大塩学からこの三人が得た情報は三つ。
『BEATTY REDS』のボスの名前と自分の『スタンド』の能力、そしてもう一つは…
惟精「口がほぼ聞けない状態でよくあそこまで聞けましたね。新さん」
唯「うんちょっとね。アイツの前でただ「ちょっと」だけ、「刺身包丁」をチラつかせながら生きたまま全身を三枚に下ろすことを仄めかしたら案外すんなり吐いてくれたわ」
惟精「ところで彼は随分と疲弊しているね」
今、彼らは先の『廃ビル』にて『三つ目の情報』を探しながらそんな世にも恐ろしい事をにっこりと笑みを浮かべながら呟いていた。
だが、それ以上に恐ろしいのは、日下武治のすごくげんなりした表情だった。
昼間でも暗い『廃ビル』においては、霊的な何かと間違えてもおかしくないくらいにおどろおどろしく不気味だった。
武治「惟精……お前は「いともたやすく行われたえげつない行為」を目の当たりにしちゃあいねえからンなこと言えんだよ……」
惟精「略して『D4C』? まあわざわざ立ち会い御苦労だったね」
武治「ンの野郎――他人事言いやがってェ……唯に限って襲われる事なんてねえってのに無理矢理立ち会わせられたんだぜ? 「ボディガード(笑)」ってなあ……」
唯「念のためよ。私だってか弱い乙女なのよ」
武治「か弱いだぁ? 愛知辺りで魔王やってそうな奴がか?」
唯「何よ喧嘩売ってんの? 武治のくせに」
武治「だから何だよその武治のくせにってよォ!」
惟精「仲がイイね…………相変わらず」
二人を傍観しながら、そう呟いた惟精の口調はいつも通り紙の如く軽かったが、それでも彼の瞳の中には物憂い気な雰囲気が渦巻いていた。
――――
『掠奪集団』:『BEATTY REDS』のリーダーの名は、『土師尊氏』
この名前自体を唯は知っていた。四年前ニュースにもなった『現金輸送車強襲事件』で、逮捕された集団のリーダーだ。
逮捕されて尚、彼らが奪った「1億円」の行方は知れず、土師自身も仲間を見捨てて2年前に脱獄。無論、未だ捕まっていない。
そして、土師の部下である大塩曰く、この『廃ビル』には、自分が管理を任されている、『REDS』が掠奪した「金目のもの」が隠されていると言うのだ。
武治「もっとマシな言い逃れはなかったのか? 明らかに嘘だろ」
惟精「乗ってる僕らも僕らだけどね」
唯「まあそうね。でもよく考えて? これは奴の『ハッタリ』なんだから」
武治「ハ? え? どういうこと?」
唯「今から状況説明するからバカはしっかり聞いててねーん。あと久富君もこれ」
唯が二人に手渡したのは、三つの道具。
「ペン」、「メモ帳」、そして「耳栓」。
唯『確実にアイツの話でボスの名前と『スタンド』の解説以外は『ハッタリ』よ』
暗い『廃ビル』の中、ケータイのライトを頼りに、三人は音のない世界で『筆談』を展開する。
唯『でも改めて思い出して、大塩の能力はそのものずばり『ハッタリ』よ』
唯『例えその場しのぎでも『ハッタリ』に出てくるものを奴が知っていて、頭の中にあれば……』
惟精『言うまでもありませんね』
武治『金目のものがあるってのかい。ここには』
唯『そうよ』
久富惟精は、新唯が金目のものが目当てでここに来たのではないことは分かっていた。
唯『武治。久富君。あれ』
唯はそうメモ帳に書き記し、前の方を指さす。
そこにはたしかに「ブツ」があった。大量に積まれた、『葉っぱ』か『現ナマ』、どっちが入ってるか分からないような「アタッシェケース」、高そうな「絵画」、堆く積まれた「金塊」、札束が零れるくらい入った袋もあった。
先の銃撃によって穿たれたコンクリートから差し込む微々たる光でも、この「ブツ」の艶やかしさを証明するには十分過ぎた。
その光景に、唯と武治は目を輝かせたが、ただ一人、惟精はただただ呆然とするだけ。その目線にこれらの「ブツ」は映っていない。
惟精『あるんですね』
唯『ええ。でもあれがあるかは』
武治『すげえな。これも『ハッタリ』か』
唯『でも能力がどれだけ持続するかは分からないわ。それに』
唯『これを奴も計算してる。アイツは私たちが「金に目がくらんだ浅はかな阿呆」と思い込んでるわ』
惟精『どういうことですか』
唯『アイツはここに私たちを『ハッタリ』で誘い出して私たちを潰す気よ』
武治『簡単にこっちが罠にはまったと思い込んでんのな。どっちが浅はかだよ』
唯『でもこの機に乗じて奴は逃げる。その際に捨て台詞として『ハッタリ』を吐くだけでいいからね』
武治『つかお前ら筆談なのに速いな』
唯『アンタが遅いだけ』
惟精『字も汚いしね』
武治『なぐるぞ』
惟精「アハハハ! それくらい漢字で……」
惟精「!!」
惟精『~~~~~~どうしよう!』
惟精はとても慌てふためいていた。文字も走り書きになり、先ほど武治に向けて行った「汚い」という表現が最も適当なほどの「ミミズの行軍」である。
武治『落ち着け。こんなときはタイムマシンを探すんだ』
唯『アンタが一番落ち着け』
唯『それに久富君。これはこれでGJ』
惟精『?』
