Previous→デッドマンズ:セットアップ
「……ン、シオン! シーオーン! 起きなさーい!」
「…………起床。覚醒予定時刻との誤差、17分23秒……タスク完遂に失敗」
「もーっ、これで6日間連続よ! もう一度私の部屋に戻る?」
「すまない……。おはよう、ミーナ……」
「…………起床。覚醒予定時刻との誤差、17分23秒……タスク完遂に失敗」
「もーっ、これで6日間連続よ! もう一度私の部屋に戻る?」
「すまない……。おはよう、ミーナ……」
名も無き暗殺者が「シオン」として生まれ変わってから、数か月が経過していた。
「シオンっていつもはしっかりしてるのに、どうしてそんなにお寝坊さんなのかしら?」
「不明。あるいは睡眠が好きなのかもしれない」
「不明。あるいは睡眠が好きなのかもしれない」
来た当初はミーナの部屋に世話になっていたシオンも、今は屋敷の住人の一人として認められ、個室を与えられていた。そこで割り当てられたのが東向きの部屋だ。理由は単純、朝が弱い彼女が無理にでも起きられるようにするためである。しかし瞳に仕込まれたインプラントの遮光が完璧なのか、あるいは単に彼女が寝たがりなのかは分からないが、結局それは叶わないままでいた。
「まあいいわ。今夜は一緒だもの!」
「今夜の『お泊り会』はミーナの部屋にて実行予定。間違いないか?」
「ええ!」
「今夜の『お泊り会』はミーナの部屋にて実行予定。間違いないか?」
「ええ!」
シオンが部屋を与えられた時、ミーナは口にこそしなかったものの、不満や物足りなさを覚えていた。友達が一人で行動できるようになるのは嬉しいものの、一緒に過ごす時間が無くなるのも、それはそれで少し寂しい。彼女としてはずっと同じ部屋で過ごしてもいいと思っていたくらいだ。
その代わりに二人の恒例になったのが、週末ごとにお互いの部屋へ行って一緒に過ごす『お泊り会』だった。先週はシオンの部屋にミーナが泊まり、そのまま翌朝時間通りに起こしてもらった。
その代わりに二人の恒例になったのが、週末ごとにお互いの部屋へ行って一緒に過ごす『お泊り会』だった。先週はシオンの部屋にミーナが泊まり、そのまま翌朝時間通りに起こしてもらった。
「うふふ」
「どうかしたか」
「随分普通に話してくれるようになったわよね! 前の喋り方より今の方がずっと好きよ」
「そうか、了解した」
「どうかしたか」
「随分普通に話してくれるようになったわよね! 前の喋り方より今の方がずっと好きよ」
「そうか、了解した」
クローゼットを開き、亜麻で織られた青いブラウスとスカートに着替える。近頃は何の戦術的優位性も持たないこれらの衣服を着るのにも慣れていた。ここへやってきた時には黒のコンバットスーツとタクティカルジャケットしか持っていなかった彼女のクローゼットは、今やミーナが用意してくれた様々な洋服でいっぱいになっていた。
(戦闘訓練以外で再びこれに袖を通す日が来るのだろうか──)
その時はつまり、彼女が死者と戦う時だ。転生か、蘇生か──その答えは未だに出ない。
「シオン?」
「何でもない。今行く」
「何でもない。今行く」
朝の食堂の扉を開けると、3人が既に着席していた。中でもアーサーは早速喜色を顔に滲ませている。彼が何かを言う前に、シオンは機先を制した。
「ぉ」
「計測を開始──」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ただの挨拶じゃないですか! おはようございます!」
「おはようアーサー」
「フッ、仕方ないだろう。昨日は何分オーバーしたんだったか」
「6分47秒だ、ガリアス。今日の質問・対話可能時間は16分26秒」
「ハハハハハ。ザマないな」
「あーっ、ガリアスさんが羨ましい! 私より長く接してるのに嫌われてないなんて!」
「計測を開始──」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ただの挨拶じゃないですか! おはようございます!」
「おはようアーサー」
「フッ、仕方ないだろう。昨日は何分オーバーしたんだったか」
「6分47秒だ、ガリアス。今日の質問・対話可能時間は16分26秒」
「ハハハハハ。ザマないな」
「あーっ、ガリアスさんが羨ましい! 私より長く接してるのに嫌われてないなんて!」
26世紀という相当先の未来からやってきたシオンの存在がアーサーという学者の興味を惹かない訳もなく、最初の1週間が過ぎてからはそれはもう遠慮なしの質問攻めだった。
