オリスタ @ wiki

試練と私怨

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jupiter

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だれでも歓迎! 編集
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「肉体は魂の牢獄なんだ。ただ、その肉体を以て魂は自由を謳歌している。
自由を得る事ができる」

「…………」

「だが、既に君の聴覚以外の感覚は全て私が奪ってしまった。
故に、いいか?次が最後の質問だ」

暗闇からその男の声だけが響いてくる。
何も感じない、無の世界だった。
皮肉にも、その声だけが独りにされた私の心の支えになっていた。
だけど、その支えももう無くなってしまうだろう。

「オ前ハすたんど使イカ?」

「……分からない」


…………………。

やっぱり、本当のことを言うべきだっただろうか。
だけど、私は知っている。
この検事は裏でギャングと繋がっている。
自分がスタンド使いだと知られたら、きっとギャングに売られてしまうだろう。
それなら、刑務所だろうが魂の牢獄だろうが大人しく捕まっていた方が遥かにマシだ。


………あ………。


どれぐらいの時間が経ったのだろう。
気が狂う程長い時間が流れた気がするし、まだ一時間も経っていないような気もする。
ともかく、私の中である変化が訪れた。
遠くから、話し声が聞こえてくるような……そんな変化。
感覚を奪われているのに、そんな訳あるはずないのに。


「あ……に……入れ……」

「本当に……は……ない……か?」


だけど、今度はハッキリと聞こえてくる。

二人の男の声、タバコの臭い、ソファーの柔らかい感触……。

幻覚ではなくしっかりとその存在を感じられる。
全身がゆっくりと感覚を取り戻していくのが分かる。

「……んっ」

「お、ようやっと気付いたようだな」

「ここは……?」

「かのヘレン・ケラーは『三重苦』を味わった訳だが、君はなんとそれを上回る『五重苦』を体験した。
これは非常に価値ある体験だと思うね」

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自分が横になっていたソファーから体を起こし、霞む目を凝らして辺りを見回す。
コートハンガーや観葉植物があるだけの執務室のような質素な部屋。
タバコの臭いが染み着いていて、あまりいい気はしない。
対面のソファーには、暗闇で聞いた声の主であろう二人の男が座っていた。

一人は私に『尋問』をした検事、リージド・ロンバータ。ソファーの横で私に微笑みかけている。
もう一人は全く知らない男だった。銀髪の精悍な顔付き、おそらく人の話を聞かない性格。私の問いを遮っていきなりヘレン・ケラーがどうとか喋り出した。


「……さて、アルスーラと言ったね。
君のことはロンバータから聞いているよ。
複数の放火容疑で無期懲役確実、だそうだね」

「…………」

「その前に、一つ理由を訊きたいんだ……おっと。
ロンバータの『ファクト・アンド・フィクション』を使ったりはしないから安心して答えてくれ」

「……なんですか」

「うん、じゃあ訊こうか。
……何故、パッショーネのシマばかりに放火した?」

急に、男の目つきが殺意を帯びたものへと変わる。
なんとなく察してはいたが、やはりこの男は「ギャング」だったらしい。
それも『パッショーネ』……友人の仇。

「私の友人が、パッショーネの麻薬の売人に薬漬けにされて自殺した、から……」

「何時だ?」

「1ヶ月前に……」

「それはおかしいな。一年以上前にパッショーネは麻薬から手を引いている」

「……嘘」

「嘘じゃあない。なんなら、ロンバータに頼んで僕を『尋問』に掛けてもいい」

「…………」

男の言葉に嘘偽りの匂いは全く感じられなかった。
なんだ、私の思い違いだったのか。
じゃあ、あとは殺されるだけだ、この男に。
パッショーネの人間は仲間を何よりも大事にする、と聞いたことがある。私は絶対に許されないだろう。

