●
≪ベイチモ号≫内部。オルコットはウィリアムが裏切ってモニカを奪取したという旨の報告を受けて、鷹揚に頷いた。
「そうか……」
「随分と落ち着いているな、オルコット」
「予測はできていたからな」
「こうなる事を分かっていて、ウィリアムに碌な監視もつけずに行動させていたのか?」
咎めるような弘蔵の語調に、オルコットは笑みとも苦笑ともつかぬ顔で口端を歪めた。
「ウィリアムの契約都市伝説、≪心霊手術≫。あれでしかモニカにかけられている封印は解けまい。エルマーが生きていたならばまた話は別なのだがな。どちらにせよ彼に一度モニカの身柄を預けなければならなかったのだ」
「それにしたってあの男にこの船の中で解かせればよかったのではないのか?」
「監視下ではモニカを自由にできないからな。それでウィリアムにヘソを曲げられてしまえば、我々には危険な方法しか封印を解く手段が残っていない」
「その通りではあるが、あの男の自由にさせては結局モニカはいいように弄ばれてしまう」
わずかな怒気を孕んだユーグの言葉にオルコットは頷く。
「無論、あの男にいつまでもモニカを預けてはおかん。封印を解いたのならば奪い返し、あの男は消そう。モニカは研究班、ひいてはウィリアムの最高傑作でもある。少なくともモニカの中に封印されている都市伝説が彼女の中でどうなっているのか、それを確認するまではモニカを決定的に壊すような真似はすまいよ。あれは、全てを差し置いても自分の研究を優先する男だ」
そう理解できる程度にはオルコットはウィリアムの性格を掴んでいた。
ウィリアムの自己の研究テーマに対する姿勢は異常な程熱狂的で、そこから生まれる成果はとてつもないものだった。
故の天才、故の狂人か……。
先程のオルコットの言葉は、封印が解かれたその後はモニカがどのような扱いを受けるのか分からないということをも意味している。
言外の評を受けて、≪冬将軍≫が訊ねた。
「封印が解かれるまでにウィリアムの居場所を見つけなければならんな。居所は知れているのか?」
「永取市の中だ。徹心の兵が現在街を包囲しているのをユーグが確認している。形としてはウィリアムが閉じ込められた形になるが、元々モニカを徹心達の邪魔無く手に入れられた場合、ウィリアムはあの街のロッジ跡の一つを使うつもりだったようだ。封印解除の準備に困るということも無いだろう」
「ロッジ……以前あの街で実験体を捕らえていた時の置き土産、だったかしら?」
エレナの言葉をオルコットは首肯して、懐から取り出した一枚の紙片をユーグ、弘蔵、≪冬将軍≫に見せた。
そこには海図と一本の船の航路を示すラインが描かれている。それを示してオルコットは言う。
「ウィリアムの私兵だ。永取市に向かっている。彼等は街の東南、倉庫街の方から上陸しようとしているようだ。事前に街に相当数を引き入れているようだが、これ以上戦力を増やされるのも面白くない。潰して来い」
三人は三様に答え、戦場へと赴いて行った。
「そうか……」
「随分と落ち着いているな、オルコット」
「予測はできていたからな」
「こうなる事を分かっていて、ウィリアムに碌な監視もつけずに行動させていたのか?」
咎めるような弘蔵の語調に、オルコットは笑みとも苦笑ともつかぬ顔で口端を歪めた。
「ウィリアムの契約都市伝説、≪心霊手術≫。あれでしかモニカにかけられている封印は解けまい。エルマーが生きていたならばまた話は別なのだがな。どちらにせよ彼に一度モニカの身柄を預けなければならなかったのだ」
「それにしたってあの男にこの船の中で解かせればよかったのではないのか?」
「監視下ではモニカを自由にできないからな。それでウィリアムにヘソを曲げられてしまえば、我々には危険な方法しか封印を解く手段が残っていない」
「その通りではあるが、あの男の自由にさせては結局モニカはいいように弄ばれてしまう」
わずかな怒気を孕んだユーグの言葉にオルコットは頷く。
「無論、あの男にいつまでもモニカを預けてはおかん。封印を解いたのならば奪い返し、あの男は消そう。モニカは研究班、ひいてはウィリアムの最高傑作でもある。少なくともモニカの中に封印されている都市伝説が彼女の中でどうなっているのか、それを確認するまではモニカを決定的に壊すような真似はすまいよ。あれは、全てを差し置いても自分の研究を優先する男だ」
そう理解できる程度にはオルコットはウィリアムの性格を掴んでいた。
