●
日本へと向かう船の甲板上、防寒具に身を包んで銃器を構えた、ウィリアムが集めた男達は、僚艦の船影を目で追いながら、これから向かう街の事を話し合っていた。
「研究所の護衛任務ね……俺達より前にも結構な数がウィリアムの所に集められてんだろ? どれだけの人間を集める気だよ」
男の愚痴に、近くに居た同じ服装の、どこの国の者とも分からない同僚が答える。
「さてな、ウィリアムはオルコット様と事を構えると言っていたらしいからな、どれだけ兵隊が居ても困らないんだろうさ」
「オルコット様とねぇ……裏切りに賛同してる俺達が言う事じゃねえかもしれねえけど勝ち目あるのか? 内紛でのあの戦いぶり見てるととてもとても」
同僚は手を振った。
「俺だってあんな奴等の相手は勘弁してほしいさ。あれと戦ってた鬼神みたいな女とも戦いたくねぇ。――だが、ウィリアムは力をくれる」
≪731部隊の実験データ≫や≪ナチス・ドイツの生体実験データ≫を基に作られた、契約不要の超能力兵士製造の力、それをウィリアムは無償で彼等傭兵達へと与えていた。
それぞれに芽生えた力はまちまちであったが、彼等にとってはそれら全てが目新しいもので、そして魅力的だった。
「まあな、契約とかあぶねぇことしなくてもいいってのは好都合だよなぁ」
「そんな宣伝文句でそこらの仕事にあぶれた軍人や傭兵も雇ってるって話だぜ」
「だからこんなに人数が多いのか」
皆危険を冒さずに力を手に入れたいのだ。そう思って彼は苦笑し、防寒具の襟を合わせる。
そして、
……あれ?
男は自分が何気なく行った動作に疑問を抱いた。
何故防寒具の襟を合わせなければならない……?
ここは日本近海だ。今、季節は春へと向かっている。甲板に居るとはいえ、防寒着以外の装備がそもそもある程度の保温性を持っている。それほど寒いわけが無い。
じゃあなんで……?
そう考える間にも周囲はどんどん冷えていく。
「お、おい……!」
同僚に声をかけるが、その自分の発した声が、いつの間にか起こり始めた寒さに起因する耳鳴りのせいで聞こえない。
「っく」
焦りを感じながら、彼は超能力兵士として発現した発火能力を駆使して自身を温めようと炎を生み出す。しかしそれはまるで役に立ちはしなかった。寒さがそれほどまでに異常なのだ。
一体何が……!?
この寒さに抗う能力を発現させていなかった同僚は既に甲板に倒れ伏している。正体不明の焦りを感じながら、彼は通信機を取り出そうとして――内紛時の戦場を思い出していた。
≪神智学協会≫の長、オルコットの側近の一人が何と呼ばれる存在で、その力はどのようなものなのかを。
――ヤバい!
反射的に懸念を吐きだそうとした口は既に動かなくなっている。防寒具をしっかり着こもうと動かそうとした腕も冷え切って動かない。
刺すような冷気が男の全身を包む。体が重くなり、全ての感覚が遠のいていく。
甲板の上にはいつの間にか雪が降り積もっていた。そして船がその航行を止めている事にも気付く。
いつの間にか同僚と同じように甲板に倒れていた男の目の前に、人影が立った。
それは鮮やかな紅い死斑を、凍るように白い肌に浮かせた凍死体。
古い時代の軍装をした凍死体は、手にした、氷が薄く張り付いている槍の矛先を男へと向けた。
凍結して行く意識の中で、彼は凍死体を見上げた。
像を上手く結ばなくなった瞳に、ぼんやりと振り下ろされる矛先が映る。
――冬が……殺しに、きた…………。
「研究所の護衛任務ね……俺達より前にも結構な数がウィリアムの所に集められてんだろ? どれだけの人間を集める気だよ」
男の愚痴に、近くに居た同じ服装の、どこの国の者とも分からない同僚が答える。
「さてな、ウィリアムはオルコット様と事を構えると言っていたらしいからな、どれだけ兵隊が居ても困らないんだろうさ」
「オルコット様とねぇ……裏切りに賛同してる俺達が言う事じゃねえかもしれねえけど勝ち目あるのか? 内紛でのあの戦いぶり見てるととてもとても」
同僚は手を振った。
「俺だってあんな奴等の相手は勘弁してほしいさ。あれと戦ってた鬼神みたいな女とも戦いたくねぇ。――だが、ウィリアムは力をくれる」
≪731部隊の実験データ≫や≪ナチス・ドイツの生体実験データ≫を基に作られた、契約不要の超能力兵士製造の力、それをウィリアムは無償で彼等傭兵達へと与えていた。
それぞれに芽生えた力はまちまちであったが、彼等にとってはそれら全てが目新しいもので、そして魅力的だった。
「まあな、契約とかあぶねぇことしなくてもいいってのは好都合だよなぁ」
「そんな宣伝文句でそこらの仕事にあぶれた軍人や傭兵も雇ってるって話だぜ」
「だからこんなに人数が多いのか」
皆危険を冒さずに力を手に入れたいのだ。そう思って彼は苦笑し、防寒具の襟を合わせる。
そして、
……あれ?
