俺は虹村垓。M県S市杜王町のぶどうが丘高校に通う高校1年生だ。
現在俺は、世界を手中に収めるために、高校のスタンド使いと交流を深めたり、世界を手に入れた後のことを考えてハーレム形成に力を尽くしたり、エロゲに血道をあげている。
まあ、充実した日々を送っている方なんだろうな。
……充実した日々を送っている、はずなんだがよぉ……
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「いよいよ明日はバレンタインデーだねー、那由多ちゃん。ドイツでは女の子がチョコをあげる習慣はないから、楽しみだよ♪」
「ショコラは楽しみそうだが、私としては迷惑だぞ。『チョコくれ』コールが毎年うるさいんだ」
ある休日の商店街でのことである。荷物持ちとして、大量の品物に押しつぶされそうになっている俺の前で、姉とその友人が仲良くしゃべっている。
「ね、ね! そんなこと言ってるけど、那由多ちゃんは誰かにチョコをあげたりするの?」
ショコラちゃんはニコニコ笑いながらそんな事を言い出したが、直後笑いが劇的なまでにこわばった。
なんせ、姉の料理はとても食えたものじゃない。今の一言が原因で友チョコなんぞやられたら身がもたねェからな。
が、当の姉は妙に機嫌良く、よくぞ聞いてくれた、とのたまってやがる。……最悪だ。
「うん、なんかオリスタスレ避難所や、トラサルディーのお客にはどうも私目当てのやつらがいるらしい。
私の柄じゃないけど、そういう連中にチョコを送って、日頃のご愛顧に感謝すると同時に、それで満足させて変なことをしないようにしてもらおうと思ってる」
ふっふっふっ……、ホワイトデーのお返しが楽しみだ。姉が黒い笑いを浮かべているのをしり目に、ショコラちゃんが小走りに俺に近寄ってくる。
「た、大変だよォ……。那由多ちゃんの料理って『パール・ジャムを仕込んだばっかりにトニオさんが再起不能になった』くらいひどいのに……」
「最悪だぜ……。昔、こんなことがあったんだぜ? 姉ちゃんがまだ素直なお年頃だった時に親父にチョコをやったんだがよぉ、それを食った親父でさえ、
『た、たとえるなら、プロレスに進出した曙! 君塚良一脚本の劇場版踊る大捜査線! HFルートのないFate/stay night!
ごめんな……、父さんがいくら那由多を大好きでも……、この味は無理……、グフッ!』と言って再起不能になったんだぜ?
あの親バカの親父でさえそうなんだから、姉ちゃんのチョコが全国にばらまかれたら……」
顔色を青ざめる俺たちに気づこうともせず、姉は楽しげに緩んだ口で「大変だ、迷惑だ」と言い続けていた。
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「さてと、承太郎さんからもらった吸血鬼の骨から良い出汁も取れたことだし、次は電池やひき肉、たくあん、塩辛、ジャム、煮干、大福、セミの抜け殻とウインドーズ・レクイエムを……」
台所から不気味な臭いと黒い煙が家中に漂い、姉の激しく間違った呟きと冷蔵庫をごそごそやる音が漏れ聞こえる。
恒河沙姉ちゃんは作家さんのところに逃げたし、母さんは『チョコ』の臭いで気絶しちまった。当然親父は仕事で家にいねぇ。
どうやら、俺が世界を救うしかないらしい。ヤレヤレだぜ……。とはいえ、どうやって姉の作る『チョコ』を処分すべきか……
物陰で隠れている俺の顔から冷や汗がダラダラ流れていた。
だってよぉ、鍋の中で『チョコ』がウネウネ動いては「WRYYYYYYYYYYYYYYY!」って叫んでるんだぜ? 俺のSAN値は一秒ごとに減少中だぜ……
その時、あけっぱなしのキッチンの窓から話し声が聞こえてきた。
「今日は、『ヨハネ・クラウザーⅡ世withキャッツ・グローブ』の初ライブでし。あねさんも来てほしいでしよ!」
「はいはい、また今度ね」
「今度じゃダメでし! ん? 電池の匂いでし……」
どうやら、オリスタの人気者ことピンクのカバが電池の匂いにひかれて、『チョコの鍋』へと近づいてくる。姉は、ごそごそやるのに夢中で気付いてない。
で、本体は『チョコ』の危険性に目ざとく気づいたか、「キャッツ、あきらめなさい!」と、スタンドの腕を引っ張るが、クラウザーコスのキャッツ・グローブは諦めずに本体を引きずって鍋へと近寄っていく。
電池を『聖杯』かなんかと勘違いしてないか? イン○ィ・ジョーンズの映画でこんな構図を見た気がするぜ。
「電池ぃぃぃぃぃいいいいい!」
あ、とうとう飛び込みやがった。で、『チョコ』にどんどん沈み込んでいきながら、腕だけ出して親指をピッと立ててやがる。○ーミネーターじゃねーぞおめーはよぉ。
流石に、そこまで来ると姉も異常に気付いたか、あわてて菜箸でピンクカバを取り出した。幸い、キャッツに尻の穴はないが、あったら失禁していたことだろう。
ただ、だからと言って無事というわけではなく、キャッツも本体も白目をむいて気絶してしまっていた。大慌ての姉は、裸足で外に出て介抱にかかっている。
(チャーンス!)
俺は、その隙を逃さなかった。大急ぎでキッチンに飛び込み、イースタン・ユースで鍋を収納し、ダッシュで自室へ駆け戻る。
しばらくして、姉が戻ってきたが、『チョコ』がないのに気付いて大慌てだ。あちこち探し回っているうちに、とうとう俺の部屋にまで来やがった。だが、大丈夫。俺にはいいわけの準備がある!
「垓、あんた私の作ってたチョコレート知らない……って、『イースタン・ユース』が握ってるのは何よ?!」
「あ、ああ、これね? 姉ちゃんがいきなり入ってきたから、急いで机の上にあったものを隠さなきゃなんなくなっちまったんだろーがよ!
姉ちゃんが、洋ピン『俺の下はスタンドだ!』と、『姉、ちゃんとしようよ』、そして知り合いが書いた『靴下は、脱がさぬことと見つけたり』を見てぇってんならしゃーねーけどよォ」
よし、これで言い訳はばっちり。これで、俺の計算が正しければ……
「だ、だ、だ……」
「だ?」
「誰が、そんなもんをみるかぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
ブチ切れた姉は、俺を水平線の彼方まで殴り飛ばすに決まってる! 目論見通り吹っ飛んで再起不能にされる途中、俺は世界を救った充実感を噛みしめていた。
本体名―虹村垓
スタンド名―イースタン・ユース(姉に水平線の彼方までブン殴られて再起不能。ただし、狙い通り『チョコ』を海に投棄出来たので戦略的勝利)
**
翌日のことである。
「ったく、泥棒は結局見つかんなかったぞ」
「まあ、しゃーねーよ。姉ちゃん。大体、チョコはやらない方が相手をヤキモキさせんのにいいんだぜ?」
食卓でだべっていた俺らであったが、
『ただいま、緊急ニュースが入ってまいりました。太平洋に突如現れた怪物は、チョコレートにくさやを混ぜたような臭いをばらまきながら、ハワイを襲撃し、数千人もの負傷者が出ております……』
「へー、怪物だってさ。いるんだなぁ、そんなの」
「スタンド使いや吸血鬼がいるんだから、怪物がいてもおかしくないわよ」
姉と母さんの泰平楽な会話とニュースの内容に、俺の顔がひどくこわばった。
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