久信は目を開けた。
顔を上げて外を見てみると太陽が赤くなっている。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「久くん、起きた?」
顔の下から修実の声が聞こえた。
「…………ん」
半分寝ぼけたままで応じ、久信は声の方に目をやる。
頭の少し上の方に修実の顔がある。
どうやら久信は彼女を抱き枕にして眠っていたらしい。
名残惜しむように修実の胸に顔をうずめて伸びをして今度こそ起き上がり、久信は問う。
「寝てた?」
「ええ」
「ごめん、重くなかった?」
「平気よ。久くんの重さなら私には心地良いもの」
あの事件以降、とみに久信にべったりになった修実は幸福そうな笑みで言う。
姉と二人で蠱毒との契約をした後、二人には特に中毒症状や呪詛の暴走が襲い掛かったりはしなく、喜ばしいことに、二人はその身に契約して受け入れた蠱毒の瘴気を完全に制御できるようになっていた。
体の中に蠱毒の毒は入り込んでいるが、蠱毒という、最後の一つの生物残された時に真価を発揮する都市伝説を二人で分割契約したことと、自分たちが既に蛇神憑きの契約者として、都市伝説や、毒そのものに対してある程度の耐性を持っていたということがプラスに作用しているのではないかと思われた。
蛇は自身の毒を使いこなしこそすれ、それでは死なないものだ。
更にもう1つ喜ばしいことに、修実が町を祟り殺した件についてはその町自体が非合法な手段に手を染めた一つの都市伝説組織として機能していたことと、その組織と関係のあった密輸組織を壊滅させるきっかけになるという役目を果たした事で、半ば不問となり、常時の観察処分も外れていた。
どうも久信と修実が蠱毒と契約した際にそれまで蓄積された疲労と呪詛の影響で倒れていた数日の間に、裏で小野家と見塚家が働きかけていたようだ。
そもそも町ぐるみで人身売買や暗殺に手を染めていた町の異常な状態に事件の前も後もまったく気づくことができなかった各都市伝説組織の体面の悪さに付け込んで、公式には事件がなにもなかったということにして処理する方向で動いているらしい。
そのような状況もあって、まだ今は外出の際に申告が必要な状態ではあるが、それも最近昌夫を通して行っている警察の手伝いで自分たちの安全性を示し続ければやがて撤廃させることもできるだろう。
状況は徐々に改善されており、こうして非番の今日は一日のんびり修実の胸を枕にして過ごすことができる。
……ああ、幸せだ。
晴れて、2人は、実家で2人なりの平凡な日常を形成しつつあった。
2人で分割して契約された蠱毒だが、毒や呪詛はその多くが町を祟り殺した下手人である修実に流れていた。そのため、姉弟が持つ力は結局のところ、弟が伸ばした力の分を、姉が更に引き離したような形になっていた。
……修実姉には勝てないか。
だが、それでもいい。もとより、修実を家族の中に引き戻すことができるのなら、久信の力なんて大きかろうと小さかろうと、些細な問題でしかなかったのだ。
それが、いつの間にか力さえあれば自分だけはずっと修実の傍に居ることができるなどという考えに拘束されてしまっていた。
ほんの少し手段を変えればもっと広い世界を見ることができるということにすら気づかなかった。
これは自分の独占欲が成せる視野の狭さだろうかと思う。
固定されてしまった思考に気付くまで遠回りをしてしまったが、その遠回りも、正解に辿り着くまでの過程でぶつかる物理的な問題の解決策の一つとしては必要だったのだから、まるっきり無駄ということはないのだろうが、
……それならせめて郭くらいは自分の手で殴り倒したかったけど……。
言い換えれば、久信があまり強い契約者ではないということが幸いして、こうして別の道を選ぶことができたのだ。
久信が下手に力を持っていたら、多くの人と関わっていられる生活はけっして得ることはできなかった。きっと姉と2人で、2人だけの世界でコドクを抱きながら朽ち果てていただろう。
それもそれで悪くはないと思ってしまうあたりが、いかんともしがたい久信の業だ。