だが、次の瞬間、男が口にした言葉はアルスーラの思いもしないものだった。

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「友人の仇を取りたくないか?」

「えっ?」

思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

「最近、パッショーネの名を出して麻薬を売る奴らがいるみたいでね。
だから君も、僕達がやったと勘違いしたんだろう?」

「……ええ」

「僕達としても、そのゴミ共を放っておくわけにはいかないからね。
そこで一つ提案なんだが……」

コホン、と男は一つ咳払いをして間を置いた。
隣のロンバータは微笑みを崩さずに私を見つめ続けている。気持ち悪い……。
この男の提案の内容は大体想像が着く。おそらくは……

「君に、麻薬売りの暗殺を依頼したい」

「暗殺……ですか」

やっぱり。

「そう。そして、これは『入団試験』でもある。
暗殺に成功すれば君は晴れて無罪放免、そしてパッショーネの一員に迎え入れよう」

「ただし、失敗した場合は……分かってるね?」

「断ることは……できそうにないですね」

話が早くて嬉しいよ、と男は笑顔で答えた。
ロンバータも一仕事終えたサラリーマンのようにフゥ~と息を吐き出して、安堵の表情を浮かべている。

「今日はもうゆっくり休むといい。明日、『試験』の詳細を伝えるよ。
ああ、あと一人、僕の部下を君に預けよう。
もしもの時のために、ね」

「分かりました」

さしづめ、私を逃がさないための監視役、といった所か。

毛頭、逃げる気なんてない。

こんな機会を逃せる筈がない。

絶対に逃がさない。

復讐こそが、今の私の全てなのだから……。


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―――ローマ コロッセオ前


深夜、「カタギ」の寝静まるローマの街は、何時にもまして濃い静寂を帯びていた。
通りには人気が殆ど無く、車も僅かに走っている程度。
というのも、パッショーネの構成員達がアルスーラの『試験』のためにお膳立てをしてくれたためだ。
勿論、人が少なすぎるとターゲットに怪しまれるのは容易に想像できる。

「だから今、この辺りにいるのは俺達の息の掛かった奴らだけって訳さ」

そう得意げに語る男――エリゼオ・コダルダメンテは『試験』を見届けるためにアルスーラと行動を共にしていた。
彼はパッショーネ暗殺チームのメンバーであり、チームに加入した日が一番浅い、所謂『新人』だった。
今回も半ば強引に『先輩達』からこの仕事を押し付けられたのだ。

「頼むぜェェ~、アルスーラちゃん!
そろそろ先輩達の雑用も飽きてきたんだぜ」

「黙ってッ……」

「お、おう(こ、怖ェエェェェ~~ッ!!なんかスゲェ殺気立ってるぜ……)」

「…………」

この日、アルスーラが知らされた『試験』の内容は至ってシンプルなものだった。

――――---………

「週末の深夜になると、コロッセオ前の街灯の下に麻薬の売人が現れる。
君は客の振りをして近付き、有無を言わさず殺せばいい」

「それだけですか?」

「ああ、だが油断しない方がいい。
情報分析チームの情報によれば、売人達はスタンド使いだけで組まれているらしいからね」

「……!」

……---――――

「(ターゲットはスタンド使い……。
油断はしない、全力で潰す……)」

ピリピリとした空気を放つアルスーラを見て、エリゼオは一旦冷や汗を拭ってから彼女の肩に手を置いた。

「落ち着きなよォ、アルスーラちゃん……。
力んでちゃあ勝てる戦も勝てないぜ」

「私は負けない。
誰が相手だろうと仇は必ず討つ」

「はぁ……オーケーオーケー、そうかいそうかい。
(全く、暗殺者に必要なのは慎重さと冷静さなのにな……ん?)」

溜め息を一つ吐き、物陰から身を乗り出して辺りを見回したエリゼオは、そこで奇妙な光景を目にした。

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アルスーラ達がいる場所から20m程離れた場所にある街灯の下に、セーラー服を着た黒髪の少女が立っていた。
ここまでなら、どこかの不良少女がフラフラしているのだろうと楽観的に決め付ける所だったのだが、彼女の手に掛けた物が不可解だった。

