「ねえおじさまー」
「『小父様』ではなくて『叔父様』。何度教えたら覚えるんだお前は」
「どうしておじさまはケッコンしないのですか? モテないのですか?」
「またお前はそういうことばっかり、そういう言葉はどこで覚えてくるんだ。肝心なことは覚えないくせに――ひょっとして姉上か? 姉上――お前のお母様がそういうことを教えるのか? そういうことを言うひとではないと思っていたんだが、あのひとも一応あの妹たちの姉だからな……油断は禁物だな」
「ケッコンはすばらしいぞとお父さまが言っていましたよ。わたくしも大きくなったらマックスおじさまとケッコンするのですよー」
「ちょっと待て、ここはグスタヴ叔父様と言うべきところだろ。――いや、いいかもな。お父様と結婚するーとは言わないんだな、それはちょっといい気味だな」
「いいえ、一度言ってみたのです。けど、お父さま、ダメなのですって。お父さまはもうお母さまのものだから、ほかの女の子とはケッコンしたくないのですって」
「あーあーあーあー聞くんではなかったとても腹が立つ心底あいつが嫌いになった何だよ愛妻家ぶりやがって姉上がいなければ何もできない阿呆のくせに」
「そうなのです、お父さまはお母さまがいないと何にもできないひとだから、わたくし、お父さまはお母さまに見ていていただかないとと思って……わたくしは見守ることにしたのです」
「何と言うか……、実に賢明な判断だな。姉上の子なんだな、本当に。でも、その利発なお前でさえ選ぶなら俺ではなくてマックスなんだな。傷ついた、ああ傷ついた」
「グスタヴおじさまのおキサキさまになってくれる方はいないのですか?」
「あたかも俺がモテないかのような言い方――いや、真面目な話をするか。実は、俺一人で簡単に決められることではないんだ」
「ごじぶんで決められないのですか?」
「そう。議会が――あともう何分かしたらこの部屋に入ってくる偉いおじさんたち、そう、今度こそ本物のおじさんたちがな、たくさん話し合って、いいよ、と言ってくれないと、俺のお妃様はその椅子に座れない」
「えー、ごじぶんで決められないのですー? お母さま、言っていましたよ。じぶんのことは何でもじぶんで考えて決めなさい、って」
「お前のお父様は何でもお前のお母様に決めてもらっているようだから俺だけ叱られるのは少々癪だが、まあいい。いいか、エリーサ、お前は今のうちに自分で決めるべきことは自分で決める練習をした方がいい。自分一人で決めるべきことと自分一人で決めてはいけないことの区別がつくようになるまで、お母様に手伝ってもらいながら自分で決める練習をしなさい」
「じぶん一人で決めるべきことと、じぶん一人で決めてはいけないこと?」
「そうだ。一番大事なことは、その区別がつけられるようになることだ。すべてを誰かに決めさせてはいけない。しかし、すべてを自分だけで決めてもいけない」
「でも、おじさまは王さまなのでしょう? 王さまは何でもじぶんで決めるものだと父さまが言っていました」
「あ? お前の父親は姉上がいないと何も決められない奴だろうが。いやいい、子供のお前に親の悪口を聞かせるべきではないな」
「お父さまは、お母さまにソウダンしているのであって、お母さまに決めてもらっているのではない、と言っていましたよ」
「なかなか上手い言い訳を思いつきやがったな。俺も今度からそう言おう」
「王さまなら、何でもできるのではないのですか?」
「何にもできない」
「えっ」
「エリーサ、これだけはちゃんと覚えておいてくれるか? 王は、すべてを独断で決めてはいけない。王がするべきことは、それが自分一人で決めていいことなのかみんなと決めなければいけないことなのかを見極めることだけだ。自分一人で決めていいと思ったことでさえ、民のみんなにこう決めたからこうしてもいいかと問い掛けなければならない。王の仕事は、民より先に決めて受け入れてもらうか、民が先に決めたことを受け入れるか、それだけだ」
「それはちゃんとしたおしごとなのですか?」
「そうだ」
「つまらないの。それでは、だれかがダメって言ったら、何でもダメになってしまうではないの」
「そうだな。しかしそれを受け入れることも王の務めだ。それを、ひとは民意と呼ぶ。――難しい言葉だから、これは、今のお前はまだ覚えなくてもいいけれど」
「もしもおじさまに好きなひとができて、そのひとをおキサキさまにしようと思ったら、その、えらいおじさまたちにケッコンしていいのかきかないといけないのですね?」
「そういうことになる」
「ダメと言われたらどうするのですか?」
「まあ、ダメだろうな」
