プレダトリー・カウアード 日常編 05
「――――大丈夫かね」
「ありがとうございます。多分大丈夫じゃないです……」
「ありがとうございます。多分大丈夫じゃないです……」
鯖折事件の後、僕の絹を裂くような悲鳴を聞きつけて、一人の女医さんがやってきてくれた。
その人が来ても尚、僕を折り曲げ続けていた姉さんだったけど、女医さんが一言
その人が来ても尚、僕を折り曲げ続けていた姉さんだったけど、女医さんが一言
「面会謝絶状態になってもいいのなら、ボクも止めはしないが」
と言ってくれたおかげで、僕は解放された。
こんにちは空気。君がこんなに愛しいなんて、僕知らなかったよ。
こんにちは空気。君がこんなに愛しいなんて、僕知らなかったよ。
「――どれ、ちょっと診ておこうか」
女医さんが屈む。
銀髪とでも呼べばいいのか、白よりもやや透き通るような色合いを持った髪が、僕の目に入った。
診るというと、やはり腰だろうか。
僕は患部が見えるよう、服をずらそうとして
銀髪とでも呼べばいいのか、白よりもやや透き通るような色合いを持った髪が、僕の目に入った。
診るというと、やはり腰だろうか。
僕は患部が見えるよう、服をずらそうとして
「――――おい待て貴様」
けれど、その声に指が止まった。
声の元は、ベットのすぐ隣、今は少しだけ離れている椅子の前だ。
……そこで、姉ちゃんが腕を組んで仁王立ちしていた。
声の元は、ベットのすぐ隣、今は少しだけ離れている椅子の前だ。
……そこで、姉ちゃんが腕を組んで仁王立ちしていた。
姉ちゃん――――本名、狩谷 瑞樹(カリヤ ミズキ)。
176センチの長身と、腰まで届く長い黒髪。熊でも射殺せそうな鋭い目つきがチャームポイントの十九歳。
僕、狩谷 優(カリヤ ユウ)の姉に当たり、狩谷家の長女にして、重度の弟中毒者。
日常的なボディタッチは元より、風呂場、寝床への進入回数いざ知らず。
ついにこの間トイレにすら窓(※注 二階)を叩き割って入り込んできた、狩谷家が誇る最凶の変態だ。
容姿端麗。運動神経超抜群。勉強は……まぁ、その、ちょっとあれだけど、それもまた愛嬌な花盛りの大学一年生である僕の姉ちゃんは、未だに弟離れが出来ていない。
人は姉ちゃんをこう呼ぶ。
176センチの長身と、腰まで届く長い黒髪。熊でも射殺せそうな鋭い目つきがチャームポイントの十九歳。
僕、狩谷 優(カリヤ ユウ)の姉に当たり、狩谷家の長女にして、重度の弟中毒者。
日常的なボディタッチは元より、風呂場、寝床への進入回数いざ知らず。
ついにこの間トイレにすら窓(※注 二階)を叩き割って入り込んできた、狩谷家が誇る最凶の変態だ。
容姿端麗。運動神経超抜群。勉強は……まぁ、その、ちょっとあれだけど、それもまた愛嬌な花盛りの大学一年生である僕の姉ちゃんは、未だに弟離れが出来ていない。
人は姉ちゃんをこう呼ぶ。
――――「残念美人」と。
*****************************************
「…………何かね?」
姉ちゃんの視線の先。
睨まれた銀髪碧眼の女医さんが、首を傾げる。
睨まれた銀髪碧眼の女医さんが、首を傾げる。
「貴様は今、何をしている?」
「診察だが。何か問題があるのなら、言ってほしい。宗教的なこともあるからね」
「いいや、違う。宗教じゃない」
「診察だが。何か問題があるのなら、言ってほしい。宗教的なこともあるからね」
「いいや、違う。宗教じゃない」
……嫌な予感、再来。
「――だがしかし、だ。弟の裸体を他の女が見ることなど、私が許さない」
…………うわぁ。
そうだった、姉ちゃんはこういう人だった。