男は自分が何気なく行った動作に疑問を抱いた。
何故防寒具の襟を合わせなければならない……?
ここは日本近海だ。今、季節は春へと向かっている。甲板に居るとはいえ、防寒着以外の装備がそもそもある程度の保温性を持っている。それほど寒いわけが無い。
じゃあなんで……?
そう考える間にも周囲はどんどん冷えていく。
「お、おい……!」
同僚に声をかけるが、その自分の発した声が、いつの間にか起こり始めた寒さに起因する耳鳴りのせいで聞こえない。
「っく」
焦りを感じながら、彼は超能力兵士として発現した発火能力を駆使して自身を温めようと炎を生み出す。しかしそれはまるで役に立ちはしなかった。寒さがそれほどまでに異常なのだ。
一体何が……!?
この寒さに抗う能力を発現させていなかった同僚は既に甲板に倒れ伏している。正体不明の焦りを感じながら、彼は通信機を取り出そうとして――内紛時の戦場を思い出していた。
≪神智学協会≫の長、オルコットの側近の一人が何と呼ばれる存在で、その力はどのようなものなのかを。
――ヤバい!
反射的に懸念を吐きだそうとした口は既に動かなくなっている。防寒具をしっかり着こもうと動かそうとした腕も冷え切って動かない。
刺すような冷気が男の全身を包む。体が重くなり、全ての感覚が遠のいていく。
甲板の上にはいつの間にか雪が降り積もっていた。そして船がその航行を止めている事にも気付く。
いつの間にか同僚と同じように甲板に倒れていた男の目の前に、人影が立った。
それは鮮やかな紅い死斑を、凍るように白い肌に浮かせた凍死体。
古い時代の軍装をした凍死体は、手にした、氷が薄く張り付いている槍の矛先を男へと向けた。
凍結して行く意識の中で、彼は凍死体を見上げた。
像を上手く結ばなくなった瞳に、ぼんやりと振り下ろされる矛先が映る。
――冬が……殺しに、きた…………。
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永取市の南端にある海沿いの倉庫街を目指していたウィリアムが呼びよせた私兵が乗りこんだ幽霊船によって構成された艦隊は、大地を見る事は二度とかなわなかった。
突然の襲撃を受けたのだ。
艦隊を構成する船のうちの一隻で艦長を務めている男は、半ば呆然としながら僚艦を沈めていく敵影を眺めた。
「オルコットの側近……化け物め」
そもそもこの艦隊はその構成艦の全てが≪幽霊船≫、更に≪光学迷彩≫まで施されている。
普通の方法では発見などされないのではなかったのか……!
そう説明を受けていたからこそ、彼はオルコットに弓を引き、ウィリアムの下についたのだ。
ウィリアムの下に居れば契約などという危険を冒さずとも超常的な力を与えてもらえる。それを狙って他派閥から研究班へと鞍替えし、そしてその先でオルコット達の都市伝説の凄まじさを見て、より都市伝説の操る力に心魅かれた者も多い。この男もそんな中の一人だった。
「艦長! 僚艦から救援要請がきています!」
「応える余裕などない! それに海に落ちるまでもなく、外に出ればそれだけで凍死だ。どうにもならん! それよりも奴らに早く反撃を――」
いつの間にか完全に外気を遮断されている筈の艦橋内にも冷気が這い寄っている事に恐怖を感じながら通信担当者を怒鳴りつけていると、いきなり艦全体を揺るがす衝撃と共にどこかで爆発が起きた。
砲撃を受けたのだと理解して、彼は叫ぶ。
「くっ……氷漬けの戦艦や戦車が何故砲撃など行えるのだ!?」
元より常識で計る事などできない存在だということを彼は心得ている。しかしそれでも叫ばずにはいられなかった。
今彼等を囲んでいるのは、逃亡を許さないとでも言うかのように艦隊ごと凍り付いた海、そしてその氷の上に展開した、国籍も時代もバラバラな砲等の群れと、凍死体の軍勢だった。
そしてそれら全てを凍て付く冬の中で操る存在は、彼の故国の無慈悲な冬そのものだ。
――どう抗えと言うのだ、ウィリアムめっ!