最初こそ律義に付き合っていたシオンも、情緒の成長に伴い次第に苦労に感じ始め、ある時から1日の質問に30分の時間制限を設けることにしたのだが、昨日はそれを破っていた。超過した分は翌日に倍にして時間から引かれることになっている。
最初こそ律義に付き合っていたシオンも、情緒の成長に伴い次第に苦労に感じ始め、ある時から1日の質問に30分の時間制限を設けることにしたのだが、昨日はそれを破っていた。超過した分は翌日に倍にして時間から引かれることになっている。
「程々にしておきなさい、アーサー」
「はいぃ……」
「ほらアーサーさん、お茶を飲んで元気出して」
「はいぃ……」
「ほらアーサーさん、お茶を飲んで元気出して」
ミーナが用意した紅茶がそれぞれに振る舞われる。彼女を手伝うシオンは、最中ベルフリートの視線が自分に注がれているのを感じ取っていた。
そしてシオンとミーナが着席するのを待ち、ベルフリートは厳かに話を切り出した。
そしてシオンとミーナが着席するのを待ち、ベルフリートは厳かに話を切り出した。
「──シオンよ。お前がここ現れてから短くない時が過ぎた。お前は、ここでの生活に満足しているか?」
「ああ。あなたやガリアスとの訓練により、戦闘技能は向上していると判断できる。アーサーやミーナとの接触も、未知の概念を私に与えてくれる。私はここで過ごす時間を、快 いと感じる」
「シオン……」
「うむ……。であれば、良い頃合いかもしれんな」
「ベル、そりゃまさか」
「そうだ──シオン。お前は成長した、今こそ外の世界に触れる時であると、私は思う」
「……!」
「ああ。あなたやガリアスとの訓練により、戦闘技能は向上していると判断できる。アーサーやミーナとの接触も、未知の概念を私に与えてくれる。私はここで過ごす時間を、
「シオン……」
「うむ……。であれば、良い頃合いかもしれんな」
「ベル、そりゃまさか」
「そうだ──シオン。お前は成長した、今こそ外の世界に触れる時であると、私は思う」
「……!」
息を吞む音、鼻を鳴らす音がそれぞれに発され、4人の視線がシオンに集まった。
それはいつかシオンが向き合うべき課題。戦って復活の道を目指すか、復活ではなく転生の道を選ぶか。彼女の無垢な魂に、かつてその課題はあまりに重すぎた。しかし──
それはいつかシオンが向き合うべき課題。戦って復活の道を目指すか、復活ではなく転生の道を選ぶか。彼女の無垢な魂に、かつてその課題はあまりに重すぎた。しかし──
「ベルフリート」
「何か」
「あなたが言うのなら……間違いではないと信じる」
「何か」
「あなたが言うのなら……間違いではないと信じる」
碧い瞳に熱が宿った。ベルフリートの信頼を受け止め、シオンもまた、誰かに信じられた自分を信じる。そこには確かに二人が師弟として紡いできた時間があった。
シオンは仲間たちの目を一人ずつしっかりと見定める。
ベルフリートの信頼。ガリアスの肯定。アーサーの好奇。大人たちの目はみな一様に若人の出征を見守っている。
しかし、ただ一人。ミーナだけはその瞳を不安に曇らせていた。
シオンは仲間たちの目を一人ずつしっかりと見定める。
ベルフリートの信頼。ガリアスの肯定。アーサーの好奇。大人たちの目はみな一様に若人の出征を見守っている。
しかし、ただ一人。ミーナだけはその瞳を不安に曇らせていた。
「シオン……」
「ミーナ。……私は、私を確かめに行く。誰かと戦うことになったとしても、備えは十分にしてきた。だから……だから……」
「ミーナ。……私は、私を確かめに行く。誰かと戦うことになったとしても、備えは十分にしてきた。だから……だから……」
だが、そこで言葉が出てこなくなった。まるで言語野の機能をロックされたかのように、何の言葉も出なくなった。続く言葉があるのに、シオンの思考と理性がそれを形にすることを許さない。
奇妙なタイミングで訪れた沈黙を裂くように、ベルフリートが話を続ける。
奇妙なタイミングで訪れた沈黙を裂くように、ベルフリートが話を続ける。
「ふむ……。ミーナよ、シオンが心配か?」
「そんなの! そんなの決まってるわ……。もしもシオンがいなくなっちゃったら、私……!」
「そうか。……そうであろうな。であればミーナ、お前も同行してはどうだ?」
「えっ?」
「そんなの! そんなの決まってるわ……。もしもシオンがいなくなっちゃったら、私……!」
「そうか。……そうであろうな。であればミーナ、お前も同行してはどうだ?」
