機動戦士クロスボーン・ガンダム ゴーストの最終回

人類に死滅をもたらす宇宙細菌エンジェル・コールを巡る、衛星軌道上でのフォントたちの最後の戦い。
エンジェル・コールをもって宇宙の覇権を狙う宿敵キゾ中将を、フォントはついに倒した。
しかしフォントのモビルスーツ・ゴーストガンダムも深手を負い、仲間のもとに生還できない。
唯一の生還の手段として、フォントはベルと共に冷凍睡眠に入って宇宙を漂い、救出を待ち続ける。



となりで眠る ベルの吐息が聞こえる
そうか 蘇生が始まったんだ

(カーティス『おはよう フォント』)

目を開ければ 懐かしい顔が迎えてくれる
そう信じていた



フォントたちが気づくと、そこはどこかの宇宙船の船室。
見知らぬ数人の男たちが銃を向けており、目の前には髭面の男がいる。

髭面の男「誰だ? おまえ達は?」
フォント「え?」
髭面の男「幽霊(ゴースト)── なのか?」
フォント「えっ?」
髭面の男「いや…… 有り得ねぇ…… いくら何だって だが…… だと……したら おまえらは…… 誰……なんだ?」
フォント「え? どこ……?なんだ? ここは?」

けれど
おれ達がそこで見たものは
まるで見知らぬ世界だった

15年が── 過ぎていた



最終話 その名はゴースト



フォントとベルは、営倉に閉じ込められてしまう。

ベル「出してくださ──い ここから出して~ お~い」
フォント「15年…… まさか15年も…… 過ぎていたなんて」
ベル「え?」
フォント「さっき コールドスリープカプセルのメーターを見たんだ 信じたくはないけど…… 間違いない」
ベル「それは? フォントの予定とだいぶ違うの? ?」
フォント「ああ── ぼくらの回収に2~3年はかかるかもしれない……とは 覚悟していたんだ カーティスさんが木星へ戻って態勢を立て直し 捜索隊を組織するまでの時間を── だが誤差を入れてもきっとそのぐらいのはずなんだ けれど…… 15年も眠っていたなんて……」

(どこで…… 予定が狂ったんだ? あの時── 世界がすべて── 見通せるように思えたけど……)

ベル「フォント? それじゃあ? もしかして私 今27歳??」
フォント「え? …… はっはっはっはっ そこ? 初めに心配するとこ? そこでいいの? はっはっはっはっ
ベル「なんでっ…… 笑うかなーっ」
フォント「…… いや でも…… ありがとう」
ベル「ん? んん?」

“百年戦争をしない国”を作ろう……
そう思っていたんだ

エンジェル・コールを巡る戦いが終わったらね
おれはサイド3に帰るつもりでいたんだ
ほら あそこってもう70年
戦争をしてないだろう?

できると……思っていた
おれが大人になって 先人たちの遺志を継ぎ
木星の君やカーティスさんと
手を取り合っていけば…
百年……いや きっともっと長い──
平和な時代を築いていけると信じていた……

だけど……

フォント「(右も左もわからない…… そんな状況の中で) 全ては幻だったんじゃないだろうかって 自分につながる懐かしいものは 全て消えてしまって」

戦いの最中、ベルが愛用しているぬいぐるみも、フォントが両親から託された手紙も失われていた。

フォント「おれ自身がもう“幻”になってしまったんじゃないかって…… そんな気分になるよ……」

(『幽霊(ゴースト)なのか?』)

フォント「……でも── 君がいてくれるからさ きっと今 おれは消えちまわないでいられるんだ うん! だから…… ありがとう」
ベル「ん ん……」
声「何 ガキ同士で気分出してんだよ」

船室でフォントたちに銃を突き付けていた、先の男たちの1人が顔を出す(以下、男A)。

フォント「あれ? いや? 私達は…… 別に気分とか…… そういう関係では」
男A「はいはい んーなもんはドーでもいいから さっさと来なっ! 気の短ぇボスの── お呼びだからよ……」


男に急かされつつ、フォントたちが廊下を行く。
警報が鳴り響く。

フォント「う? また警報だ! (さっきから断続的に鳴っている……?) な…… 何が…… 起きてるんですか?」
男A「いいからさっさと行けよっ!」
フォント「しかし……」
男A「急げよっ!