強力すぎる凍気のために、甲板に出て凍死体達の相手をする事も出来ず、こちらの艦が備え付けている砲は、既に冷気の侵食を受けて使い物にならなくなっていた。元々のウィリアムからの注文で彼等が運んでいた兵士も、物品系の都市伝説も、彼等に対しては使う間も無く潰されていってしまっている。
『艦長っ!』
「どうした!」
艦内から入って来た、悲鳴に近い通信に絶望の気配を感じながら応えると、通信先の男はヒステリックに叫んだ。
『艦内に侵入者! 数は1! 次々と艦内の者を殺し――』
男の声が唐突に途切れる。
「おい、どうした? 答えろ!」
もう通信先の男は生きてはいまいと思いながらも艦長が叫びかけると、さっきまでとは違う、知らぬ男の声で応答があった。
男の声は東洋訛りのイントネーションで艦長に言葉を投げる。
『儂は秋月弘蔵という。貴艦を襲撃する理由は分かっておるな? 念の為、モニカ嬢が居ないかを確認しながら討ちに行く。そう待たせはしない、覚悟を決めておくといい』
一方的に告げると通信は切れた。
この艦には多くの兵隊が詰めている。元々ウィリアムが注文していた、都市伝説と戦う装備を準備している者達だ。彼等も決して無力ではない。
だからなんだと言うのだ…………。
多少の力を持った所で、今この艦を――艦隊を襲っているモノをどうにかできるものではない。
次々に艦橋へと入って来る自艦の乗組員からの悲鳴混じりの報告に耳を傾けながら、彼は自らの命数が尽きた事を悟った。
突然の襲撃を受けたのだ。
艦隊を構成する船のうちの一隻で艦長を務めている男は、半ば呆然としながら僚艦を沈めていく敵影を眺めた。
「オルコットの側近……化け物め」
そもそもこの艦隊はその構成艦の全てが≪幽霊船≫、更に≪光学迷彩≫まで施されている。
普通の方法では発見などされないのではなかったのか……!
そう説明を受けていたからこそ、彼はオルコットに弓を引き、ウィリアムの下についたのだ。
ウィリアムの下に居れば契約などという危険を冒さずとも超常的な力を与えてもらえる。それを狙って他派閥から研究班へと鞍替えし、そしてその先でオルコット達の都市伝説の凄まじさを見て、より都市伝説の操る力に心魅かれた者も多い。この男もそんな中の一人だった。
「艦長! 僚艦から救援要請がきています!」
「応える余裕などない! それに海に落ちるまでもなく、外に出ればそれだけで凍死だ。どうにもならん! それよりも奴らに早く反撃を――」
いつの間にか完全に外気を遮断されている筈の艦橋内にも冷気が這い寄っている事に恐怖を感じながら通信担当者を怒鳴りつけていると、いきなり艦全体を揺るがす衝撃と共にどこかで爆発が起きた。
砲撃を受けたのだと理解して、彼は叫ぶ。
「くっ……氷漬けの戦艦や戦車が何故砲撃など行えるのだ!?」
元より常識で計る事などできない存在だということを彼は心得ている。しかしそれでも叫ばずにはいられなかった。
今彼等を囲んでいるのは、逃亡を許さないとでも言うかのように艦隊ごと凍り付いた海、そしてその氷の上に展開した、国籍も時代もバラバラな砲等の群れと、凍死体の軍勢だった。
そしてそれら全てを凍て付く冬の中で操る存在は、彼の故国の無慈悲な冬そのものだ。
――どう抗えと言うのだ、ウィリアムめっ!
