Previous→デッドマンズ:リブート
「ミーナ」
「シオン……? シオン! シオンっ!!」
「シオン……? シオン! シオンっ!!」
気が付くと、ミーナが倒れ伏すシオンに縋 りついて泣いていた。いつも笑顔で彩られている顔が、真っ赤に泣き腫らしてグシャグシャに歪んでいる。
「すまない。一人にした」
「うん……」
「うん……」
痛む体に鞭打って上半身を起こすと、相変わらずレイモンドが下卑た笑顔のままこちらを見下ろしていた。
「私も……話したいことがある。だから……二人で帰ろう」
「うんっ」
「そのために──」
「うんっ」
「そのために──」
ミーナの手を優しく振りほどき、あらん限りの力を振り絞って立ち上がる。
碧い瞳が燃える。
碧い瞳が燃える。
「お前を、倒す」
一つ。風が吹いた。
「ブッ……アッハッハッハッハ!! 10カウント復帰しただけで大した自信だな!? さ、サイコーだぜお前! 今まで会った女で一番おもしれーよ!! ヒーッ、ハハハハ!!」
彼が笑うのは当然だ。全身を打たれて満身創痍の上に領域が張れないシオンと、未だ一発も貰わずに絶対的な優位を保っているレイモンド。どちらが有利かなど問うまでもない。シオン自身、この状況を客観的に分析するなら自分の勝率が0.1%もあればいい方だと即座に理解するだろう。
しかし今の彼女を動かすのは、理屈などではなく──。
しかし今の彼女を動かすのは、理屈などではなく──。
「けどまあ……そろそろウゼぇ。今度こそ失神KOさせてやるよッ!!」
レイモンドが左手を引くと、引っ張られるように二人の距離が埋まった。彼の必殺の間合いに連れ込まれ、しかしシオンの瞳は動じず澄み渡る。
(予測だけではない。この男の呼吸、癖……もっと感覚を使え!)
距離をずらす頻度、タイミング、ずらした距離。それらの煩雑なノイズを、むしろ意図的に拾い上げる。それができなければ、再び滅多打ちにされて死あるのみだ。やらなければならない。否──やれる。
「オラ、オラ、オラァ! オレのブツを全身で味わえッ!」
距離操作を織り交ぜたラッシュが来る。しかしシオンは気を失う前とは打って変わって、極限の集中状態にあった。
(見える──)
予測、反射、そして感覚。3つが矛盾なく相互作用しあい、通常なら回避も防御も不可能なラッシュの全てを、完璧に、カス当たりすらなく弾き切った。
「アァ!?」
明らかに異常な挙動にレイモンドが初めて動揺を見せた。
「スーパーガールは呼んでねーんだよっ……!!」
面倒をさっさと潰そうと飛んでくる左右のワン・ツー。しかし選択が甘くなった分はシオンにも有効に作用する。
「フッ!」
左のアッパーカットを上から叩きつける肘鉄で潰し、
「グッ!? クソが!!」
今更止まれない右ストレートを、頭を僅かに傾けるだけでギリギリ躱す。髪の毛が数本弾け飛ぶが、それだけだ。そして伸びきった右腕、その肘関節を逃がさないよう捕まえ、赤いブレードが上腕に突き刺さる。
「がぁぁっ!? この、クソ……ッ!!」
致命攻撃の激痛が全身を暴れ回った。それと同時に想起される、自分を殺した女の抵抗。忌々しい女の姿が目の前のシオンにオーバーラップしていく。
「ヘヘヘ……ならお前を嬲 ってやりゃあおんなじかァ……!」
ここに至ってなお下卑た態度を剥き出しにしたままのレイモンドに、シオンは自分の中の『感情』のボルテージが上がっていくのを自覚していた。
本当は、ずっと感じていた。知識として知っているだけの感情の『名前』が、今になってようやく、実感となってシオンの全身に力を与える。
命題だとか、そんなことではない。今、どうしたいのか。思考と感情が一致する。
本当は、ずっと感じていた。知識として知っているだけの感情の『名前』が、今になってようやく、実感となってシオンの全身に力を与える。
命題だとか、そんなことではない。今、どうしたいのか。思考と感情が一致する。
「……お前のような下衆に殺されるわけにはいかない。お前はミーナを傷付けようとしている。この先もそうだ。お前を生かすつもりは……ない」
「いつまでウダウダ言ってんだクソ女 ァ!! 言えた立場か!?」
「いいや。だが……」
「いつまでウダウダ言ってんだクソ
「いいや。だが……」
目の前にいる最低最悪の男に、何を感じ、どうしたいのか。