そうだった、姉ちゃんはこういう人だった。
「だが、裸にならないと診察が出来ないだろう?」
「男医を呼べ」
「残念だが、この診療所に男の医者はいないんだよ」
「ならば、いい。私が弟を看病する。貴様は退け」
「……ふむ。患者を見捨てるのはボクの医者としての信条に反するんだがね」
「ふん。貴様同様、私にも信条がある」
「男医を呼べ」
「残念だが、この診療所に男の医者はいないんだよ」
「ならば、いい。私が弟を看病する。貴様は退け」
「……ふむ。患者を見捨てるのはボクの医者としての信条に反するんだがね」
「ふん。貴様同様、私にも信条がある」
お医者様の崇高な信念を自分の欲望と同列に扱う姉ちゃんって一体。
「――――さて、どうしたものかな」
女医さんが唸る。
そりゃそうだろう。僕だって同じ立場だったら困惑する。というか逃げる。
女医さんは僕を見て、姉ちゃんを見て、数秒考えた後
そりゃそうだろう。僕だって同じ立場だったら困惑する。というか逃げる。
女医さんは僕を見て、姉ちゃんを見て、数秒考えた後
「なるほど。分かったよ」
そう言って、頷いた。
……そうか、分かっちゃったのか。
女医さんは立ち上がり、部屋の入り口へと足を向ける。
ありがとう、僕を助けてくれた人。さようなら、僕を助けてくれた人。
もし姉ちゃんの魔手から生きてまた会えたら、お礼に何かご馳走します。
……そうか、分かっちゃったのか。
女医さんは立ち上がり、部屋の入り口へと足を向ける。
ありがとう、僕を助けてくれた人。さようなら、僕を助けてくれた人。
もし姉ちゃんの魔手から生きてまた会えたら、お礼に何かご馳走します。
「――ミツキ。ちょっといいかね」
けれど、女医さんは入り口に辿り着いてもそのまま立ち去らず、顔だけをそこから出して、誰かを呼んだ。
……みつき。誰の事だろう。
……みつき。誰の事だろう。
「はい、ドクター。どうかしましたか?」
ミツキさんは女の人だった。
女医さんの呼びかけに答えて、一人の看護婦さんが病室へと入ってくる。
……女医さんの意図が掴めない。
女の人である以上、あのミツキという人も、姉ちゃんの弟接触禁止領域の中に入ってそうなのだけれど……。
女医さんの呼びかけに答えて、一人の看護婦さんが病室へと入ってくる。
……女医さんの意図が掴めない。
女の人である以上、あのミツキという人も、姉ちゃんの弟接触禁止領域の中に入ってそうなのだけれど……。
「ちょっとそのまま、立っていてくれ」
「? はい、分かりました」
「? はい、分かりました」
怪訝な表情をしながらも、女医さんの指示に従う。
そんな看護婦さん――――あれ? 今は看護師さんだっけ?――――の元に、女医さんは寄り添うように近づいて……いや、待って近すぎないか。
そんな看護婦さん――――あれ? 今は看護師さんだっけ?――――の元に、女医さんは寄り添うように近づいて……いや、待って近すぎないか。
「え、ちょっと待ってくださいドクんぅ!?」
「ほう」
「わぁ」
「ほう」
「わぁ」
女医さんの唇が、看護師さんの唇と、重なっていた。
いや、えーと、何だっけ? この状態を表す適切な表現があったはずなんだけど、なぜか浮かんでこない。
何か最後に「ス」がついたような、ついてないような……?
――カス? いや違う。それじゃ罵倒してるじゃないか。
――クス? いや何で笑ってるんだよ。というか何で間の一個を飛ばしたんだ、僕。
いや、えーと、何だっけ? この状態を表す適切な表現があったはずなんだけど、なぜか浮かんでこない。
何か最後に「ス」がついたような、ついてないような……?