ウィリアムの自己の研究テーマに対する姿勢は異常な程熱狂的で、そこから生まれる成果はとてつもないものだった。
故の天才、故の狂人か……。
先程のオルコットの言葉は、封印が解かれたその後はモニカがどのような扱いを受けるのか分からないということをも意味している。
言外の評を受けて、≪冬将軍≫が訊ねた。
「封印が解かれるまでにウィリアムの居場所を見つけなければならんな。居所は知れているのか?」
「永取市の中だ。徹心の兵が現在街を包囲しているのをユーグが確認している。形としてはウィリアムが閉じ込められた形になるが、元々モニカを徹心達の邪魔無く手に入れられた場合、ウィリアムはあの街のロッジ跡の一つを使うつもりだったようだ。封印解除の準備に困るということも無いだろう」
「ロッジ……以前あの街で実験体を捕らえていた時の置き土産、だったかしら?」
エレナの言葉をオルコットは首肯して、懐から取り出した一枚の紙片をユーグ、弘蔵、≪冬将軍≫に見せた。
そこには海図と一本の船の航路を示すラインが描かれている。それを示してオルコットは言う。
「ウィリアムの私兵だ。永取市に向かっている。彼等は街の東南、倉庫街の方から上陸しようとしているようだ。事前に街に相当数を引き入れているようだが、これ以上戦力を増やされるのも面白くない。潰して来い」
三人は三様に答え、戦場へと赴いて行った。
●
オルコットは、机上でウィリアムの私兵の位置を示す海図を眺めながら呟いた。
「徹心達も今頃は血眼になってモニカの行方を捜しているだろう。いや、もう目処はついているのかもしれないな」
永取市には徹心の都市伝説が生成した兵が展開して街を監視しているとユーグから報告があった。
迅速な対応だ。おそらく以前から準備があった動きなのだろうとオルコットは考察する。
……以前ウィリアムが大規模に被験体を集めていた時も妨害してくれたが、それ以降も私達がこの街の施設を再利用して、この国に橋頭堡を築かぬよう目を配っていたのなら、ウィリアムの居場所は徹心達にもすぐに割れるだろう。
そう考えながらオルコットは机の上に広げられた、海図とは別の白紙の紙片を眺めて目を細めた。
……そうそう足は掴めぬだろうが、入口さえ分かれば≪ベイチモ号≫に取り付けた結界抜きの装備で強引に徹心の異界へと乗りこむ事が出来る。
ウィリアムとの争いの結果、モニカが徹心の手に再び渡った場合は――いや、モニカの身柄がどうなろうと、彼は殺してしまう必要があるか……。
そう沈思黙考していたオルコットは、ともあれ、と思考対象を切り替える。
「まずはウィリアムの処分だ。占術から逃れる技術を持っていようと、ウィリアム自身が改造したこの都市伝説の探知から逃れる事は不可能……決着をつけるのはこちらの方が先になるだろう」
ウィリアムの居場所を探すために紙片を起動させ、オルコットは一息を吐く。これで、探知が終了するまでの間、彼にはやる事が無くなった。
与えられた指示を実行しようと机の上で舞う紙片を無言で見つめていると、不意に声が飛んできた。
エレナだ。
「ウィリアムの居場所が分かるまで休まれてはいかがですか? オルコット様」
声に微かに責めるような響きが含まれているのを感じとり、オルコットは僅かに表情を緩めた。
「そうしたいところだが、今が一番難しい時期なのだ。時にエレナ、千勢、それにTさんはどれ程の戦力だった?」
エレナは何か言いたげな顔をして、しかしすぐに忠実に質問へと答えた。
「……チトセは以前から報告にある通り、強力です。並み以上程度の武器や人では真っ向から打ち合う事も叶いません。そしてTさんですが、こちらも一筋縄ではいきません。ざっと見てもユーグ総長と互角、どうも運気を支配しているようで、相手取るのが難しい……それと、応用が利く能力のようで、彼は私の契約都市伝説を見抜こうとしてきました」
オルコットは感嘆したように「それはまた……」と声を零す。そして、
「≪ハムサ≫が役にたったかな?」
「ええ、オルコット様がユーグに頼んでくれたものとか、お気遣いありがとうございます」
「気にするな、お前のその体は誰もが視てよいものではない」
頭を下げるエレナにそう言って、オルコットは息を吐く。
「それにしても、まったく……徹心は昔から人望があったものだが、せっかくこちらが戦力を削ったと思ったらまだ隠し玉を用意していたとは……」
呆れとも称賛ともつかない口調のオルコットにエレナが勢い込んで言う。
「オルコット様、私はあなたの為にならなんだってします。言ってくださればこの身にもっと――」