その判断が、初めて彼女自身の決断を呼ぶ。
「私は怒った。だから、お前を殺す」
「だったらお前を殺してやるよっ!!」
もう遊びはない。殺しを何とも思っていない男の本気の拳が迫る。
ガードをしようが逸らしにこようが関係ない。能力を全開で使い、それらを無理やりこじ開けて、この拳を叩きこむ。拒絶する女の抵抗をこじ開け、男の力の象徴をねじ込んでやる。彼の一番大好きなことだ。それで何人もの肉体も、精神も捻じ伏せてきた。今度だって同じようになる。
彼の欲望が築き上げた勝利の摩天楼は、
ガードをしようが逸らしにこようが関係ない。能力を全開で使い、それらを無理やりこじ開けて、この拳を叩きこむ。拒絶する女の抵抗をこじ開け、男の力の象徴をねじ込んでやる。彼の一番大好きなことだ。それで何人もの肉体も、精神も捻じ伏せてきた。今度だって同じようになる。
彼の欲望が築き上げた勝利の摩天楼は、
(──なんだ? 女の腕が動かない、なんだ? ──俺の能力が、効いてない?)
しかし、彼の意に反して崩れ去ろうとしていた。
同じ、ボクシングのファイティングポーズをとったシオンは、迫る拳を凝視していた。ほんの僅かでもブレがあれば分かるように、感覚が一点に集中していく。
それでも、レイモンドの拳は不可思議な動きを見せなかった。
同じ、ボクシングのファイティングポーズをとったシオンは、迫る拳を凝視していた。ほんの僅かでもブレがあれば分かるように、感覚が一点に集中していく。
それでも、レイモンドの拳は不可思議な動きを見せなかった。
領域の効果は、既に失われていた。
「私は『ここで生きる』」
深く沈み込んだ彼女の頭上を、最速の右ストレートが虚しく突き破る。
「うおおッ!!」
咆哮。繰り出されるボディブロー。
瞬間、生死が激しくスパークし、世界がひび割れる。
瞬間、生死が激しくスパークし、世界がひび割れる。
「ごァッ──」
生を望み、死を制する、狭間を捉えた無比の一撃が、レイモンドにそれまで感じたこともないほどのダメージを与えた。彼の巨体が軽々と宙を舞い、無慈悲に地面に転がる。
シオンは全身を覆う痛みすら忘れさせるほどの強烈な『何か』を知覚していた。ただ手を開いて握る、そんなことにすらエネルギーと生の実感を覚えるような奇妙な感覚。覚醒した後から感じていた、根拠のない成功の確信。それを『全能感』と呼ぶのだと、彼女はとうに理解していた。
──いける。
DEATH_CONDITION :VERIFIED .
彼女の言葉が宙に泳ぐ。
LANDSCAPE :CONSTRUCTED .
空間に生じた亀裂が拡大していく。
FATAL_ERROR :INJECTED .
拍動の音が空間を満たす。
TERRITORY_OVERRIDE .
風も、音も、光も、命さえも、彼女の下に制御される。
――Hello, World.
実行。
コマンドの実行、完了と同時、風景が一瞬で書き換わった。
乾いた風吹く赤茶けた荒涼の大地から、冷たい雨のそぼ降る狭い路地裏へと。
シオンの『領地 』は押し合いも混ざり合いも許さず、完全に世界を塗り替えていた。
「これ……シオンの……」
「ここの雨は冷たい、風邪を引く。私から離れて、どこかの軒下へ」
「う、うん。……ねえ、シオン」
「ここの雨は冷たい、風邪を引く。私から離れて、どこかの軒下へ」
「う、うん。……ねえ、シオン」
ミーナの瞳は、出立前と同じ、不安に曇っていた。
あの時言いたかった言葉。今なら言えるその言葉を、まるで呪文のように紡ぐ。
「──心配するな」
ジャケットに結び付けていたお気に入りの青いリボンを解き、ミーナの手にそっと握らせる。
「また髪を結んでほしい」
「……うんっ。約束だよ」
「ああ。約束」
「……うんっ。約束だよ」
「ああ。約束」
《PROMISE》
その言葉は苛烈な赤ではなく、二人を繋ぐ青色に輝いていた。
「なっ……」
ようやく立ち上がったレイモンドは、様変わりした領域の様子に面食らった。
領域とは死者の魂の形そのものである。その展開と維持は、すなわち互いの力関係を如実に反映する。弱者の領域は強者のそれに蹂躙され跡形も残らない。
であれば、この光景は何だというのか。たかだか腕を少し刺され、一発ラッキーパンチを貰った程度の自分が、全身をサンドバッグのように打たれた満身創痍の女にも劣るというのか?
