時刻は午後にさしかかる直前。
研究所、地下1階。

極東に浮かぶ島国、日本国を守護する自衛隊。
その深淵に汚れ仕事を請け負う秘密特殊部隊は存在していた。
奈落の底にほど近い研究所の通路でその深淵に属する2名の隊員がブリーフィングを行っていた。

「それで、次の方針はどうするんだ? 指揮官殿」

真珠がこの場における臨時指揮官である天に問う。
碓氷の提案した策により、敵の存在を知れた上に労せず戦力の分断も出来た。
こちらの存在が露見する前に一方的に敵の存在を知れたのは大きなアドバンテージだ。

真珠としては、宿敵がすぐ同じ施設内に居る事が分かったのだ。今すぐにでも打って出たい所である。
だが、約束通り判断は指揮官である天に委ねている。
冷静に駒の役割に努め、静かに彼の指示を待つ。

「そうですね。具体的に何をしようとしているのか。まずは相手の目的が知りたいですね」

踊り場での会話に扉越しにそば耳を立て、解決策を模索していると言う曖昧な目標は分かった。
だが偶然か、それとも周囲を警戒した意図しての事か。
ハヤブサⅢはこの研究所で具体的に何をしようとしているのかは口にしなかった。

分かるのはスヴィア達と別れ碓氷と共にB2に向かったと言う事だけである。
天たちはB2にどのような設備があるのかすら把握できていない。

果たして、それは相手も同じく研究所の探索を行っている段階なのか。
それとも既に具体的な手立てを見つけ、この施設内に明確な目標地があるのか。
まずは、それを知りたい。それを知るための碓氷ではあるのだが、その戻りを待つとなるといつになるのか分からない。

「少なくともハヤブサⅢたちが地下2階に向かったのだけは分かっている。ならば、先行している小田巻さんが捕捉できるはずだ」
「つまり、小田巻の報告を待つって事か?」
「ええ。攻めるにしても彼女が戻りを待った方が戦力的にも盤石でしょう」

全ては先行した偵察、小田巻の成果次第である。
少なくとも相手の動向を探れば探索しているのか明確な目的があるのかは判断できるはずだ。
何より、戦力的にも彼女の戻りを待った方が確実だ。

真珠からすれば慎重すぎると感じられる、石橋を叩いて渡る様な方針である。
信条は変わっても、その辺の性質までは変わらないと言う事だろう。

だが兵は拙速を尊ぶとも言うが、急いては事を仕損じるとも言う。
明確な判断ミスならともかく方針の差異でしかない事にいちいち意義は唱えない。
従うと言った以上そこには従う。

「了解した。通信はどうする?」

ひとまず待機命令を呑み込んだ真珠は、通信阻害のタイミングについて問う。
彼らは備品倉庫の前で待機しており、何時でも配電室の通信を止られる状況だ。
放送装置は天の提唱する放送作戦に必要な、出来る限り残しておきたいパーツではあるが、敵に使われるわけにもいかない施設である。
何時その決断を下すべきか、放送室に何者かの潜入が確認できた時点で切るのが理想だがそのタイミングが難しい。

そもそも彼らは放送室がB2にあるのかB3にあるのかどころか、存在するのかすらわかっていないのだ。
偵察からリアルタイムの報告が出来ればいいのだが、通信が封じられているのがもどかしい所である。
それもこれもハヤブサⅢのせいなのだが。

「ひとまず、それも様子を見ます。何をするにせよまずは小田巻さんの帰還を待ちましょう」


同刻。
研究所、地下2階。

ベルのような到着音が鳴る。
到着したエレベータより、気配もなく一つの影がそのフロアに侵入を果たした。
それは上階にいる2人と同じ秘密特殊部隊に所属する新人隊員、偵察の任を負った小田巻真理である。

このフロアにも少なからずゾンビは居たが、殺してしまっては死体と言う痕跡が残る。
今回は偵察任務という事もあり殺害は避け、巧い具合に死角を突いて交戦を回避していた。

元より小市民的な臆病さと妙な大胆さを合わせ持つ小田巻の偵察能力は高い。
それが気配遮断の異能と合わせれば、それこそ同じ異能を用いなければ発見することすらできないだろう。
音に反応すると言うゾンビの特性も理解している、物音一つ立てない彼女をゾンビごときが捉えるのは不可能である。

小田巻は順調に研究所の室内を探索して行った。
研究所探訪の先駆者である紅白巫女の素人仕事とは異なり、迅速かつ要点を押さえたプロの仕事だ。
このフロアでは開発や実験と言うよりは学術的な研究が主に行われていたようである。
実験器具なんかも置かれているが、それよりも資料や手書きのメモの方が多い。

だが、今回の主目的はそう言った資料の類ではなく敵情視察だ。
先んじてこの研究所に到達したと言う何者かの動向を探る事である。
ここまではゾンビばかりで正常感染者とは出会ってはいない。

エレベータから出て2部屋目の神経工学研究室を調べ終わった所で通路の突き当りに差し掛かった。
気配を殺しつつ壁際に身を寄せる。角を曲がる前に先の確認も怠らない。
壁に背を預けるように張り付いたところで、道の先に人の気配を感じた。

足音は三つ。その内一つは下手をすれば聞き逃してしまいそうなほどに限りなく小さい。
恐らく先んじて研究所に辿り着いたと言う何者かだろう。

壁越しに慎重に相手の様子を窺う。
そこに居たのは先頭に女が一人とその後ろに男が二人。

歩き方からして女の方はプロだ。
足音もなく、一見して身のこなしに隙が無い。

白衣の男の方は見た目からして研究員だろう。
この研究所に居た研究員と言う可能性もあるが、白衣の男を引き連れた玄人の女には心当たりがある。

天と真珠が交戦したと言う、国際エージェント、通称ハヤブサⅢ。
天から共有された外見情報とも一致する。
なるほど、特殊部隊をしても厄介な相手だ。
そして最後尾、最後の男を確認する。

(…………って。碓氷さんっ!?)

思わず出てきかけた声を押さえる。
そんな特殊部隊の大敵に同行しているのは一階でスヴィアと共に待機しているはずの碓氷だった。

何がどうなっている?
どうしてこうなった?
いまいち状況が読めない。
まさか、人質にでも取られたか?

スッと小田巻の目が細まる。
もしそうならば助け出さなければならない。
手元のライフル銃を握りしめて僅かに思案する。

相手はまだ小田巻の存在に気づいていない。
気配遮断の異能を持つ小田巻の存在はハヤブサⅢと言えども見つけることなど出来ないだろう。

不意打ちを仕掛ければ確実に先制は取れる状況だ。
一発撃てば気付かれるだろうが、それで女の方を片付けられれば男の方は問題にならない。

そんな自己判断だけで動いてれば突撃していたかもしれない。
だが、指揮官である天の言葉が脳裏をよぎる。
偵察に徹し交戦は避けろと、そう厳命されていた。

冷静に考えれば碓氷がこんな所にいるのは不自然だ。
天と真珠を出し抜いて碓氷を人質にとるなんて、それこそまさかだ。
何か別の作戦が動いていると考えるべきだろう。

この報告を持ち帰る事こそが斥候の任務だ。
見に徹して相手の動向を見届けると、小田巻は音もたてずに引き下がる。
足音も立てずエレベータの方へ向かって、消えるように去って行った。


同刻。
研究所、同階。

非常階段より花子を先頭に与田、碓氷の3名は地下2階へと侵入していた。
見る限り、下層と異なり死体が転がっているような事もなく、ちらほらと彷徨っているゾンビが散見される程度である。
侵入時に大方のゾンビを春姫の異能を利用して拘束したこともあり、潜入はつつがなく果たされたようだ。

そんな廊下を、先頭の花子が伏兵に対する最低限の警戒をしながら進んでゆく。
エレベータの停止ランプからB2に何者かがいる事は分かっている。
碓氷の言う所の観光客の女が先行しているはずだ。

