ラッキー傭兵団 攻略wiki
ラッキー傭兵団の最強ユニットは?とは
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「ラッキー傭兵団の最強ユニットは?」
非常に興味深い現象である。
「ラッキー傭兵団で最強のユニットは誰ですか?」
この質問は、初心者の素朴な疑問に見えて、実はこのゲームを理解するうえで最も重要な部分を、見事なまでに素通りしている。
そもそも、このゲームに「これを1体育てておけば、何も考えなくても勝てる」という絶対的な最強ユニットは存在しない。
そもそも、このゲームに「これを1体育てておけば、何も考えなくても勝てる」という絶対的な最強ユニットは存在しない。
周回なのか、レイドなのか、対戦なのか。
難易度はどれなのか。
金庫レベルはいくつなのか。
自分の所持ユニットや遺物の育成状況はどうなのか。
他のユニットとのシナジーはどうなのか。
難易度はどれなのか。
金庫レベルはいくつなのか。
自分の所持ユニットや遺物の育成状況はどうなのか。
他のユニットとのシナジーはどうなのか。
条件が変われば、合理的な選択も変わる。
つまり、このゲームで重要なのは、
「誰が最強か」ではなく「この状況では誰を使うべきか」
なのである。
これは将棋で、
「一番強い駒ってどれですか?」
と聞くようなものだ。
「飛車です」と答えてもいい。
では、その飛車だけで対局してみればいい。
おそらく、将棋のルールに問題があるのではなく、質問者の理解に問題があることが速やかに判明する。
そして、この「最強は誰?」という問いには、質問者の思考様式が実に分かりやすく表れている。
おそらく、将棋のルールに問題があるのではなく、質問者の理解に問題があることが速やかに判明する。
そして、この「最強は誰?」という問いには、質問者の思考様式が実に分かりやすく表れている。
■第一段階:「考える」という機能を外注する
質問者は、最強ユニットを知りたいのではない。
「自分で考えなくても済む答え」が欲しいのである。
「最強キャラを教えてください!」
「じゃあ、それだけ育てます!」
「じゃあ、それだけ育てます!」
実に効率的だ。
何が効率的なのかは知らない。
攻略情報を読む。
仕様を理解する。
自分の手持ちと照らし合わせる。
状況に応じてユニットを選ぶ。
実際に使ってみる。
結果を見て修正する。
仕様を理解する。
自分の手持ちと照らし合わせる。
状況に応じてユニットを選ぶ。
実際に使ってみる。
結果を見て修正する。
本来なら存在するはずの、この面倒な思考工程を丸ごと削除できる。
その代わりに、
「最強はAです」
という一行だけを要求する。
情報処理能力を節約しているというより、情報処理そのものを放棄しているだけなのだが、本人にとっては似たようなものなのだろう。
■第二段階:「適材適所」という概念に耐えられない
さらに興味深いのがここである。
「Aは強いです」
という説明なら理解できる。
しかし、
「Aはこの条件では強い。ただしBのほうがこの状況では適している」
となった瞬間、話がややこしくなる。
なぜなら、
答えが一つではなくなるからだ。
質問者が求めているのは「強さ」ではなく、しばしば判断の代行である。
「この状況ならA」
「この編成ならB」
「この難易度ならC」
「この編成ならB」
「この難易度ならC」
などと言われると、自分で条件分岐を処理しなければならない。
そこで、
「結局どれが一番強いんですか?」
となる。
質問が振り出しに戻る。
まるでRPGの攻略本を読んでいるのに、
「で、ボタンはどれ押せばいいの?」
と聞いているようなものである。
■第三段階:「攻略」ではなく「正解の配布」を求める
ゲームの攻略とは、本来、
情報 → 判断 → 試行 → 結果 → 修正
という循環である。
ところが質問者は、この循環を好まない。
欲しいのは、
質問 → 正解 → 快楽
である。
なぜなら、試行錯誤には「失敗」が含まれるからだ。
自分で考えて失敗するくらいなら、誰かに正解を聞いてしまえばいい。
誰かが検証した結果だけを受け取れば、自分は検証しなくて済む。
誰かが書いた攻略記事を読めば、自分は仕様を理解しなくて済む。
誰かが比較した結果を見れば、自分は比較しなくて済む。
誰かが検証した結果だけを受け取れば、自分は検証しなくて済む。
誰かが書いた攻略記事を読めば、自分は仕様を理解しなくて済む。