領域とは死者の魂の形そのものである。その展開と維持は、すなわち互いの力関係を如実に反映する。弱者の領域は強者のそれに蹂躙され跡形も残らない。
であれば、この光景は何だというのか。たかだか腕を少し刺され、一発ラッキーパンチを貰った程度の自分が、全身をサンドバッグのように打たれた満身創痍の女にも劣るというのか?
「あり得ねえ!! オレが負けてる!? んなわけねえ!! テメエ、何の手品だ!!」
蛍光灯の狭間、光の届かない闇に佇むシオンは、極めて平坦な口調で返ずる。
「手品……そう、その通りだ」
彼女の周囲に赤い文字──武器である『ERROR_LOG』が浮かび上がる。闇の中、赤い光に僅かに輪郭を照らし出される彼女の姿は、死神そのもののように見える。
「これは私の生命活動を停止させたモノの具現化だ。言い換えれば『否定』を実行する。それが死者であれ領地であれ、切りつけたものに書き込んで実行させる」
「まさか……俺の領域の能力が消えたのは……!」
「そうだ。手持ち武器を装い、落として地面に突き立てたものが一つ。お前に刺したもので二つ」
「まさか……俺の領域の能力が消えたのは……!」
「そうだ。手持ち武器を装い、落として地面に突き立てたものが一つ。お前に刺したもので二つ」
《DEACTIVATED : AREA EFFECT 》
赤い文字が空を彩り、霧散した。
「だが、ここまで強く領地を維持できる理由は分からない。……いや、分かっている」
闇の中から滔々 と聞こえてくる声と、肌を叩く冷たい雨、そして不気味に鳴り続ける誰かの心音。何より、別人に成り代わったのかと疑うほどの『芯』を持った態度が、レイモンドのフラストレーションを高めていく。
彼にとって他人とは、常に下に置くものだった。気に食わなければ誰彼構わず殴って言うことを聞かせる。ボクシングを始めてからは拍車がかかり、女は犯し、男は殺した。特に女など、彼の人生においては永遠に支配する対象であり、憂さ晴らしのための道具である。その女に、ましてや一度は完全に勝利したはずの相手に上回られるなど、彼のプライドが許すわけがない。
彼にとって他人とは、常に下に置くものだった。気に食わなければ誰彼構わず殴って言うことを聞かせる。ボクシングを始めてからは拍車がかかり、女は犯し、男は殺した。特に女など、彼の人生においては永遠に支配する対象であり、憂さ晴らしのための道具である。その女に、ましてや一度は完全に勝利したはずの相手に上回られるなど、彼のプライドが許すわけがない。
「殺してやる──」
猛然と、闇の中へ駆け出す。既にナイフは脅しの道具ではなく、彼の致命攻撃を与えるための最強の兵器として、その手の中で輝いている。
レイモンドを一瞥 するシオン。闇の中で碧い瞳が冷たく光を放つ。
「──排除、開始」
死神が、夜に舞う。
「オラァッ!!」
小細工なしにまっすぐ突き出されるレイモンドのナイフは、真っ向から迎え撃ったシオンの体に突き刺さるはずだった。
「いねえ!?」
だが手ごたえはない。ナイフを持った手に、シオンの体躯よりはるかに大きいタクティカルジャケットだけがぱさりと落ちた。暗闇で素早く脱いだジャケットだけを前方へ放り、接近を誤認させる、単純なミスディレクション。
ならば当の本人はどこへ消えたのか。探すより先に、彼の四方に『ERROR_LOG』が突き立つのが答えだった。上、壁面にせり出した勝手口から身を躍らせ、音もなくシオンが落下する。
