正体不明 03
「あら、どうしたの」
優しげな母親の声に、幼い少女は不満げな顔で食卓の上を見詰めている
肉野菜炒めが盛られていた皿からは既に野菜は平らげられており、小さな茶碗の中のご飯も一粒も残っていない
だがその皿には、豚肉だけが一欠片も手をつけずに残っていた
「お野菜はちゃんと食べてるのに。お肉、好きだったでしょう?」
「……ブタさん、かわいそう」
そう言って、ぷいと横を向いてしまう少女
「大丈夫よ」
母親は少女の頭をそっと撫でる
「ちゃんとね、食べさせてくれてありがとうって思っていれば大丈夫よ」
「でも、食べられるために殺されちゃうんだよ?」
「生きるために食べる事は、どうしても必要な事なの。お腹が空くのはとても辛い事。どんな生物でも、そう」
むう、と小さく唸り声を上げて黙り込む少女
「可哀想と想ってあげる事も、とても大事。あなたがその優しい気持ちをずっと持っていれば、ブタさんはあなたの身体になって、ずっと一緒に居てくれるわ」
「本当に?」
「本当よ。だからちゃんと食べてあげてね」
「うん……ブタさん、ありがとう」
少女はそう言って豚肉を口へと運び、もぐもぐと食べ始めた
優しげな母親の声に、幼い少女は不満げな顔で食卓の上を見詰めている
肉野菜炒めが盛られていた皿からは既に野菜は平らげられており、小さな茶碗の中のご飯も一粒も残っていない
だがその皿には、豚肉だけが一欠片も手をつけずに残っていた
「お野菜はちゃんと食べてるのに。お肉、好きだったでしょう?」
「……ブタさん、かわいそう」
そう言って、ぷいと横を向いてしまう少女
「大丈夫よ」
母親は少女の頭をそっと撫でる
「ちゃんとね、食べさせてくれてありがとうって思っていれば大丈夫よ」
「でも、食べられるために殺されちゃうんだよ?」
「生きるために食べる事は、どうしても必要な事なの。お腹が空くのはとても辛い事。どんな生物でも、そう」
むう、と小さく唸り声を上げて黙り込む少女
「可哀想と想ってあげる事も、とても大事。あなたがその優しい気持ちをずっと持っていれば、ブタさんはあなたの身体になって、ずっと一緒に居てくれるわ」
「本当に?」
「本当よ。だからちゃんと食べてあげてね」
「うん……ブタさん、ありがとう」
少女はそう言って豚肉を口へと運び、もぐもぐと食べ始めた
―――
そんなやりとりがあった数日後
少女は学校の帰り道、雪の中に小さな結晶を見つけた
大きさは子供の手のひらの上で転がせる程度
赤みの強い桃色といった色合いのそれは、ただの色のついた氷というわけでは無さそうだった
「誰かの落とし物かな?」
少女はその結晶を手袋でそっと掴むと、手近な交番に向かって駆け出した
雪を払い落とされ、少女の手に握られたそれは、手袋越しに感じられる体温に小さく脈動した
少女は学校の帰り道、雪の中に小さな結晶を見つけた
大きさは子供の手のひらの上で転がせる程度
赤みの強い桃色といった色合いのそれは、ただの色のついた氷というわけでは無さそうだった
「誰かの落とし物かな?」
少女はその結晶を手袋でそっと掴むと、手近な交番に向かって駆け出した
雪を払い落とされ、少女の手に握られたそれは、手袋越しに感じられる体温に小さく脈動した
―――
そこからの記憶は、ほとんど無い
気が付いた時には少女は交番の中でへたり込んでいた
倒れた椅子
ぶちまけられた書類
発射された後に原型を留めたままの鉛弾
割れた湯飲み
折れたボールペン
熱を帯び硝煙のにおいが残る拳銃
服の一部であろう金具
そして、大人二人分ほどの大きさになった、赤い結晶だったもの
「たべ、ちゃった、の?」
少女は震える声で、そう訊ねた
言葉が通じるかもわからない赤い物体に
その赤い物体は、言葉に反応したのか、そうでないのか
少女に向かってずるりと蠢いた
「あたしも、たべちゃう、の?」
震えが止まらない
ああ、やはり食べられるのは恐い事なんだ
「ね、え、あなたは、ありがとうって、思うの、かな?」
震える声で
掠れる声で
そう問い掛ける
「ねえ、あたし、ママと、一緒がいいの」
命乞いをしているつもりはない
「あたしを食べたら、ママも食べてね。パパも、おじいちゃんも、おばあちゃんも」
食べられたものは、食べたものと一緒になって生きてるのだから
そう教えてくれた母の言葉
「お友達のなっちゃんも、みーちゃんも、りょうくんも、このえ先生も」
恐怖で麻痺していた顔に、僅かに笑みが浮かぶ