「ところで、碓氷先生。その観光客の人のお名前は何ていうのかしら?」
「そうですね…………小田巻さんと聞いています」

碓氷は一瞬だけ逡巡するが、答えないのも不自然かと思い直して素直に回答した。

「小田巻さん、ね」

分かっていた事だが、名前を聞いたところで心当たりはない。
当然ながら各国の諜報部や秘密部隊の隊員情報は秘匿されている。
例えばこの村に攻め入っているSSOGについても亜細亜最強の狙撃手や機械仕掛けの怪物がいるなんて噂くらいは把握しているが。
花子が名前と顔を把握しているのは直接的な面識のある真珠と、自衛隊最強と名高い大田原くらいだ。

何より、工作員だとするなら素直に本名を名乗るはずもない。
花子だって当然ながら偽名であり、知られているのはハヤブサⅢと言うコードネームだ。
彼女にとっては本名など最初につけられた名前でしかない。

この研究所にたどり着き、加えてゾンビの蔓延る危険地帯に単独で先行できるだけの実力者。
民間人である碓氷を同行させている事から、流石にSSOGではないとは思うが十中八九同業者だろう。
日本はスパイ天国だ。その手の対処に大きく後れを取っている。
この国の『Z』について調査や阻止を目論む同業者が紛れ込んでいても不思議ではない。

碓氷たちも事件の解決を目指しているのならば今の所、争う理由はない。
話の通じない野生児を除けば、花子がこれまで交戦してきたのは村人の抹殺を目的とする特殊部隊ばかりだ。
基本的に、村人同士で争う理由はないのだ。
あるとするならば火事場泥棒的に暴れる元々の異常者か、女王の殺害による事態の解決を図る強硬派くらいものである。

だが、もし仮に工作員の類なら別の政治的な理由で花子と衝突する懸念がある。
海衣たちの頑張りをこっちの事情で台無しにするのはさすがに忍びない。
交戦にならないための保険として碓氷を引き連れているが、話の通じる相手であることを祈るばかりだ。

「ところで、どちらに向かっているのですか?」

しばらく歩き続けたところで、花子の後ろを歩く碓氷が尋ねた。
研究所内の探索を行うのだとばかり思っていたが、階段からですぐ脇にあった会議室や実験準備室と言った部屋をスルーして進んでいた。
まるで、明確な目的地があるような迷いのなさだ。
その真意を探る事こそが、別行動を任された碓氷の名目上の任務である。

「そう言えば、まだ説明してなかったわね」

思い出したように花子がわずかに歩調を緩め、背後を振り返りながら答える。

「私たちは、通信室に向かっている所なの」
「通信室、ですか……? それがこのフロアにあるのですか?」
「研究所内の見取り図によればね。そうよね与田センセ?」
「ええ。通信室ならそこの突き当りにありますよ」
「なんと……」

既にそこまで把握しているという事実に碓氷が感嘆の声を上げる。
資料室で手に入れた見取り図と施設の内情にそれなりに明るい与田の案内がある。
花子にとっても未探索のフロアだが、迷うことなく突き進めたのはそのためだ。

「では、そこで外部に助けを求めるおつもりで……?」
「いえ。通信室と言っても、特定の場所と通信するための物で、他には繋がってないんですよ」

碓氷の問いにこの施設のシステムを把握している関係者、与田が答える。
碓氷は僅かに肩を落とすが、すぐさま別の疑問に気づく。

「では、何のために、いや……その特定の場所とはいったいどこなんです……?」
「研究所よ。ここじゃない本部の方ね。そこで特殊部隊を引かせるように上役と交渉するわ」

驚きを隠せず碓氷が表情を変える。
研究所との直接交渉。
想定以上に事が進んでいたようだ。

スヴィアに役割を託したように、研究所と言う施設はウイルスを調べるための物と言う先入観があった。
だが。この事態を俯瞰する上役と繋がる場所である、確かにそういう発想もあるのか。

「ですが、交渉などせずともバイオハザードが解決すれば自然と特殊部隊は引くのでは?」

特殊部隊の目的はバイオハザードの解決だ。
目的が達成されれば特殊部隊は村に留まる理由はないはずだ。

「いいえ。そうじゃないわ。バイオハザード解決のための皆殺しが、口封じのための皆殺しに変わるだけよ」

ただ殺される理由が変わるだけである。それでは意味がない。
仮に送り込まれた特殊部隊を全滅させたとしても同じ事、次の戦力が送り込まれるだけだ。
安全を図るには根本を断ち切らねばならない。
生き残るには、明確な区切りが必要となる。

「なるほど…………ですが、可能なのですか? そんなことが」
「さてね。やってみないと分からないけど、やらなきゃ可能性すらないでしょう?」

結局は確証などない出たとこ勝負だ。
だが、やらなければどんな可能性もなくなってしまう。
そこに漕ぎ付けただけ大したものだろう。

そうしているうちに、突き当りに差し掛かった。
その右手側に通信室と書かれた扉がある。

与田が通信を行っていたという話なのだから大丈夫だとは思うが。
念のためゾンビの飛び出しを警戒しつつ、慎重に花子がドアを開いてまずは一人で侵入して安全確認を行う。
部屋には最先端と思われる通信機器がずらりと並んでいた。
一見する限り通信室は無人であり、少なくともゾンビの気配はなさそうだ。

「いいわ。入って」

ゾンビはいなくとも観光客の女が潜んでいる可能性はある。
それを警戒するのなら早めに碓氷を近くに置いた方がいい。
そう判断して外にいる与田と碓氷を呼び込んだ。

「ここが通信室ですか」

そんな意図はつゆ知らず、碓氷が感心した様な声を上げ、室内の観察を始めた。
スヴィアと共に休憩室に押し込められていた碓氷からすれば研究所の設備を見るのは初めての事である。
自分の住んでいた田舎町の足元にこんなものが隠されていたのかと思うと不思議なものだ。

碓氷が感心している間に花子は室内にある死角をチェックして行き、ひとまずの安全を確認した。
そして彼女の鷹の眼が、中心に置かれた大型のモニターとPCのようなコンソールに止まる。

彼女はそこに向かうと、本体の起動スイッチを立ち上げる。
画面がゆっくりと明るくなり、画面上にいくつかのオプションが表示された。

それを確認して、花子は画面の正面の席に座る。
与田と碓氷もそれに倣い、脇にある椅子を引き寄せそこに座った。

「それじゃ与田センセ。使いかたの説明をお願い」
「えっと、じゃあまずはそこにパスを通してください」

そう言って与田が本体からケーブルでつながれたパスリーダーを指さす。
限定的とは言え、外部に情報を持ち出せるこの設備の機密レベルは相応に高い。
それで通信者が記録される仕組みなのだろう。
その説明を受けた花子は与田に向かって手を差し出す。

「なんです?」
「パス。出してくださる? 与田センセのを使うわ」

恐らく通信者は向こうに通知されるはずだ。
内通者である与田の名前でコールした方が向こうが応じる可能性は高い。

「ま、まあいいですけど。どうせパスコードの入力があるので」

若干渋々の様子ながら与田が自らのパスをリーダーに通す。
レベルの逆偽造された特殊パス。
説明の通り、画面上にコードの入力ウィンドウが表示された。

「それじゃあパスワード入力お願い」

花子は席をずらしてキー入力を明け渡す。
キャスターで滑るように移動してきた与田がキーボードに指を置いた。

「はいはい。与(4)、田(0)、四(4)、郎(6)と」
「セキュリティ意識の欠片もないパスワードねぇ」
「いいじゃないですか。ほっといてくださいよ」

パスワード認証が受け付けられ、通信用の専用画面が立ち上がる。
画面の左下には通信ログが表示されており最終通信者は与田となっている。

[2023-06-18 09:01:48] user: Takahiro Tamiya | call: Headquarters | status: Communication ended | duration: 1h03m39s
[2023-06-18 10:26:07] user: Takahiro Tamiya | call: Hospital | status: Communication ended | duration: 1m21s
[2023-06-18 21:53:25] user: Shiro Yoda | call: Headquarters | status: Communication ended | duration: 42m41s
[2023-06-18 23:55:41] user: Shiro Yoda | call: Headquarters | status: Communication ended | duration: 7m55s
[2023-06-18 23:57:02] user: Shiro Yoda | call: Village | status: Communication ended | duration: 4m19s