どう動けばいいかは領域内を満たし続ける鼓動音が教えてくれる。それは疑いようもなくシオンの心臓の鼓動だ。生きる力が、シオンの背中を強く押す。
どう動けばいいかは領域内を満たし続ける鼓動音が教えてくれる。それは疑いようもなくシオンの心臓の鼓動だ。生きる力が、シオンの背中を強く押す。
「フッ!」
手にした赤光のブレードでナイフを握ったままの右手首を切り飛ばす。
「調子乗んな──」
それでもレイモンドは攻撃をやめない。勝って領域を解けば負傷は全て消える。勝つ、勝ちさえすればいい。残った左手でシオンを殴りつけようとする。
「Execution 」
《STOP 》
だが彼女がコマンドの実行を口にした瞬間、突き立つブレードから溢れた赤い光が彼の周囲を包み、一時停止でも押されたかのように行動を完全に停止させた。
効果は一瞬。シオンは素早く前方へ踏み込み、すれ違いざまに彼の右脚の太腿にブレードを突き刺し、そのまま一気に切り抜いた。
効果は一瞬。シオンは素早く前方へ踏み込み、すれ違いざまに彼の右脚の太腿にブレードを突き刺し、そのまま一気に切り抜いた。
「ッッッッガぁぁぁ……ァ~~~ッ…………!!!!」
太腿が大きく裂かれ、血がとめどなく流れていく中でも、レイモンドは意地で立ち続けた。痛みには耐えられるが、二度も女に殺される屈辱には耐えられない。
しかし、シオンという名の『死』は、彼のプライドなど一顧だにしない。レイモンドの背後をバックフリップで飛び越え、眼前に姿をさらす。
しかし、シオンという名の『死』は、彼のプライドなど一顧だにしない。レイモンドの背後をバックフリップで飛び越え、眼前に姿をさらす。
「あ──」
逆さまの彼女と目が合う。「殺す」とは思えないほど、瞳の奥は凪いでいた。
そして赤い閃光が走り、それが彼の最後に見たものとなった。
そして赤い閃光が走り、それが彼の最後に見たものとなった。
両目が、一文字に切り裂かれていた。
「……もう、誰も見えないだろう」
「うっ、ああっ、あああっ、ふざけんな、ふざけんな──」
「うっ、ああっ、あああっ、ふざけんな、ふざけんな──」
焼き付けられた赤い光以外の全てを失った暗黒に、レイモンドが激しく狼狽 える。必死に腕を振り回すが、シオンはおろかミーナにも当たりはしない。殺して、領域を解かせなければ、死、死、死──。
「なんだ、これ」
ついに彼は闇の中で目を焼き続ける光の『正体』に気付いた。気付いてしまった。
[RUNNING : 76%...]
それはただの赤い光などではない。何かの『進行』を表示するシステムウインドウと、右へ向かって伸びるプログレスバーだった。
「私の死因は脳機能の強制停止」
告げた瞬間、プログレスバーの進行が早まる。
「やめろっ」
光に向かって手を伸ばしても虚しく空を切る。
「短い時間だが……自分の行いでも悔いたらどうだ」
「い、いやだ、たすけてくれ」
「い、いやだ、たすけてくれ」
[RUNNING : 90%...]
「私もこれから……お前よりずっと長く、過去の行いを悔いて、償おうと思う」
「死にたくない」
「死にたくない」
[RUNNING : 95%...]
「私を、私にしてくれた、仲間たちと共に」
「待って──」
「待って──」
[RUNNING : 99%...]
「私はシオン。この名前と共に生きていく」
[COMPLETE.]