「アルスーラちゃん、ちょっとあそこ見てみてよ」

「何?女の子しかいないけど……。
不良少女か何かじゃあないの?」

「成る程ォォ~~ッ!だからバケツ持って立たされてるんだなァ……。
って、んな訳ないぜ!」

エリゼオの言う通り、その少女が奇妙だったのはバケツを持って立っていることだった。
まるで教師に叱られてバケツを持って廊下に立たされているような、ただでさえ深夜の厳然たるコロッセオの前では明らかに場違いな雰囲気を醸し出している。

「情報分析チームの話では売人は男だったはず。
あの子は関係無いわ」

「いやァどうかなァァ~~……
俺の勘だと、あの子は『クロ』だぜ」

「勘だけで暗殺者に狙われちゃあ、死んでも死にきれないわね」

「嫌みったらしいなァ、アルスーラちゃんは……。
信じられないのなら、試しに声掛けてきてみなよ」

エリゼオは顎でバケツの少女を指し示す、アルスーラもやれやれといったように首を振り、物陰から身を乗り出した。

「売人じゃなかったら後でそのトサカ髪燃やすから」

「オーケーオーケー、行ってらっしゃ~い」

腑抜けた声で送り出すエリゼオには一瞥もくれず、アルスーラは至って自然に、あくまで一般人を装ってバケツの少女へと近付いていった。

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バケツの少女まで後少しという所で、アルスーラは彼女の姿を改めて見通した。

幼気な雰囲気と小柄な体から察するに、歳は12~14ぐらいだろう。
風が吹くだけでポッキリと折れてしまいそうな手足は、深夜の漆黒とのコントラストによって不気味な程白く、街灯の明かりで輝いて見える。

アルスーラは俯いたままの少女の前まで来ると、如何にも心配そうな声で話し掛けた。

「あなた、こんな夜中に何をやっているの?
小さな女の子が深夜にフラフラできるほど、この街は平和じゃないわ」

「え?えへへ……、だってせんせえにここでたってるよういわれたです」

「せんせえ?」

「せんせえ、いろんなことおしえてくれるです。
ひをふいたりそらもとべるです」

不意に、少女が顔を上げた。
開ききった瞳孔に、小刻みに震える体。そして、締まりのない笑顔。

1ヶ月前、目の前でトラックに飛び込んだ友人のソレと全く同じだった。

「あなた……麻薬を……」

「せんせえ、ラッテはいうことちゃんときくよ?」

少女はか細いその両の手でバケツを持ち上げる。
中に入っていたのは……包帯?

「いけぇ、『アンビーティン・ロッテン』!」

自らを「ラッテ」と呼んだ少女がその名を口にした瞬間、バケツの中にあった包帯が勢いよく飛び出しアルスーラの右腕へと巻き付いた。

「クッ……!?」

「お姉ちゃん、せんせえイジメるわるい人でしょ?」

グジュグジュグジュ……

「みッ右手が!『腐って』……」

「もーらいっ」

ブヂュアアアッ!

腐りきった右腕が、スタンドらしき包帯によって簡単に引きちぎられ虚しく宙に舞い上がった。


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「HEEEYYY!!アルスーラちゃんの右腕がァァァーーーッ!!」

尋常ではない冷や汗と、絶叫。
その後すぐに自分の失態に気付き、両手で口を塞ぐ。
一度、アルスーラ達には気付かれていないことを確認すると、エリゼオはホッとするように一つ息を吐いた。