「えっ?」
思いもよらぬ提案に4人全員が一瞬呆気に取られた。その中でも「自分のことに付き合わせるべきではない」と考えたシオンがすぐさま異議を唱えようとする。
「ベルフリート、何を──」
「そうよ! そうしましょう!」
「そうよ! そうしましょう!」
だがしかし、ミーナの決断は誰よりも早かった。決断した途端に、先ほどまでの不安はどこへやら、すぐにいつもの輝くような笑顔を浮かべていた。
「シオン、アーサー、落ち着きなさい。……ガリアス」
「アレか」
「アレか」
意図をすぐさま察し、ガリアスは自分の懐を探った。程なくして、小さなハンドベルを引っ張り出す。ベルフリートの家紋、牡鹿のエングレーブが施された気品の漂う代物だ。
「……ああ! この『領地』と繋がるベル! そういえばそんなものもありましたね」
アーサーの視線の前にこれ見よがしにハンドベルを晒したガリアスは、席を立ちミーナの手にそれを確かに握らせた。
「わあ! 私、これを持たせてもらうの初めて! とっても素敵ね」
「……状況確認。説明を求める」
「先程アーサーが言った通りだ。そのベルは特別な代物、ここを出たとしても、一度鳴らせば必ずここに音が届く。そしてその音の下に、我らはすぐに現れることができる。本来は外で哨戒に当たるガリアスが持つ物だが、今日はミーナが持つのが良いだろう」
「一種の警告装置 のようなものか」
「うむ。ミーナよ、万一外でシオンの手にも負えぬような危機に出会うようなら即刻鳴らしなさい。私かガリアスが迎えに行く」
「分かったわ!」
「……状況確認。説明を求める」
「先程アーサーが言った通りだ。そのベルは特別な代物、ここを出たとしても、一度鳴らせば必ずここに音が届く。そしてその音の下に、我らはすぐに現れることができる。本来は外で哨戒に当たるガリアスが持つ物だが、今日はミーナが持つのが良いだろう」
「一種の
「うむ。ミーナよ、万一外でシオンの手にも負えぬような危機に出会うようなら即刻鳴らしなさい。私かガリアスが迎えに行く」
「分かったわ!」
シオンはひどく困惑した。ミーナは小柄な見た目に似合わず一度決めたら相当に頑固である。「お姉ちゃんとしてみんなをまとめる必要があったから」とのことだが、とにかく彼女の意思を撤回させるだけの言葉を、シオンはまだ持ち合わせていなかった。
誰か止めてくれないかと大人たちを見渡すも、ガリアスは目を閉じてひらひらと手を振り、アーサーはわざとらしく紅茶を啜 った。味方はいない。観念するほかなかった。
誰か止めてくれないかと大人たちを見渡すも、ガリアスは目を閉じてひらひらと手を振り、アーサーはわざとらしく紅茶を
「……ミーナの同行、受諾」
外へ出る前にシオンは部屋へ戻り衣装を着替えた。生活感のあるブラウスから、殺傷のためのコンバットスーツとタクティカルジャケットへ。朝に抱いた疑問は驚くほどのスピードで回収されてしまった。
(違和感。……これが、私の姿だったのか)
姿見に移る自分の姿は、見慣れているはずなのに、どこか自分と乖離 しているような感覚を与えてくる。それは恐らく、ジャケットの袖に結び付けた、場違いに鮮やかな青のリボンによるもの──だけではない。
平穏な時間は、彼女の中にある「企業の暗殺者」という絶対の認識ラベルを少しずつ、しかし確かに剥がし始めていた。
平穏な時間は、彼女の中にある「企業の暗殺者」という絶対の認識ラベルを少しずつ、しかし確かに剥がし始めていた。
###
「わあ……!」
「これが、外の世界……」
「これが、外の世界……」
領域から出た二人の視界には見慣れない光景が広がっていた。
人、人、人。無数の人がうごめく雑踏、ここは渋谷のスクランブル交差点のど真ん中。二人は共に自分の生きた時代とは違う時間、21世紀の日本に現れ出た。
人、人、人。無数の人がうごめく雑踏、ここは渋谷のスクランブル交差点のど真ん中。二人は共に自分の生きた時代とは違う時間、21世紀の日本に現れ出た。
「シ、シオン! 人、人、いっぱい! こんなにたくさんいるなんて、今日は何かお祭りの日なのかしら!?」
「いや……」
「いや……」
19世紀の北欧の田舎村娘であるミーナには当然ながら想像もできない光景だが、26世紀人のシオンには理解できる光景だ。都市ができ、人が集まるのはどんな時代でも変わりない。
「ここは人口密集地と推測される。ステータスとしては『通常』の範囲と考えられる」
「これが普通なの!? 大きな街ってすごいのね……!」
