってくれている。

「しかし、君の側にもまた、私に対する有効打がないらしいね?」

 その通りだ。
 今の戦いの最中無茶苦茶に振り回した腕は、相手に当たるどころか掠りすらしなかった。

「ふむ、ふむ…………」

 一歩。跳躍して、吸血鬼が僕の眼前に迫る。
 じっと僕の顔を、舐めるように見る。

「いや、いや、それならば――――」

 そしてその視線は、僕の首筋で、止まった。

「――――君を、永遠に私に血を与え続ける『餌』にすればいいと、そうは思わないかね?」
「なっ…………」

 避けようとするが、もう遅い。
 既に動き始めていた吸血鬼の刃、その犬歯は、抵抗する暇すら与えず、僕の首へと飲み込まれた。
 ぞわり、と奇怪な感覚が背筋を走る。
 ――血を、吸われている。
 吸血鬼の喉が動いた。
 一度、二度、三度。
 そして――――

「ぬ、ぐ、くはっ…………」

 ――――苦しそうな、声。
 上げたのはしかし、僕ではなかった。

「…………なんだ、コレは」

 吸血鬼が、僕を突き飛ばす。
 首筋から歯が抜け、鮮血が舞う。
 僕自身も一瞬浮遊感を覚え、しかしそれでも、今度は壁に追突するような事はなかった。
 明らかに、吸血鬼の力が弱い。
 一体何が起きたのかと、首筋に手をあて、僕は吸血鬼へと視線を向けた。

「……不味い。ああ、ああ、なんという不味さだ。君は本当に人間かね?」

 …………ちょっと、へこんだ。
 そう、そうなのか。僕の血は不味いのか。
 意識した事はなかったが、やはり冷血な人間ほど血が不味くなったりするのだろうか。

≪――――我が主の血肉を啜るか。愚かな≫

 ……そして、その時になって、ようやく――――本当に、ようやく、あの「声」が戻ってきた。
 戦闘とも言えない一方的な虐激の最中、ずっと沈黙を守っていた「声」
 この、身体。
 不気味な程に丈夫なこの身体を作っただろう当人に対して聞きたいことが、聞かなければならない事が、幾つもあった。

≪さて、如何にするや? 主よ、そろそろ『掴めて』は、来たのだろうな≫

 しかし、「声」は疑問を許さない。
 一方的な会話だ。
 「声」の主は、僕にただ答える事だけを要求してくる。

≪見えたはずだ。感じたはずだ。何度奴の拳を受けた? 何度奴へと接触した? 分かっただろう? 気づいただろう?≫

 ――――僕にはまだ、分からない。
 「声」の主の目的も、「死」のことも、この身体のことも。

≪理解すべき事がある。理解する必要のないことがある。主よ、目的があるだろう。我ではなく、主に、目的があるだろう?≫

 ――――そう、それは、分かる。
 「死んで」尚、僕の頭は、目的を、やらねばならない事を、その内へと留めていた。

≪そうだ、それでいい。主よ、目的は何だ。我の事でも、彼奴の事でも、「死」でもない。主の目的は、何だ≫

 ――――姉ちゃんを、救うこと。

≪そう、それだ。では、主よ、その為に主は一体、何を為す?≫

 ――――あいつを、吸血鬼を、殺す。殺さなければ、ならない。

≪目的は定まった。主よ、分かるか。分かるだろう。『やるべき事』は何だ。『理解すべき事』は、何だ≫

 それ、は――――

「――――さて、さて。どうしたのかね? 呆ける余裕が、君にはあったのかね」

 ――――前方で、青い光が、爆発的に膨れ上がった。

≪主よ、分かっているだろう。分かっているはずだ。考えろ、主が見てきたものを、感じたものを、考えろ≫

 吸血鬼が、地を蹴る。

≪やれるはずだ。出来るはずだ。既に主はそれを『経験』している≫

 三度、腹に鈍痛。
 今度は脚だ。吸血鬼の右足が、僕の腹部に炸裂している。

≪後は主よ、己で探れ。全て、何もかもが、揃っている≫

 脚と腹部とが反発する。脚に身体が押し込まれる。

≪さあ――――≫

 身体が、浮いた。

≪――――やって、みろ≫

 しかし――――しかし、それだけだった。
 身体は浮かされ、飛ばされかけ、それでもその先へは進まない。

「…………ふむ」

 ――――僕の腕が、吸血鬼の脚を、腹へと入ったその脚を、上から抱え込んでいた。
 衝撃はある。飛ばされる事で消費されるはずだった吸血鬼の力が全て、僕へとのしかかる。
 しかし、耐えた。
 痛みになら、慣れたのだ。