[ADD:1]
戦いが終わった。
1ポイントの加算を確認すると同時に、シオンの体は糸が切れたようにへたり込んだ。痛くない場所がなく、全身が鉛と化したように重い。それこそ、ここで息絶えた時と同じように死にそうなほど辛い。
それでも、死なない。勝った。生き残った。
そんな余韻に浸る間もなく、限界を超えて動いた体は意識を手放しかけ、
1ポイントの加算を確認すると同時に、シオンの体は糸が切れたようにへたり込んだ。痛くない場所がなく、全身が鉛と化したように重い。それこそ、ここで息絶えた時と同じように死にそうなほど辛い。
それでも、死なない。勝った。生き残った。
そんな余韻に浸る間もなく、限界を超えて動いた体は意識を手放しかけ、
「シオン? シオン!? しっかりして、起きて! すぐにこの領地を解いて! そうしたらケガも元に戻るから!」
「ミ……ナ……」
「ミ……ナ……」
再び、彼女の声が、シオンの意識を繋ぎとめた。
「ほら、肩貸すから! 立って!」
「……すまない」
「……すまない」
雨の中、二人は肩を寄せ合い立ち上がる。シオンは初めて、自分より弱いと感じていたミーナの『強さ』を思い知った。
それは人を傷つけるための評価基準ではない。彼女が持つ暖かさこそが、本当の『強さ』なのだろう、と。
それは人を傷つけるための評価基準ではない。彼女が持つ暖かさこそが、本当の『強さ』なのだろう、と。
「……シャットダウン」
領域が霧散する。戦いの余燼 も、傷も、痛みも、全てを諸共消し去ってしまう。
それでも、残ったものがある。生き返るための1ポイントよりもはるかに大事なものが。
それでも、残ったものがある。生き返るための1ポイントよりもはるかに大事なものが。
「帰りましょう。私たちの家へ!」
「ああ……」
「ああ……」
###
「……以上だ。事後報告 を終了する」
「そうか……。ご苦労だった、シオン。本当に、良く戦い、勝ち取った」
「そうか……。ご苦労だった、シオン。本当に、良く戦い、勝ち取った」
その日の晩。ベルフリートの邸宅に戻ってきたシオンとミーナは早速、外の世界で起きた戦いのことを詳細に報告していた。
いつもの全員が集う広大な食堂ではなく、もっと近くで話ができる談話室で、膝をつきあわせての話は夜を徹して行われた。
ベルフリートは慈しむように微笑んだ。弟子の成長を心から喜ぶ、その表情に嘘はない。
いつもの全員が集う広大な食堂ではなく、もっと近くで話ができる談話室で、膝をつきあわせての話は夜を徹して行われた。
ベルフリートは慈しむように微笑んだ。弟子の成長を心から喜ぶ、その表情に嘘はない。
「はっ、デビュー戦にしちゃ強烈だったな。だがよくやった、シオン。お前は強い」
ガリアスは力強く親指を立てた。サムズアップ、満足できる行い。
「いやあ素晴らしき、胸躍る冒険譚でした。時には物語に思いを馳せるのも良いものですね」
アーサーは独特の私見を述べた。少なくとも称える気があるのは確かだ。
「本当に、シオンは良く頑張ってくれたのよ。そうじゃなかったら、私たち……」
「……辛い思いをさせたな、ミーナ。改めて、お前たちが共にこの場にいることを、心から祝福する」
「……辛い思いをさせたな、ミーナ。改めて、お前たちが共にこの場にいることを、心から祝福する」
ベルフリートは優しくミーナの頭を撫で、シオンの手にそっと自分の手を重ねた。
「外に行き、死者と戦い、何をするべきかがようやく私にも分かった。……いや、違う。『どうしたいか』、だな」
皆の視線がシオンに集まる。彼女は素直な己の気持ちを紡いだ。
「私はここで皆と共に生きていきたい。仮初の命は、なるようになる。そして、少なくともこの体が動く限りは、生前の罪の償いとして、戦えない者を守る。そのために、私は戦う」
彼女の所信表明を受け、談話室は、しんと水を打ったように静かになった。
そして、その決意を拍手が祝福した。
そして、その決意を拍手が祝福した。
「シオンの選択に拍手を。志を同じくする仲間に、今一度の祝福を。ようこそ、シオン」
全てが片付いた。しかしシオンはまだ談話室に残っていた。一人、ベルフリートを伴って。
「……話とは」
「分かっていたはずだ。私たちが外へ行けばどうなるか」
「……そうだな。君を信頼した、と言えば聞こえはいいが、結局私は君たちを谷底に突き落としただけだ。それを今更否定はすまい」