「これが普通なの!? 大きな街ってすごいのね……!」
初めて見る世界に興奮しきりのミーナを一歩引いた位置から視界に収めつつ、シオンの意識は既に周囲へと鋭敏に張り巡らされていた。それは生前から変わらぬ感覚。正常の中から異常の兆候 を探り出し、敵の接近を探知するためのもの。しかし、
「シオン? そんな顔してどうしたの?」
「──ああ、なんでもない」
「──ああ、なんでもない」
彼女は今や抜き身の刃物ではない。心を落ち着ける鞘を持っている。
今は誰かを殺すために都市に溶け込むのではない。ただ人を見て、世界を感じて、あらゆることを記憶していく、そのために。二人は一緒にいるのだ。
今は誰かを殺すために都市に溶け込むのではない。ただ人を見て、世界を感じて、あらゆることを記憶していく、そのために。二人は一緒にいるのだ。
『わり、ちょっと遅れそ。酒買ってくから先始めててえーで』
『キムが予算オーバーしないように見張っとくからな~』
『キムが予算オーバーしないように見張っとくからな~』
『すみません、昼食奢ってもらっちゃって……』
『ヘッヘッヘ、これで貸し一つな牧田。支払いはまあ……出世払いで頼む』
『はい! 午後も研修、よろしくお願いします!』
『休憩時間に仕事の話すんのはやめとけ~? ははっ』
『ヘッヘッヘ、これで貸し一つな牧田。支払いはまあ……出世払いで頼む』
『はい! 午後も研修、よろしくお願いします!』
『休憩時間に仕事の話すんのはやめとけ~? ははっ』
『ユカの話聞いた? あいつ三木先輩に告ったって』
『勇者じゃん!? えっでも男バス部今メッチャ忙しくない? 邪魔じゃね?』
『そーそー、だぁやーっぱりフラれたらしいよ』
『っしょ? そういうとこ弁 えん女はイカんのよこのご時世!』
『どこ目線だよ』
『勇者じゃん!? えっでも男バス部今メッチャ忙しくない? 邪魔じゃね?』
『そーそー、だぁやーっぱりフラれたらしいよ』
『っしょ? そういうとこ
『どこ目線だよ』
『ハイ持って』
『うっす。今日の夕飯は?』
『んー、あんたの食べたいものにするけど、何かあるかぃ?』
『ハヤシライスとか……いやそんな顔すんなって母さん』
『うっす。今日の夕飯は?』
『んー、あんたの食べたいものにするけど、何かあるかぃ?』
『ハヤシライスとか……いやそんな顔すんなって母さん』
渦巻く人々の声に耳を傾けてみれば、その一つ一つが雑多で、他愛もなく、非効率的ですらあった。しかし、誰もが笑っていた。雑多で重要度の低い情報ばかりに埋め尽くされた中に、人は自由を謳歌している。抑圧と搾取が常態化していた26世紀とはかけ離れた「日常」。その情報を、シオンは逃さず記憶する。
「みんな楽しそうね」
「この時代の人々は……死を前提とせずに、笑っている」
「この時代の人々は……死を前提とせずに、笑っている」
そのような生活風景には既視感があった。ベルフリートと語らい、ガリアスと競い、アーサーとゲームに興じ、ミーナと衣服を繕 う。他でもない、5人での共同生活の日々だ。
そう自覚した時、シオンはもう無いはずの心臓が脈打つような感覚を覚えた。
そう自覚した時、シオンはもう無いはずの心臓が脈打つような感覚を覚えた。
(これが……「幸福」の感覚なのか?)
定数化できない「熱」。その感覚が呼び起こされようとして、瞬間、途切れる。
「!?」
「いやっ、何っ!?」
「いやっ、何っ!?」
「ベルよ。言わなくてよかったのか」
「……死者は引き寄せ合う、どの道だろう。備えは十分にさせた。……彼女はその程度で終わるほど弱くはない」
「おお怖い。私だったら絶対イヤですね、『獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす』って。もちろん子の方ですが」
「……死者は引き寄せ合う、どの道だろう。備えは十分にさせた。……彼女はその程度で終わるほど弱くはない」
「おお怖い。私だったら絶対イヤですね、『獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす』って。もちろん子の方ですが」
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渦巻いていたガヤはあっという間に風の音だけに変わった。風景も同様に、高層ビルの立ち並ぶ都市から、荒涼とした赤茶色の大地だけがどこまでも続く平原へ変貌していた。
(『領地 』……! 死者か!!)