「フゥゥゥ~~、落ち着け……俺。
これは『試験』なんだ。予定は多少狂っちまったが、オーケーオーケー。
……これで問題はない」

「だから俺は……」

チラリとアルスーラへ目を向ける。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


「彼女を『助けない』」

それは内心怖くてしょうがない、ビビりな男のしょうもない『覚悟』だった。




「くさってたからいたくないよね?」

バケツの包帯は、スルスルと浮き上がり空中で人の姿を形作る。
まるでRPGに出てくるミイラ男のようなそのスタンドは、ラッテを護るように両手を回し込んだ。

そんな中、右腕を失ったアルスーラはただただ顔を伏せて押し黙ったまま。

「ねえ、お姉ちゃん。何でだまってるの?もっと遊ぼうよぉ」

「…ァヤー……ド…ザ……」

「んーーー?」


「『サッド』」


ドサッ……


「なあに?」

何かが空から落ちる音。
ラッテは音がした方向に振り向くと、それが空高く舞い上がったアルスーラの右腕であることを確認した。

「なんだぁ、お姉ちゃんの右うでかぁ」

「あなた、痛みも感じなくなるほど薬を……」

「いたみ?」

その時、ラッテは確かに感じていた。
何かが燃えたような焦げ臭さと左腕の奇妙な暖かさ。


「あれ、包帯がやけてる……?」

『アンビーティン・ロッテン』の左腕の一部が真っ黒に焼け焦げていた。
手首の部分に至っては脆くなったためか焼け落ちてしまっている。

「あれあれ?」

ラッテはその落ちた左手を拾おうとして初めて、自分の左手も無くなっていることに気が付いた。


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「いやっ……わたしの左手……!」

「『ファイヤー・アンド・ザ・サッド』
私が作り出した影を超高温にするスタンドよ。
文字通り、『私』が作り出した影があなたの左手を焼き切った」

コンクリートに落下した自身の右腕を指差して、アルスーラは言葉を続ける。

「超高温だから一瞬で燃え尽きる。
だから延焼もしなかった。
左手一つで済んだだけでも御の字と思いなさい」

「うっ…うっ…わたしの左手がぁ……」

「そして、私はあなたを殺したくない。
だって、あなたは売人じゃあないし、むしろ被害者……。
だから、もう終わりにしましょう?」


ピタァ……


「……終わり?終わり?終わりにしましょう?」

突然。
今にも泣き出しそうな顔をしていたラッテから、幼子のような雰囲気が急に消えたのをアルスーラは察知した。

「わたしはもう終わっテいるノに……?」

『アンビーティン・ロッテン』は静かに動き出す。
今のラッテにはさっきまでの幼児性や余裕など皆無だった。
まるでもう一人の自分が『目覚めた』かのような立ち振る舞い。


「あのクスリ売りが居ないと生きていけないカラダなっちゃったのに!?」

『ヌオアアアアアアア!!』

バシュバシュバシュュゥ!

「クッ……ゥッ!」

「この子、いきなり人が変わったみたいに……!」

体に纏うタイプのスタンドであるからこそ直に分かる、ラッテのスタンドのパワーは人並みしか無いことに。
その筈なのに、何故か力負けしてしまいそうな『恐怖感』がアルスーラの心を染め上げいく。

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(売人でも無いのに、こんな殺し合いッ!
エリゼオは何をやってるの!?)

次第に、心を蝕む恐怖感は苛立ちへと変わり、その矛先は全く動きを見せないエリゼオに向けられる。
ラッテの攻撃を捌きながら、アルスーラはエリゼオのいる物陰を横目で確認した。

「売人………リ………助………!」

一瞬しか見えなかったが、携帯電話で誰かと会話をしているようだった。

(こんな時に連絡してる場合!?全部終わってからにすればいいのにッ
私一人でどうにかするしかないか……)

「ハアアアッ!」

バシィッ!

