ドラゴン・シアイ・マッチ


元を正せばかのグレート・カブキがアメリカでの活動中、抗争を続けていたダスティ・ローデスとの因縁に決着を着けるために考案されたとされる試合形式(出典:プロレス・スターウォーズ)。他のハードコアとは異なり、「竹刀のみ」を公認凶器としそれを試合に組み込んだ闘いが展開される。ゆえにイス等の他の凶器の仕様はご法度であり(竹刀を組みこんだ使い方をすることで認められる場合もある)、より剣道に歩み寄ったRING KENDOとは違い従来のフォール、ギブアップ等のプロレスルールも適用される。なお、この試合形式では竹刀は「身体の一部」とみなされ、使用時に竹刀によるロープブレイクも有効となる。
なお焼野原二郎曰く竹刀投げるのは禁止……らしい
DEWAにおける変遷
2022年
6人タッグで激突したヤギひろしとサブローがチャンバラを展開。この時点では言うなれば試合中のエキサイトした末の乱闘ではあるが、ぶっちゃけこれこそがドラゴン・シアイ・マッチであったとの見解が後に有識者間で交わされた。

6人タッグで激突したヤギひろしとサブローがチャンバラを展開。この時点では言うなれば試合中のエキサイトした末の乱闘ではあるが、ぶっちゃけこれこそがドラゴン・シアイ・マッチであったとの見解が後に有識者間で交わされた。

2024年
後藤義温&ネブタ・ザ・ドリラーVSチキンウィングマン、マスクド三元豚のタッグマッチ。ここで積極的に竹刀を使用した後藤は、試合後ネブタに自らの竹刀を託し失ったRING KENDO王座の奪回を託した。これ自体はドラゴン・シアイ・マッチではなかったものの、思い返せばこれから織り成される潮流の萌芽がすでにあったと見なすことも出来る。

後藤義温&ネブタ・ザ・ドリラーVSチキンウィングマン、マスクド三元豚のタッグマッチ。ここで積極的に竹刀を使用した後藤は、試合後ネブタに自らの竹刀を託し失ったRING KENDO王座の奪回を託した。これ自体はドラゴン・シアイ・マッチではなかったものの、思い返せばこれから織り成される潮流の萌芽がすでにあったと見なすことも出来る。

後藤義温とヤギひろしの間で初のドラゴン・シアイ・マッチ。この試合は時間切れドローに終わったものの、その後「凶器持ち込み」6人タッグの試合形式において全員が竹刀を選択したことで実質的にドラゴン・シアイ・マッチの体を為すなど、じわじわと界隈のその存在感を広げ始める。




西行隆幸VSヤギひろしの一戦において、西行が「いかにレフェリーに気取られぬままドラゴン・シアイ・マッチを展開するか」という斜め上の試合を展開。これはヤギの暴走反則負けに終わったものの、古くからこの試合形式に関わっていたヤギはここから徐々にある種の「覚醒」を見せ始める。


昨年の因縁を清算すべくヤギが「非公式」のベルトを携え西行と再戦。これを制した西行が(断じて「非公式」ではあるが)「ドラゴソ・ツアイ・マッチ」王者を名乗るようになる。


西行&チガイOKADOVS永田&ブラザー・ウィンガーによる蛍光灯デスマッチ式にロープに竹刀を設置した状態でのタッグマッチを開催。以降この形式は「龍剣試合」と呼ばれる事となり、次第にこの道の名手が顔を揃え始める契機ともなった。


2026年
Chala&OKADO VS西行&Yoshi-mitsu。この試合はW.P.Dが制したものの、試合後に焼野親子が新設のベルトを手に帰還。このベルトに意欲を示した永田が西行と手を組む等、後にも繋がる激動の萌芽となった。

Chala&OKADO VS西行&Yoshi-mitsu。この試合はW.P.Dが制したものの、試合後に焼野親子が新設のベルトを手に帰還。このベルトに意欲を示した永田が西行と手を組む等、後にも繋がる激動の萌芽となった。

ベルトの王者遍歴についてはDragon Shiaimatchタッグの項目を参照のこと。
余談
- そもそもの話、ドラゴン・シアイ・マッチが観れる環境など恐らく世界的に見てもDEWA以外では皆無であり、現在ニッチながらもかなり貴重な光景が織りなされる環境にある。
- 知名度そのものはまだ低いと言わざるを得ないが、潜在的に複数擁する「名手候補」の存在や、関東での永田の存在感と合わせ、将来的に各エリアを巻き込んだムーヴメントを起こす可能性も否定できない。