証言通り地震発生直後の通信が一つ。
最期の2つは放送の工作用の通信だろう。

「ありがとう、センセ」

初見のツールだが、ここまで来れば工作員である花子ならば扱いはお手の物だ。
与田を押しのけ、正面のポジションに戻るとキー入力を始める。

接続先に本部を選択して、通信用のステータスを設定。
そして、この村の運命を決める通信をコールする。
静かなブザーのような呼び出し音と共に、モニター上に「通信接続中」と表示された。

交渉役はもちろん正面の花子だ。
碓氷としても積極的に口を出すような真似はするつもりはない。
状況が思いのほか動きすぎて、出方を伺うしかないというのが正直なところだ。

「出ませんね……」
「待ちましょう」

座して向こうの応答を待つ。
このタイミングで渦中の支部からのコールがあるとは思っていないのか、それともこの支部はとっくに切り捨てられたのか、空しく呼び出し音が繰り返される。
辛抱強く待ち続けていると、電子的な鐘の音が鳴った。

画面のステータスが通信中に変わった。
眼前のスクリーンがブルーバックから切り替わり、人物が表示される。
傍らの与田が、碓氷すらも運命の一瞬に息をのむ。
正面に座る花子だけが不敵に笑みを浮かべながら画面上の相手に呼び掛ける。

『オヤ。与田クンと~、ダレだったかナ?』
「ハロー。いきなりあなたが出てくれるとは思わなかったわ。お歳の割にアクティブなのね――――梁木百乃介博士」


同刻。
研究所、地下3階。

非常階段より最下層のフロアに到達した春姫たちを出迎えたのは、床に転がる沢山の死体だった。
死を積み上げた様な地獄の淵の光景。
春姫たちからすれば既に通り過ぎた光景だが、初見のスヴィアにはなかなかショッキングだったようで言葉を失っている。

そんな不安を振り払うように先陣を切るのは荘厳なる紅白の衣を纏う巫女。
神楽春姫が夜空のような長い黒髪を揺らして、死の不穏を塗り替える神聖なる歩を進めた。
ただそこに居るだけで周りの世界をも変えてしまうような美が罷り通る。

その威光により民衆を平伏させる異能を持つ彼女は、不意のゾンビ避けと言う意味でも先兵に適任であるのだが、本人は生来のマイペースさから後ろを気にしていないだけである。
彼女の切り開いた道筋を珠がスヴィアに肩を貸しながら、ゆっくりとついて行った。

「して、どうする?」

目的地が分からない事に気づいたのか、振り返って春姫が問う。
ざっくりとした問いだが言わんとすることは伝わったようで、今度はスヴィアが珠に問う。

「……日野くん、何か『観える』かい?」

まず、どの部屋に向かうべきか。
ある程度の当たりはついているが、その確信を彼女の異能に問う。

「えっと、光ってるのはそこと、そこかな」

スヴィアに肩を貸しながら珠が差したのは2部屋。
階段から出てすぐ両脇にある脳神経手術室と新薬開発室だった。

「後はさっき碓氷先生から手渡されたサンプル(?)が一番光ってるよ」
「……そうか」

スヴィアが脇に抱えるボーリングのボールほどの風呂敷。
その中身が分かっているスヴィアからすれば気持ちのよくない重さだが。
これが希望に繋がる。それが分かったのなら十分だ。

「では、向かうぞ」

そうと分かれば即断即決。
春姫が近場の新薬開発室の扉に手をかけた。

「…………待った」

だが、そこにスヴィアから待ったがかかる。

「資料があるのなら……今のうちに確認しておきたい……」
「ふむ。よかろう」

春姫が巫女服の袂を弄り、そこから[HE-028]のレポートを取り出した。
スヴィアは手渡された資料を受け取ると、それに目を通してゆく。
春姫が読み飛ばした概要欄を超え、小難しい内容の実験詳細に苦も無く目を通してゆく。
流石は元研究者と言ったところか。
スヴィアが資料を読み込む間、僅かに時間が発生する。

「あっ、そうだ……!」

そこで、何かを思い出したように珠が声を上げた。

「先生。すぐそこで見張りをしてる海衣さんに声だけでもかけておきたいんですけど」

思わぬ出会いもあり、花子たちとも別行動をとることになった。
この3階に居残って殿を務めている海衣に、せめてその状況説明だけでもしておきたい。

「ああ……そうだね……日野くんは……そのまま周囲の警戒を頼めるかな……?」

これからは珠の異能はそれほど必要ない。
そのまま外の警戒を任せた方が適材適所だろう。
何より、これからやろうとしている行為は珠に見せるには少し刺激が強すぎる。

「わかった。それじゃあ、行ってくるね!」

珠がおっかなびっくり地面に転がる死体を避けながら廊下を駆けてゆく。
突き当りの角を曲がったところでその姿は見えなくなった。
その姿を見送ってスヴィアは資料を閉じた。

「……おおよそ理解した……ありがとう」
「うむ。よきに計らえ」

返却されたレポートをしまい、改めて春姫がL3パスを通して扉を開く。
脳神経手術室にはメスや鉗子と言った手術道具が一通りそろっており。
新薬開発室には分光器やクロマトグラフィー装置、電子顕微鏡までそろっているようだ。
流石に最先端の研究施設だけあって、解析作業を行うのにこれ以上ない環境である。

「…………できれば、君にも……外に出ていて欲しいのだけど……」
「何故だ?」

純粋な問い。
別に何が出来るでもないが、春姫は居残る気でいるようだ。
正面から理由を問われ、スヴィアは珠に行ったようなはぐらかしはせず正直に答える。

「これから…………ボクは感染者の、脳を調べる。素人には少々目に毒だ……」
「脳だと? そんなものがどこに…………ああ、そう言うことか」

視線をスヴィアの手にした風呂敷に包まれた何かに向ける。
それだけでサンプルがなんであるかを察したのか、春姫は一人頷く。
だが、それを理解しながらも春姫は部屋を出て行くでもなく、その場に腰を据えた。

「構わぬ。全てを見届けるが妾の務めよ」

剣を杖の様に付き仁王立つ。
何の務めなのかはよくわからないが、大した責任感である。
そこまで言われては説得しても無駄だろう。

「分かった……任せよう」

腹を決めたスヴィアは、脳神経手術室へと入って行った。
手術着の着用や消毒は省略して、解剖(オペ)を開始する。

手術台に乗せた風呂敷の包みを解いて中身を露にする。
現れたのは、無惨にも切り取られた男の生首だった。
これを見て流石の春姫も僅かに眉を顰める。

「なんだ。こやつ妾に無礼を働いた気狂いではないか」

彼女の美しい眉を顰めさせたのは、その凄惨さよりも、見覚えのあるその顔そのものだった。
不遜にも女王を一度殺したテロリスト、物部天国。
罪人のごとく晒された首は、まさしくその人であった。

だが、不敬者であれどこうなっては憐れなものだ。
寛大なる女王は死者に罪は問わぬ。
死してなおその身をささげると言うのなら、その献身を許そう。

スヴィアは手術台の脇にあったメスを手にして、頭部にその先端を当てる。
スッと手を引き、頭部の皮膚と筋肉を綺麗に切り分け、果実の皮をむく様に頭蓋を剥きだす。

次に、頭蓋に穴をあけるべくドリルを手にした。
スイッチを入れ、脳を傷つけぬよう慎重に頭蓋に押し当てようとするが。
傷の痛みで握力が入らず、ドリルの重量と振動を抑えきれず手が震えた。

このままでは上手くいきそうにないため、一旦手を離し呼吸を落ち着ける。
そこに見学者であった春姫がつかつかと手術台まで近づいてきた。

「…………神楽くん?」
「煩わしいな。要は、脳(なかみ)が取れればよいのであろう」

言うが早いか、春姫が聖剣を振り上げると柄先による一撃を頭蓋骨に叩きこんだ。

「ちょ………………ッ!?」

頭蓋が砕け、漏れ出した脳脊髄液が零れる。
確かにスヴィアは開頭手術の要領で慎重になっていた。
病理解剖と言えども出来る限り遺体に敬意を払い無意味に傷つけないようにするのが常識だ。
だが、切り開いた頭蓋を元に戻す必要はないのだ、術後を心配する必要はない。