やって来たところは格納庫。
フォントの愛機、モビルスーツ・ゴーストガンダムがある。
ボスと呼ばれていたあの髭面の男や、船室でフォントたちに銃を突き付けていた男(以下、男B)がいる。

フォント「あっ “ゴースト”だっ」
ボス「来たかっ! 小僧! おめぇ…… これが動かせるかっ? できる限り修理はしてみたが起動しねぇ! 原因がわかるか?」
フォント「そ それは ちゃんと見てみないと なんとも……」

フォントはコクピットに乗り込み、内部を調べる。

フォント (う? なんだ? これは? 確かに修理はされているが…… なんでこんな古いパーツばかりなんだ? ? 過去に飛ばされて来たなんてSFみたいなことが あるはずはない…… だとしたら? いったい?)
ボス「どうだ?」
フォント「すぐには なんとも……」
ボス「だめか……」
フォント「あ で でも…… もっと新しい…… いいパーツがあればあるいは」
男A「ひゃっはっはっ…… 新しいパーツだとよ! このメッチャクチャな御時世に どこでそんなもん手に入れろってんだよ!」
フォント「え? え?」
男B「もういいでしょう! ボス! こんなもんが木星の捜している“お宝”なわけはねぇ! あてが外れたんですよ! さっさと宇宙にほっぽり出しちまいましょう!」
ボス「それで…… 連中が納得して おれ達から手を引くと思うのか??」
男B「それはわからねぇ! だが今それしか手がねぇんなら!
フォント「ちょっ…… ちょっと 待って下さい! 結局? 何がどうなって??」

窓の外を、武器を持ったモビルスーツたちが飛び交っている。

フォント「あ? モビルスーツ? あれは? まさかザンスカール?」
ボス「そんな国はとっくにねぇ! ただの海賊だよ もっとも…… こっちは宇宙のゴミ拾い 似たようなもんだがな…… へ!」

ちょっと前から噂があったんだよ
地球-月間を高速で回る“何か”を
木星が捜してるって……な
きっとすげぇ“宝”に違ぇねぇと
宇宙中のクズどもが捜し回っていた

そうとも…… それを──
真っ先に見つけたのはおれ達だった
まったく驚いたぜ!
壊れたモビルスーツと おまえら……
ガキが二人だったんだからな

しかも間の悪いことに
あの“赤いハイエナ団”に見つかっちまった……
今は横取りする気のお宝を傷つけたくないから
あぁして脅しをかけてくるだけだが
三方をとり囲まれていて 逃げられねぇ!

その話のとおり、その宇宙船はモビルスーツや艦艇に完全に取り囲まれている。

ボス「狙ったものを渡したら見逃してくれるほど 話のわかるやつらじゃねぇ! 戦おうにも戦力がねぇ!」
男B「ちっ! 八方ふさがりだぜ!」
ボス「せめて…… こいつが 動いてくれりゃあと思ったんだけど……な」

フォントの握りしめた拳から、汗が滴り落ちる。

ベル「フォント?」

わからない…… どうすればいい?

カプセルのビーコンは──
何かの理由で壊れていた……
こんな……小さな原因で
計画が狂ったなんて……

いや── 脱出の時
思いつく手としては最善だった……
けれど 15年間も? これでは?
カーティスさん達も見つけようがない……

おれは……
何も見えていなかったんじゃないのか?

きっとおれは……
ザンスカール帝国が解体すれば
世の中は良い方向動くと
どこかで気楽に考えていた

フォントは一同の雑用を手伝いつつ、15年間の世界の動きを聞く。
リガ・ミリティアの勝利の後、世界情勢の改善を予期していたフォントだが──

男A「あーん? まぁ ちょっとの間はな? へっへ だがあの騒ぎでよ 連邦に以前の力がないことが本当にわかっちまった…… そのせいでコロニー同士の小競り合いを抑えられる奴がいなくなっちまった」

フォント (そう 一時はそうなる そう思っていた けれど それはいつまでも続かない コロニーがいくつかの経済圏にまとまって 自然と落ち着く それが おれの見た未来だった…… しかも そうならなかったせいで…… たぶん 技術レベルが低下し始めてしまっている……)

ボス「確かに大戦はなくなった…… だがそこからは 出口の見えねぇドロ仕合よっ! どこもかしこも疲弊しきってる もう この地球圏に平和な場所なんざ残っていねぇよ」
フォント「あ あの…… サイド3は?」
ボス「がっはっはっは


夜。営倉でフォントは膝を抱えている。

フォント (怖い── どうしたらいいのかわからない……)

キゾ中将の散り際のセリフ──

(キゾ『なんて顔してやがる おまえは勝ったんだぞ 笑えよ』)

フォント (勝った? おれは勝ったのか? だとしたらなぜ ここに望んだものが何ひとつ残っていない? 結局…… おれは何もできなかったんじゃないのか?)