「私のことはいい。しかしミーナを伴わせたのも計算の内だ。共に過ごした彼女に危険が迫れば私が変革すると。そのために送り出した」
「幻滅するか?」
「……拾われた恩を、返上したい。あなたを、師とは思わない」
「そうか……。ううむ…。弟子に幻滅されるというのが、これほど堪 えるとは──」
「分かっていたはずだ。私たちが外へ行けばどうなるか」
「……そうだな。君を信頼した、と言えば聞こえはいいが、結局私は君たちを谷底に突き落としただけだ。それを今更否定はすまい」
「私のことはいい。しかしミーナを伴わせたのも計算の内だ。共に過ごした彼女に危険が迫れば私が変革すると。そのために送り出した」
「幻滅するか?」
「……拾われた恩を、返上したい。あなたを、師とは思わない」
「そうか……。ううむ…。弟子に幻滅されるというのが、これほど
「冗談だ」
「……何?」
「アーサーに『一つでもいいから言えるようになれ』と言われた。だから冗談だ」
「……本当か? いや、アーサーに言われたことではなく、先の返答のことだが」
「半分は本当だ」
「…………」
「冗談だ」
「ハァ……誰に仕込まれた? ガリアスか?」
「ああ。帰ってくるなり『そう言ってやれ』と言われた。これは本当だ」
「まったく……。いや、致し方ない。私のやり方が悪かった、甘んじて受け入れよう。そしてシオン、これからは笑えるジョークのレパートリーも増やすようにしてくれ。老体には思いのほか堪える」
「善処しよう。おやすみ、ベルフリート」
「アーサーに『一つでもいいから言えるようになれ』と言われた。だから冗談だ」
「……本当か? いや、アーサーに言われたことではなく、先の返答のことだが」
「半分は本当だ」
「…………」
「冗談だ」
「ハァ……誰に仕込まれた? ガリアスか?」
「ああ。帰ってくるなり『そう言ってやれ』と言われた。これは本当だ」
「まったく……。いや、致し方ない。私のやり方が悪かった、甘んじて受け入れよう。そしてシオン、これからは笑えるジョークのレパートリーも増やすようにしてくれ。老体には思いのほか堪える」
「善処しよう。おやすみ、ベルフリート」
###
控えめにドアを二度叩く。内から「どうぞ」と返事があり、シオンはドアを開けた。
「ミーナ、その……元気か?」
「ええ、もうすっかり元気よ! さ、こっちに来てちょうだい!」
「ええ、もうすっかり元気よ! さ、こっちに来てちょうだい!」
ベッドの端に腰掛けたミーナに促され、その隣に腰を下ろす。お揃いのパジャマの二人が肩を並べ、しばしの沈黙が流れた。いつもの『お泊り会』ならもっとたくさん話ができるのに、今日という日ばかりは二人にとってもどう切り出せばいいのか分からない話題に独占されてしまっている。
「ねえシオン」
それでも、沈黙はいつものようにミーナが破った。いつも春の若葉のように瑞々しい活気に満ちている声が、今は珍しく真剣に引き結ばれ、落ち着いている。
「……守ってくれてありがとう。まだ言えてなかったから、お礼」
「私の方こそ感謝しないといけない。ミーナがいなければ死んでいた。……ありがとう」
「私の方こそ感謝しないといけない。ミーナがいなければ死んでいた。……ありがとう」
視線が交わり、二人は同じタイミングでぺこりと頭を下げた。それが愛おしく可笑しくて、ミーナの表情が綻んだ。
「君にはやはり、笑顔が一番似合う」
「ふふっ。そうでしょう」
「ふふっ。そうでしょう」
いつものように天真爛漫な笑みを見せたミーナは、手をそっとシオンに向けて差し出した。戦闘中に預けた青いリボンが、月明かりを浴びて静謐 に輝いている。
「返すわね」
「まだ持っていてくれ。約束しただろう、明日の朝で頼む」
「もう、仕方ないわね! ただし、ちゃんと起きられたらよ?」
「……善処する」
「あははっ!」
「まだ持っていてくれ。約束しただろう、明日の朝で頼む」
「もう、仕方ないわね! ただし、ちゃんと起きられたらよ?」
「……善処する」
「あははっ!」
他愛のない会話が、明日の約束をすることが、こんなにも愛おしく心地よい。シオンは間違いなく、自身を包み込むものの名が『幸福』であることを実感していた。
──伝えるなら今。直感に従い、シオンは口を開いた。