誰かが比較した結果を見れば、自分は比較しなくて済む。
そして最終的に、
「最強ユニットは?」
という、たいへん簡潔な問いに収束する。
知識を求めているように見えて、実際に求めているのは思考労働の免除なのである。
■そして最も皮肉なのが、「最強」という言葉である
「最強」という概念は、複雑な条件を一つのランキングに圧縮するための便利な言葉だ。
だから非常に気持ちがいい。
AとBの違いを理解する必要もない。
編成の相性を考える必要もない。
難易度による変化も考えなくていい。
編成の相性を考える必要もない。
難易度による変化も考えなくていい。
「Aが最強」
これだけで世界が理解できた気になる。
しかし、それはゲームを理解したのではない。
複雑な問題を、都合よく単純化しただけである。
そして皮肉なことに、
「最強ユニットを教えて!」
と聞いている本人ほど、
「なぜそのユニットが強いのか」
については興味がない。
結果だけ欲しいからである。
■結論
だから「最強ユニットは?」という質問は、単なる初心者質問として片付けるには、なかなか味わい深い。
そこには、
「長い文章は読みたくない」
「自分で比較したくない」
「状況を考えたくない」
「失敗したくない」
「でも勝ちたい」
「自分で比較したくない」
「状況を考えたくない」
「失敗したくない」
「でも勝ちたい」
という、人類がゲームという娯楽に求めてきた欲望の一部が、非常に純度の高い形で凝縮されている。
そして最後に、
「最強ユニットを教えて!」
と叫ぶ。
ゲーム側からすれば、
「いや、そこを自分で考えるゲームなんですが……」
という話である。
要するに、
「最強ユニットは?」という質問は、ゲームについての質問であると同時に、「私はこのゲームの複雑性を処理する気がありません」という自己紹介でもある。
これほど短い文章で、ここまで多くの情報を自己申告できるのだから、ある意味では非常に優秀な質問なのである。
実際のところ
ユニットのDPSはほとんどが「コストや覚醒条件にだいたい見合っている」という事実がある。
ロケッチューやダイアンであれば、変身成功率に見合ったDPSを。
覚醒に同型ユニットや幸運石をコストとして要求する類の不滅ユニットであれば、それ相応のDPSを。
ワットであれば、活躍は一瞬だがそれに納得しうるDPSを。
覚醒に同型ユニットや幸運石をコストとして要求する類の不滅ユニットであれば、それ相応のDPSを。
ワットであれば、活躍は一瞬だがそれに納得しうるDPSを。
そうしたバランスの取れた設定はあるが、そこから
「●●のような状況下であれば、このユニットは効果的に働く」
という細かい点を理解してユニットを運用することで、ユニットの長所を引き出すことができる。
「●●のような状況下であれば、このユニットは効果的に働く」
という細かい点を理解してユニットを運用することで、ユニットの長所を引き出すことができる。
......とはいえ、わずかに「このユニットは召喚にあたっての労力に少し見合っていない」というユニットも存在する。
(普段から周回していて見かけないというなら、そういうことである)
(普段から周回していて見かけないというなら、そういうことである)
本ゲームの真理として
ユニットに限らず、モードやwaveごとの盤面を考えたとき
Aケース、Bケースを比較して、どちらのほうがダメージが出ているか。
とどのつまり、これが分かるかどうかが全てである。
ユニットに限らず、モードやwaveごとの盤面を考えたとき
Aケース、Bケースを比較して、どちらのほうがダメージが出ているか。
とどのつまり、これが分かるかどうかが全てである。
いわゆるゲーム的なセンスがあるプレイヤーは、その嗅覚によってこれを理解することができる。あるいは数値的なゲーム仕様を紐解いて理解することも可能だ。
そのうえで、瞬間的な判断能力や反射神経による速度で盤面構築をおこなうプレイヤーがPS(プレイヤースキル)があると言えるだろう。
そのうえで、瞬間的な判断能力や反射神経による速度で盤面構築をおこなうプレイヤーがPS(プレイヤースキル)があると言えるだろう。
「どのユニットが強い」かではなく、「どれくらいゲーム仕様を理解していて、どれくらい判断能力と実行力があるか」がPSの基礎値なのだ。
その基礎値にやり込み度(課金要素もここに含まれる)が乗算された解が、このゲームにおける「強さ」になっています感。