夫婦などが離婚などで縁を切っても、相手のことを思う情は完全には消えないということのたとえ。
Other→二十九番目の凶器
「……おや、お客様か」
暗闇の中から色のない声が響く。闇に溶け込む全身黒ずくめの格好をした男が、弱い光の下へゆらりと現れ出でた。
一方、その暗黒の中へと足を踏み入れたのは、真っ赤な旗袍 で着飾った美しい女。
「これがあなたの『陣地』? 暗くて嫌ね、もう少し飾ったらいかがかしら」
「飾り立てるのは虚飾に過ぎない。真実の姿こそが最も美しい……と『彼ら』は言っている」
「ふうん、あなたの主は随分倹約家なのね。それとも貧乏性なだけかしら。どちらでもいいけれど」
「飾り立てるのは虚飾に過ぎない。真実の姿こそが最も美しい……と『彼ら』は言っている」
「ふうん、あなたの主は随分倹約家なのね。それとも貧乏性なだけかしら。どちらでもいいけれど」
暗黒の空間に一つ二つと弱い明りが宿っていく。光が剥いだヴェールの内側には、半壊し骨組みが剥き出しの天井、千切れた乱雑な配線が放置されたままの投影機、バラバラに壊れたシートの残骸などが風景を構築する、壊れたプラネタリウムがあった。
領域の主、黒ずくめの男は中央の投影機が設置された台の縁に腰掛け、女を見やる。
領域の主、黒ずくめの男は中央の投影機が設置された台の縁に腰掛け、女を見やる。
「どちらにしても、それほど良い風景じゃないわね」
「そう言う君はどうなんだ。わざわざ僕の元に来たんだ、戦う気があるんだろう」
「その通りよ。けれど、そこで呆けていていいの? 私を殺すなら今の内だけど」
「『彼ら』が興味を示している、だから今は殺さない。好きにするといい」
「ならお言葉に甘えて──私の名は、蘇 蓮華」
「そう言う君はどうなんだ。わざわざ僕の元に来たんだ、戦う気があるんだろう」
「その通りよ。けれど、そこで呆けていていいの? 私を殺すなら今の内だけど」
「『彼ら』が興味を示している、だから今は殺さない。好きにするといい」
「ならお言葉に甘えて──私の名は、蘇 蓮華」
蘇が名乗ると、彼女の足元から最期の風景が広がり始めた。暗く壊れたプラネタリウムとはまた違う、柔らかな光に満たされ、品の良い調度品が誂えられた高級レストランの風景が、それぞれに混ざり合っていく。
「これで満足かしら。本当は戦いではなく、単に話をしに来たのだけれど」
「へえ。だったら僕に視線を合わせてくれるかな。僕は構わないが、『彼ら』が怒る」
「あらごめんなさい。あなたに悪いと思って」
「へえ。だったら僕に視線を合わせてくれるかな。僕は構わないが、『彼ら』が怒る」
「あらごめんなさい。あなたに悪いと思って」
彼女は少なくとも三つの意図を込めて答えた。
一つに、常に殺しの道具に使えるものを探そうとする暗殺者としての癖。
一つに、ただならぬ雰囲気のこの男を、色香だけで従わせても面白くないという遊び癖。
そして一つに、輝きのない黄金色の瞳を直視することに対する、本能的忌避。
一つに、常に殺しの道具に使えるものを探そうとする暗殺者としての癖。
一つに、ただならぬ雰囲気のこの男を、色香だけで従わせても面白くないという遊び癖。
そして一つに、輝きのない黄金色の瞳を直視することに対する、本能的忌避。
「まあいい、僕は九条蓮。それで、話とは」
光と闇が脈打つのを知らないふりをして、蘇は話を続ける。
「同盟を結ばない?」
「同盟。何のための」
「私たちのための、よ。私たちはある目的のために亡者を集めている。特に妙な死に方をした亡者を。あなたの死はとびきりの変わり種だと、逃げた者が言っていたわ」
「ああ……そういえば幸運な者 がいたね。それでわざわざ足労したわけか。それで、勿体付けずに教えてくれ。何を目的としているのか」
「同盟。何のための」
「私たちのための、よ。私たちはある目的のために亡者を集めている。特に妙な死に方をした亡者を。あなたの死はとびきりの変わり種だと、逃げた者が言っていたわ」
「ああ……そういえば
「戦争」
近所へ出かける服を選ぶような気軽さで、そう言った。
