●
モニカは寝台に拘束されたまま、ウィリアムの≪心霊手術≫を受け続けていた。
腹に手を差し入れられてそのまま中をかき回される不快感と、手と腹の接合部から溢れて来る血液の生暖かい感触に苛まれて嫌な汗をかいていると、不意にウィリアムが歓喜の声を上げた。
「見つけたぞ!」
その言葉と共に、モニカは自分の中の形の無い何かがウィリアムの手によって一つにまとめられ、固まって行くのを感じた。
な、なに、これ……?
得体のしれない不安に唇を堅く引き結ぶ。
固形物のように体内で形を得たそソレは、ウィリアムの手によって握りつぶされ、モニカの中で弾けた。
「――ッ!」
モニカが上げる短い苦悶の声を合図にするかのように、ウィリアムは宣言した。
「術式終了だ」
そうして、長らくモニカに不快感を与えていたウィリアムの手が引き抜かれた。
粘性を持つ液体から両手を抜きとる水音を一際大きく響かせ、ウィリアムの両手がモニカの中からずるりと抜けだす。
身構えをする間も無い突然の動作に、モニカはえずいて身を捻った。
「手こずらせてくれた……しかし流石に根が深いね。契約解除でなく封印という形でしかこれを隠蔽できないわけだ。ともあれ、これで封印は解けたよ」
寝台の上で苦しそうにえずくモニカを特に問題は無いと無視して、ウィリアムは大儀そうに息を吐く。
「まったく、追われている最中の短い時間の中で施したにしては大した封印だ。≪悪魔の密輸≫と言ったかね、レニーとトリシアの都市伝説は。
元々は体内に麻薬を埋めて密輸を行う都市伝説だったと記憶しているが、本来形を持たないモニカ嬢の都市伝説を体内という異界の中に封じ込んでしまうのだから恐れ入る。
彼等は普段、穏便に事を運ぼうとしていたものだが、いざという時は思い切りが利く……惜しい人材だったのだがね」
ガラスを連ねたような形状をした、妙な機材をいじりながらモニカの上半身と腕を拘束していた器具を外すと、ウィリアムは≪心霊手術≫で溢れた血液を拭くためのタオルと替えの簡素な衣服をモニカに放り投げた。
「さて、体に問題は無いかね? モニカ嬢」
モニカは自分の身体に何か変化が起こっていないかを探りながら服を着ていく。その間中決してウィリアムの方を見ようとはしない。完全にコミュニケーションを拒否する構えだ。
ウィリアムは反応を示さないモニカから早々に機材へと目を移して計器類を確認し、大丈夫だろうと判断を下す。さあ、と前置きを入れて、
「モニカ嬢。これで君は君の本分を果たす事が出来るぞ!」
「本分……」
その言葉にモニカは内心首を傾げた。
封印が解かれたとは言っても何を封印していたものなのかが分からない。先日からのウィリアムの話から想像するに、封印を施したのが両親であり、その封印されていたものこそがその都市伝説なのだろうが、そもそもモニカには都市伝説と契約した記憶などないのだ。
謎はあり、何がウィリアムの手によって起ころうとしているのか気になりはするが、今モニカにはそれ以上の心配事があった。
「……フィラちゃんたちはどうなったの?」
先程ウィリアムは、培養器の中から幾体もの異形の怪物達を由実達へと差し向けていた。そのすぐ後にウィリアムがマイクを通して話していた内容を聞きとると、どうやら怪物達と由実達は遭遇してしまったようだった。
無事ならいい。そう思いながらの問いかけに、ウィリアムは頷きを作った。
「彼女等は今は生きているよ。うん、よく粘る。しかし囲まれているね、このままではいずれ押しつぶされることだろう」
「そんな……!」
悲鳴のように上ずった声が漏れ、未だ拘束されたままの下半身が寝台の上で窮屈に動きを制限された。その不自由な状態が、とにかく行動を起こそうとするモニカの気を加速度的に焦らせる。
このよく分からない施設に攫われてしまったのは自分が迂闊だったせいだ。この上、自分をこの施設から助け出そうとしてくれている優しい人達にひどい事が起ころうとしている。その事にモニカは焼けつくような焦燥を覚えて、その原因であるウィリアムを睨み上げ、
対するウィリアムはふむ、と興味深げに訊ねてきた。
「君は、自分が何故こうして助けられようとしているのか、知っているかね?」
腹に手を差し入れられてそのまま中をかき回される不快感と、手と腹の接合部から溢れて来る血液の生暖かい感触に苛まれて嫌な汗をかいていると、不意にウィリアムが歓喜の声を上げた。
「見つけたぞ!」
その言葉と共に、モニカは自分の中の形の無い何かがウィリアムの手によって一つにまとめられ、固まって行くのを感じた。
な、なに、これ……?
