亜日併合戦争とは
統一歴161年8月21日にアルファリア帝国が勢力拡大を目論み日ノ出国へ侵攻した戦争
参加国
背景 陸軍大臣・桜田の摂政就任
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先の極亜細亜戦争で矛を交えたアルファリアと日ノ出。前皇帝・信松院景徳が崩御した今、両国の関係は小康状態を保っていた。
景徳に代わって即位したのは娘の信松院湖幡である。
彼女は10歳と幼いため、皇帝の補佐として陸軍大臣の桜田康午が選ばれた。
彼は国内の実質的な最高権力者となったのである。
桜田は、前皇帝の推し進めた版図拡大政策を引き継ぎ、まず日ノ出を侵略することを決定した。
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いわき基地襲撃
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数カ月後、アルファリアはいわき基地を襲撃した。ここにアルファリア-日ノ出戦争の火蓋が切って落とされたのだ。
先の極亜細亜戦争の復讐に燃えるアルファリア兵の士気は高く、いわき基地の隊員は壊滅した。ある兵は身体を切り刻まれ、またある兵は生け捕りにされて洗脳、その後アルファリアの部隊に入れられたという。
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第二次アルファリア包囲網発足・埼玉征伐開始
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アルファリアのいわき基地襲撃は東アジア一帯を震撼させた。日ノ出の呼びかけで同盟国のカンタルシアや大日本やエルトシア、そして宗主国の蒼星がアルファリアに宣戦布告した。ここに第二次アルファリア包囲網が結成されたのである。
日ノ出、エルトシア、蒼星ら連合軍の主力部隊は郡山に集結、茨城に向け進軍を開始した。
東埼玉からはカンタルシアと大日本の軍が侵攻する。
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佐久サリン事件
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さすがのアルファリアといえど2方面からの攻撃に対処するのは難しく、カンタルシアらを混乱に陥れ進軍の足並みを乱そうとサリンを佐久の前線基地に散布した。
作戦は成功、侵攻に備えて基地に集結していた連合軍に大いに損害を与えたものの、この事件により連合軍の士気は高まった。
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土浦要塞攻防戦
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連合軍は、アルファリア領茨城の要衝・土浦要塞を攻略にかかった。アルファリア側もここは茨城防衛の最重要地点と認識しており、工事に工事を重ね、土浦要塞は世界でも稀に見る巨大要塞へ変貌を遂げようとしていた。
しかし、その工事は開戦の後も終わらず要塞は未完のままで戦争に臨むことに。
また、日ノ出らの素早い対応はアルファリアにとって予想外であり、要塞の兵員を編成している暇もなく数千人の兵しか出せなかった。
未完でありかつ数千人規模ではこの巨大要塞は守備できず、アルファリア最強の要塞と謳われた土浦要塞はここに陥落した。
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樺太とラティアンスへの対日参戦要請
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いよいよ連合軍の軍勢が埼玉へと迫りつつあり、アルファリアは危機に陥っていた。
そこで、桜田はカンタルシアら日本勢を敵対視しているセヴェリア共和国やラティアンス技工連に協力を呼び掛ける。
彼らは、最初こそ全方位敵対外交をするアルファリアの味方をする気はなかったものの日ノ出やカンタルシアにアルファリア領を侵略させて日本勢を調子づかせるよりかは日本勢同士を殴り合わせて生かさず殺さず弱らせていくのが上策と考え、一時的にアルファリアの味方をすることを決意する。
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小笠原諸島沖海戦・千島列島沖海戦
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ラティアンス技工連とセヴェリアは茨城の浜に上陸、埼玉に向かって進む連合軍主力を埼玉のアルファリア兵と挟撃する策を立てた。
かくしてそれぞれの艦隊が茨城に向け出撃。
そしてラティアンスにはカンタルシアが、セヴェリアにはアラスカと日ノ出が対応することとなった。
ラティアンスとカンタルシアは小笠原諸島沖で衝突。カンタルシアも奮戦したが、海上退避していたアルファリア海軍もラティアンスに加勢して艦艇の量で負けていた上に、頼みの綱の信玄型は冠仏戦争や大日本独立戦争で損傷、戦闘には出せなかったためラティアンス艦隊が勝ち星を収めた。ラティアンスはその後も茨城に向けて進んでいく。
道中、ラティアンス艦隊はカンタルシアの下田軍港に艦砲射撃を行った。
一方、千島列島沖ではセヴェリア人民海軍と蒼日海軍が交戦。
こちらは艦上パンツや大量の艦艇を投入した蒼星太平洋艦隊が海戦を制した。