「うぎっ……」

「こうなったら、あなたの左脚も貰うッ!
悪く思わないでね……!」


相手の攻撃の隙を突き、アルスーラはラッテの左脚目掛け蹴りを放つ。
スタンドを纏ったその蹴りは少女の脚を砕くのには充分で、バランスを崩したラッテは後ろ向きに転倒してしまった。

「ふふっ。やってみてよ、お姉ちゃん」

「言われなくとも、あなたが痛覚を取り戻す前に終わらせてあげる」

スッと、アルスーラは左手を上げる。背後にある街灯の光によってできた影は、ラッテの左脚の真横にあるコンクリートを焦がした。
そのままスゥーと影を移動させていき、ラッテの左脚を焼き切る……筈だったのだが。

「ふふふ……」

ジュクジュクッ

「あなた、自分の脚を『腐らせて』!」

影の動きに合わせて自分の脚を腐らせる……。
腐敗した部分には穴が空き、アルスーラの影を器用に避けていった。


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「そしてぇ……」

『ヌオアアアアアアア!』

「チッ……!」

すかさず『アンビーティン・ロッテン』で攻撃を仕掛ける。
反射的に攻撃を避けたアルスーラを見て、ラッテは即座にスタンドの包帯を切断面にグルグル巻きつけた。
そうやって自身の腐敗させた左脚が元に戻っていくのを確かめると、ひょいと立ち上がり、そして……

「パーンチ!」

当惑するアルスーラの顔面目掛け、素手での殴打を繰り出した。

「こ……こんなことしたって無駄よ!」

ガチィッ

「『終わった』よ、お姉ちゃん」

「……?」

グチャアアアアア!

「うッ……わッ!」

アルスーラがラッテの拳を受け止めようとしたその瞬間だった。
ラッテの拳が、掴まれたと同時に腐ったトマトのようにぶっ潰れ、肉片が激しく飛び散ったのだ。
そして、その肉片の大半はアルスーラの体にこびりついた。

「飛び散った肉片を元のおててに戻してぇ、お姉さんの首元にある通気孔から直接肌に触れてグズグズの肉塊にしてあげる……」

グチャグチャ……

アルスーラは自身の体に影を落とし、肉片を焼き尽くそうとするのだがラッテが上手く死角に移動させてそれを免れる。
暫くして、アルスーラは諦めるようにうなだれた。

そして、今にも闇夜に消え入ってしまいそうな声で語り出す。

「…………」

「私は、怖かった。あなたを殺そうとすると死んだ友人の姿が重なって、後一歩が踏み出せなかった」

「ふぅん。そんなんだから負けちゃったんだね。
言っておくけど、私はもうお姉ちゃんの影の間合いには入らないよ」

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ラッテは今、街灯の真下に佇んでいる。
ということは、どうあっても彼女の方に影は向かない。
さっきのように上から影を落とすこともできるが、今度はスタンドの包帯によって阻まれてしまうだろう。

「どう考えても、わたしの手がお姉ちゃんの首筋に触れる方が早いよ」

グチャラアアア……

「……私には一瞬であなたを焼き尽くせる策が残っている」

「ええ~~~?」

ド ド ド ド ド ド ド ド

アルスーラは傍に落ちていた小石を一つ拾い上げ、目の前の街灯に向かって突き出した。

「街灯を壊して影を作るの?
それは私も考えたけど……」

「ここにある街灯は一つだけじゃあない。
ここの街灯を壊したぐらいじゃ他の光に照らされて影はできない。
って言いたいのよね?」

「分かってるなら……」

「これは『賭け』よ……
とても頼りない『賭け』……
でも、これしかないの」

ラッテの肉片は既に手の形を取り戻しつつある。
アルスーラには、この方法以外に勝つ術が思い付かなかった。


「『覚悟』はできた」


「私は、あなたを殺したことを一生、引き摺っていく……
そして、あなたと私の友人のためにも、この街から麻薬を根絶やしにする。
約束するわ」

「ちょっと、殺すのはわたしの方だよ!」

グチャッ…グググッ!

ビシュウッ!