得体のしれない不安に唇を堅く引き結ぶ。
固形物のように体内で形を得たそソレは、ウィリアムの手によって握りつぶされ、モニカの中で弾けた。
「――ッ!」
モニカが上げる短い苦悶の声を合図にするかのように、ウィリアムは宣言した。
「術式終了だ」
そうして、長らくモニカに不快感を与えていたウィリアムの手が引き抜かれた。
粘性を持つ液体から両手を抜きとる水音を一際大きく響かせ、ウィリアムの両手がモニカの中からずるりと抜けだす。
身構えをする間も無い突然の動作に、モニカはえずいて身を捻った。
「手こずらせてくれた……しかし流石に根が深いね。契約解除でなく封印という形でしかこれを隠蔽できないわけだ。ともあれ、これで封印は解けたよ」
寝台の上で苦しそうにえずくモニカを特に問題は無いと無視して、ウィリアムは大儀そうに息を吐く。
「まったく、追われている最中の短い時間の中で施したにしては大した封印だ。≪悪魔の密輸≫と言ったかね、レニーとトリシアの都市伝説は。
元々は体内に麻薬を埋めて密輸を行う都市伝説だったと記憶しているが、本来形を持たないモニカ嬢の都市伝説を体内という異界の中に封じ込んでしまうのだから恐れ入る。
彼等は普段、穏便に事を運ぼうとしていたものだが、いざという時は思い切りが利く……惜しい人材だったのだがね」
ガラスを連ねたような形状をした、妙な機材をいじりながらモニカの上半身と腕を拘束していた器具を外すと、ウィリアムは≪心霊手術≫で溢れた血液を拭くためのタオルと替えの簡素な衣服をモニカに放り投げた。
「さて、体に問題は無いかね? モニカ嬢」
モニカは自分の身体に何か変化が起こっていないかを探りながら服を着ていく。その間中決してウィリアムの方を見ようとはしない。完全にコミュニケーションを拒否する構えだ。
ウィリアムは反応を示さないモニカから早々に機材へと目を移して計器類を確認し、大丈夫だろうと判断を下す。さあ、と前置きを入れて、
「モニカ嬢。これで君は君の本分を果たす事が出来るぞ!」
「本分……」
その言葉にモニカは内心首を傾げた。
封印が解かれたとは言っても何を封印していたものなのかが分からない。先日からのウィリアムの話から想像するに、封印を施したのが両親であり、その封印されていたものこそがその都市伝説なのだろうが、そもそもモニカには都市伝説と契約した記憶などないのだ。
謎はあり、何がウィリアムの手によって起ころうとしているのか気になりはするが、今モニカにはそれ以上の心配事があった。
「……フィラちゃんたちはどうなったの?」
先程ウィリアムは、培養器の中から幾体もの異形の怪物達を由実達へと差し向けていた。そのすぐ後にウィリアムがマイクを通して話していた内容を聞きとると、どうやら怪物達と由実達は遭遇してしまったようだった。
無事ならいい。そう思いながらの問いかけに、ウィリアムは頷きを作った。
「彼女等は今は生きているよ。うん、よく粘る。しかし囲まれているね、このままではいずれ押しつぶされることだろう」
「そんな……!」
悲鳴のように上ずった声が漏れ、未だ拘束されたままの下半身が寝台の上で窮屈に動きを制限された。その不自由な状態が、とにかく行動を起こそうとするモニカの気を加速度的に焦らせる。
このよく分からない施設に攫われてしまったのは自分が迂闊だったせいだ。この上、自分をこの施設から助け出そうとしてくれている優しい人達にひどい事が起ころうとしている。その事にモニカは焼けつくような焦燥を覚えて、その原因であるウィリアムを睨み上げ、