接近を許した自分を責める時間も惜しい。シオンは素早くコードの刃──『ERROR_LOG』を出現させ、戦闘態勢をとった。じゃり、と足元で乾いた音がする。戦闘は既に始まっている。
その剣呑さを感じ取り、恐怖で縮こまったミーナは小声でシオンに問いかけた。
その剣呑さを感じ取り、恐怖で縮こまったミーナは小声でシオンに問いかけた。
「ね、ねえシオン、これって……」
「……囚われた。ミーナ、ベルを持て」
「……! うんっ」
「……囚われた。ミーナ、ベルを持て」
「……! うんっ」
ミーナは小さな手の中にハンドベルをしっかりと握った。万が一自分が死んでも、これさえあればミーナだけは助かる──それを確認し、シオンは背後へ振り向いた。
そこにあったのは一棟のトレーラーハウス。青い外壁はところどころ塗装が剥げているものの、それ以上の傷や躯体への損傷は見られない。ベルフリートの邸宅同様、死者がここを根城にしている可能性は高いが、あいにく風が強く音の反響で内部を探るのが困難となっている。視覚インプラントの熱源探知は死者に効果がない。
そこにあったのは一棟のトレーラーハウス。青い外壁はところどころ塗装が剥げているものの、それ以上の傷や躯体への損傷は見られない。ベルフリートの邸宅同様、死者がここを根城にしている可能性は高いが、あいにく風が強く音の反響で内部を探るのが困難となっている。視覚インプラントの熱源探知は死者に効果がない。
[ACTION PLAN A:待機。敵性存在の出方を窺う]
[ACTION PLAN B:突入。内部状況の把握]
即座に導出される二択。シオンは生前のようにBを選択しようとし、
「……!」
「シオン……?」
「シオン……?」
できなかった。なぜなら彼女は一人ではないからだ。
読み違えて、誰もいなかったら。その時一人残されたミーナが無事である保証はない。ベルはあくまで保険、鳴らす間もなく首を落とされればそれで一巻の終わりなのだ。
他者の命。彼女にとっては「奪う」だけのはずのものが、このとき初めて、行動を縛る「鎖」と化していた。
読み違えて、誰もいなかったら。その時一人残されたミーナが無事である保証はない。ベルはあくまで保険、鳴らす間もなく首を落とされればそれで一巻の終わりなのだ。
他者の命。彼女にとっては「奪う」だけのはずのものが、このとき初めて、行動を縛る「鎖」と化していた。
「……私から離れるな」
ミーナを背後に庇い、シオンは覚悟を決めた。──彼女を、守り抜く。
その瞬間、トレーラーハウスのドアが内から開け放たれた。バンッ、と弾ける音にシオンの警戒レベルは一段階引き上がり、ミーナは恐怖で身を震わせる。
そしてシオンの予想通り、そこから死者が現れ出てきた。
その瞬間、トレーラーハウスのドアが内から開け放たれた。バンッ、と弾ける音にシオンの警戒レベルは一段階引き上がり、ミーナは恐怖で身を震わせる。
そしてシオンの予想通り、そこから死者が現れ出てきた。
「へぇ~~~女二人かぁ……いいねえ、愉しめそうジャン」
2mはあろうかという見上げるほどの巨体。死してなお生命力を象徴するように漲る筋肉。そしてそれらの男らしさとは一線を画す、中性的な甘いマスク。神による造形のミスを疑うような妙なバランスのルックスの男が、二人を睥睨した。
「ひっ」
ミーナが引き攣った息を呑んだ直後、シオンは手にした赤いブレードを男に向けた。
「ん~? オモチャなんか向けてどうした?」
「そこで止まれ。お前は復活を求める死者か?」
「んなの当たり前だろ。オレは──」
「シッ」
「そこで止まれ。お前は復活を求める死者か?」
「んなの当たり前だろ。オレは──」
「シッ」
男が何か言葉を続けようとした瞬間、シオンは手首のスナップだけで『ERROR_LOG』を放った。筋肉の動きの連動が一切なく、動作の予兆を全く見せずに放たれた刃は、しかしほんの5m程度の距離しかない男には届かずに霧散した。
「──!?」
当然のように届くはずの攻撃が届かない。その動揺と同時、今度は男の姿がシオンの目前にあった。彼女同様に一切の予兆がない移動。
「危ねえ女だ、なァッ!?」
無駄な力のない左足の踏み込み、腰の捻りによる加速、しなやかに伸びる右腕。全身運動が生んだ完璧な加速が岩のような右拳に集中し、シオンのボディに迫る。
「くッ──!」
ボクシングを習得した者の放つ完璧なフォームの右ストレート。それゆえあらゆるパターンをデータとして記憶し、筋肉の動きをモニタリングして行動予測できるシオンには容易に予測・回避できるはずの一撃。しかしそこに死者と化したことで肉体の制約から解き放たれた力が乗る事が計算に入っていなかった。予測より僅かに速く、拳が叩き込まれる。
「うぐぁッ!」
「シオン!!」
「シオン!!」
シオンの体は大きく揺らぎ、吹き飛ばされこそしなかったものの、ブーツの底でガリガリと地面を数m削ってようやく止まる。
「腕でギリギリミートずらしたか。おもしれ~」