「みんな一緒が、いいな」
そして、その赤い物体は
少女の身体を飲み込んだ
気が付いた時には少女は交番の中でへたり込んでいた
倒れた椅子
ぶちまけられた書類
発射された後に原型を留めたままの鉛弾
割れた湯飲み
折れたボールペン
熱を帯び硝煙のにおいが残る拳銃
服の一部であろう金具
そして、大人二人分ほどの大きさになった、赤い結晶だったもの
「たべ、ちゃった、の?」
少女は震える声で、そう訊ねた
言葉が通じるかもわからない赤い物体に
その赤い物体は、言葉に反応したのか、そうでないのか
少女に向かってずるりと蠢いた
「あたしも、たべちゃう、の?」
震えが止まらない
ああ、やはり食べられるのは恐い事なんだ
「ね、え、あなたは、ありがとうって、思うの、かな?」
震える声で
掠れる声で
そう問い掛ける
「ねえ、あたし、ママと、一緒がいいの」
命乞いをしているつもりはない
「あたしを食べたら、ママも食べてね。パパも、おじいちゃんも、おばあちゃんも」
食べられたものは、食べたものと一緒になって生きてるのだから
そう教えてくれた母の言葉
「お友達のなっちゃんも、みーちゃんも、りょうくんも、このえ先生も」
恐怖で麻痺していた顔に、僅かに笑みが浮かぶ
「みんな一緒が、いいな」
そして、その赤い物体は
少女の身体を飲み込んだ
―――
雪は溶け、春の兆しが見え始めた頃
携帯電話をいじりながら、鼻歌混じりで夜道を歩いていた女性の前に、一人の少女が立ち塞がる
「ん? どしたの? こんな時間で一人? お父さんとかお母さんとはぐれた?」
片手に携帯電話を持ったまま、少女の元へと歩み寄る
少女はにっこりと笑顔で告げる
「ありがとう」
その言葉と同時に、少女の肌から染み出すように赤色の物体が溢れ出す
「ひっ!?」
女の身体は一瞬でその物体に飲み込まれ、はみ出た手足を残してあっという間に消化され
既に繋がっていた部分を失いおかしな方向を向いた手足が、ずぶりずぶりと内側に引きずり込まれていく
「食べさせてくれて、ありがとう」
そうお礼の言葉を残し、その場を去ろうとしたその時
赤い物体の向こうで、別の人影が逃げ出すように走っていく様子に気が付いた
「何で逃げるんだろうね」
少女は不思議そうに首を傾げ、指をその人影へと向ける
それと同時に、水が流れるほどの勢いで巨大な塊となった赤い物体が人影を追う
「食べさせてくれてありがとう、って思っていれば……みんな一つになって生きていくんだもんね」
腕に絡みつく赤い物体に、少女は囁きかける
「だから、どんどん食べようね。この町を食べて、この国を食べて、この世界を食べて、この星を食べて、みんな一緒になれるんだよね」
少女は両手を広げて星空を仰ぐ
「食べさせてくれてありがとう、これからも仲良くしようね」
『ブロブ』の契約者となった少女は、精一杯の愛と善意を込めた笑顔で星空にそう告げたのだった
携帯電話をいじりながら、鼻歌混じりで夜道を歩いていた女性の前に、一人の少女が立ち塞がる
「ん? どしたの? こんな時間で一人? お父さんとかお母さんとはぐれた?」
片手に携帯電話を持ったまま、少女の元へと歩み寄る
少女はにっこりと笑顔で告げる
「ありがとう」
その言葉と同時に、少女の肌から染み出すように赤色の物体が溢れ出す
「ひっ!?」
女の身体は一瞬でその物体に飲み込まれ、はみ出た手足を残してあっという間に消化され
既に繋がっていた部分を失いおかしな方向を向いた手足が、ずぶりずぶりと内側に引きずり込まれていく
「食べさせてくれて、ありがとう」
そうお礼の言葉を残し、その場を去ろうとしたその時
赤い物体の向こうで、別の人影が逃げ出すように走っていく様子に気が付いた
「何で逃げるんだろうね」
少女は不思議そうに首を傾げ、指をその人影へと向ける
それと同時に、水が流れるほどの勢いで巨大な塊となった赤い物体が人影を追う
「食べさせてくれてありがとう、って思っていれば……みんな一つになって生きていくんだもんね」
腕に絡みつく赤い物体に、少女は囁きかける
「だから、どんどん食べようね。この町を食べて、この国を食べて、この世界を食べて、この星を食べて、みんな一緒になれるんだよね」
少女は両手を広げて星空を仰ぐ
「食べさせてくれてありがとう、これからも仲良くしようね」
『ブロブ』の契約者となった少女は、精一杯の愛と善意を込めた笑顔で星空にそう告げたのだった