強力すぎる凍気のために、甲板に出て凍死体達の相手をする事も出来ず、こちらの艦が備え付けている砲は、既に冷気の侵食を受けて使い物にならなくなっていた。元々のウィリアムからの注文で彼等が運んでいた兵士も、物品系の都市伝説も、彼等に対しては使う間も無く潰されていってしまっている。
『艦長っ!』
「どうした!」
艦内から入って来た、悲鳴に近い通信に絶望の気配を感じながら応えると、通信先の男はヒステリックに叫んだ。
『艦内に侵入者! 数は1! 次々と艦内の者を殺し――』
男の声が唐突に途切れる。
「おい、どうした? 答えろ!」
もう通信先の男は生きてはいまいと思いながらも艦長が叫びかけると、さっきまでとは違う、知らぬ男の声で応答があった。
男の声は東洋訛りのイントネーションで艦長に言葉を投げる。
『儂は秋月弘蔵という。貴艦を襲撃する理由は分かっておるな? 念の為、モニカ嬢が居ないかを確認しながら討ちに行く。そう待たせはしない、覚悟を決めておくといい』
一方的に告げると通信は切れた。
この艦には多くの兵隊が詰めている。元々ウィリアムが注文していた、都市伝説と戦う装備を準備している者達だ。彼等も決して無力ではない。
だからなんだと言うのだ…………。
多少の力を持った所で、今この艦を――艦隊を襲っているモノをどうにかできるものではない。
次々に艦橋へと入って来る自艦の乗組員からの悲鳴混じりの報告に耳を傾けながら、彼は自らの命数が尽きた事を悟った。
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極寒の風に緋の十字を配した白外套をはためかせ、カラスの翼に山羊の頭と下半身をもち、人間の女性の胴をしている黒い悪魔、バフォメット由来の加護を纏ったユーグは、たった今内部を確認してきた船内にモニカの姿が無かった事を≪冬将軍≫へと報告して、次の艦へと狙いを定めていた。
近くでは弘蔵が乗り込んでいった艦の艦橋が爆発を起こしている。確認終了の合図だ。この後、この場で起こった事が悟られる事が無いように≪冬将軍≫が砲撃を叩き込んで船を冬の中に沈めてしまう手筈になっている。
喚び出した麾下の騎士達を次の艦へと先行させ、影のような黒い馬の馬蹄が船体を駆けていく音を耳にしながら、ユーグはこの艦隊内にモニカは居ないだろうと、確信に近い予測を抱いていた。
お嬢様はウィリアムと共に未だ永取市の中か……。
ユーグとしてはモニカの身体をウィリアムのような男に任せるのは我慢がならないが、それが一番目的を達成するのに手堅い選択だという事も理解している。
エルマーが生きていれば彼がどうにかしただろうに……。
数年前に息子夫婦に討たれた、研究者としても優秀だったかつての契約者の事を思う。
モニカを連れて≪神智学協会≫から逃亡した彼等の追撃を志願したのはエルマーだった。
……お前は私と契約し、私達、≪テンプル騎士団≫の名誉の回復に尽力してくれ、そして、昔と変わらない、世界が抱えるどうしようもない歪みを私とともに見てきた。
『世界の在り方は改められるべきだ』エルマーはユーグにそう言った。
犠牲を厭わず受け容れ、多くのものを投げ打って彼は理想を目指した。
「だというのに、何故最期にお前は謝ったのだ」
言葉はいずれかの艦で発生した爆発音にかき消され、聞く者など居はしない。
艦橋が吹き飛ぶ音が聞こえ、弘蔵から通信が入る。
『儂の方は全て確認終了。ユーグ、そちらは?』
ユーグは騎士達から悪魔の加護を通して飛ばされてくる念話を見聞して答える。
「こちらも完了だ」
そう言いながら≪冬将軍≫へと通信を繋げる。
「全艦の調査終了、全て沈めてしまおう。≪冬将軍≫」
≪冬将軍≫からの答えは簡潔だった。
『そうしよう。余人の目に触れる前に、全てを冬の底へと』
近くでは弘蔵が乗り込んでいった艦の艦橋が爆発を起こしている。確認終了の合図だ。この後、この場で起こった事が悟られる事が無いように≪冬将軍≫が砲撃を叩き込んで船を冬の中に沈めてしまう手筈になっている。
喚び出した麾下の騎士達を次の艦へと先行させ、影のような黒い馬の馬蹄が船体を駆けていく音を耳にしながら、ユーグはこの艦隊内にモニカは居ないだろうと、確信に近い予測を抱いていた。
お嬢様はウィリアムと共に未だ永取市の中か……。
ユーグとしてはモニカの身体をウィリアムのような男に任せるのは我慢がならないが、それが一番目的を達成するのに手堅い選択だという事も理解している。
エルマーが生きていれば彼がどうにかしただろうに……。
数年前に息子夫婦に討たれた、研究者としても優秀だったかつての契約者の事を思う。
モニカを連れて≪神智学協会≫から逃亡した彼等の追撃を志願したのはエルマーだった。
……お前は私と契約し、私達、≪テンプル騎士団≫の名誉の回復に尽力してくれ、そして、昔と変わらない、世界が抱えるどうしようもない歪みを私とともに見てきた。
『世界の在り方は改められるべきだ』エルマーはユーグにそう言った。
犠牲を厭わず受け容れ、多くのものを投げ打って彼は理想を目指した。
「だというのに、何故最期にお前は謝ったのだ」
言葉はいずれかの艦で発生した爆発音にかき消され、聞く者など居はしない。
艦橋が吹き飛ぶ音が聞こえ、弘蔵から通信が入る。
『儂の方は全て確認終了。ユーグ、そちらは?』
ユーグは騎士達から悪魔の加護を通して飛ばされてくる念話を見聞して答える。
「こちらも完了だ」
そう言いながら≪冬将軍≫へと通信を繋げる。
「全艦の調査終了、全て沈めてしまおう。≪冬将軍≫」
≪冬将軍≫からの答えは簡潔だった。
『そうしよう。余人の目に触れる前に、全てを冬の底へと』