男は右腕をプラプラと振ってにやりと笑った。
「そっちの銀髪がシオン。で、お前は?」
「────」
「────」
愉悦の笑みが粘っこく歪み、ミーナに向けられる。その時シオンは人生で初めて鳥肌が立つ感覚を味わった。脳の緊張とリンクしていない、ましてや人工の皮膚がだ。
瞬間的にコンバットナイフサイズの『ERROR_LOG』2つを投げつけるが、これもまた男には届くことなく霧散する。ただ、今度は同時にシオンが駆け出していた。戦術的な優位性や行動予測など一切考慮しない、衝動的な行動。
瞬間的にコンバットナイフサイズの『ERROR_LOG』2つを投げつけるが、これもまた男には届くことなく霧散する。ただ、今度は同時にシオンが駆け出していた。戦術的な優位性や行動予測など一切考慮しない、衝動的な行動。
「離れろッ!」
跳躍してのボレーキック。容赦なく男の側頭部を狙った一撃は、
「お前がなぁ!」
「ッ!?」
「ッ!?」
虚しく空を切った。確実に当たる目測での距離があったにも関わらず、不発。
しかしシオンにも得るものがあった。蹴りが空を切った瞬間の彼女と男の距離は駆け出す時とまったく一緒──つまり男は二人の間の距離を操作して攻撃を当たらないようにしたのだ。
しかしシオンにも得るものがあった。蹴りが空を切った瞬間の彼女と男の距離は駆け出す時とまったく一緒──つまり男は二人の間の距離を操作して攻撃を当たらないようにしたのだ。
「ミーナ、こっちへ来い!」
「距離を操る」という相手の領域の効果が、ミーナには適用されないなどと考えることはできない。無駄かもしれない、それでもシオンは叫ばずにはいられなかった。
「ヘヘヘッ。それくらいはいいぜぇ、どうせ最後は一緒だからなぁ」
しかし予想に反して男は何もしなかった。恐怖に歪むミーナがシオンの背後に隠れてもなお、先程の粘ついた笑みを崩さないまま、相も変わらず二人を見下ろしていた。
男──レイモンドはこれ見よがしにジーンズの内側に手を突っ込み、股間をまさぐるように動かしてから、凶器を引っ張り出した。
「ナイフ……。刺殺……か?」
「ビンゴぉ。お気に入りだったんだぜ。これをチラつかせた時の女たちの顔ったらまた最高でよォ!」
「ビンゴぉ。お気に入りだったんだぜ。これをチラつかせた時の女たちの顔ったらまた最高でよォ!」
[警告:不明なパラメータを検出。]
「まあ脅すまでもなく言うこと聞くしかねえんだけどな。なんせオレってば北米チャンピオン様だからさぁ! 訴えた方が破滅しちまう! アーッヒャッヒャッヒャ!」
[警告:不明なパラメータを検出。]
「──もういい」
あえて全てを語らないレイモンドだったが、シオンにはおおよその全貌が理解できた。できてしまった。
シオンにはそのような体験がない。そのような用途の別動隊ももしかしたらあったのかもしれないが、全ては過去の話だ。しかしその過去の話こそが、今のシオンに不明なパラメータを発生させているのは間違いなかった。
シオンにはそのような体験がない。そのような用途の別動隊ももしかしたらあったのかもしれないが、全ては過去の話だ。しかしその過去の話こそが、今のシオンに不明なパラメータを発生させているのは間違いなかった。
「7人目は気が強くてなあ、ボコボコにしながらヤったら気持ちよさそうだったんだが」
「もういい!!」
「もういい!!」
シオンの視界が赤く染まる。アラートのサインではない、極めて原始的な衝動によって。
人生で初めて放たれた怒号は、シオン自身のためではなくミーナのためだった。これ以上聞くに堪えない下衆で醜悪な話を聞かせたくないという当然の感情が、彼女を突き動かしていた。
人生で初めて放たれた怒号は、シオン自身のためではなくミーナのためだった。これ以上聞くに堪えない下衆で醜悪な話を聞かせたくないという当然の感情が、彼女を突き動かしていた。
[警告:不明なパラメータが閾値を超過。]
「──復活すれば、同じことをするのか?」
「当たり前ェだろ。こんな不幸ねえっての」
「お前は……」
「説教か? そういうのは教会で眠てぇミサ開くジジイだけにしろよ。つーかなんだ? 怒りました? だから許さないってか? ハッ、お前に何の権利があんだよ」
「……何?」
「お前はポリースメン? 第一死んでんのに法もクソもねえだろ。生き返るために殺すか殺されるか。ここのルールはそれだけだ。オレが死ぬ前にしたこととは関係ねえ」
「だが」
「じゃあ聞かせてみろよ天使サマ! さぞご立派な生き方だったんだろうなァ!」
「────」
「当たり前ェだろ。こんな不幸ねえっての」
「お前は……」
「説教か? そういうのは教会で眠てぇミサ開くジジイだけにしろよ。つーかなんだ? 怒りました? だから許さないってか? ハッ、お前に何の権利があんだよ」
「……何?」
「お前はポリースメン? 第一死んでんのに法もクソもねえだろ。生き返るために殺すか殺されるか。ここのルールはそれだけだ。オレが死ぬ前にしたこととは関係ねえ」
「だが」