「ええ!? ではでは、ぎゃくにですね、おじさまのことを好きになって、おキサキさまになってくれる、という、とても心のやさしいちょっとかわった女の子があらわれたら、おじさま、どうするのですか?」
「お前さりげなく酷い奴だな。まあ、もし、何らかの奇跡が起こってそういうことになった場合も、その、偉いおじ様たちにお伺いを立てるだろうなあ」
「えっ、えっ、それで、ダメと言われたら?」
「諦める」
「おじさまひどい!」
「だがそれが王というものだ」
「エリーサ王さまになりたくない!」
「残念だが、お前が大人になって、お前のクソ親父が王冠を返上する日が来たあかつきには、その王冠を次にかぶるのはお前だ。それまでお前が今のまま賢く健康に育てばの話だが、そうなることはお前の両親も俺たち親戚一同もみんな望んでいる、その日が来るまで誰もが全力でお前を守るだろう」
「どうしよう……! お父さまとお母さまもそうしてケッコンしたのかしら」
「そうだ。お前のお母様は、うちの国の偉いおじさんたちが、お前のお父様の国と仲良しになるためにはそれが一番だと決めたから、お前のお父様と結婚したんだ」
「ひどい。なんてこと。ひどい」
「でもな、エリーサ。落ち着いて思い出してみろ。お前のお母様は今そんなに不幸そうか?」
「……ちっとも。母さま、毎日、しあわせ、って言っています。父さまは母さまがダイスキだし、母さまも父さまがダイスキだし、母さまはわたくしやイェルダもダイスキで、わたくしや、えっと、イェルダはまだ小さいからわからないけど、たぶん、お母さまがダイスキ。きっとこんど生まれる赤ちゃんもお母さまがダイスキよ。だからお母さま、毎日、しあわせ、って言っています」
「頭を使うんだ、エリーサ。ようは、議会の偉いおじさんたちがいいと言ってくれる相手を探せばいいんだ」
「そんなふうに考えて決めることではないでしょう? ご本では、王子さまと出会ってコイにおちると書いてありますよ」
「俺みたいな無能でモテない男には、幸か不幸かそういう出会いはなさそうだから、大丈夫」
「そうですね。おじさまはね」
「お前……冷たいな……」
「でももし……、もし、おじさまのおキサキさまになりたい女の子があらわれたら、かわいそう……」
「大丈夫だ、心配ない」
「どうしてそんなことが言えるのです?」
「議会の偉いおじさんたちがいいと言ってくれるようなお妃様になっていただければ問題はない」
「あっ、なるほど。でも、あれっ? それって、たいへんではないかしら? たくさんたくさんセイジやケーザイのおベンキョウをしないといけないのではないですか?」
「そんなことはない。お前のお父様が――隣国の国王が、我が国の王女である姉上をお求めになったように、俺も、国益に適う結婚を――もしくは、国益を損ねない結婚をすればいい。それだけでいいんだ。皆が望むような王妃になってくれると言ってくれるなら――あるいは。もっと、言えば。俺がそういう王妃でいてもらえるように支援できるような男になれれば、何の問題もないんだ。そう、俺が彼女を守れれば、何ということもないんだ」
「でも、やっぱり、最後はみんなに決めてもらうのですね?」
「結局、そういうことになってしまうなあ」
「オウカンなんて、役立たずね」
「そうかもしれないな。普段はこんなもの、要らないのかもしれない。けれど――皆が皆決められなくて迷ってしまった時。決める仕事をする奴が、必要なんだ。そういう時に何も決められない王のいる国は、滅亡の一途を辿る」
「……なんだかむずかしいお話になってきました……」
「そうだな、ちょっと難しいお喋りだったかもな。お前は今日はもう難しいことを考えなくていい、絵本でも読んでいなさい。おやつの時間までもう少しあるから、それまでお昼寝でもいい。これで知恵熱でも出したら、姉上に怒られるのは俺だろうしな……」
「そうですね、もう少ししたらえらいおじさまたちがたくさん来るのでしょう? わたくし、出ていかないといけませんね」
「それは気にしなくていい。お前がお話の最中にお昼寝しないと約束できるのなら、そこに座ったままでもいいんだぞ。どうせ俺のお妃様とやらはいないし、普段はお前の叔母様たちが座っていたりいなかったりする程度なんだからな」
「本当? では、わたくし、ここにいてもいい? 王さまのおしごと、見てみたい!」
「どうぞ、未来のエリーサベタ女王陛下。我が国の議会でよろしければ、どうぞご照覧あれ」



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最終更新:2015年12月03日 22:01