「こうして一人ずつ戦うのではなく、もっと多くを集めて遊びたいのよ。そのために、雑兵を揃えて他の亡者を襲わせる。生き残った者たちが防衛のために徒党を組む。そうして集まった亡者たちと、改めて命を懸けて遊ぶ。どう、お気に召したかしら」
彼女は口から細い煙を吐き出し、妖艶に微笑んだ。
蘇がいつの間にか煙管 から紫煙を昇らせていることに、九条はごくわずかに驚嘆する。彼の目を通して世界を覗き見ているはずの者たちすら欺かれたのか、あるいは知っていて教えなかったのか。どちらにせよ、目の前で無礼を働かれながらも「殺せ」という声が響かないことから察するに、「彼ら」が蘇の提案に興味を持ったことは確からしかった。
蘇がいつの間にか
「……『彼ら』も興味を持ったらしい。第一段階はクリアと言ったところかな」
「第二段階は?」
「決まっているだろう」
「第二段階は?」
「決まっているだろう」
台から床に降り立つと、彼の足元から風景が再び変わり始めた。天地の逆転、頭上に広がるはずの暗黒の宇宙が足元に広がり、その中に瞬く無数の星々の光が蘇の脳に「何か」を刻み付けようとしている。
「──それに相応しい力があるか」
暗黒から吹き出した黄金の粒子が壊れた投影機の周辺に星雲めいて漂い始め、天井から降るガラス片が領域の上空を覆い、千切れたはずの配線が意志でもあるかのようにひとりでにのたうち回る。つられるように、彼女の領域でも壁や扉に施された丹塗りが鮮血となって零れ落ち、テーブル上のメニュー表が中国語から呪文めいたアラビア文字に書き換わっていく。
異常という他ない風景に、蘇は満足そうに微笑んだ。
領域が死の風景という事実は変えようがない。即ち九条蓮という男がこの異常な空間で死んだことは紛れもない事実である。「とびきりの変わり種」という言葉は本当だった。
異常という他ない風景に、蘇は満足そうに微笑んだ。
領域が死の風景という事実は変えようがない。即ち九条蓮という男がこの異常な空間で死んだことは紛れもない事実である。「とびきりの変わり種」という言葉は本当だった。
「分かりやすくていいわ。殺す気でやっていいのよね?」
「手抜きでやれるなら、どうぞご自由に」
「手抜きでやれるなら、どうぞご自由に」
九条の指が蘇に狙いを定め、ガラスの破片──「星の欠片」が一斉にその矛先を揃えた。
「良かった。楽しませてちょうだい」
ふう、と吐き出した煙は昇るにつれて色を黒く変え、やがて背後に炎を伴わせる。
「蘇蓮華。死因は『焼死』」
「僕の名は九条蓮。深淵に圧し潰された矮小な人間だ」
「僕の名は九条蓮。深淵に圧し潰された矮小な人間だ」
互いの領域の固着を以って、戦いの火蓋が切って落とされた。
空気を引き裂くいやに甲高い音を立てて、「星の欠片」が蘇へと迫る。
空気を引き裂くいやに甲高い音を立てて、「星の欠片」が蘇へと迫る。
「それ」
手中にあるのは使い慣れた暗器、鉄扇。しゃらりと開いたそれを一扇ぎすると、たちまち炎が壁となって「星の欠片」を消し炭に変えた。
炎が二人の姿を隠す直前、揺らめきの先に互いの視線が一瞬だけ交じり合う。九条の黄金色だった瞳は今や玉虫色に変じ、一瞬の内でも絶え間なく見える色を変え続け、奇妙に鳴動していた。
炎が晴れた時には蘇の姿はどこにもなかった。音も、息遣いも、気配すらなく、女など最初からいなかったかのように。
炎が二人の姿を隠す直前、揺らめきの先に互いの視線が一瞬だけ交じり合う。九条の黄金色だった瞳は今や玉虫色に変じ、一瞬の内でも絶え間なく見える色を変え続け、奇妙に鳴動していた。
炎が晴れた時には蘇の姿はどこにもなかった。音も、息遣いも、気配すらなく、女など最初からいなかったかのように。
「お手並み拝見」
九条という暗黒の太陽の周辺を、周回軌道を描いて「星の欠片」が旋回する。それらは彼の意識より早く敵対者を察知し、魂を削り取る攻防一帯の武器である。同時に、彼の足元に広がる宇宙の中へ、質量保存の法則を無視して延長された配線──「這い寄る配線」が潜り込んでいく。獰猛な蛇のようにのたうつそれは決して敵を逃がさず、食いついたが最後。
防御と探知を同時に走らせた九条の耳に、わずかに金属の擦れる音が届いた。真後ろからである。「星の欠片」が反射して映し出した光景の中で、背後をとった蘇が袖口から何らかの暗器を彼の頭部へと放つところだった。