ラッテの右手が完全に再生し、通気孔に向かって動き始めるのと、アルスーラが小石を街灯目掛け撃ち出すのはほぼ同時だった。
そして、先に目標に辿り着いたのは……

パリイイイイ!

「勝った……」

「ふんっ、街灯なんか壊しても意味ないも……」

瞬間、ラッテは絶句した。
最後に彼女の眼に映ったのは、一面に広がる暗黒。
周囲の街灯だけでなく、車建物、信号、とにかく全ての明かりが『消灯』していた。

ジュウウウウアアアアアア!

「ごめんね……」


辺りに充満していく吐き気を催す悪臭。
その人間の焼け焦げる臭いだけが、その場で唯一確認できる決着の印でもあった。



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「やれやれだぜ……。本当にやれやれだ。
『ハート・オブ・グラス』、街灯に取り憑いて『消灯』を同期させた」

エリゼオは一人、傍らに控える自らのスタンドに言い聞かせるように呟く。
物陰に隠れていたおかげで『ファイヤー・アンド・ザ・サッド』の影から身を護ることはできたが、それでもギリギリまでは安心できなかった。
頭から流れ出る血を袖で拭い、自らの軽傷を神に感謝する。

「スタンドを憑依させた物が傷付けば当然俺も傷付く……。
街灯が割れる音を使って能力の発動と同時になんとか脱出できたぜ」

「それにしても、アルスーラちゃんは俺が『助ける』と信じてくれたのか」

次第に周囲の街灯が明かりを取り戻し始める。
その明かりに照らされて、アルスーラが向こうからフラフラと歩いて来るのが見えた。

「大丈夫か、アルスーラちゃん。
って、大丈夫じゃねーよな……」

「……ねえ、エリゼオ。
ちょっとお辞儀してみて」

戻ってきた彼女に話しかけと、開口一番訳の分からないことを言い始めた。
人を殺したショックでちょっとオカシくなっちまったか。
一瞬呆気に取られるエリゼオではあったが、

「え、何でェ?」

と言いつつも、言われた通りに深々と頭を下げた。

「そのまま動かないでね」

そうするとアルスーラはゆっくりと左手を彼の頭に持っていく……。


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プスプスプス……

「HEEEYYY!!俺の髪がァァァーーー!?」

自慢のソフトモヒカンがアルスーラの影、『ファイヤー・アンド・ザ・サッド』に焼かれてチリチリになってしまった。
エリゼオの髪とワックスが混ざり合い焼け焦げる匂いが辺りに漂う。

「何してんだよッ!マジで!?」

「売人じゃなかった……」

「へェ?」

「普通に学校に行って普通に友達と遊んで、そして恋をして……。
麻薬さえなければあの子だって普通の女の子でいれたのにッ……」

「……………」

「今から売人を探し出す!
そしてハラワタ焼き潰してぶっ殺してやるッ!」

「いや、その必要はないぜ」

鬼気迫る表情で吼えるアルスーラとは対照的に、髪を焼かれたエリゼオは普段の平静を既に取り戻していた。

ただし、先程までのビビりの姿は既に無く、今、彼が纏うのは気高き暗殺者としての『エリゼオ・コダルダメンテ』の風格だった。

「いいか覚えておけよ、アルスーラ。
俺達に『殺してやる』なんて言葉は無いんだ」

「何故なら……」

懐から携帯電話を取り出し、何回かの操作の後にアルスーラの目の前へ画面を突き付ける。

「俺達は神に『殺す』と誓った時、既に行動は終了していて殺人の無事を神に感謝しているからだ」

アルスーラは思わず息を飲む。
携帯電話の画面に映し出された映像には、『入団試験』を彼女に持ち掛けた銀髪の男――バルバジャンニ・クイエーテの姿があった。
その傍らに、無残な姿となった男の死体を携えて。