「じゃあ聞かせてみろよ天使サマ! さぞご立派な生き方だったんだろうなァ!」
「────」
駆け巡る「死」の記憶。
殺した。殺して、殺して、殺して、殺した。37件の任務。血まみれの足跡。
過去が、シオンの影を重く縫い付ける。
殺した。殺して、殺して、殺して、殺した。37件の任務。血まみれの足跡。
過去が、シオンの影を重く縫い付ける。
[危険:危険:危険]
「ハーハハハハァ!」
その隙を見逃すほどレイモンドは甘くない。素早く懐に飛び込むと、
「ワン!」
左のジャブが胴を叩き、
「ツー!!」
右のストレートが今度こそシオンの顔面に突き刺さった。
声もなく吹っ飛ばされるシオンを見て悦に入るレイモンドは、唖然とするミーナの方を振り向いた。その視線に込められた意味を、ミーナは理解できない。小さな村で、全ての人が家族同然に育ってきた彼女にとって、他人を害すること、支配することなどハナからインプットされていないのだ。
しかし、それでも。
声もなく吹っ飛ばされるシオンを見て悦に入るレイモンドは、唖然とするミーナの方を振り向いた。その視線に込められた意味を、ミーナは理解できない。小さな村で、全ての人が家族同然に育ってきた彼女にとって、他人を害すること、支配することなどハナからインプットされていないのだ。
しかし、それでも。
「ガキとヤってみるのも新鮮かもなぁ……」
「──いや」
「──いや」
『危機』という言葉では到底足りない何かが自分の身に降りかかろうとしていることを、本能が悟ってしまう。血の気が引き、死者が抱える冷たさが心身を蝕んでいく。
レイモンドは案の定ミーナににじり寄り、そして、ザリ、という音と共に動きを止めた。
レイモンドは案の定ミーナににじり寄り、そして、ザリ、という音と共に動きを止めた。
「え……」
二人の間に突き立つ、赤い文字。
《STOP 》《DENIAL 》
「ヘヘ。イルミネーションとしてはまあまあだな」
彼はそれを蹴り砕き、震えるミーナから、今まさに立ち上がったばかりのシオンへと向きを変えた。
10m程度の距離を保って両者がにらみ合う。特にシオンは表情こそ動いていないものの、見る者が見れば、その眼に烈 しい光が宿っているのは一目瞭然だった。
10m程度の距離を保って両者がにらみ合う。特にシオンは表情こそ動いていないものの、見る者が見れば、その眼に
「近付くな……」
「ヘイヘイお望み通り。んじゃまずはお前からボコってやるよ。で、お前が犯されてるところをじ~っくりチビに見せてやろうか!」
「ヘイヘイお望み通り。んじゃまずはお前からボコってやるよ。で、お前が犯されてるところをじ~っくりチビに見せてやろうか!」
レイモンドは胸の前で拳を打ち合わせ、軽快にステップを踏み始めた。ボクシングのチャンピオンがついにその本気を露わにする。
[敵動作パターンを算出……]
シオンもまた新しいブレードを生み出し構える。「復活か、転生か」という命題は頭になく、ただ「ミーナを保護する」衝動だけが彼女を動かしていた。
距離を詰めるべくシオンが踏み出した、瞬間、レイモンドの姿が眼前に現れた。距離の操作──。
シオンは反射的にブレードを突き出すものの、
距離を詰めるべくシオンが踏み出した、瞬間、レイモンドの姿が眼前に現れた。距離の操作──。
シオンは反射的にブレードを突き出すものの、
「フッ!」
レイモンドの鋭いアッパーが彼女の手首を打ち据え、ブレードを弾き飛ばした。
「ッ!」
「行くぞオラッ!」
「行くぞオラッ!」
一発ごとに空を切り裂く音と共に振るわれる彼の拳は、大の男より強力な人工筋肉を埋め込まれているシオンであっても容易には受けきれない。30cm以上の体格差に加え、死者の膂力 、そして領域による更なる力の引き上げが幾重にも重なり、単純な拳闘にも関わらず彼女は確実に押されていた。
「ぐっ……」
「苦しいか? なら『領域 』出してみろよ。それでもぶっ殺してやるけどなァッ!」
「苦しいか? なら『
彼の言うとおりであるが、シオンは領域が張れずにいた。再び鎌首をもたげてきた「復活か、転生か」という命題、「ミーナを保護する」衝動、そしてレイモンドの問いによって引き擦り出された己の過去の罪、それらが決して一つにまとまらず、彼女の集中力を著しく削ぐ。暗殺の実行兵器となるには、彼女は既に人間になりすぎていた。
加えて既に29人もの死者を倒してきた男の戦いは熟練している。攻撃力は生前の肉体と技術で十分な上に、領域に備わった「距離の操作」を自在に使いこなし、シオンの攻撃は決して届かず、向こうの攻撃は数センチ、あるいはミリ程度のズレを利用して防御のタイミングをすり抜け突き刺さってくる。
加えて既に29人もの死者を倒してきた男の戦いは熟練している。攻撃力は生前の肉体と技術で十分な上に、領域に備わった「距離の操作」を自在に使いこなし、シオンの攻撃は決して届かず、向こうの攻撃は数センチ、あるいはミリ程度のズレを利用して防御のタイミングをすり抜け突き刺さってくる。