対するウィリアムはふむ、と興味深げに訊ねてきた。
「君は、自分が何故こうして助けられようとしているのか、知っているかね?」
●
無言を返事とするモニカへと、ウィリアムは更に言葉を連ねてきた。
「モニカ嬢、君の身体は都市伝説との親和性を高める為に様々な手を尽くしてあると以前話したね? 生まれる前からこちらで手を加えて都市伝説との親和性を高めて誕生した君は、≪神智学協会≫という組織の研究の集大成であり、オルコットが目指す目的の為の、二つの都市伝説を収めるための器だ」
そう言ってウィリアムは慈しむ、という表現が当てはまるような、完成された芸術品を愛でるかのような手つきでモニカの頬に触れる。
「君は気付いているかい? 今回君や君が姉と呼んだ女も。今こうして駆けつけている者達も。倒れて行った、あるいは倒れていく者達も。そして君の両親も――」
ここから先の言葉を聞いてはいけない。何故か本能的にそう思ったモニカは手で耳を塞ごうとし、しかしその手はウィリアムに抑えつけられてしまった。
ウィリアムの言葉が妨げられる事なく、耳から心へと侵入する。
「君を人として見ていない。君は誰かにとっての争いの火種で誰かにとっての悲願成就の為の道具で、そして誰かにとっての疫病神だ」
「――ちが」
「違いなどしないよ」
反射的に発されようとしていた反駁の言葉はウィリアムにその出鼻をくじかれる。
「むしろ君にそれだけの価値が付属していない限り誰も君を助けに等来るはずが無いだろう? 実の家族や家族のように親しかった存在が争い合う火種になったような君の存在を、本当に愛する者などいると思うかね?」
耳に飛び込んでくる言葉にただモニカは首を横に振って拒否を示す。
しかし疲労とストレスに思考力は削ぎ取られ、心理的な防壁はもろくも崩れ去る。そうしてウィリアムの言葉は否応なしに受け入れられていく。
口角をつり上げた笑みで、ウィリアムは断じた。
「君は人ではない、道具だ。それも、とてもとても貴重で危険な最高の逸品だよ!」
言葉は刃となってモニカの心を抉った。
実の両親と祖父の死。親しかった騎士が行った凶行。いつの間にか操られ、姉と慕う女性を危機に晒した事実。複数の組織間の抗争。その過程で失われていった多くの命……。
この数日で見て来て、知らされてきた事が脳裏を埋め尽くす。
わたしは……疫病神……皆を不幸にする、危険物で……わたしは……。
この数日でじっくりと悩む間もほとんどなく、様々な事実を突きつけられてきたモニカには、ウィリアムの発言は反論のしようのない事実に思えた。
「君はとても我慢強い。ワタシにもそれがよく分かる……。そしてね、モニカ嬢、ワタシには君が我慢して溜めこんでしまっているモノが見えるようだよ。精神の奥に凝り固まった膿がね」
強烈な自己否定と自己に対する忌避感が一挙に襲いかかる。
既にウィリアムによって意図的に均衡を崩されかけていたモニカの精神は、臨界点を迎え、
「そしてその膿こそが君の振りまく厄病の正体だ」
――越えた。
モニカの中で、封印を解かれた強力な力が胎動する。
胎動が一拍を刻むごとに彼女の視界は霞み、意識が形を失って行く。その力に衝き動かされる形で、モニカは天を見上げた。
口を大きく開け、
「あ! あ……ッ、あ、ああ! あああああああああああ――――――ッ!!」
喉を自ら破壊しようとでもいうかのように暴力的な、自己を否定する嘆きの声がモニカの口から迸り始めた。
そして、
「ふ……っ! ははは! 成功だ! 本分を果たすと良いモニカ嬢! ワタシの望む結果を見せてくれ!!」