「は、は…………」

 僕の口から、乾いた笑いが漏れる。
 そうか、分かった。
 すべき事が、理解すべき事が、分かった。

「分かった。そうか、『掴んだ』ぞ」
「ふむ、ふむ。それは良かった」

 抱えた吸血鬼の脚に、体重が乗る。
 それにつられ、前へと引っ張られた身体に、横から衝撃が襲った。
 捕まった右足を支点にしての、左足の蹴り。
 今度こそ、僕は宙を舞った。

「それで? 離してしまったようだがね」

 床に落ち、何度も転がる僕へと、吸血鬼が声をかける。
 黒いマントには傷一つない。対して僕の身体には傷こそないが、既に服はボロボロだ。
 これが、僕とあいつとの、違い。
 しかし「これまで」の違いだ。
 「これから」の違いではない。

 立ち上がった。
 肩にかかった埃を、手で払い落とす。

「さて、さて? 一体何を、してくれるのだろうね」

 吸血鬼が、黒い弾丸になる。
 今までは全く見えなかった、速度。
 ただの「黒の塊」としか認識できなかった、速度。
 いや、それは今も変わらない。
 あれはまだ「黒」にしか、到底僕には、見えない。
 それでも――――それでも、だ。

 ――――その「進路」だけなら、僕にも、見える。

 脚に「力」を込め、横へと身体を飛ばす。
 間一髪。「進路」を直線に進んだ吸血鬼の打撃から、その身が離れる。

「――――ふむ」

 繰り出した拳。当たらなかった拳。
 吸血鬼は不思議そうに、そして興味深そうに唸った。

「いや、いや。今のが偶然でない事を願うばかりだよ」

 二度目の追撃。
 「進路」はまだ見える。
 わざわざ飛び退る必要もない。
 今度は余裕を持って、僕は右へ、追撃の届かない範囲外へと、逃げる。

「――――ふむ、ふむ」

 当たらない。
 これまで必中を誇っていた拳が、脚が、当たらない。
 吸血鬼の表情が変わる。
 今度こそ初めて、「僕」に対して吸血鬼は警戒を、見せた。

 ――――青い輝きが、見える。
 今までは吸血鬼の気かなにかだと思っていた「青」
 しかし、違った。
 見えていた「青」は、吸血鬼の闘気でも、なんでもない。
 「力」の流れだ。
 あいつが動くたび、「力」はそれに先立って動く。
 そして、それだけでは――――ない。

 地を蹴る。今度は僕が。
 この「戦闘」で初めて、僕は攻勢に出た。

「愚かな」

 奇しくも先ほどの「声」の主と同じ言葉を、吸血鬼が吐いた。
 そう、確かに愚かかもしれない。
 僕の拳はのろい。あいつからしてみれば、止まったようにすら見えるのだろう。
 吸血鬼が、心もち首を傾ける。
 それだけで、僕の拳の直線状から、吸血鬼の身体は消えていた。
 けれど、それでいい。
 僕の狙いは、あいつの身体ではない。
 あいつの身体を覆うようにして、青く発光している――――

「…………ぬっ!?」

 ――――「掴んだ」。青い輝きを、青い力を、この手で。

 吸血鬼には見えない青い「力」。
 けれど「何か」されている事は分かったらしい。

「一体、何を…………っ!」

 捻じ曲げる。
 強引に、掴んだモノを、捻り上げる。
 一体だった「力」に、皹が入る。
 僕の掴んだ部分だけが、「青」から離れる。

「止めッ――――」

 吸血鬼が、僕を脚で僕を跳ね飛ばす。
 しかし、遅い。
 既に僕の手中には、青い輝きが残されていた。
 輝きは、僕の掌の中へと吸い込まれるようにして入って、消える。

「あ、く、何だ、君は、一体、何をした……?」

 吸血鬼が、苦痛で身体を歪める。
 一見すれば、身体に異常などない。
 当たり前だ。僕が攻撃したのは「内」であって「外」ではない。
 僕が強奪したのは「内」の力。詰まるところの「存在基盤」そのものだ。