言いさしのその言葉を、オルコットは手で遮った。
「やめておけ、無茶をして都市伝説に呑まれるだけならばまだいいが、それで自我まで失ってしまっては本末転倒もいい所だ。私が助けた意味も無くなる」
「オルコット様の為なら、私は無茶でも通してみせます」
ひたと見つめるエレナにオルコットは微苦笑を浮かべて、彼女のブルネットの髪へと手を伸ばした。
「……困った娘だ。私について来る事など無かったというのに」
エレナは眉尻を下げ、常より穏やかな表情を作った。
「私はこういう生き方しか知りません……。貴方の武器で、駒であればいいんです」
そう言って、エレナは面映ゆげに目をわずかに逸らした。
そこに通信が入って来た。
『オルコット、ワタシだ』
音声だけのその通信に、しかし表情を硬めて頭を撫でる手から逃れるように一歩退いたエレナ。オルコットは肩をすくめて通信に応じた。
「将軍か。ウィリアムの私兵は見つかったか?」
『ああ、≪幽霊船≫と≪光学迷彩≫……と言ったか? それで隠れてはいるが、もう目視に入る』
「あまり派手にやり過ぎて≪組織≫や他の機関の目に触れないよう気をつけろ」
『分かっている。我々の目的を知った者がモニカを殺害する事で事態の収拾を図ろうとする事だけは避けたい。
ユーグの言だ、彼には世話になっているし、約束は履行するさ』
言葉を一度切った≪冬将軍≫は呆れた調子で告げた。
『――また、随分なリスクを抱えたものだな』
「ウィリアムの事か?」
そうだ、といらえが返る。エレナも表情を険しくした。
『ウィリアム・ウェッブ、あれは狂気の研究者だ。人も都市伝説も等しく自らの実験のための素材としてしか見ていない。……ワタシは彼をあまり好かないよ。一部でその能力を買っているお前の嗜好がよく分からない』
「それでも彼を利用する必要がある。先も言ったがトリシア、レニー。彼等が娘の為にかけた封印を解くには人も都市伝説も、その両方を熟知しているウィリアムの手腕が必要だ」
『分かった分かった、ワタシにはそう深い所までは分からない。お前が良いと言うのならそう思っておくさ。しかしユーグはウィリアムにモニカの身柄を預ける処置に怒りを抱いていたようだ。もとより彼は契約者であったエルマーやその肉親に仕えていたようなもの、もし誰かが彼をその気にするのならば、≪テンプル騎士団≫が敵に回る可能性もあるが……』
「エルマーの遺した言葉もある。ユーグについては私は何も言わない」
『そうか』
そう言って≪冬将軍≫は話題を打ち切った。
『目視に入った。敵は船舶15隻。――全て沈めてこよう』
そう残して通信は切れた。オルコットは沈黙した通信機を見下ろして呟く。
「無理も無茶も、全て承知した上で事を為すのみだ……」
エレナがオルコットを見つめている。その視線に込められた気遣う気配に、オルコットは分かった、と手を掲げた。
「休もう。ブランデーを淹れてくれるか?」
「徹心達も今頃は血眼になってモニカの行方を捜しているだろう。いや、もう目処はついているのかもしれないな」
永取市には徹心の都市伝説が生成した兵が展開して街を監視しているとユーグから報告があった。
迅速な対応だ。おそらく以前から準備があった動きなのだろうとオルコットは考察する。
……以前ウィリアムが大規模に被験体を集めていた時も妨害してくれたが、それ以降も私達がこの街の施設を再利用して、この国に橋頭堡を築かぬよう目を配っていたのなら、ウィリアムの居場所は徹心達にもすぐに割れるだろう。
そう考えながらオルコットは机の上に広げられた、海図とは別の白紙の紙片を眺めて目を細めた。
……そうそう足は掴めぬだろうが、入口さえ分かれば≪ベイチモ号≫に取り付けた結界抜きの装備で強引に徹心の異界へと乗りこむ事が出来る。
ウィリアムとの争いの結果、モニカが徹心の手に再び渡った場合は――いや、モニカの身柄がどうなろうと、彼は殺してしまう必要があるか……。
そう沈思黙考していたオルコットは、ともあれ、と思考対象を切り替える。
「まずはウィリアムの処分だ。占術から逃れる技術を持っていようと、ウィリアム自身が改造したこの都市伝説の探知から逃れる事は不可能……決着をつけるのはこちらの方が先になるだろう」
ウィリアムの居場所を探すために紙片を起動させ、オルコットは一息を吐く。これで、探知が終了するまでの間、彼にはやる事が無くなった。
与えられた指示を実行しようと机の上で舞う紙片を無言で見つめていると、不意に声が飛んできた。