とは言え、思い切りが良すぎる。
中身までぐちゃぐちゃになっていたら、どうするつもりだったのか。
一仕事終えた春姫は踵を返し、入り口前で腕組み待機に戻った

ともあれ助かったのは確かだ。
ドリルを置いたスヴィアはヒビ割れた頭蓋を鉗子で慎重に剥ぎ取って行き、内側の脳を露出させた。
スヴィアは露わになった脳をスカルペルとピンセットで慎重に切り取り、固定化のためホルマリンの中に浸す。
そこにマイクロウェーブを照射して固定化を完了すると、次に脳細胞を自動組織プロセッサにセットして脱水と透明化を行った。

通常であれば数時間や数日かかる作業が数分で完了する、さすがは世界最先端の研究施設だ。
そうしてサンプルをパラフィンで包み込み、マイクロトームで薄くスライスして、薄く切られた組織をプレパラートに載せた。
専門知識がなければできない作業を完了させ、一旦スヴィアがふぅと息を吐く。

「終わりか?」
「ああ…………ここでの作業は完了だ…………部屋を移そう」

脳細胞を乗せたプレパラートを片手に脳神経手術室を後にする。
春姫は優しく肩を貸すような真似はしないが、道を切り開くように先頭を行き新薬開発室の扉を開く。
スヴィアはその導きに従い、覚束ない足取りながら前へと進み部屋を移した。

そうして、脳神経手術室で抽出したサンプルを電子顕微鏡へとセットする。
スヴィアはまずは低倍率でサンプルを観察し、接眼レンズを覗きながら焦点、明るさ、コントラストを調整する。
焦点を微調整し、適切にピントを合わせると電子顕微鏡の微弱な電子のビームが脳と言う神秘を照らし出した。

枝葉のようなシナプスや影のようなグリア細胞が煌めき、その交わりはまるで微細な一つの宇宙だった。
脳と言う小宇宙の中で、遂にこの惨事の原因(ウイルス)とついに対面できる。
そのはずだった。

「どうした……?」

顕微鏡を覗くスヴィアの様子がおかしいことに気づき、春姫が尋ねる。
傷によるものか、それとも別の意味合いか、顔色を悪くしたスヴィアが小刻みに体を震わせていた。

「………………ない」
「ない?」
「何もない…………ウィルスが、どこにも確認できない…………」

この村を侵したウイルスを調べ上げ、全ての真実を解き明かすはずだった。
だが、ウイルスによって汚染されているはずの脳にウイルスの姿はどこにも確認できなかった。

存在しないのでは調べようがない。
余りにも絶望的とも言える状況だ。
これではどうしようもないではないか。

「…………そう言う、ことか」

愕然とした声。
スヴィアが身を抱くように震える。

「できる…………」

その身の震えは絶望によるものではない。
武者震いにも似た歓喜の震えだ。

顔を上げ、研究者は断言する。


「――――――――――このバイオハザードは解決できる」



『ソレデ? キミたちはダレだったかナ?』
「私は今は田中花子を名乗ってるわ。こちらは村の教師の碓氷誠吾先生。よろしくねん、梁木博士」

東京と岐阜。
村の地下で通信機器越しに300㎞離れた者たちが言葉を交わしていた。

巨大なモニターに映し出されるのは、白衣の老人である。
未来人類研究所副所長、梁木百乃介。研究の根幹を担う大物だ。
その顔を見て平研究員である与田が意外そうな顔で呟く。

「まさか副所長が直接出られるだなんて…………長谷川部長が出るものだとばかり」
『そうダネ。コウ言った応対は長谷川くんに任せているのだけド、彼女は別件で忙しくしていてネ』
「別件…………?」

研究所側でも何か起きているのか。
事情など知りようもない与田は首を傾げる。

『ソレで? 何の用かネ。コチラもイロイロとバタバタしていてネ』
「何の用とはご挨拶ね。お蔭さまでこちらもバタバタ具合ではこちらも負けてないわよ。製造元にクレームの一つは入れたくなるもんでしょう?」

花子は皮肉を返す。
老人は愉快そうにカカカと笑った。

「ま、お互い忙しいようですし、さっさと本題に入りましょうか」

ここまで来て無駄な駆け引きも不要だ。
単刀直入に本題に入る。

「村にいる特殊部隊を引かせていただけるかしら?」
『ウ~ん。ソウ言われてもネ、彼らは別に我々の部下という訳ではないからネェ』

率直な要求に対して老人はとぼけるように、痣のついた額を掻く。

「そうだとしても、上を通して働きかけることはできるでしょう?」
『ダガねェ。彼らは事態の収拾のための派遣部隊だヨ? 事態の解決もなく引き下がらせる訳にもいかないダロウ。
 こちらとしても未完成のウイルスが流出して無駄な被害が出ることは避けたいノサ。人道的にネ』
「人道ねぇ……」

感染者を外に出すわけにはいかない。
被害拡大を防ぎこのバイオハザードを解決するという目的だけは全員の共通目的だろう。

「そんなにウイルスの流出が怖いのなら、嘘でも安全な解決策を提示して正常感染者を集めて、そこを一網打尽にすれば終わりだったでしょう?」
『嫌だネェ。ソンな悪辣な発想はワタシには思いつかなかったヨ。村民たちの自主解決の猶予くらいは与えて上げないとネェ』
「そのための48時間だと?」
『アア。そうだヨ』
「それは嘘ね」

異能で顔色を窺っていた碓氷が口を挿むまでもなく。
花子が即座に嘘であると、はっきりと断ずる。

「それに、特殊部隊の動きはあなた達にとっても不都合だったはずよ」
『ふぅむ? どういう意味カネ?』

惚ける様な口ぶりだが、モニター越しの老人の目つきが僅かに変わったような気がした。

「村内に流された放送はあなたたちの手によるものだった。こちらの与田先生から裏は取れてるから、おとぼけはなしでお願いね。
 アドリブにしては手際が良すぎる。このバイオハザードがあなたたちによるものではないにせよ元から何かあった時の手順は決められていたんじゃない? 与田先生もそのための要員だったんでしょう?」

世界の命運を賭けたこの研究に遅れは許されない。
研究所がダメになった場合、最低限の成果を回収する仕組みは常に備えられているはずだ。

「あなたたちとしては事態を引き伸ばして、感染者の動向を観察したかった。あるいは本番のシミュレート? 意図的に欠落した情報を与えどうなるかの観察と言った所かしら?
 48時間と言う時間はそのための猶予なのでしょう?」

このウイルスを世界中の人間に感染させる必要がある。
その本番で起こりうる世界的な混乱を観察するための時間。
それは自主解決のための猶予などではなく、感染者の動向を観察をしたい研究所側の都合でしかない。

「けれど、そうなると特殊部隊の連中はあなたたちにとっても不都合だったはずよ。
 特殊部隊なんてプロを送り込まれては48時間どころか素人なんて1日と持たない。早々に片を付けられるのはそちらとしても都合が悪かったんじゃない?」

資料にもあった通り48時間がタイムリミットと言うのは事実だろう。
だからこそ研究所としてもギリギリまで引っ張りたかったはずだ。
経過の観察がしたいのなら特殊部隊の介入は最低限、最後の掃除役と事後処理だけを任せればいい。
恐らく現状の動きは特殊部隊側の独断先行である可能性が高い。

『そうでもないサ。彼らは十分に役に立ってくれているヨ』

その動きを研究所側は受け入れた。
強いストレスによるウイルスの定着を観察するストレステストにシフトしたのだ。
女王探しと言う疑心暗鬼もそれに一役買っている。
研究所としても特殊部隊の利用価値はある。

「つまり、彼らを引かせるつもりはない、と?」
『ソウだネ。少なくとも事態を解決しない事にハ、引かせル理由がないネ』
「だったら解決すればいいのでしょう?」

そう言ってエージェントは不敵に笑う。
研究者はふむと呻った。

『解決するというのハ、キミが女王を殺害してくれると言う事カイ?』
「『そこ』よ」
『?』
「あの放送の問題は『そこ』よ。殺害なんて物騒な方法しかないと提示されてしまったから『こう』なってる」

事件を引き起こした元凶が細菌保管庫を爆破したテロ組織なら。
村人同士の無用な争いが発生しているのは、あの放送が元凶だ。

「安全に解決する手段が提示されていたなら、感染者だって喜んで協力したでしょうし、SSOGの連中も物騒な手段に出なかった。違って?」
『ソンなものがアレばヨカったんだけどネェ。それともソンな方法がキミに提示出来るのカネ?』

相手の領分に土足で踏み込む発言である。
ハッタリではすまされない。

「私には無理ね。けど、それを見つけ出せる協力者がいる」
『協力者ネェ。ソコの与田くんでは無理ダロウ?』
「そうね。けどスヴィア博士がいるわ」
『スヴィアくんカァ。覚えているヨ。確かに、優秀な研究員だったネ。
 ダガ、研究員たち日々研究を重ねてまだ発見できてない方法を彼女が提示できるとデモ?』

支部とは言え、この研究所はスヴィアに匹敵するような天才たちが集う魔窟だ。
そんな研究員たちに発見できていなかった解決策を、たった数時間で用意する。
それは現実的な目標と言えるのか?