――カス? いや違う。それじゃ罵倒してるじゃないか。
――クス? いや何で笑ってるんだよ。というか何で間の一個を飛ばしたんだ、僕。
キス。そう、キスだ。好き会ってる男女がするやつ。
――――「男女」?
――――「男女」?
「――ど、ドクター。いきなり何を…………」
僕が行為の正式名称を考えている間に、どうやらキスは終わったらしい。
残念。いや残念ってなんだ。まるで僕がもっと見てたかったみたいじゃないか。
一人動揺する僕をよそに、ドクターよ呼ばれた女医さんは看護師さんに謝ってから、姉ちゃんの方に振り返った。
残念。いや残念ってなんだ。まるで僕がもっと見てたかったみたいじゃないか。
一人動揺する僕をよそに、ドクターよ呼ばれた女医さんは看護師さんに謝ってから、姉ちゃんの方に振り返った。
「ご覧の通り、ボクは同性愛者だ。何の心配もないよ」
……なるほど。その為にあの看護師さんを呼んだと。
なんという僥倖。僕は凄い場面に立ち会ってしまったのかもしれない。
…………いや、けど、姉ちゃん的に百合的な人はOKなのだろうか。一応女の人だけれども。
なんという僥倖。僕は凄い場面に立ち会ってしまったのかもしれない。
…………いや、けど、姉ちゃん的に百合的な人はOKなのだろうか。一応女の人だけれども。
「そうか。ならいい」
あ、いいんだ。じゃあ薔薇的な人は駄目なのか。いや、僕もそんな人にかかりたくはないけれども。注射打たれそうだし。
「そうかい。では、失礼するよ」
「ああいや、待て。一つ条件がある」
「ああいや、待て。一つ条件がある」
条件。あんまり響きのいい言葉じゃない。
「聞こうじゃないか」
「ああ、貴様が弟を診ている間――――」
「ああ、貴様が弟を診ている間――――」
姉ちゃんが何を言おうとしているのか、想像がつかない。
定番所で言えば「ちょっとでも怪しげな云々」って続くんだろうけど、姉ちゃんに限ってそれはない。
きっともっと残虐なんだ。うん、きっとそうに違いない。
頼むからそうであってくれ…………。
定番所で言えば「ちょっとでも怪しげな云々」って続くんだろうけど、姉ちゃんに限ってそれはない。
きっともっと残虐なんだ。うん、きっとそうに違いない。
頼むからそうであってくれ…………。
「――――私は弟と手を繋ぐ。いいか」
「え、ちょっと待って姉ちゃんが何言ってるのか僕分からない」
「ああ。構わないが」
「いいのっ!? 僕今凄い脈絡のない事姉ちゃんが言ったような気が」
「いやなに、患者のためなら命をかける。それが医者というものだよ」
「え、ちょっと待って姉ちゃんが何言ってるのか僕分からない」
「ああ。構わないが」
「いいのっ!? 僕今凄い脈絡のない事姉ちゃんが言ったような気が」
「いやなに、患者のためなら命をかける。それが医者というものだよ」
やだなにこれちょっといい話…………?。
いや確かに命と比べたら手繋ぎを許すのなんてわけないだろうけれども……。
いや確かに命と比べたら手繋ぎを許すのなんてわけないだろうけれども……。
「そうか」
姉ちゃんの柔らかい手が、僕の手を包む。
うわ、やぁらか……じゃない、何だこれ、滅茶苦茶恥ずかしいんですけど……。
うわ、やぁらか……じゃない、何だこれ、滅茶苦茶恥ずかしいんですけど……。
――――女医さんの診察中、ずっと僕の手は姉ちゃんに握られたままだった。
これなんて羞恥プレイ……。
これなんて羞恥プレイ……。
【Continued...】