「ミーナ」
「なあに?」
「もう一つ頼みがある。聞いてくれるか」
「えぇ~? 内容によるわね。どんなことなのか、教えてくれるかしら」
「なあに?」
「もう一つ頼みがある。聞いてくれるか」
「えぇ~? 内容によるわね。どんなことなのか、教えてくれるかしら」
隣で笑う彼女が、ずっと自分を『そう』思っていてくれたことに対する、深い感謝の念。
これからも共に過ごす彼女と、『そう』なりたいという、シオン自身の願い。
冷たいはずの体を温めてくれる、胸の奥で大きく育つ、その思いを今、解き放つ。
これからも共に過ごす彼女と、『そう』なりたいという、シオン自身の願い。
冷たいはずの体を温めてくれる、胸の奥で大きく育つ、その思いを今、解き放つ。
「私と、友達になってくれるか?」
答えは無かった。
触れ合う温もりだけが、何にも勝る答えとして、二人を包んでいた。
触れ合う温もりだけが、何にも勝る答えとして、二人を包んでいた。
「シオンっ!」
「はっ……はははははっ──ハハハハハ!」
「はっ……はははははっ──ハハハハハ!」
抱き着かれて、ベッドに押し倒されて、たまらなく楽しかった。
二人の無邪気な笑い声が、夜の静けさに負けじと響き渡った。
二人の無邪気な笑い声が、夜の静けさに負けじと響き渡った。
###
赤光に照らされた黒い死神が、死者一人の命を刈り取っていった。
領域がほどける。日の光を浴びてさらさらと輝く銀色の髪、透き通るような碧い瞳、そしてそれらと完璧に調和する青いリボンが、風になびいた。
死神と言うよりも人形のような少女が、残された死者の前に膝をつく。
領域がほどける。日の光を浴びてさらさらと輝く銀色の髪、透き通るような碧い瞳、そしてそれらと完璧に調和する青いリボンが、風になびいた。
死神と言うよりも人形のような少女が、残された死者の前に膝をつく。
「無事か?」
「は、はい。あの、あなたは……?」
「お前のような戦えない死者を保護している」
「あ……あのっ、ありがとうございますっ。本当に、ありがとうございます……!!」
「気にするな、自分を労われ。一人で立てるか?」
「はいっ」
「は、はい。あの、あなたは……?」
「お前のような戦えない死者を保護している」
「あ……あのっ、ありがとうございますっ。本当に、ありがとうございます……!!」
「気にするな、自分を労われ。一人で立てるか?」
「はいっ」
少女は、体格に見合わないほど巨大なジャケットの裾から、ハンドベルを一つ取り出した。
「それは……?」
「私たちの『安息地 』に繋がるものだ。どうする? 私についてそこへ向かうか、これを持って行くか。好きに選べ」
「どうしてそこまで……」
「そうしたいから、そうしている」
「私たちの『
「どうしてそこまで……」
「そうしたいから、そうしている」
彼女の瞳はまっすぐに死者を見つめている。いつでも殺せる実力の隔たりがありながら、決して弱者を傷付けようとは考えていない、守護者の気高い眼差し。
「……貰っても、いいですか」
「ああ」
「ああ」
ハンドベルがチリ、と澄んだ音を鳴らした。
「勝手なことかもしれませんが……もう少し、色々なものを見てみたいんです。強くなった方がいいのかとか、生き返る意味とか……そういうものが、全然分かりませんから」
「同じだ。私も未だに探している。その歩みが止まらなかったのは、ただ幸運なだけだ。だが私を拾ってくれた仲間たちが教えてくれた。幸運は巡るものだと。だからお前にも──」
「同じだ。私も未だに探している。その歩みが止まらなかったのは、ただ幸運なだけだ。だが私を拾ってくれた仲間たちが教えてくれた。幸運は巡るものだと。だからお前にも──」
少女は死者の手に、自分の手を重ね合わせた。
人は一人では生きていけない。それは死んでなお同じだ。
「あの。もし良ければ、お名前を教えてくれませんか。命の恩人ですから」
「私たちは死者だがな」
「あっ……」
「冗談だ。……いや、これは私が悪い、すまなかった。改めて、自己紹介しよう」
「私たちは死者だがな」
「あっ……」
「冗談だ。……いや、これは私が悪い、すまなかった。改めて、自己紹介しよう」
彼女が視線を宙に向けると、そこに青く仄光るホロディスプレイが現れた。
「わあ……!」
《MY NAME IS “SION”》