「今、スヴィア博士がこの研究所で感染者の脳を調べているわ。
 アナタたちだって、ウイルスの蔓延する環境下で感染した人間の脳を調べたことはないでしょう?」

正攻法では無理でも、ここは最前線の実験場だ。
思いもよらぬ解決策の発見は十分に期待できるだろう。

「ともかく、ここで水掛け論を続けるつもりはないわ、長々とやってる時間もないしね。結論と約束を頂きたいわ。
 私たちを解決策を見つけられたら、特殊部隊を引かせるよう取り計らって頂戴」
『ダがネェ。事後処理や君らの緘口令は必要だヨ。世間に無用な混乱を招くのは本意ではナイからネェ』

世界が滅ぶだなんて事実を世間に公表できるはずもない。口封じは必要だ。
意識のないゾンビたちはともかく、正常感染者の生き残り、特にZを知った研究所にまでたどり着いた面々の口止めは必須である。

「それはどうとでもなるでしょう? それこそ、研究所で囲って監視を付けてくれても構わないわよ。
 ウイルスの影響がなくなったとはいえ、正常感染者となった生きた検体よ。あなた達としても調べたいんじゃない?
 どうせ長くとも数年の話でしょう? その程度なら私も協力するわ」

命を天秤にかけられてまで喋りたいなんて人間はそうそういるものではない。
正直、生き残りもそう多くはないだろう、数年くらいであれば説得も不可能ではない。
世界のタイムリミット。それが過ぎれば研究を秘匿する意味もない。
何より研究が失敗すればそれを咎める人間もいなくなる。

『ふむ…………』

生きた検体と言うのは魅力的だったのか。
老人は考え込むようなそぶりを見せる。
その好きを見逃さず花子は畳かける。

「もう十分データは取れたでしょう? これ以上事態を大きくしても採算が合わなくなるんじゃない? お互いこの辺が落としどころだと思うわよ。
 そちらとしても別にこの村を滅ぼしたいわけじゃないんでしょう? なら手を差し伸べるべきじゃない、人道として」

譲歩の条件を引き出して行き、最後に人道を説いた。
この意趣返しに老人が破顔する。

『カカカ。面白いネェ、キミ。マァ、イイだろウ。そのハッタリに乗って上げるヨ。当然、成果は必要だがネ』
「分かってるわ。まずはこのバイオハザードの収束。その後の事後処理や緘口令への協力する。ですから、そちらもちゃんと約束を守って下さいね、お爺様」

あくまで解決を前提とした口約束ではあるのだが。
終了条件の約束を取り付け交渉は完了した。


碓氷の心は感動に打ち震えていた。

研究所との直接交渉。
聞かされていない驚きの情報も幾つか出てきたがそれよりも、碓氷の心を震わせたのはその手腕だ。
そこまで取り付けたこと自体もそうだが、見事に研究所に譲歩させ終了条件を引き出した。

研究所にたどり着ている時点でただの物ではないのは分かっていたが想像以上だ。
上手くいけば、本当にこの災厄を解決できるかもしれない。

碓氷が特殊部隊に付き従っているのは、その方法はもっとも生存率が高いからだ。
恩も義もない。より高い方法があればすぐさまそちらに飛びつく蝙蝠のような男だ。

特殊部隊には下手を撃てば切捨てられるかもしれないと言うリスクが付きまとう。
綱渡りのような道筋よりも、安全な順路を進めるならば碓氷にとっても望ましい。

だが、今の段階ではまだ天秤は特殊部隊の方に傾いている。
単純に戦力に圧倒的な差がある。

ましてや、花子はまだその存在に気づいていない。
不意を打って急襲されればあっという間に皆殺しにされるだろう。
それに巻き込まれるのはごめんだ。

だが、碓氷が花子側に付くなら話が別だ。
碓氷がその存在を伝えれば、少なくとも一方的にやられる展開は避けられるかもしれない。
花子は消すには惜しい線だ。

花子は碓氷の怪しい動きにも気づいているし、花子がそれに気づいている事も碓氷は気づいている。
異能を使う間でもなくそれくらいは分かっている。
別に碓氷は花子たちと信頼関係を気付きたいわけではない。
そもそも特殊部隊ともそんなもので結ばれてはいない。

ただ生き残る。
そのためにどちらに付くのが得か。
あるのはそんな損得勘定だけである。

だが、それは明確な天たちに対する裏切り行為となる。
これは両立できるスヴィアのラインと違い、どちらかを選ぶ明確な択だ。
さぁ、どう決断する?

【E-1/地下研究所・B2 通信室/1日目・午後】

田中 花子
[状態]:左手凍傷、疲労(中)
[道具]:H&K MP5(12/30)、使いさしの弾倉×2、AK-47(19/30)、使いさしの弾倉×2、ベレッタM1919(1/9)、弾倉×2、通信機(不通)、化粧箱(工作セット)、スマートフォン、研究所の見取り図、研究所IDパス(L3)
[方針]
基本.48時間以内に解決策を探す(最悪の場合強硬策も辞さない)
1.ひとまずスヴィア達と合流

与田 四郎
[状態]:健康
[道具]:AK-47(30/30)、研究所IDパス(L3)、注射器、薬物
[方針]
基本.生き延びたい
1.花子に付き合う
2.花子から逃げたい

碓氷 誠吾
[状態]:健康、異能理解済、猟師服に着替え
[道具]:災害時非常持ち出し袋(食料[乾パン・氷砂糖・水]二日分、軍手、簡易トイレ、オールラウンドマルチツール、懐中電灯、ほか)、ザック(古地図)
    スーツ、暗視スコープ、ライフル銃(残弾4/5)、研究所IDパス(L1)、治療道具
[方針]
基本行動方針:他人を蹴落として生き残る
0.花子を取るか乃木平を取るか考え中
1.乃木平の信頼を得て手駒となって生き延びる。
2.捨て駒にならないよう警戒。
3.隔離案による女王感染者判別を試す
[備考]
※夜帳が連続殺人犯であることを知っています。
※真理が円華を犠牲に逃げたと推測しています。


「どういうことだ?」

神聖さを湛えた美しき巫女が問い、黒曜石のような瞳を鋭く細めた。
狂おしき憎国者、物部天国の脳を解剖して真実に迫ったが、確信たるウイルスの姿を確認することは叶わなかった。
にも拘らず、この事件を解決できるとはどういうことなのか?
その問いに、外見に幼さを残す若き天才研究者は答える。

「…………キミから拝見した資料には……こう書いてあった。
 非活性化したウイルスは洗い流せる……と」
「ふむ?」

珠をあの場から離れさせるための口実として手にした資料。
そこにはこう記述されていた。

1.5. 活性化と非活性化
コミュニティ設定は感染時に確定し、母体[HE-028-A]が死亡すると、子型[HE-028-C]の活動も停止する。
 →別のコミュニティで発生させた[HE-028-A]感染者同士の交換を行い、片側の[HE-028-A]感染者を死亡させたところ、影響を受け活動を停止したのは元のコミュニティの[HE-028-C]感染者であった。
 →非活性化後、睡眠中の脳脊髄液によりウイルスは除去されることが確認されている。

「そうさな。確かにそうであった」

春姫もそれは確認している。
つまり、宿主が死亡し非活性化したウイルスは春姫が頭蓋を砕いた際に脳脊髄液と共に流れ出たのだ。
宿主が死亡後にウイルスは非活性化する。そして非活性化すればウイルスは洗浄できる。
ウイルスが存在しなかったという理由は分かった。

「だが、それは宿主が死んだ場合であろう」

だからこそこのバイオハザードを解決するために女王感染者は死ななければならない。
それが解決のための大前提であり最大の問題点だ。

「……殺さずとも……一時的にでも……ウイルスを非活性化させる方法があればいい」

今から特効薬を開発する必要もない。
ウイルスの活性化を強制的に停止する事が出来れば、脳のウイルスは洗浄できる。

「宿主を殺さず、ウイルスの活性化だけを止める。そのような都合のいい方法があるとでもいうのか?」

この研究所では最高の研究者たちが最新鋭の設備で研究を行っている。
そんな彼らが見つけられなかった全てを救う都合のいい手段。
そんなものが存在するのか?