(キゾ『たとえエンジェル・コールを始末しても 人類が争うことをやめない生き物なら……』)

フォント「おれのしたことは なんにも…… ならなかったんじゃないのか?」
ベル「フォント……」

伝声管から声が響く。

声「おい…… 小僧 聞こえてるか! こっちへ来い 小僧」


フォントとベルは宇宙服に身を固め、格納庫のボスのもとへやって来る。

ボス「よう! 言った通り着替えてきたな そこの脱出ポッドをおまえらにやる…… すきを見て逃げ出せ」
フォント「え?」
ボス「交渉決裂だよ じきに“赤いハイエナ団”が攻めてくる だが── おめぇらが巻き込まれるいわれはねぇ だから脱出しろってんだよ!」
フォント「あなた方はどうするんですか?」
ボス「へっへっへ…… こんな時にクズ拾いの心配してくれるたぁ…… ひょっとして やっぱりあんた…… “ゴースト”なのかもな」
フォント「……? どうして…… おれをその名で?」
ボス「それがあんたのコードネームじゃねぇのかい?」
フォント「え?」
ボス「コロニー間の流言さ…… “ゴースト”って男がいてな そいつが乗り込むと どんなモビルスーツでも怒りで全身から火を噴くんだそうだ へへへ トンチキな話だろう? ザンスカール戦の時に目撃例が2つ3つある 民衆の生んだ幻かもしれねぇ! だが…… おれはそれに助けられたことがある」
フォント「え?」
ボス「15年も昔…… おれがまだガキの頃の話さ おれはザンスカールの人質にされて…… ギロチンにかけられそうになっていた その時 奴は突然あらわれ あらゆるものを蹴散らしたのさ! 確かに燃えていたし…… 間違いなく怒っていたよ そりゃもう…… しびれるほどカッコよくて…… おっかなくて…… しょんべんちびりそうだったぜ! へへへ」
フォント「それじゃ…… きみはあの時の子供達の中に? いた? ひとりなの……か?」

物語の中盤、フォントはモビルスーツ・ファントム(ゴーストガンダムの改修前の姿)で、ザンスカールの人質の子供たちを助けていた。

ボス「──あとでよ その“ゴースト”の噂が流れて来たとき あぁ あの兄ちゃんが“ゴースト”だったのかと思ったんだ…… だから 木星の連中が“お宝”を“ゴースト”と呼んでいるのを知った時 “あぁ きっとこれはあのお兄ちゃんに違いない”と思った 兄ちゃんがどこかで困ってるなら 今度は── 今度はおれの番だ おれが助けなきゃいけない そう思ってここまで来たんだ……」

フォント (“ゴースト” それはおれが そうか…… 銀色のX-0*1におれが勝手につけた呼び名だった それが銀になったファントムに (偶然とはいえ) 受け継がれ…… 伝言ゲームのうちに いつしかおれの名になったんだ…… けれど その名で呼ばないでくれ それは“存在しないもの”の名だ)

ボス「へっへっ もっとも正直あんたが“ゴースト”だなんて 実は未だに半信半疑だけどよ いや…… 仮に15年眠ってたって話を信じるにしてもな…… おれが…… あの時子供だったからかな? あの時の兄ちゃんは…… もっと── でかくて 大人だと思っていたけれどな」

フォント (そんな奴は 本当は“存在しないんだ”!)

ボス「はっはっはっ ま 今となっちゃぁ どっちでもいいさ! 何! 宇宙の荒くれは自分で自分の尻ぐらい拭ける だからおれ達のことは気にするな」
ベル「フォント!」
フォント「わかってる…… けど…… (本当は今どうしなければならないか) だめだ! 怖いんだ い……命が入って来なくなった…… あの時とも違う! あの時は自分の失敗で失われる命があることが たまらなく恐ろしかった! でも……今は…… (たとえ成功しても) 何にもならないんじゃないかって…… (なんの意味もないんじゃないかって……)」