 ――――身体が、熱い。
 分かった。何故僕の身体が死んでしまわないのかが。
 僕には「力」が見える。恐らく、都市伝説にとっての根源的な、その有無で「存在」そのものが揺らいでしまうような「力」が、見える。
 そして今の僕の身体は、その「力」で構成されている。
 つまり、相手と同じ、都市伝説。
 相手と違うのは、僕がその「力」を奪い、それを身体へ取り込めること。

 相手が触れるたび、僕を拳で殴るたび、触れた箇所から、殴られた箇所から、相手の「力」を奪い去る。
 傷ついた分だけ、害した分だけ、僕の身体は相手の「力」を奪い、そして僕の身体は相手の「力」によって再構成される。

 分かった。分かってしまった。

 僕は、再び吸血鬼へと向かって走る。

「くそ、くそ。そうか、吸収。ドレイン系の都市伝説か」

≪ドレイン? 異な事を言うな、若僧≫

 走りながら、脳内で、そして今度は部屋にも、吸血鬼にも聞こえる声で、「声」の主が言った。

≪我が主が行うのは、そんな愚劣なものではない≫

 先ほど取り込んだ「力」を使って、脚を強化する。
 あいつにさえ匹敵するように、速さを、どこまでも速さを求めて、強化する。

≪これは、慈悲も、慈愛も、仁慈もない、ただの――――≫

 景色が流れる。青が背後へと消える。
 吸血鬼が回避の動作に入った。
 しかし、遅い。今の僕を前に、あいつはあまりに、遅すぎた。
 「力」を、吸血鬼の「存在基盤」を、掴む。
 吸血鬼が、顔を恐怖で見開くのが、青い輝きの中に、見えた。

≪――――『捕食』、だ≫

*****************************************

「はっ……はっ……」

 全てを終えた、部屋。
 既に部屋を覆う青い輝きは消え、血の赤だけが蔓延する空間へと成り代わっていた。
 その部屋の中央、今にも崩れて消えそうな吸血鬼を前に、僕は粗い息を繰り返していた。
 ボロボロになった襟を握り、吸血鬼を引き寄せる。

「姉ちゃんは、どこだ…………」

 吸血鬼は、答えない。
 いや、答える気力が、最早残っていないのかもしれない。

「答えろ。姉ちゃんは、どこにいる…………?」

 やり過ぎた。分かってる。
 もう少し、死ぬ一歩手前で、止めるべきだった。

 吸血鬼が、輝き始める。
 先ほどまで部屋を覆っていたのと同じ、青い光。
 吸血鬼の崩壊が、始まった。

「くそ…………」

 掴んだ襟から流れ出た光が、僕の身体へと飲み込まれていく。
 崩壊は止まらない。
 襟が消え、僕の手から吸血鬼が離れる。
 後方へと倒れこむ、吸血鬼の身体。
 それが完全に地面へと着く前に――――

「くそっ!」

 ――――その身体は、消滅した。

 立ち上がる。
 あいつからは聞き出せなかった。しかし、姉ちゃんは階下にいるはずだ。
 「声」の主に聞こうかとも思ったけれど、やめた。
 戦いが終わり、部屋に満ちた青い光が消えてから、声の主は一言も発していない。
 そしてなにより、自分で探すべきだとも、思った。

 ――――身体が、熱かった。
 歩くたび、身体が右へ左へとふらふら揺れる。
 どうして、僕の身体はこんな事になっているのだろう。
 極限まであいつの「力」を奪い去り、その全てを僕へと継ぎ足した、はずなのに。

 ふらり、ふらり。
 一瞬でも気を抜けば、床に顔面から落下しそうだった。
 駄目だ、まだ倒れるな、僕。
 姉ちゃんが生きてるかどうか、確認するって決めたじゃないか。
 それまでは、何があっても、倒れ、ら、れ――――

 視界が反転する。おかしい。さっきまでドアへ向かって歩いていたはずなのに、どうして窓の方を向いているのだろう。

≪……ふむ。駄作だったか≫

 声が、脳に響く。
 なにを、言っているのか、よく聞き取れない。
 くそ、どうしちゃったんだよ、僕の身体。
 進めよ。やり残した事があるんだ。やらなきゃいけないことがあるんだ。
 なのに、どうして、どうして僕の周囲が、暗く、なって…………?

≪主よ、しばし休め。後は我が担おうぞ≫

 ――――僕の意識が、闇に飲まれる。
 最後に聞いた声は、何を言っているか分からなかったけど
 それでも、少しだけ――――安心、した。




【Continued...】




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