焼野原二郎




「中米某国」から来た恐らく日系人。RING KENDOの国際的な審議委員として一家言持つ重役であり、この他にもドラゴン・シアイ・マッチ等竹刀が絡む試合形式において重要な立会人、あるいは審判として来日するように。一時、本国でのきな臭い噂も耳にするよになるなど、その享受が心配される時期を挿んだものの、時を経てDragon Shiaimatchタッグの新設ベルトを手にご子息とともに帰還。以前と変わらぬ選手権試合における重要な人物として、現れた会場にデカすぎる存在感を放っている。
言うまでも無く初代RING KENDO王者にして剣道の猛者。……、なのだが、やはり日本の純正剣道とRING KENDOは似て非なるものなのか、原二郎先生自身は後藤の動きを「下品」と評している。競技が違うから当たり前と言われればそれまでだが、ある種この人こそ「文化の違い」の煽りを一番受けた人物と言えなくもない。
原二郎先生初来日の際にタイトルマッチを行い黄金刀を手にした人物。その後も来日の度に甲斐甲斐しくリングインを先導するなど敬意ある接し方をしており、原二郎先生が行方不明との報に最も動揺した様子を見せたのもこの方であった。なお、原二郎先生本人は、西行の試合を絶賛している。
何気にRING KENDO挑戦を「記憶から消したい」と語っている人物。しかし時が流れ、いつしか自ら龍剣試合のタイトル化を提唱するようになると必然的に距離が縮まることに。思惑通りにDragon Shiaimatchタッグのベルトを手に原二郎先生が戻った頃、OKADOがW.P.Dに入っていたことも恐らく関係あるが、以来かなり反抗的な態度を取り先生からも厳しく指導される関係となった。なお、余談ながら、原二郎先生に対し知識の無いまま暴言を吐いた人物では他にGTがおり、奇しくもTIW出身2人が因縁を紡ぐ珍事が発生している。
余談
- 日本の文化は言葉と合わせ熟知しているものの、やや齟齬もあるのか日本においては要らん騒ぎを呼び込みそうな「物品」を持ち込むことがある。
- 更にマズいことに、道場マッチや定期開催会場のような比較的「身内」の前で行われる大会に限らず、公共交通機関施設や市議会議員等の役員が列席するようなシチュエーションですらその姿勢は揺るがない。