「いやぁ、すまないね。どうやら我が『パッショーネ』に敵のスパイがいたようだ。
まあ、少々段取り違いはあったようだが……。
『合格』おめでとう、アルスーラ。
暗殺チームは心から君を歓迎する」

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『合格』……本当なら自分の命が助かったことを喜ぶべきなのだが、今のアルスーラは素直に喜ぶことができなかった。
そんな心情をまるで読んでいたかのように、クイエーテはこう続けた。

「ああ、それと安心してくれ。
コイツは麻薬を流通させている組織の末端だ。
詳しいことは死体を情報分析チームに引き渡してからじゃないと分からないが……」

「君の復讐はコイツらの後ろにいる組織を潰すまで終わらない……。
そうだろう?」

その通りだ。私はまだ何もできていない。
この街から麻薬を無くすことだけが、死んでいった罪無き人々への手向けとなるのだから。

「それじゃあ、ここら辺で失礼するよ。
それと、明日はボスに入団の挨拶をしなければならないからな。
今日はゆっくり休んでくれ」

そこで、ブツリと映像は途切れた。
エリゼオは携帯電話を仕舞うと、無言のままコロッセオから歩き始めた。
アルスーラもその後ろに従い黙って付いていく。



「そう言えば。」

暫く歩いた所で、アルスーラは独り言のように口を開いた。
ちょうど赤信号に引っ掛かり、歩行者信号が青に変わるのを二人で待っている時のことだった。

「なんで私はエリゼオに助けられたのに『合格』なの?」

「ああ、それかァ。
理由は簡単だぜ。あの時、女の子を殺す前にアルスーラちゃんが『合格』してたからさ」

「……意味が分からないのだけれど」

「『覚悟』を見せてもらったから合格したんだよ。
あの子を殺すと『覚悟』したアルスーラちゃんを見て、俺は助けると決めたんだ。
パッショーネの人間は仲間を何よりも大事にするんだぜ」

「『覚悟』……ね」

「俺達暗殺者にとっては一番大事なことなんだよ。
相手が子供だろうが女だろうが、目的のために手をかけることができるかどうか……。
それが『プロ』と『アマ』の違いなんだぜ」

「……私はね、」

チカチカと赤信号が点滅する。

「生まれ育ったこのローマの街を本当に愛してる。
この街に住んでいる人達も、中には好きになれない人もいるけど……。
でも、不幸になっていい人なんて誰もいない。
だから、絶対に守ってみせる」

「……そうか。
それならアルスーラちゃんはもう立派な『プロ』だぜ」

歩行者信号がようやく青へと変わった。

その時、アルスーラには何故か、目の前の横断歩道が『アマ』から『プロ』へと変わるための道程に思えた。
ここを渡りきったら、今までの私はすっかり削ぎ落とされて暗殺者としての自分に生まれ変わるような、そんな感覚。

「よしっ……」

アルスーラは小さく、けれどはっきりと呟くと、その横断歩道へと初めの一歩目を踏み出した。


空は黄金色の太陽と共に悠々と白んでいき、まるで戦い勝利した彼らを祝福するかのように歩み始めた二人を優しく照らし出している。


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―――ローマ とある路地裏


「フィ~~ッ!
危なかったなぁ~~……」

街灯も無く、月の光だけが微かに照らす路地裏を我が物顔で歩くこの男は、真正のゲス野郎である。
ローマの女学生達を中心にパッショーネの名を騙って麻薬を売り捌くのが彼の仕事、末期の少女を娼館に売り飛ばすなんてことは日常茶飯事であった。

「ラッテの都合の悪い記憶を『眠らせ』て、クスリの力も借りてパワーアップッ!
我ながら天才だなァァ~~ヒヒヒ!
この方法を使えば忠実な操り人形を何体でも作れるなァ?アヒヒヒッ!」