「久くんどうしたの?」
「いや……修実姉は俺と心中したかった?」
軽い気持ちに少しの本気を混ぜての問いに、修実は「うーん」と呟いてしばしの時間を欲した。
修実の胸の鼓動が100を刻むまで待つと、「久くん」と呼びかけられた。
顔を起こすと、その頬に修実が頬を寄せた。
「こういうことができなくなることを考えたら、やっぱり生きていてよかったって、私は思うよ」
そう言って修実は付け根からなくなっている手足も胴体も、全身を久信に押し付けた。
久信はそれを包むように抱きしめた。
普段の修実は両手足を切断された、ダルマ状態でいる。
体を洗ったり、髪を梳かしたりするのは久信の役目だ。
両手どころか六臂を生やすことができる彼女がそれをあえてしないのは、甘えてくれているということだろう。
それを愛おしく感じて彼女の傷跡を舐めると、くすぐったそうに息をこぼして、
「久くんも、夜は甘えてくれるし、こういうのも支え合いだね」
そう言って笑み崩れた。
……ああ、もう本当に。
1人にはさせない。
2人で満足もしない。
「もっと多くの人と一緒に生きていこう」
「それって、家族をもう1人増やそうってこと?」
からかうような口調に、久信は応じる。
「それもいいね。1人でも、2人でも、歴代の誰よりも都市伝説に近い姉弟から生まれる蛇神憑きの子は一族からしても宝だろうから、歓迎されるんじゃないかな」
「ちょっと打算的だね」
少し拗ねたように修実。
「力の無い俺はこっち方面を鍛えた方がいいってあの一件で気づいたからね」
言って、でも、と付け加える。
「それとは別で、家族は欲しいかな」
「じゃあ、まずは1人目かしら」
修実がコケティッシュに身をよじる。
「久くん、抱きしめて欲しい?」
「んー、まずは、そのままで。抱きしめたい」
「いいよ。私の全部で久くんを迎えてあげる」
久信に全て委ねるように力を抜いた修実を見つめて、久信は言う。
「いろんなところを見せてもらうよ」
蛇は執念深いのだから、これは絶対の宣言だろう。
顔を上げて外を見てみると太陽が赤くなっている。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「久くん、起きた?」
顔の下から修実の声が聞こえた。
「…………ん」
半分寝ぼけたままで応じ、久信は声の方に目をやる。
頭の少し上の方に修実の顔がある。
どうやら久信は彼女を抱き枕にして眠っていたらしい。
名残惜しむように修実の胸に顔をうずめて伸びをして今度こそ起き上がり、久信は問う。
「寝てた?」
「ええ」
「ごめん、重くなかった?」
「平気よ。久くんの重さなら私には心地良いもの」
あの事件以降、とみに久信にべったりになった修実は幸福そうな笑みで言う。
姉と二人で蠱毒との契約をした後、二人には特に中毒症状や呪詛の暴走が襲い掛かったりはしなく、喜ばしいことに、二人はその身に契約して受け入れた蠱毒の瘴気を完全に制御できるようになっていた。
体の中に蠱毒の毒は入り込んでいるが、蠱毒という、最後の一つの生物残された時に真価を発揮する都市伝説を二人で分割契約したことと、自分たちが既に蛇神憑きの契約者として、都市伝説や、毒そのものに対してある程度の耐性を持っていたということがプラスに作用しているのではないかと思われた。
蛇は自身の毒を使いこなしこそすれ、それでは死なないものだ。
更にもう1つ喜ばしいことに、修実が町を祟り殺した件についてはその町自体が非合法な手段に手を染めた一つの都市伝説組織として機能していたことと、その組織と関係のあった密輸組織を壊滅させるきっかけになるという役目を果たした事で、半ば不問となり、常時の観察処分も外れていた。
どうも久信と修実が蠱毒と契約した際にそれまで蓄積された疲労と呪詛の影響で倒れていた数日の間に、裏で小野家と見塚家が働きかけていたようだ。
そもそも町ぐるみで人身売買や暗殺に手を染めていた町の異常な状態に事件の前も後もまったく気づくことができなかった各都市伝説組織の体面の悪さに付け込んで、公式には事件がなにもなかったということにして処理する方向で動いているらしい。