「ある――――――異能だ」

適合者ごとに発生すると言う異能。
行われた研究や検証は、当然科学的見地の下に行われた物だ。
だからこそ、見落としたイレギュラーである。

そもそも、この[HE-028]は人間の無意識化にあるイメージを出力するのが本来の機能である。
異能はその過程で意識的な部分が出力されるという、研究所からしても想定外の副作用だ。
何が飛び出すか分からないのだから、当然考慮に含まれていない。

「しかし、それも都合の良い夢想であるという点は変わらぬ。
 それとも、貴様にはその異能に心当たりがあるとでもいうのか?」
「…………ああ、その方法(いのう)に…………ボクは心当たりがある」
「ほぅ――――」

既に答えを得ているスヴィアの回答に感心したように言葉を漏らす。

「―――――天原くんだ」
「天原……?」

知らない名に、春姫が長い黒髪を滑らせ首を傾ける。

「ウイルスを否定する異能だ。彼の異能があれば、このバイオハザードは解決できるかもしれない」

ウイルスによって生み出された、ウイルスを否定する異能。
人間の脳には睡眠中に脳内の老廃物を脳髄液によって洗い流す、グリンパティックシステムと言う洗浄機能が存在する。
天原の異能がウイルスの活動を一時的に無効化する効力であるのなら、睡眠中の頭に彼の右手が触れ続けていれば、非活性化した脳内ウイルスを完全に洗い流せるかもしれない。
その処置を女王感染者に施せば、ウイルスの影響は沈静化できる。
一度洗い流してしまえば、抗体ができているのだから再感染の心配もない。

「なるほど。つまりはその天原何某の異能を妾に施せばよい、そういう事だな?」
「う、うん……? そうだね…………?」

春姫と言うより女王感染者にではあるのだが。
女王の特定方法が見つからなかった場合、総当たりで全員に試すというのも一つの手だ。
殺害以外の方法論が出せるのならば、こういった手段も可能となる。

だが、それもこれも、創が無事であるという前提の方法論である。
何より創との合流が必須となるが、特殊部隊の監視下では難しい。
素直に天に報告したところで、彼らが創の保護に協力してくれるか?
くれるかもしれないが、果たしてそれが望む結末に繋がるのか?

花子に連れていかれたおかげで碓氷はこの場にいない。
彼に密告される恐れはないのは僥倖である。
この話を知るのは春姫だけだ。

希望の糸は見えた。
後はこの情報をどう使うか。

誰に与するか。誰を救うか。誰を見捨てるか。
蜘蛛の糸をどこに垂らすべきなのか、その決断を迫られる。

「…………なんだ?」

思い悩むスヴィアの異常聴覚に、外より異音が捉えられた。


2階の偵察を切り上げた小田巻が1階に帰還し、天たちに偵察の報告を行っていた。
小田巻の方も天から、碓氷が村民として相手の懐に潜り込み情報を聞き出すスパイ役を自ら買って出たと言う経緯を聞き及び、ひとまずの納得を示しているようだ。

小田巻の偵察は途中でハヤブサⅢの一行と出くわしたため、フロアの探索は半分までしか行えなかった。
それもちょっとした問題だが、それ以上に問題なのはハヤブサⅢが真っ直ぐに通信室に向かったと言う事だ。

「通信室に向かった、か」

真珠が呟くように言う。
迷いのない動きからして、元よりそのつもりだったのだろう。
迷いなく向かっている事から彼女たちは既に研究所内の構造を把握しているようだ。

研究者らしき男を引き連れていたのだから内情を把握しているのは当然と言えば当然なのだが。
あの冴えない男の印象がこの施設の重要さと噛み合わず妙な目晦ましになっていた。

「失態のお叱りは後程」

まさか真っ直ぐそこに向かうとは。
自らの策のため通信遮断の判断を先送りにした天のミスだ。
だが、今すべきは失態を責めたり悔いる事ではなく、どう対応するかを決める事である。

「で、どうする? 今からでも遮断するか?」
「いや。すでに手遅れでしょう。ならばこの状況を利用しましょう」

下手に通信を遮断して警戒させるよりは、そのまま通信を続けさせて通信室に釘付けにした方がいい。
失敗を引きずるのではなく、すぐに頭を切り替えその状況を利用する。
意外と参謀向きの性格をしているのかもしれない。

「相手を通信室に釘づけにして、そこを叩きます。
 私と小田巻さんはエレベータから、黒木さんは階段から回り込んでください」

双方から2階に踏み込み、挟撃で逃げ場を塞いで一気に叩く。

「最優先目標はハヤブサⅢ。こちらは黒木さんにお任せしますが、状況によっては我々も援護しますがよろしいですね?」
「ああ。構わねぇよ」

一対一の状況を作るという真珠との約束。
だが、真珠とて私情と任務の優先順位くらいは理解している。
手を出されるのは業腹だが、そうなったのなら自分の実力不足が問題だろう。

「私と小田巻さんは与田研究員を優先。可能であれば事情聴取のため捕獲を目指しますが、取り逃がす恐れがあれば殺害しても構いません」
「了解」

ハヤブサⅢは必殺。簡単に生け捕りにできる相手でもない上に、拷問した所で何を話すとも思えない。
研究員の方は何か重要な情報を持っている可能性もあるためできれば尋問したいところである。
だが、潜り込んだ碓氷が何か情報を引き出している可能性もあるため優先度は低い。
ひとまずの方針を確認した所で、質問ありと小田巻が片手を上げ尋ねる。

「碓氷さんはどうするんですか?」
「回収を目指しますが標的の殲滅を優先します。彼の安全を考慮して加減するようなことはしません」

殺す必要はないが、救助のために手を裂くつもりもない。
最悪巻き込んで殺してしまっても構わないという事だろう。
つまりは、仮にハヤブサⅢに人質に取られた場合でも人質ごと殺せと言うお達しである。

「了解しました」

小田巻はこの方針に異議を示すことなく納得を示す。
小田巻が碓氷に恩義を感じているのは真実だが。
それはそれで仕方がない。そう割り切れるのがこの女の恐ろしいところだ。

「これ以上の質問がなければ、一四〇〇に作戦行動を開始します。
 それまで黒木さんは階段前で、我々はエレベータを呼び出した状態で待機します。よろしいですね」
「「了解」」

規律良く重なる声と共に、作戦行動が開始される。
真珠は迅速に階段前まで駆け出し、天たちもエレベータ前に向かうとエレベータを呼び出し、作戦開始に備える。

周囲の警戒をしつつ緊張感を高め無言のまま小田巻と共に待機。
天が時計に目を落とし、針が2時を示したところで、エレベータに乗り込む。

四角い箱が地下へと下って行き、数秒と経たずB2へと到達する。
フロアを偵察した小田巻に先導させ作戦行動を開始すべく駆けだしたところで―――――。


―――――凶星が落ちる。


ドカン、と。

エレベータを飛び出した2人の背後で、落雷でもあったかのような轟音が響いた。
駆けだそうとした天と小田巻が、思わず足を止めて背後を振り返る。

だが、背後あるものと言えば、今しがた天たちが乗っていたエレベータくらいのものだ。
ならばこの轟音は、そこから響いたものであるという事。

見れば、何か巨大な物が落下したのかエレベータの天井が大きく凹み、エレベータのカゴ全体が僅かに沈んでいる。
天井の凹みは徐々にその形を変え、重量に耐えきれなかったのか天井を突き破るようにしてエレベータの中にソレは落ちてきた。