下卑た笑い声をあげながら、クスリ売りは路地裏を進んでいく。
が、ちょっとした異変に気付き歩みを止めた。


『…ル……合格……決め………です…?』

「お前が合否を決めていい。
ああ、そうか……。
心配は要らない、後始末は僕が引き受けた。
それじゃあ切るぞ」

路地裏の奥で、無線か何かで誰かと会話をしている奴が居る。
こんな夜中に路地裏にいる奴はゴロツキか娼婦ぐらいだ。

「ケッ、邪魔臭ェ……。
どら、いっちょやりますかァ!」

ズオオオオオオ……

クスリ売りの背後に、濃緑色の亜人が現れる。
『スリーピング・フォレスト』戦いは得意としないが、周囲の物体を眠らせることができる。

「永遠に寝かしつけてやるよォ……」

路地裏の男は、携帯電話での会話を終えるとクスリ売りの方へと歩き始めた。
怪しまれないように、途中で逃げられないように……。
クスリ売りはあくまで『一般人』に徹しようとした。

そして、すれ違う……。

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「さて、アメンテ君。
残念だが君はここで終わる。
短い人生だったな、お疲れさまでした」

「おおおッ!?」

クスリ売りが驚くのも無理はない。
路地裏の男が、すれ違い様に自分の名を呼んだのだから。
さらに、『スリーピング・フォレスト』が発動しているにも関わらず、男の眼は眠気を一切帯びていなかったのだから。

帯びていたのはむしろ、背中にヒリヒリとした痺れを感じさせる程の『殺気』。

「テメェッ!なんで俺の名前を知ってやがるッ!アーンド、なんで眠らねェッ!!」

「答える必要はない。
ただ一つ、言わせてもらうなら君の能力を防いだために……僕は今、非常に機嫌が悪い」

ブシュウ!

「フゲラェ!?」

クスリ売りの喉から血が吹き出る。
あまりの衝撃と痛みに彼は気付いていなかったが、流れ出た血液はグツグツと沸騰していた。

「フィ………」

数秒の間、泥酔しているかのようにフラついていたクスリ売りも、やがて力尽き石畳へと突っ伏した。
クイエーテは血塗れの亡骸を小脇に掲げると、コートの中からトランプカードを一枚取り出した。

「『任務完了』
助かったよ、ジョーカー
ところで、アルスーラ達はどうなっているかな」

『クイエーテの旦那ァ、あんた人使い、いやトランプ使いが荒いねェ。
まあ、今回は特別だァ』


『今回のお題はアルスーラの試験についてェ』

ジョーカーのトランプがそう宣言すると、どこに潜んでいたのか様々な種類のトランプがクイエーテの前に集まってきた。

『アルスーラは心根優しい良い子だねェ』

『だけど優しいだけじゃあギャングにゃなれねェ』

『止めをさせずに大ピンチィ』

『だけど』

『だけど』

『だけど覚悟を決めた』

『覚悟を見せて合格だァ』

『……おい、ハートの8、なんか語尾がキッパリしてたぞォ』

『そこは真剣な演技をしたからだろうがァ』

『棒読みにしか聞こえねーんだよ大根がァ』

…………。

何か途中で脱線してしまったが、アルスーラは試験に合格したようだ。
エリゼオは頼りないところもあるが、人を見る目はある。信頼できる判定だろう。

遂に取っ組み合いの喧嘩を始めたトランプ達を尻目に、クイエーテは携帯電話を取り出す。

「これから忙しくなりそうだ」

そう言う彼の横顔は、心なしか微笑んでいるように見えた。



 ★ 使用させていただいたスタンド
No.232  ファクト・アンド・フィクション
No.5421  アンビーティン・ロッテン
No.5646  ファイヤー・アンド・ザ・サッド
No.5699  ハート・オブ・グラス
No.130   スリーピング・フォレスト
No.943   ロンドン・コーリング
恥知らずのパープル・ヘイズ『オール・アロング・ウォッチタワー』(劇団〈見張り塔〉)









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