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「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - 騎士と姫君-01

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「プロローグ」


 夜半の時、どこかの街の片隅での出来事。

 断末魔は次第に薄れ、剣に貫かれて塵となった身体と共に風に混じり消えていく。
 吹き始めた涼やかな夜風にいつしか淀んだ空気は消え、代わりに風になびく草の音や虫の音といった雑音が戻ってくる。
 平穏さが戻ってきた事を確認すると、ようやく騎士は静かに剣を鞘に納めた。

「終わった…んですか……?」

 「彼女」は震える声で尋ねる。
 こうして五体満足でいられるのが未だ信じられなかった。
 今まで数え切れないほどの怪異と関わってきた<彼女>だが、こうもギリギリな状態に陥ったのは初めてだった。
 喉に触れたあの冷たい感触を思い出すだけで、引いたはずの冷や汗が再びどっと吹き出してくる。
 あのまま自らもまた冷たい存在になっていたかもしれない、そう考えるだけで背筋を悪寒が駆け抜けた。
 思わず震える手で己をかき抱いたものの、冷たい夜風は容赦なく「彼女」の素肌に吹き付ける。

「(上着……逃げる時に使ってしまったんでしたっけ)」

 とっさに追いすがる相手の頭に被せた光景が、鮮やかに蘇る。
 結果として一呼吸程度の時間しか稼げなかったが、それだけでも命を繋ぐには十分だった。
 あのカーディガンは今頃はどこかの道端でぼろぼろになって打ち捨てられているだろう。
 現在の位置から推測するに、おそらく自宅までは徒歩でまだ30分ほどかかるはずだ。
 タクシーに乗るという選択肢も考えられなくはないが、その為には逃げてきた道を戻らなければならない。
 しかし心理的にはあまりそちらへは戻りたくはない。

「(となると徒歩ですね。一本向こうの街灯のある路地に出れば、まだ明るいはず――)」

 と、そこまで思案したところで、不意に肩に何かが掛けられる感触で「彼女」は我に返った。
 気づけば濃紺の厚手の布で己の身体がすっぽりと覆われており、もう冷たい風は感じられない。
 いつの間にか落ちる影を追って顔を上げれば、

「ホロウさん」


 ホロウ――首無しの騎士は静かに「彼女」の前に佇んでいた。
 二メートルはあろうかという男性とおぼしき巨体からは否が応にも重々しい威圧感がにじみ出している。
 細かやかな意匠が施された服装や腰に携えた長剣といった装いは、首無しの騎士の伝承を色濃く反映している物だった。
 それには「彼女」のイメージも少なからず影響を及ぼしているのだが……と、ふと「ある物」が見当たらない事に気がついた。

「あの、これもしかして」

「…………」

 そう、装いの中でも特に象徴的な騎士のマントがなかった。
 どうやら己が今被っている「布」がそうであるらしいと気づき、あたふたと「彼女」が慌てだす。

「いや、その、悪いですって。私は大丈夫ですから、ね?」

「………………」

 首を傾げて問いかける「彼女」に騎士は何も語らない。
 それもそのはず、彼の騎士からは開く口もなければ震わせる声帯すら失われていた。

 首無しの騎士の正体、それは<スリーピー・ホロウ>と呼ばれる都市伝説である。
 日本ではあまり知られていないが、発祥地のアメリカでは老若男女に広く知られる言わば昔話の様な存在だった。
 本来はこの地には居ないはずの存在ではあるが、とにかく「彼女」は首無し騎士と巡りあい契約を交わした。
 『都市伝説と契約した者は他の都市伝説と戦わねばならぬ』という法則に漏れず、それからというもの様々な都市伝説が日々「彼女」の身を脅かしていた。
 そしてその度に騎士は愛馬に跨り、その剣で「彼女」に襲い来るものを討ちとってゆく。