ソレがなんであるがを理解した小田巻が、この世の終わりのような顔をして叫ぶ。

「げぇっ!!? 大田原さぁんッ!!!???」

【E-1/地下研究所・B2 エレベータ前/1日目・午後】

乃木平 天
[状態]:疲労(中)、ダメージ(中)、精神疲労(小)
[道具]:拳銃(H&K SFP9)、サバイバルナイフ、ポケットピストル(種類不明)、着火機具、研究所IDパス(L3)、謎のカードキー、村民名簿入り白ロム、ほかにもあるかも?
[方針]
基本.仕事自体は真面目に。ただ必要ないゾンビの始末はできる範囲で避ける。
1.研究所を封鎖。外部専用回線を遮断する。ウイルスについて調査し、VHの第二波が起こる可能性を取り除く。
2.一定時間が経ち、設備があったら放送をおこない、隠れている正常感染者をあぶり出す。
3.小田巻と碓氷を指揮する。不要と判断した時点で処する。
4.黒木に出会えば情報を伝える。
5.犠牲者たちの名は忘れない。
[備考]
※ゾンビが強い音に反応することを認識しています。
※診療所や各商店、浅野雑貨店から何か持ち出したかもしれません。
※成田三樹康と情報の交換を行いました。手話による言葉にしていない会話があるかもしれません。
※ポケットピストルの種類は後続の書き手にお任せします
※ハヤブサⅢの異能を視覚強化とほぼ断定してます。
※村民名簿には午前までの生死と、カメラ経由で判断可能な異能が記載されています。
※診療所の周囲1kmにノイズが放送されました。

小田巻 真理
[状態]:疲労(中度)、右腕に火傷、精神疲労(中)
[道具]:ライフル銃(残弾4/5)、血のライフル弾(5発)、警棒、ポシェット、剣ナタ、物部天国の生首、研究所IDパス(L2)
[方針]
基本.生存を優先。乃木平の指揮下に入り指示に従う
1.げぇっ!? 大田原さん!?
2.隔離案による女王感染者判別を試す
3.八柳藤次郎を排除する手を考える
[備考]
※自分の異能をなんとなーく把握しました。
※創の異能を右手で触れた相手を昏倒させるものだと思っています。

大田原 源一郎
[状態]:ウイルス感染・異能『餓鬼(ハンガー・オウガー)』、意識混濁、脳にダメージ(特大)、異能による食人衝動(絶大・増加中・抑圧中)、脊髄損傷(再生中)、鼓膜損傷(再生中)
[道具]:防護服(マスクなし)、装着型C-4爆弾、サバイバルナイフ
[方針]
基本.正常感染者の処理……?
1.???
2.???
3.???
※異能による肉体の再生と共に食人衝動が高まりつつあります。
※脳に甚大なダメージを受けました。覚醒後に正常な判断ができるかは不明です。

【E-1/地下研究所・B2 階段前/1日目・午後】

黒木 真珠
[状態]:健康
[道具]:鉄甲鉄足、拳銃(H&K SFP9)、サバイバルナイフ、研究所IDパス(L1)
[方針]
基本.ハヤブサⅢ(田中 花子)の捜索・抹殺を最優先として動く。
1.通信室を急襲する。
2.ハヤブサⅢを殺す。
3.氷使いも殺す。
4.余裕があれば研究所についての調査
[備考]
※ハヤブサⅢの現在の偽名:田中 花子を知りました
※上月みかげを小さいころに世話した少女だと思っています


午後を超えて間もない頃。
研究所の地下3階。エレベータ前。

侵入者の警戒のため見張りをしていた海衣の下に珠がやってきたのは、彼女が見張りを始めて程なくしての事だった。
研究所内で碓氷、スヴィアと両教師と遭遇。花子と与田は碓氷と共に通信室へ、珠は春姫と共にスヴィアとウイルスの調査のため3階に戻ってきた。
そういう経緯を珠より聞かされる。

ただの教師がこの研究所にたどり着けるものなのか?
仲間を偵察に出しておきながら、わざわざ接触してきたというのも不自然だ。
不審な点はいくつかある。

だが、花子と出会った海衣のように、珠たちの出会ってない同行者と言うのが花子のようなプロであった可能性もあるだろう。
何より、海衣が気づく程度の疑念に花子が気づいていないはずもない。
その上で行われた判断なら、何か考えあっての事だろう。

報告を終えた珠は、そのまま周囲の警戒に加わった。
監視の対象はエレベータと隠し通路のある解析室の2か所だ。
2人でそれぞれを担えば負担も減るし異変を見逃すリスクも大幅に減る。

エレベータは引き続き海衣が、隠し扉へ続く解析室の方を珠が担当することになった。
珠の眼が見ているのは物理的な動きではない、運命の光だ。
物理的な障壁があろうとも危機察知が可能であり、扉の閉じたその向こうに対する監視役には適任だ。
今の所、彼女から不審な動きを捉えたという報告はない。

対して、エレベータの動きを監視していた海衣は2度のエレベーターランプの動きを確認している。
2階から1階、1階から2階。
花子たちがエレベータに乗った訳ではないだろう。
恐らく、珠の話にあった碓氷の同行者という何者かだ。

最初の移動は2階に先行していたと言う碓氷たちの同行者が1階に戻った時のものと考えるのが自然だ。
そうなると、次の移動は1階にいない碓氷とスヴィアを追って2階に戻ったのか?
エレベータが2階に付くとほぼ同時にエレベータ扉から聞こえた衝突音らしき音も気にかかる。

どうにも上階に不穏な気配を感じてしまう。
2階の通信室に向かった花子たちも心配だ。
エレベータの方も珠に確認してもらうべきだろうか。
そう考えたところで。

「海衣さん、こっち来て!!」

隠し通路の方を見張っていた珠が大声を上げて海衣を呼んだ。

「何か来そう!」

直感的な物言い。
だが運命を見る眼を持つ珠が言うのなら間違いはない。
海衣には何も感じられないが、彼女の異能はこれまで多くの危機を知らせてきた。

そうして海衣が扉の前に駆けつけたところで、光となった運命あら僅かに遅れて奥の資料室の方から物音が聞こえた。
隠し通路から何者かやってきたのは確かなようだ。

「光はどう?」
「大きい。凄く」

大きい光。
珠の異能は好悪を判断できない。
それを判断するのはこの場を任された海衣だ。
海衣は決断を迫られる。

仮に訪れたのが善良な村人だったら、ようやくたどり着いた研究所から門前払いする事になる。
それは救いを求めてやってきた誰かを見捨てるという事だ。
それに何より脱出口を一つ潰すことになる。

だが、危険人物だったら全員を危険に晒すことになる。
何よりあの侵入口は珠と言う異能者がいたから見つけられた入口だ。
わざわざ秘密の扉を見つけて研究所への侵入を果たした人間がただの村人であるとは考えづらい。

「入り口を塞ぐ。珠ちゃんは少し下がって」

海衣は決断を下す。
解析室の入り口を氷で固める。
謎の闖入者には悪いが、ここでお引き取り願おう。

自然物を氷結させる異能『花鳥氷月』。
扉の周囲の空気を凍らせ、氷で扉を封印する。
こうなってしまえば氷を溶かせる茜のような異能者でもいない限り、そう簡単に開くことはないだろう。

「離れよう。田中さんたちと合流したい」
「う、うん」

ひとまずこの場を離れる。
侵入を防いだとは言え、異変があった事を花子に伝え判断を仰いだほうがいいだろう。
まずは、春姫とスヴィアに侵入があったことを知らせて、花子たちと合流して2階へ。

そう行動を開始しようとしたところで異音が聞こえた。
冷たい氷で覆われた扉からガリガリと氷が削られるような音が響く
しばらく音は続いていたが、諦めたのか程なくして音が止んだ。

だが、その静寂も数秒。
突如、静けさを切り裂くように、扉に何かが激しく叩きつけられる音が響いた。
そして幾度目かの音と共に、厚く堅固な氷の層から鋭い刃が飛び出した。