縄鏢 、縄の先に錘 を括りつけた暗器。肩から腕にかけて服の中に隠していたそれが、「星の欠片」を割り砕き、九条の頭部をも砕かんと迫るも、彼は振り返りもしない。彼の考え通り「這い寄る配線」が縄鏢 を絡め取り、逆にそこから電流を彼女に流し込もうとしている。
防御と探知を同時に走らせた九条の耳に、わずかに金属の擦れる音が届いた。真後ろからである。「星の欠片」が反射して映し出した光景の中で、背後をとった蘇が袖口から何らかの暗器を彼の頭部へと放つところだった。
「お粗末」
「!」
「!」
九条の後頭部で何かが爆ぜた。衝撃につんのめる中、ガラス片にはもう一つの縄鏢 と、その先端に結びつけられた煙管が映っていた。一撃目を囮に、二撃目で煙管を爆発させた──彼が事態を理解する間に、反撃もまた自動的に行われている。縄鏢 に巻き付いた「這い寄る配線」から走る電流と共に、人の手には余る暗黒の真理が直接魂に注ぎ込まれ、蘇の心身を焼く。
「あっ……ぐ!?」
「感じるものが理解できないだろう。君の頭脳のせいじゃない、そういう風に僕ら人間ができていないからだ」
「感じるものが理解できないだろう。君の頭脳のせいじゃない、そういう風に僕ら人間ができていないからだ」
それだけの言葉すら、138億年の重量を具現化したかのように彼女の脳を揺らす。そして真実の一粒を流し込まれた彼女は、九条の領域に満ちるものを感じ取れるようになってしまった。
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それは声だ。黒々とした邪気に満ちた幼子のようで、全ての熱的死を悟って諦めた老賢者のようでもある、「彼ら」の声が。何者かが、この戦いを監視している。
「──フン」
それが彼女の矜持に火をつける。鼻で笑い、蘇は「這い寄る配線」を縄鏢 ごと焼き切った。
「いい手品ね」
予め集めておいた鉄製の箸を牽制に放り、蘇は再び闇の中へと姿を眩ます。「星の欠片」が迎撃する間、九条は僅かな身じろぎもしなかった。
「……へえ。『彼ら』の声が聞こえているだろうに、良く抗うものだ」
「お生憎さま、私の魂は一人だけのものなの。とやかく言う外野如きが割り込めると思わない事ね」
「ふむ。ではもう少し『深く』しよう。君は『白痴の王』を知っているか」
「お生憎さま、私の魂は一人だけのものなの。とやかく言う外野如きが割り込めると思わない事ね」
「ふむ。ではもう少し『深く』しよう。君は『白痴の王』を知っているか」
問いかけと共に重力が制御を失い始めた。積み上げられていたプラネタリウムのシートの破片は横へと流れ、固定されていないレストランの調度品の数々が天井に落ちて砕け散る。その中心で九条は相変わらず星空に立っているが、物陰に潜む蘇の重力は壁へと作用している。視線が地面と平行になり、三半規管が悲鳴を上げる。
「王? もう一度言おうかしら。私の王は一人だけよ」
真実が、脳裏に「その名」を浮かび上がらせる。しかし蘇はただ一人を想うことでそれを即座に打ち消した。彼女の魂を支配するのは相棒ただ一人、単純な言葉では言い表せない二人の繋がりが、タールのように覆いつくそうとする暗黒を跳ね除ける。
「アンカーがあるのはいいことだ。ただ、この先覚えていられるといいけど」
「何を──」
「何を──」
九条が大きく両腕を広げると、旋回していた「星の欠片」が一斉に砕け、無数の破片へと散じた。砕ける音はしなかった。代わりに、赤子の鳴き声が、明らかに場に似つかわしくない調子で響き渡る。
それらは彼の周囲を渦巻く金色の粒子と共に天井へと落下し、混ざり合い、調律の狂ったチェロのごときいびつな音色を叫ぶ。やがて形を成したそれは、砕ける前の「星の欠片」よりさらに大きく、数を増やし、まるでシャンデリアのように天井に鎮座している。
それらは彼の周囲を渦巻く金色の粒子と共に天井へと落下し、混ざり合い、調律の狂ったチェロのごときいびつな音色を叫ぶ。やがて形を成したそれは、砕ける前の「星の欠片」よりさらに大きく、数を増やし、まるでシャンデリアのように天井に鎮座している。
「ッ!」