 あたかもそれはおとぎ話の「騎士と姫君」の様で。



「ほら、もう十分暖まりましたからお返ししま……」

「……………………」

 「彼女」が自ら脱ごうとするやいなや、その手はすかさず「彼女」の前に跪いた騎士の手により押さえられてしまう。
 とっさに振り払おうと力をこめてみるが、騎士の大きな手はびくともしない。 
 かたやごく普通の大学生、かたや歴戦練磨の戦士。
 その差は歴然としていた。
 しかも反対の手でかえってマントを厳重に巻きつけられるという始末である。
 頑として譲らない様子の騎士に、ついに「彼女」は諦めた様にため息をついた。

「……わかりました、じゃあ家に着くまでお借りしますね」

「…………」

 観念した様子の「彼女」にようやく納得したのか、騎士は抑えていた手を引くと音も無く立ち上がる。
 どうせ徒歩で帰るつもりだったのだし、時期的に少々早いかもしれないがロングコートに見えない事もないだろう。
 立ち上がろうと地面に手を付くと、すっと眼前に手袋がはめられた手が差し伸べられる。

「…………」

 長身をかがめて右手を差し出し、首無しの騎士は静かに「彼女」を待っていた。
 そんな姿に「彼女」の顔に自然と笑みがこぼれる。
 そっと手を重ねれば、力強くも優しく身体が引き上げられた。

「ほわっ……」

 一瞬気の抜けた声が漏れたものの、つい先程まで腰が抜けていたのが嘘の様に「彼女」はしっかりと立っていた。
 万が一足でも挫いていたら、と心配だったのだがこれなら問題なく帰れるだろう。

「………………」

「……あの、ホロウさん?」

 安堵のため息をつく「彼女」と打って変わり、手を取ったまま騎士は動こうとしない。
 まさか新たな都市伝説が現れたのだろうか。
 ひとまず手を、と言い掛けたところで不意に騎士が足元にかがみこんだ。

「もしもし、ホロウさーん?」

「………………」

 「彼女」の声はことごとく騎士の上を通り過ぎていくばかり。
 しばらく何かを探している様子でしばらくかがみこんでいたが、やがて再び立ち上がった騎士の手には二つの小さな白い欠片の様なものが乗せられていた。

「あ」

 それはまさしく「彼女」が履いていたパンプスのヒール部分であった。
 転んだ時にでも折れてしまったのだろうか、慌てて足元に目をやれば、今朝下ろしたばかりの白いパンプスは見るも無残な姿へと変わり果てていた。
 逃走する際につまづき、引っ掛けられ、長い距離を駆けずりまわされたパンプスの表面は今や黒い汚れや大小さまざまな傷で覆われていた。
 ヒールはどうやらほぼ同じ位置で折れたらしく、立ち上がってからもあまり違和感を感じていなかったのだが……気づいてみれば相当ひどい事になっている。
 唯一の救いといえば、そんなに高価なものでは無かったことくらいだろう。

「これはひどい……ですねぇ」

 あはは、と思わず「彼女」の口から苦笑が漏れた。
 走るのに適さない物だったとは言え、新品の靴をここまで行使するぐらいの逃避行だったのだ。

「…………………………」

 「参りましたねー」と困った様に笑う「彼女」を微動だにせず見下ろす騎士。
 やがてそっと拾い上げたヒールを懐へとしまい込むと、唐突に騎士は行動を起こした。

「まあ、靴はまた新しいのをさが――ひゃあっ!?」

 刹那、「彼女」の視界がひっくり返った。
 とっさの事で何が起きているのか把握できず、頭が働かない。

「え、ちょ、何ですか!?」

 とにかく今の状況を把握しようと顔を上げれば、鎖か何かで象られた見事な火を吹く双頭のドラゴンの意匠が目に飛び込んでくる。
 ……鎖?