それは爪だ。
鋭い爪が氷を貫き、少女の世界に侵入しようとしている。

知らず、少女たちは足を止めて息をのむ。
その視線は扉に釘付けにされていた。

扉の氷がひび割れ始め、徐々に大きく広がっていく。
そこに再び爪が突き刺さると、ついに氷は耐えられず、大きな音とともに砕け散った。

「におうな、忌まわしき彼奴の血脈が」

氷の残骸の間から漏れる不気味な影。
破壊された扉の向こうから少女の姿をした『魔』が姿を現した。
その視線は海衣たちを見てすらいない。
もっと遠くにある何かを見つめていた。

「お前ッ、お前は――――――ッ!」

その顔を見て、海衣が身を震わせ、怒りにカッと目を見開く。
それは忘れるはずもない、憎き親友の仇の顔だ。
茜を殺した、野生児だ。

「ッ!?」

手の火傷が痛んだ。
無意識に強く拳を握りしめていたようだ。
その痛みに、まるで熱くなった頭を茜に窘められたようで、少しだけ頭が冷えた。

「…………珠ちゃん。スヴィア先生と一緒に2階の田中さんたちと合流して」
「海衣ちゃんは…………?」

不安げな顔で球が問う。
海衣は敵を見つめたまま振り返ることなく答える。

「私は、時間を稼ぐ。だから、行って」

珠は何かを言い返そうとするが、僅かな逡巡の後に踵を返して駆け出した。
それでいい。

「ふぅ――――――」

胸の奥底の淀みを全て吐き出すように、大きく、白い息を吐く。
氷で冷ますように心を落ち着ける。
冷静さを取り戻し、怒りではなく、自らの為すべきことのための覚悟を決めて銃を構えた。

ひとまず花子と合流するための時間稼ぎ。
珠たちが離脱したらすぐにその後を追う。
無理はしない。
熱くもならない。

その心に呼応するようにパキパキと音を立てて、廊下に霜が張ってゆく。
これより先は絶対零度の氷の世界。
何人たりとも踏み込むこと許されない。

「ほぅ、氷は貴様の異能か」

そこでようやく海衣がいる事に気づいたように、怪物の視線が向く。
ジジ、とノイズが奔るように野生の少女の姿が僅かにブレる。
一瞬。巨大な熊のような怪物が重なったような気がした。


「ここから先は――――行かせない」


「――――――――――邪魔だ、小娘」

【E-1/地下研究所・B3 解析室前/1日目・午後】

氷月 海衣
[状態]:罪悪感、疲労(大)、精神疲労(大)、決意、右掌に火傷
[道具]:H&K MP5(30/30)、スマートフォン×4、防犯ブザー、スクールバッグ、診療所のマスターキー、院内の地図、一色洋子へのお土産(九条和雄の手紙付き)、保育園裏口の鍵、緊急脱出口のカードキー、研究所IDパス(L3)
[方針]
基本.VHから生還し、真実に辿り着く
1.侵入者を足止めした後、花子たちと合流する。
2.研究所の調査を行い真実を明らかにする。
3.女王感染者への対応は保留。
4.茜を殺した仇(クマカイ)を許さない
5.洋子ちゃんにお兄さんのお土産を届けたい。
[備考]
※『Z計画』の内容を把握しました。
※『地球再生化計画』の内容を把握しました。

日野 珠
[状態]:疲労(小)
[道具]:H&K MP5(30/30)、研究所IDパス(L3)
[方針]
基本.自分にできることをしたい。
1.スヴィアたちと共に花子たちと合流する。
2.みか姉に再会できたら怒る。
[備考]
※上月みかげの異能の影響は解除されました
※研究所の秘密の入り口の場所を思い出しました。
※『Z計画』の内容を把握しました。
※『地球再生化計画』の内容を把握しました。

独眼熊
[状態]:『巣くうもの』寄生とそれによる自我侵食(大)、クマカイに擬態、知能上昇中、烏宿ひなた・犬山うさぎ・六紋兵衛への憎悪(極大)、神職関係者・人間への憎悪(絶大)、異形化、痛覚喪失、猟師・神楽・犬山・玩具含むあらゆる銃に対する抵抗弱化(極大)、全身にダメージ(大)、分身が一体存在
[道具]:リュックサック、アウトドアナイフ
[方針]
基本.『猟師』として人間を狩り、喰らう。
1.己の慢心と人間への蔑視を捨て、確実に仕留められるよう策を練る。
2.巣穴(地下研究施設)へと入り、特殊部隊の男(大田原源一郎)と共に特殊部隊含む中の人間共を蹂躙する。
3.人間共を率いた神楽春陽の子孫(神楽春姫)を確実に殺す。
4.隠山(いぬやま)一族は必ず滅ぼし、怪異として退治される物語を払拭する。
5."ひなた"、六紋兵衛と特殊部隊(美羽風雅)はいずれ仕留める。
6.正常感染者の脳を喰らい、異能を取り込む。取り込んだ異能は解析する。
7.???
[備考]
※『巣くうもの』に寄生され、異能『肉体変化』を取得しました。
ワニ吉と気喪杉禿夫とクマカイと八柳藤次郎の脳を取り込み、『ワニワニパニック』、『身体強化』、『弱肉強食』、『剣聖』を取得しました。
※知能が上昇し、人間とほぼ同じ行動に加え、分割思考が可能になりました。。
※分身に独眼熊の異能は反映されていませんが、『巣くうもの』が異能を完全に掌握した場合、反映される可能性があります。
※分身に『弱肉強食』で生み出した外皮を纏わせることが可能になりました。
※■■■の記憶の一部が蘇り、銃の命中率が上昇しました。
※烏宿ひなたを猟師として認識しました。
※『巣くうもの』が独眼熊の記憶を読み取り放送を把握しました。
※脳を適当に刺激すれば異能に目覚めると誤認しています。
※■■■■が封印を解いたことにより、『巣くうもの』が記憶を取り戻しつつあります。完全に記憶を取り戻した時に何が起こるかは不明です。

【E-1/地下研究所・B3 感染実験室/1日目・午後】

スヴィア・リーデンベルグ
[状態]:背中に切り傷(処置済み)、右肩に銃痕による貫通傷(処置済み)、眩暈
[道具]:研究所IDパス(L1)
[方針]
基本.もしこれがあの研究所絡みだったら、元々所属してた責任もあって何とか止めたい。
1.VH解決のため天原と合流したい
2.解決方法を天たちに伝えるべきか
3.犠牲者を減らすように説得する
4.上月くん達のことが心配だが、こうなれば一刻も早く騒動を収束させるしかない……
[備考]
※黒幕についての発言は真実であるとは限りません

神楽 春姫
[状態]:健康
[道具]:AK-47(30/30)、血塗れの巫女服、ヘルメット、御守、宝聖剣ランファルト、研究所IDパス(L1)、[HE-028]の保管された試験管、[HE-028]のレポート、山折村の歴史書、長谷川真琴の論文×2、研究所IDパス(L3)
[方針]
基本.妾は女王
1.スヴィアの面倒を見る
2.研究所を調査し事態を収束させる
3.襲ってくる者があらば返り討つ
[備考]
※自身が女王感染者であると確信しています
※研究所の目的を把握しました。
※[HE-028]の役割を把握しました。
※『Z計画』の内容を把握しました。
※『地球再生化計画』の内容を把握しました。

111.いろとりどりのセカイ -Dawn of Beginning- 投下順で読む 113.対魔王撃滅作戦「Phase1:Belladona」
時系列順で読む 114.裏切者に救済いの手を
話の分かるあなたに 日野 珠 裏切者に救済いの手を
神楽 春姫
スヴィア・リーデンベルグ
氷月 海衣 穢れ亡き夢/其は運命を――
黒木 真珠 Tyrant
乃木平 天
碓氷 誠吾
田中 花子
与田 四郎
Z計画の全容及びそれに伴う世界の現状について 小田巻 真理
巣食う影 大田原 源一郎
独眼熊 穢れ亡き夢/其は運命を――
第二回定例会議 梁木 百乃介 第三回定例会議

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最終更新:2024年03月29日 22:29