そのような状況もあって、まだ今は外出の際に申告が必要な状態ではあるが、それも最近昌夫を通して行っている警察の手伝いで自分たちの安全性を示し続ければやがて撤廃させることもできるだろう。
状況は徐々に改善されており、こうして非番の今日は一日のんびり修実の胸を枕にして過ごすことができる。
……ああ、幸せだ。
晴れて、2人は、実家で2人なりの平凡な日常を形成しつつあった。
2人で分割して契約された蠱毒だが、毒や呪詛はその多くが町を祟り殺した下手人である修実に流れていた。そのため、姉弟が持つ力は結局のところ、弟が伸ばした力の分を、姉が更に引き離したような形になっていた。
……修実姉には勝てないか。
だが、それでもいい。もとより、修実を家族の中に引き戻すことができるのなら、久信の力なんて大きかろうと小さかろうと、些細な問題でしかなかったのだ。
それが、いつの間にか力さえあれば自分だけはずっと修実の傍に居ることができるなどという考えに拘束されてしまっていた。
ほんの少し手段を変えればもっと広い世界を見ることができるということにすら気づかなかった。
これは自分の独占欲が成せる視野の狭さだろうかと思う。
固定されてしまった思考に気付くまで遠回りをしてしまったが、その遠回りも、正解に辿り着くまでの過程でぶつかる物理的な問題の解決策の一つとしては必要だったのだから、まるっきり無駄ということはないのだろうが、
……それならせめて郭くらいは自分の手で殴り倒したかったけど……。
言い換えれば、久信があまり強い契約者ではないということが幸いして、こうして別の道を選ぶことができたのだ。
久信が下手に力を持っていたら、多くの人と関わっていられる生活はけっして得ることはできなかった。きっと姉と2人で、2人だけの世界でコドクを抱きながら朽ち果てていただろう。
それもそれで悪くはないと思ってしまうあたりが、いかんともしがたい久信の業だ。
「久くんどうしたの?」
「いや……修実姉は俺と心中したかった?」
軽い気持ちに少しの本気を混ぜての問いに、修実は「うーん」と呟いてしばしの時間を欲した。
修実の胸の鼓動が100を刻むまで待つと、「久くん」と呼びかけられた。
顔を起こすと、その頬に修実が頬を寄せた。
「こういうことができなくなることを考えたら、やっぱり生きていてよかったって、私は思うよ」
そう言って修実は付け根からなくなっている手足も胴体も、全身を久信に押し付けた。
久信はそれを包むように抱きしめた。
普段の修実は両手足を切断された、ダルマ状態でいる。
体を洗ったり、髪を梳かしたりするのは久信の役目だ。
両手どころか六臂を生やすことができる彼女がそれをあえてしないのは、甘えてくれているということだろう。
それを愛おしく感じて彼女の傷跡を舐めると、くすぐったそうに息をこぼして、
「久くんも、夜は甘えてくれるし、こういうのも支え合いだね」
そう言って笑み崩れた。
……ああ、もう本当に。
1人にはさせない。
2人で満足もしない。
「もっと多くの人と一緒に生きていこう」
「それって、家族をもう1人増やそうってこと?」
からかうような口調に、久信は応じる。
「それもいいね。1人でも、2人でも、歴代の誰よりも都市伝説に近い姉弟から生まれる蛇神憑きの子は一族からしても宝だろうから、歓迎されるんじゃないかな」
「ちょっと打算的だね」
少し拗ねたように修実。
「力の無い俺はこっち方面を鍛えた方がいいってあの一件で気づいたからね」
言って、でも、と付け加える。
「それとは別で、家族は欲しいかな」
「じゃあ、まずは1人目かしら」
修実がコケティッシュに身をよじる。
「久くん、抱きしめて欲しい?」
「んー、まずは、そのままで。抱きしめたい」
「いいよ。私の全部で久くんを迎えてあげる」
久信に全て委ねるように力を抜いた修実を見つめて、久信は言う。
「いろんなところを見せてもらうよ」
蛇は執念深いのだから、これは絶対の宣言だろう。