モニカの中に永らく封印されていた都市伝説が、彼女の嘆きに呼応するかのように暴発した。
「モニカ嬢、君の身体は都市伝説との親和性を高める為に様々な手を尽くしてあると以前話したね? 生まれる前からこちらで手を加えて都市伝説との親和性を高めて誕生した君は、≪神智学協会≫という組織の研究の集大成であり、オルコットが目指す目的の為の、二つの都市伝説を収めるための器だ」
そう言ってウィリアムは慈しむ、という表現が当てはまるような、完成された芸術品を愛でるかのような手つきでモニカの頬に触れる。
「君は気付いているかい? 今回君や君が姉と呼んだ女も。今こうして駆けつけている者達も。倒れて行った、あるいは倒れていく者達も。そして君の両親も――」
ここから先の言葉を聞いてはいけない。何故か本能的にそう思ったモニカは手で耳を塞ごうとし、しかしその手はウィリアムに抑えつけられてしまった。
ウィリアムの言葉が妨げられる事なく、耳から心へと侵入する。
「君を人として見ていない。君は誰かにとっての争いの火種で誰かにとっての悲願成就の為の道具で、そして誰かにとっての疫病神だ」
「――ちが」
「違いなどしないよ」
反射的に発されようとしていた反駁の言葉はウィリアムにその出鼻をくじかれる。
「むしろ君にそれだけの価値が付属していない限り誰も君を助けに等来るはずが無いだろう? 実の家族や家族のように親しかった存在が争い合う火種になったような君の存在を、本当に愛する者などいると思うかね?」
耳に飛び込んでくる言葉にただモニカは首を横に振って拒否を示す。
しかし疲労とストレスに思考力は削ぎ取られ、心理的な防壁はもろくも崩れ去る。そうしてウィリアムの言葉は否応なしに受け入れられていく。
口角をつり上げた笑みで、ウィリアムは断じた。
「君は人ではない、道具だ。それも、とてもとても貴重で危険な最高の逸品だよ!」
言葉は刃となってモニカの心を抉った。
実の両親と祖父の死。親しかった騎士が行った凶行。いつの間にか操られ、姉と慕う女性を危機に晒した事実。複数の組織間の抗争。その過程で失われていった多くの命……。
この数日で見て来て、知らされてきた事が脳裏を埋め尽くす。
わたしは……疫病神……皆を不幸にする、危険物で……わたしは……。
この数日でじっくりと悩む間もほとんどなく、様々な事実を突きつけられてきたモニカには、ウィリアムの発言は反論のしようのない事実に思えた。
「君はとても我慢強い。ワタシにもそれがよく分かる……。そしてね、モニカ嬢、ワタシには君が我慢して溜めこんでしまっているモノが見えるようだよ。精神の奥に凝り固まった膿がね」
強烈な自己否定と自己に対する忌避感が一挙に襲いかかる。
既にウィリアムによって意図的に均衡を崩されかけていたモニカの精神は、臨界点を迎え、
「そしてその膿こそが君の振りまく厄病の正体だ」
――越えた。
モニカの中で、封印を解かれた強力な力が胎動する。
胎動が一拍を刻むごとに彼女の視界は霞み、意識が形を失って行く。その力に衝き動かされる形で、モニカは天を見上げた。
口を大きく開け、
「あ! あ……ッ、あ、ああ! あああああああああああ――――――ッ!!」
喉を自ら破壊しようとでもいうかのように暴力的な、自己を否定する嘆きの声がモニカの口から迸り始めた。
そして、
「ふ……っ! ははは! 成功だ! 本分を果たすと良いモニカ嬢! ワタシの望む結果を見せてくれ!!」
モニカの中に永らく封印されていた都市伝説が、彼女の嘆きに呼応するかのように暴発した。