蘇は即座に壁を走り、最も近いテーブルからクロスを抜き取り、その勢いのまま前方、九条の元へと跳んだ。手中に現れるのは軸の中に刀を仕込んだ傘。しかし今必要なのは本来偽装であるはずの「傘」としての機能である。彼女を追って炎も天井へ駆け上る。だが合図はいずれよりも早く──
「注げ」
魂を削り取る流星群が降り注ぐ。
炎は壁となって破片を無に帰し、クロスで覆った傘がいくらか破片を止める。それでも止め切れなかった破片が、彼女の体に次々と突き刺さった。
傷口から、血液の代わりに光の粒子が流れ出ていく。それは彼女の魂、そして過去の記憶。
炎は壁となって破片を無に帰し、クロスで覆った傘がいくらか破片を止める。それでも止め切れなかった破片が、彼女の体に次々と突き刺さった。
傷口から、血液の代わりに光の粒子が流れ出ていく。それは彼女の魂、そして過去の記憶。
幼くして美貌と才覚を認められた幼子の姿。
血反吐を吐くほどの鍛錬の末、殺しの技を習得する少女の姿。
大都市で出会った「虎」の姿。
血反吐を吐くほどの鍛錬の末、殺しの技を習得する少女の姿。
大都市で出会った「虎」の姿。
「──この程度」
傷は意識を保つちょうど良い痛みに過ぎない。流れ出る記憶など何の問題にもならない。例え地獄の炎に百万回焼かれようと消し潰すことなどできない、彼女の根幹はとっくに地獄の底で笑う男と共にあるのだから。
「『玩火自焚』」
抜き放った刃に真っ赤な炎が灯り、柄を伝い、彼女の手を焼き焦がす。直接の「死」が全身を駆け巡り、それに抗うように張り詰める意識が、不埒な視線と侵入しようとする邪悪な意思を弾き出す。それでも五感の異常は止まらず、やけに鼻腔の奥に残る重い花の匂いが、自らの手が焼ける臭いであると気付いた時には、
「見事だ」
九条もまた鋭く槍のように尖らせた「星の欠片」を手にし、振り下ろされた死炎の刃を受け止めていた。
「あなたの後ろにいる『お客さん』に良く言っておいてもらえるかしら。『覗き見してる分際で役者にあれこれ言う権利はない』って。口出ししたければパトロンになって出直して」
「無駄だね。『彼ら』にとっては、この世界は全て彼らの遊戯盤 に過ぎない」
「無駄だね。『彼ら』にとっては、この世界は全て彼らの
再び「這い寄る配線」が蘇に迫る。素早く飛び退いた彼女は全てを即座に切り払い、返しとばかり燃える刀を九条へと投げつけた。それすら「這い寄る配線」によって絡め取られるものの、彼女が指を鳴らすと同時に刀から一層激しく燃え上がり、配線を焼き切る。
蘇は髪をまとめていた簪 を抜き、駆け寄ると同時に喉元へと突き出した。
蘇は髪をまとめていた
「よく仕込んだものだ」
九条は回避の素振りすら見せず、蘇の手首を掴んで動きを止める。
「だが、まだ足りない」
二人の視線が至近距離で交わる。九条の玉虫色の瞳が鳴動し、更にはその色を白濁させる。
蘇は簪を喉へ突き込もうと力を込めるがビクともしない。それは亡者としての力ではなく、至極単純な男女のフィジカルの絶対的な格差。故にこそ、その数cmは絶対の隔たりとして機能する。
蘇は簪を喉へ突き込もうと力を込めるがビクともしない。それは亡者としての力ではなく、至極単純な男女のフィジカルの絶対的な格差。故にこそ、その数cmは絶対の隔たりとして機能する。
「ぐっ……!!」
「抜け出してみせろ」
「抜け出してみせろ」
九条の片手に黄金の粒子が集まっていく。蘇が知る由もないが、それは彼が生前死亡した際に弾け飛んだ、彼自身の脳漿 である。「全宇宙の全情報」という途方もない情報に耐えきれなかった彼の脳は内から肉体をも変化させ、ついには物理的な頭部の炸裂をもって死に至らしめた。その再演が今まさに、彼女に注がれようとしている。
その指先が額に触れ蘇が「全て」を垣間見るのと、彼女の靴先に仕込まれた刃が九条の腹部に蹴り込まれるのは全く同時の事だった。
その指先が額に触れ蘇が「全て」を垣間見るのと、彼女の靴先に仕込まれた刃が九条の腹部に蹴り込まれるのは全く同時の事だった。
「…………」
腹部からじわりと広がる痛み。更に蘇は足を捻り、切創を無理やりに捻じり広げていく。
彼女は、魂を蝕まれているにも関わらず、確かに九条を見つめ、凄絶に笑っていた。