「逃げらんねえだろ? ここは砂漠のど真ん中だからな! どこにも逃げられねえ! 逃げたところですぐ追い付く! それに気付いて絶望する女たちの顔よ……ククッ!」
「お前は……!」
「どうせお前も大差ねえだろォ!? さっきあんだけ固まってたもんなァ! そんでお行儀いい話か、つまんねーンだ……よ!!」
「お前は……!」
「どうせお前も大差ねえだろォ!? さっきあんだけ固まってたもんなァ! そんでお行儀いい話か、つまんねーンだ……よ!!」
渾身の右ストレートをしっかり両腕でブロックするものの、その威力は凄まじい。何より、死者の戦いは魂を直接叩き合うために、必ず痛みが生じる。生前は痛覚遮断 で一切の痛みを感じなかったシオンの全身にも、今や打撃の重い痛みが疼いていた。それでも取り乱さずにいられるのは、ひとえにベルフリートやガリアスとの訓練の影響だ。
少しずつ、確実に削られていくシオンと、一切の手傷を負わずに攻め続けるレイモンド。両者の差がじわじわと開いていく。
少しずつ、確実に削られていくシオンと、一切の手傷を負わずに攻め続けるレイモンド。両者の差がじわじわと開いていく。
「く……っ!」
格闘での勝負は分が悪いのを悟り、再び赤く発光するブレードを突き出すものの、
「無駄ってーんだよ!!」
レイモンドはニヤリと笑い、ブレードの切っ先をほんの数ミリ先で止め、その手の中に握り込んだ死因のナイフをシオンの左手に突き刺した。
「ッ……!!」
致命箇所への一撃でないとは言え、それがレイモンドの死因であることは変わりない。「致命攻撃」をモロに食らい、シオンの全身に今までとは比べ物にならない痛みが奔る。力を失った手からブレードが零 れ落ち、赤茶けた大地に突き立った。
「効いただろ? なあ、痛いならそう言えよッ!」
寡黙なシオンの態度がよほど嗜虐心 を掻き立てたのか、彼の攻撃はより苛烈になった。一発の威力より、全身を蹂躙するような高速のラッシュが次々とシオンの体を穿っていく。
「ぐは……っ!」
「シオンッ、シオン!!」
「そろそろ好みの顔に仕上がってきたな~……。後は動けなくしてやりゃあ完成か」
「シオンッ、シオン!!」
「そろそろ好みの顔に仕上がってきたな~……。後は動けなくしてやりゃあ完成か」
彼の目つきは既にシオンを『敵』ではなく『仕留めた獲物』と見ていた。勝ち誇った態度のレイモンドの大きな拳がシオンの華奢 な胴体・みぞおちを深々と抉り、
「っ──ぁ」
くの字に折れ曲がる体、その頭部へ渾身の右ストレートが叩き込まれた。
「──いや──」
シオンは、痛みの悲鳴の一つを上げることもできず、地面に倒れ込んだ。
「いや──シオン──」
[警告:重篤な負傷。負傷率76%。推奨:戦闘離脱]
視界に映り込む危険信号 ももうシオンには見えていない。混濁した視界には何も映っていない。彼女の瞳はただの高価なビー玉と化している。
(死……)
ぼんやりと考える。一度目の時は大した実感もなかった『死』が今は『そこ』にあるという漠然とした実感が、ぼやけた頭の中に居座っていた。
(私は 選択もできずに また)
どちらを選ぶか、など思い上がりだったのか。叩き伏せられる弱者に、何が選べるというのか。死者となり、他者と出会い、それらは何の意味ももたらさなかったのか。
無数の自己否定が形を成さずに脳内を駆け巡る。もう、何もかもがどうでもいい。
結局、何も変わらなかった弱者は、どこでどう生きようと、最期には独りで朽ち果てる。無から無へ還るだけのこと。恐れはなかった。『一度目』と同じだ、電源を落とすように意識が途絶え、そして目覚めないだけ。
『死』。生命全てに訪れる最期のプロトコルの実行を、再び待つ。
「シオンっ」
声が聞こえた。その声が、シオンの意識に再びスイッチを入れる。
「だめ──私、まだ──あなたとお話したいことがあるの」
「あなたじゃなきゃダメなの」
「だって私、あなたと───になりたいから」
「あなたじゃなきゃダメなの」
「だって私、あなたと───になりたいから」
激しい音が一つ、シオンの意識を打った。
違う。意味ならあった。出会わなければ、とっくに二度目の死を迎えていた。何の優位もないリボンを、わざわざジャケットに結んでまで連れてきたりしなかった。こうして、声を届けたい人がいるなどと、思いもしなかった。
今こそ選択する時なのだ。生きるか、死ぬか。それだけでいい。そして、答えは分かり切っていた。
二つ、三つ──激しい音がシオンの意識を打った。
思考がクリアになっていく。生を見つめ、死を想う。その『間』にいる自分が自覚できる。
胸の奥に熱が灯る。そこで猛々しく跳ねるものがある。その力が、彼女の意識を勢いよく引っ張り上げた。
胸の奥に熱が灯る。そこで猛々しく跳ねるものがある。その力が、彼女の意識を勢いよく引っ張り上げた。
シオンが、覚醒 する。
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