エレナだ。
「ウィリアムの居場所が分かるまで休まれてはいかがですか? オルコット様」
声に微かに責めるような響きが含まれているのを感じとり、オルコットは僅かに表情を緩めた。
「そうしたいところだが、今が一番難しい時期なのだ。時にエレナ、千勢、それにTさんはどれ程の戦力だった?」
エレナは何か言いたげな顔をして、しかしすぐに忠実に質問へと答えた。
「……チトセは以前から報告にある通り、強力です。並み以上程度の武器や人では真っ向から打ち合う事も叶いません。そしてTさんですが、こちらも一筋縄ではいきません。ざっと見てもユーグ総長と互角、どうも運気を支配しているようで、相手取るのが難しい……それと、応用が利く能力のようで、彼は私の契約都市伝説を見抜こうとしてきました」
オルコットは感嘆したように「それはまた……」と声を零す。そして、
「≪ハムサ≫が役にたったかな?」
「ええ、オルコット様がユーグに頼んでくれたものとか、お気遣いありがとうございます」
「気にするな、お前のその体は誰もが視てよいものではない」
頭を下げるエレナにそう言って、オルコットは息を吐く。
「それにしても、まったく……徹心は昔から人望があったものだが、せっかくこちらが戦力を削ったと思ったらまだ隠し玉を用意していたとは……」
呆れとも称賛ともつかない口調のオルコットにエレナが勢い込んで言う。
「オルコット様、私はあなたの為にならなんだってします。言ってくださればこの身にもっと――」
言いさしのその言葉を、オルコットは手で遮った。
「やめておけ、無茶をして都市伝説に呑まれるだけならばまだいいが、それで自我まで失ってしまっては本末転倒もいい所だ。私が助けた意味も無くなる」
「オルコット様の為なら、私は無茶でも通してみせます」
ひたと見つめるエレナにオルコットは微苦笑を浮かべて、彼女のブルネットの髪へと手を伸ばした。
「……困った娘だ。私について来る事など無かったというのに」
エレナは眉尻を下げ、常より穏やかな表情を作った。
「私はこういう生き方しか知りません……。貴方の武器で、駒であればいいんです」
そう言って、エレナは面映ゆげに目をわずかに逸らした。
そこに通信が入って来た。
『オルコット、ワタシだ』
音声だけのその通信に、しかし表情を硬めて頭を撫でる手から逃れるように一歩退いたエレナ。オルコットは肩をすくめて通信に応じた。
「将軍か。ウィリアムの私兵は見つかったか?」
『ああ、≪幽霊船≫と≪光学迷彩≫……と言ったか? それで隠れてはいるが、もう目視に入る』
「あまり派手にやり過ぎて≪組織≫や他の機関の目に触れないよう気をつけろ」
『分かっている。我々の目的を知った者がモニカを殺害する事で事態の収拾を図ろうとする事だけは避けたい。
ユーグの言だ、彼には世話になっているし、約束は履行するさ』
言葉を一度切った≪冬将軍≫は呆れた調子で告げた。
『――また、随分なリスクを抱えたものだな』
「ウィリアムの事か?」
そうだ、といらえが返る。エレナも表情を険しくした。
『ウィリアム・ウェッブ、あれは狂気の研究者だ。人も都市伝説も等しく自らの実験のための素材としてしか見ていない。……ワタシは彼をあまり好かないよ。一部でその能力を買っているお前の嗜好がよく分からない』
「それでも彼を利用する必要がある。先も言ったがトリシア、レニー。彼等が娘の為にかけた封印を解くには人も都市伝説も、その両方を熟知しているウィリアムの手腕が必要だ」
『分かった分かった、ワタシにはそう深い所までは分からない。お前が良いと言うのならそう思っておくさ。しかしユーグはウィリアムにモニカの身柄を預ける処置に怒りを抱いていたようだ。もとより彼は契約者であったエルマーやその肉親に仕えていたようなもの、もし誰かが彼をその気にするのならば、≪テンプル騎士団≫が敵に回る可能性もあるが……』
「エルマーの遺した言葉もある。ユーグについては私は何も言わない」
『そうか』
そう言って≪冬将軍≫は話題を打ち切った。
『目視に入った。敵は船舶15隻。――全て沈めてこよう』
そう残して通信は切れた。オルコットは沈黙した通信機を見下ろして呟く。
「無理も無茶も、全て承知した上で事を為すのみだ……」
エレナがオルコットを見つめている。その視線に込められた気遣う気配に、オルコットは分かった、と手を掲げた。
「休もう。ブランデーを淹れてくれるか?」