フォントが脱出ポッドのもとへ向かう。

ベル「フォント!」
ボス「逃げるのだって楽たぁいえねぇが ま がんばんなっ! なんでも…… “人間 死んでも天国にも地獄にも行かない”そうだからよ……」

それはフォントが、最終決戦まで共に戦った同胞、ジャック・フライディに言ったセリフ──

ボス「ヘンだろう? おれの行く教会の牧師のセリフだがねっ はっはっはっ フツウじゃねぇんだよ…… 死ぬなんてソンだけだから やめとけなんてぬかして……」

ジャックは戦いの後は牧師になることを望んでいたものの、キゾ中将の前に敗れ、宇宙に消えたはず──?
フォントが血相を変え、無我夢中でボスに詰め寄る。

ボス「え」
フォント「牧師…… それは…… どんな牧師?」
ボス「え? え? え? ど……どんなったって? 子煩悩な? 感じの?」
フォント「それから!?」

ボス「全身ひでぇ傷だらけで 両足もないんだが…… 昔 戦場で失くしたとかで…… それはもう地獄の戦いで 絶対死ぬって状況で覚悟を決めてたんだそうです けれど仲間に泣いて“あきらめるな”って言う奴がいたんで だめもとで脱出してみたんだそうですが…… そしたらけっこう どうにかなっちまいました……って いつも大笑いするんですよ あれ? お宝を木星が“ゴースト”と呼んでるのも あいつが知ってたんだっけか? ? ? でも…… あの それが? 何か?」

フォント「…… ふ ふ ふ なんだよ…… ジャック! ……きてた のかよ…… はははははは ははははは なんだよ! 生きてたのかよ はははは 反則だよ! そんなの わかるわけない! ちらとでも思っても見なかった……」

なんだ やっぱりおれは
何も見えてなかったんじゃないか……

フォント「……良かった 本当に……良かった」

きっと宇宙は
おれなんかに全てわかるほど
ちっぽけでも簡単でもないんだ

フォント「あの時おれは かざした手のひらの外側に自分がいるような気がしていた……」

不思議だな──

フォント「けれど間違っていたんだ! おれは今も昔もずっとあの中にいて 必死に生きようともがいている── みんなと同じ小さな── 一匹の命に過ぎない! 過ぎなかっただけじゃないか!」

心の奥によどんでいた怖さが……
ゆっくりと消えてゆく


フォントの顔を、ベルが優しく覗きこむ。

ベル「どうする?」

フォント「そうだな? どうしようか? …… 会いに行こうか…… ずい分 待たせちゃったからな…… カーティスさん達に…… ジャックに! こっちから!」
ベル「うん!」
フォント「でも 道は知らないから また迷うかもしれないけど」

もう一度 この目で宇宙を良く見てみよう
今まで見えなかった道が見つかるかもしれない

ベル「大丈夫!」

今はもう“百年戦争をしない国”は
幻になってしまったけれど

ベル「その時はまた わたしが指をさすよ」
フォント「あぁ」

たとえ刻(とき)が見えなくなったとしても

フォント「そうだな そんなのは 立ち止まる理由にならないものな!」

「赤いハイエナ団」のモビルスーツが迫る。

ボス「うおおお 始まっちまった! いけねぇ! あ あんたら早くっ!」

フォント「ここから抜け出すよ! ベル!」
ベル「うん!」
フォント「下がっていて おじさん!」
ボス「おじっ なんだって?」
フォント「道を作ります! コード“H・A・R・O・R・O” ファントム 起動!」

コクピットの画面に光が灯り、AI「ハロロ」が大あくびしながら画面上に姿を現す。

ハロロ『は~い 御主人様 おはようございます』

ゴーストガンダムがゆっくりと起き上がる。

ボス「おおっ おおおおっ」

ハロロ『ですが忘れっぽいですねぇ 御主人様…… 本機の登録名称はゴーストガンダムに変更されましたが?』
フォント「いや いい たった今から“ゴースト(それ)”は おれの……名前だからな」

ボス「な なんだって? それじゃ “ゴースト”なのか? あの時の兄ちゃんなのか!」

フォントはボスに笑顔を残し、ベルと共にゴーストガンダム──いや、ファントムに乗り込む。


宇宙船を取り囲む「赤いハイエナ団」のモビルスーツたち。
壁面をぶち破り、ファントムが姿を現す。
その雄姿に、ボスたちが目を見張る。

フォント「いくよ!」
ベル「はいっ!」

ファントムのミノフスキードライブが発動し、エネルギーが全身から炎の如く吹き上がる──!!

宇宙世紀──たぶんU.C.170年代前後
これは噂や伝説ではなく
確かに存在した“もの”の話だ
MOBILE SUIT
ひざの上の少女の名はベル
機体の名はファントム
CROSS BONE GUNDAM
そして──それを操る男の名は──
GHOST
そう……

これは全身に炎をまとう“幽霊”の記録だ


THE END

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最終更新:2016年07月28日 08:07

*1 第1話に登場しているクロスボーン・ガンダム