「ほ、ホロウさん!?」

「…………」

 そう、「彼女」は今首無しの騎士に抱えられていた。いわゆるお姫様抱っこスタイルで。

「えええええ、ホロウさん待って! お、下ろしてください!」

「………………」

 嫌がり暴れようとする「彼女」を逃すまいとばかり、騎士はその小さな身体をしっかりと己の腕の中に閉じ込める。

「わ、私重いですから! 怪我も何もしてないんですし、自分で歩け、ます!」

「……………………」

「それに……その……」

「………………………………」

「ですから…………ううー」

 騎士の無言の圧力に耐え切れないのか、次第に「彼女」の抵抗は収まっていく。
 しかし一度上気した頬の赤みは消えず、「彼女」はドラゴンの細工へ顔を押し付けた。

「(は、恥ずかしいんですってば……!)」

 人気のない夜だからまだいいものの、それにしたってこれは耐えられない。
 しかしこうなった以上、何を言ってもこの騎士は自分を下ろさないであろう事はすでにわかりきっている。
 最近は日を追うにつれて騎士の過保護さが増している様な気がしてならない。
 仮に己が子供であればまだしも、今の自分は当に成人している身であるというのに!

 そんな「彼女」の胸のうちを知る由もなく、騎士は大人しくなった「彼女」をそっと左手で抱え直すと、背後の路地へと身体を向ける。
 すると微かに馬のいななきと蹄の音が近づいてくるのが「彼女」の耳に届いた。

「あの……まさかこのまま……」

「……………………………………」

「えっと、何でもないです」

 この騎士はいつからこんなに頑固になったのだろう。
 いや、元からの性格なのであろうが……正直ここまでされる価値が、自分にはあるのだろうか。
 そんな思いに「彼女」がとらわれている内、気づけば目の前に目をらんらんと輝かせた巨大な黒馬が姿を現していた。

「…………」

 ぽんぽんといたわる様に騎士が馬の顔を撫でてやれば、馬もまた首を摺り寄せて心地よさげに目を細める。
 一度戦いともなれば何者をも蹴散らして風の様に疾走する戦馬であるが、主人の前では他の馬と変わらず穏やかな表情を浮かべている。

「ご苦労様です、デアデビルさん」

「………………」

 「彼女」の労わりの声に対し、馬が返したのは誰から見てもわかるであろう程の冷ややかな眼差しだった。
 出会いから続いている反応ではあるのだが、相変わらず好かれていないらしいという事に「彼女」は苦笑を浮かべた。

「…………」

「へっ?」

 騎士が不意に自分の手を取った事に「彼女」の心臓が跳ね上がった。

「ほ、ホロウさ」

「…………」

 何をするのかと思えば、そのまま「彼女」の手を騎士の服へと添えて握らせる。

「……しっかり持ってろって事、ですか?」

「…………」

 その通り、とでも言うかの様に騎士は「彼女」の手をぽんと優しく叩いた。

「(び、びっくりした……)」

 一体何をすると自分は思ったのだろうか。
 とにかく今もばくばくとうるさく響く心音も抑えようと、「彼女」は両手でしっかりと騎士の服にしがみついて目を閉じた。
 それを確認すると騎士はもう一度左手でしっかりと「彼女」を抱え直した。
 そして鐙に片足を掛けて開いた右手で鞍をつかむと、ぐいと勢いよく馬上へと上がった。

「ひゃっ……」

 騎士の腕で支えられた上、あらかじめ身体を固定していたとはいえ衝撃に思わず声が漏れる。
 恐る恐る目を開くと、いつの間にか空に満月が浮かんでいるのが見える。
 月明かりの下、デアデビルの黒いたてがみがきらきらと輝く様に思わず「彼女」は声を漏らした。

「…………!」

 騎士が手綱を引き、デアデビルの腹を蹴るといななきながら月に向かい立ち上がり、そのまま風の様に駆け出した。
 初めからの全力疾走に、一度は離した手で再び騎士の服にしがみついていた。

「あああ、あのホロウさん、もうちょっとゆっく、り……!」

「…………」

 「彼女」の悲鳴に騎士が答える事はない。
 しかしその声を聞いた途端、騎士さらに馬の腹を蹴った。

「ひゃ、」

 言わずもがなスピードはさらに加速し――。

「ひゃあああああああ…………」

 そのまま彼らは影へと飛び込んでいく。
 しばらく蹄の音と共に女性の悲鳴が聞こえていたが、やがてそれらも風に混じり消えていった。



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