第13-113章.
ユディシュティラは言った、「怪我をしないこと、ヴェーダの儀式を守ること、瞑想すること、感覚を抑えること、懺悔すること、戒師に従順に奉仕すること、これらの中で、人に関して最大の功徳があるのはどれでしょうか?
「ヴリハスパティは言った、これら6つはすべて功徳がある。それらは信心の異なる扉である。ヴリハスパティは言った。バラタ族の長よ、汝はそれらに耳を傾けよ!人間の最高の善とは何か、汝に告げよう。普遍的な慈悲の宗教を実践する者は、最高の善を達成する。欲望、怒り、貪欲という三つの欠点を、すべての生きとし生けるものに投げかけて(慈悲の徳を実践して)抑える者は、成功に到達する。自分の幸福を動機として、懲らしめの棒で他の無害な生き物を殺す者は、来世において決して幸福に到達しない。すべての生き物を自分自身とみなし、それらに対して自分自身と同じように振る舞い、折檻の棒を捨て、怒りを完全に鎮める者は、幸福に到達することに成功する。定まった住処を欲する神々は、自らをすべての生き物の魂とみなし、それらすべてを自分自身のように見ているその人の軌跡を確認することに茫然自失となり、そのような人は軌跡を残さないからである。 人は、自分自身を傷つけるようなことを他人にしてはならない。これが義のルールである。欲望にまかせて別の行動をとれば、不義を犯すことになる。拒絶と贈与、幸福と不幸、好ましいことと好ましくないこと、その効果を自分自身と照らし合わせて判断すべきである。 ある人が他人を傷つけると、傷つけられた人は振り返って傷つけた人を傷つける。同様に、人が他人を大切にするとき、その他人は大切にする人を大切にする。人はこれに従って自分の行動規範を構築すべきである。私はこの微妙な方法によってさえ、義とは何かをあなたに告げたのだ」。
ヴァイサンパーヤナは続けた、『偉大な知性を持つ神々の戒律師は、正義の王ユディシュティラにこのように言うと、私たちの目の前で、天に向かうために上に昇って行った』。