彼女は、魂を蝕まれているにも関わらず、確かに九条を見つめ、凄絶に笑っていた。
宇宙の真理──それはあらゆる「熱」の否定。あらゆる原子はいずれ活動をやめ、恒星は死に、愛は虚無に腐り果てる。それらは全て、「白痴の王」が見るうたかたの夢にすぎない。目を覚ませば最後、あらゆるものが無に帰す。「冷めた目線」が、蘇を見つめている。温度のない宇宙空間の冷たさをそのまま突き付けてくるかのような──
「……冷たいくらいでちょうどいいのよ。私の死も、彼の昂りも、いつだって熱すぎるから」
万物が死を迎えることなど今更な話。それが「胡蝶の夢」だとて、何だと言うのか。肩を並べ、共に過ごした時間、そこには二人の血と肉が紡ぎ出した「熱」が宿っている。例え138億年の冷気だったとしても、彼女の魂を凍てつかせることなどできはしない。
確信が、彼女の口の端を自然と歪めていた。女の情念にとって、押し付けられた真実などとうの昔に捨て去った葛藤に過ぎなかった。
「いいだろう。君たちに協力する」
口の端からごぼりと血を吐きながら、それでも九条は感情の籠らない言葉を口にした。彼の領域が消え去り、周囲の暗黒が光に追いやられるようにして形を失っていく。
「……あら、お気に召したのかしら」
彼が力を抜いたことで、簪の先端は喉に触れている。その簪はかつて李から蘇に贈られた物だ。おぞましきものに脳と精神を侵食されながらも、一つの繋がりだけで抗ってみせた女の魂を象徴するように、眩く輝いている。
「『十分』だそうだ。『彼ら』のために、君たちの起こす騒乱を一番近くで眺めるのが僕の使命。そういうことだから、領域を解いてもらえるかい」
蘇は荒い息をつきながら、毒気に当てられた目を擦り、不敵に微笑む。
「ふふ、合格ということ? 上から目線ね。……でも気に入ったわ。その化け物じみた力、私たちの『遊び』には欠かせないわね」
足はゆっくりと離すが、簪は最後まで喉元に突き当てたまま、領域を消し去った。
二人が負った傷は跡形もなく消え去り、蘇の心身に流し込まれた「真理」も消しゴムをかけたように記憶から消えていく。
「よろしく。どうか退屈させないでくれ」
「その言葉、そのまま返すわ」
「その言葉、そのまま返すわ」
「首尾は……上々か」
「君が李 飛虎? 初めまして、九条蓮だ」
「おー、どうもどうも。……嫌な目だなァ、『お客様』の腐った性根が透けて見えるぞ」
「よく言われる。君の頭を破裂させないでいるのは、君の彼女に礼を言ってくれ」
「ハッハッハ、そいつは良かった。蘇をやっただけの甲斐はあったな」
「君への想いだけで『彼ら』を跳ね除けた。いい女性 だね。これは僕個人として褒めている」
「そいつはどうも。ただ、手出しはご法度な。したら俺の拳 がお前 を破裂させる」
「後で君の彼女に礼を言わなければいけないらしい。それで、役者は何人いるんだ」
「俺たち含めて五人、他は愚にもつかねえ脇役が一山。あとはゲストと舞台だな」
「ふむ……両方を同時に用意できる、お誂 え向きの場所を知っている」
「ほお。面白れぇ亡者がわんさかいて、ちょっかい仕掛けりゃ戦争になる場所だぞ?」
「そうだ。死者の寄り合い所は珍しくもないが、そこなら愉快な方に転がるはずだ」
「で、どこだ」
「君が李 飛虎? 初めまして、九条蓮だ」
「おー、どうもどうも。……嫌な目だなァ、『お客様』の腐った性根が透けて見えるぞ」
「よく言われる。君の頭を破裂させないでいるのは、君の彼女に礼を言ってくれ」
「ハッハッハ、そいつは良かった。蘇をやっただけの甲斐はあったな」
「君への想いだけで『彼ら』を跳ね除けた。いい
「そいつはどうも。ただ、手出しはご法度な。したら俺の
「後で君の彼女に礼を言わなければいけないらしい。それで、役者は何人いるんだ」
「俺たち含めて五人、他は愚にもつかねえ脇役が一山。あとはゲストと舞台だな」
「ふむ……両方を同時に用意できる、お
「ほお。面白れぇ亡者がわんさかいて、ちょっかい仕掛けりゃ戦争になる場所だぞ?」
「そうだ。死者の寄り合い所は珍しくもないが、そこなら愉快な方に転がるはずだ」
「で、どこだ」
「貴族の学校……そう呼ばれている」