セヴェリアはやむなく樺太に撤退しようとしたが、蒼星はとどめを刺そうと追い打ちをかける。
だが、多来加湾付近に差し掛かったとき突如セヴェリア艦隊は反転、連合艦隊に攻勢を仕掛けた。他の艦隊が救援に駆けつけたのである。
彼らがそれに気づいたときには時既にお寿司、セヴェリアからの十字砲火を受けて艦隊は大損害を被った。この多来加湾海戦後、セヴェリアは蒼日と互角に戦った国として世界にその名を轟かせることになる。
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茨城上陸戦
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小笠原諸島沖海戦においてカンタルシアを打ち破ったラティアンスは茨城に到着。しかし日ノ出側もそれを見越して茨城の海岸の防備を万全に固めていた…はずだった。
「なんだあの白い船は!?」
そう、ラティアンスは金剛型重砲艦を引っ張り出してきたのである。
金剛型の「浜の地形が変わる」とも言われた艦砲射撃に連合軍は為す術もなく、ラティアンスの上陸を許してしまった。ここではラティアンスの陸戦用ドールが活躍、連合軍は一方的に殴られた。また、一部の連合軍兵士は人体実験用に捕らえられた…らしい。
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茨城奇襲
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茨城上陸戦の翌日の朝、海上には濃霧が立ち込めていた。そこに、突如として轟音が鳴り響く…
カンタルシアの三河鎮守府にて信玄の修理が終了、信玄を始めとした大艦隊は茨城に奇襲をかけたのである。ラティアンス兵は先日の大勝に油断していたことから、索敵を怠っていたため敵の襲来に気づけなかった。
空母等の艦艇を主力としていたラティアンス艦隊は近距離砲戦を得意とせず、幾隻かの艦艇は小〜中破し艦隊は撤退を開始。
ラティアンス・アルファリアの連合軍挟撃は叶わず、地上部隊はそのほとんどが討死or降伏した。
カンタルシアも小笠原で損害を追っており、これ以上の深追いは無用と考え追撃はしなかった。
なお、日ノ出人の捕虜を乗せた船は無事帰還したとか。
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埼玉包囲・アルファリアの適中突破
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ついに、連合軍は埼玉に着陣。東からはカンタルシア・大日本が、西からは日ノ出らが埼玉を包囲した。
連合軍の素早い進撃をアルファリアは想定しておらず、そのため埼玉の守りも十分に整ってはいなかった。
桜田は市民に戦闘への参加を命じるが市民は独裁の限りを尽くしてきた桜田に反旗を翻し連合軍についた。
もはや勝ち目なしと考え、桜田は敵中突破し逃亡することを決意する。
桜田とその配下の将兵は皇帝を置き去りにして埼玉を後にし、軍勢の手薄なカンタルシア騎兵隊の陣を目指し駆け抜けた。
騎兵隊も応戦したが、AMU等近代的な装備を配備した桜田隊には敵わず、瞬く間に蹴散らされた。
アルファリア側の兵士も大部分が討死したものの、桜田自身は一時的な逃亡に成功する。
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桜田確保・戦後処理
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数日後、桜田は秩父の山中に隠れているところを連合軍の捜索隊に見つかり、確保された。
戦後、桜田を始めとしたアルファリアの重臣らはその多くが処刑されたが、湖幡は最後まで日亜開戦に反対していたために無罪が決定。後に彼女は新生アルファリアの首相になる。また、裁判ではセヴェリアやラティアンスもアルファリア側についたので裁かれそうになったが彼らは知らぬ存ぜぬを貫いた。
裁判後は大日本主導でアルファリアと他の日本諸国を繋ぐ鉄道が敷かれることとなる。
ちなみに、カンタルシアは「ラティアンスの上陸も阻止したんだからアルファリア旧領の一つや二つくれるよね、ね!」と主張したが、大日本を統治していた頃のカンタルシアの蛮行をよく知る連合軍の参戦国はそれを断固として拒否、アルファリアの旧領統治は日本の良心枠である日ノ出に任された。
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小話
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桜田は日ノ出の都・仙台へと送られた。その道中、日ノ出のとある将が
「見苦しいぞ桜田、敗軍の将ならばなぜ潔く自刃しなかった」
と尋ねると、桜田はそれに対し、
「再起するつもりでいた…」と答えた。
桜田の処刑後、この話を聞いたウィリバルトは桜田をこう評したという。
「さすが桜田は一国の政務と軍事を執りたるものである。
命をみだりに捨てざるは将の心とする所、恥辱に非ず。」
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写真
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最終更新:2022年11月01日 07:07