半泣きになっていた惟精を、唯のその一言が救う。
唯『さっきあそこから見たけどまだ大塩はいない』
唯が指さした先に合ったのは、ビルの外がよく見え、尚且つ隠れるための柱も半径5m以内にある場所。
唯『それにいたとしてもそれはそれで私たちを「金に目がくらんだ浅はかな阿呆」と思い込んでくれるわ。あれだけの高笑いだし』
武治『「しゃく」だけどな』
惟精『漢字で書きなよ』
唯『はい喧嘩両成敗』
唯『ところで久富君。アナタ確か『読唇術』ちょっとできたわね』
惟精『あんまり複雑なのは読めませんけどね』
武治『え? 何でできんの?』
惟精『言う必要はないよ』
惟精は、さっそく唯が言った例の場所にスタンバイした。
武治『オイ何でアイツ『読唇術』なんてできんだよ』
唯『できたわよ。それが何』
武治『いや、「今作った設定」感がヒシヒシと伝わってくんぞ』
唯『もういいから、金塊にでも座ってじっとしてなさい』
最後の言葉に、武治は無言で従った。
別に金に目がくらんだわけでも、欲しいものがそこにあったわけでもない。ただ、何か引きつけられていた。
それらの者には一切目もくれず、それらの隙間から伸びるある物体に自然と引きつけられていた。
この一本の『矢』に。
唯「やっぱりあったのね…」
唯が静かにそう呟く。
惟精『新さん。来た』
惟精が、唯の肩を叩き、大塩が事務所から出たことを筆談で伝える。
唯『何か言ってる?』
惟精『重要なことは特に』
唯『まあ何を言ってるか想像に難くないわ』
惟精『こっちに向けて何か叫んでますよ。叫んでると分かりやすい』
惟精『ば……く…? だ』
唯『つくづく芸のない男ね。ホントに爆弾なんて』
そう書き記した後、唯が武治の方を向く
唯「…………」
『矢』の先端に触れた瞬間、武治の右手が『矢』に「沈ん」だ。そして、彼の頭の中に、情報が一気に雪崩れ込んでくる。
「今日はとても楽しかったわ。あなたたちの日常もとても楽しいわ」
まず最初に現れたのは、赤髪のポニーテールの少女
夜景をバックに彼女が微笑みかけたと思うと、すぐに場所が変わり、映ったのは先の夜景とは違うかび臭い廃墟。そこで彼女は壁にもたれかかり、両目をくりぬかれた動かぬ姿となっていた。
武治「な…なんだこれ」
「……よかった…………ゆ……勇気を出してよかった……」
次に現れたのは、前髪で顔が隠れた胸の大きい少女
夕陽が淡く照りつける坂道で、顔を真っ赤にし、地面に涙をこぼしながら彼女がそう言ったかと思うと、やはり場所は変わり、次に映るのは洋館の一室。
血だらけのその一室で、クイーンサイズのベッドの中心に、四肢をもがれ、骸と化した彼女の姿があった。
「うん。これなら『岸部露伴賞』も夢じゃないわ。今日はありがとう日下君」
次に現れたのは、美しい黒髪の少女。
広い畳の部屋の中で、壁に洗濯バサミ付きの紐を取り付けて、そこに原稿を干していた。その部屋で少女は大の字に寝ていたのだ。そして彼女は、「日下君」とも言った。
やはり場所が変わる。次に目に映ったのは、急な坂道のようになっている森林地帯。
胸に風穴をあけられ、うつろな目で血だまりに横たわる彼女の姿が武治の眼に映る。
「アンタのことが……ずっと好きだったのよっ! 私はっ!」
まただ、いい加減このヴィジョンから逃れたい。だがそれでも消えない。次に現れたのは眉毛の太い茶髪の少女。
学校の屋上で、その少女に誰かが告白されていた。
オイちょっと待て。何でそこが「学校の屋上」と分かるんだ。ビルの屋上かもしれないし何故学校……?
今の四人。知っているはずなどないのに。
武治には、その答えに辿りつく理由などない。何故そうと分かるんだ? いや、単なる憶測だ。
武治「そうだ。そうに決まってる。そうじゃなきゃあおかしいッ!」
惟精『5分らしいよ。5分後』
唯『計ってて久富君。また『不備』が出たのかも』
惟精『どっちにしても「いったん解除」は必須ですよ』
唯『分かってる。「消え」なければ御の字よ』
唯「武治…」
「武治…」
先の茶髪の少女が、何かにすがるようにして、足下から燃えて尽きてゆく。凄まじい暑さと痛みで、苦痛の表情を浮かべながら、どんどん灰になってゆく。
武治「何だこれ」
武治「お前らなんて知らない」
武治「消えろ……消えろ消えろ消えろ消えろ」
唯「武治」
――――
悪夢を見たような不快感も、言い夢を見たようなそう快感もない。ただ静かに目を開けた日下武治は、先のような倦怠感を伴ったものではない、普通の目覚めを普通に迎えた。
武治「どこだここ」
唯「車の中」
そしてひざまくら。車の後部座席で、新唯のひざまくらの上に横になっていた。
惟精「うらやましいねえ。とてもうらやましいのに君は何でそんなノーリアクションなんだい」
そして惟精はこの車を運転しているようだ。
武治「おいどこに向かってんだ」
唯「『BEATTY REDS』の本拠地」
武治「ああ…………それであの……あのあれ…アイツどうなったんだアイツ」
唯「何慌てふためいてんのよアンタ。私の膝に汗たらさないでよね」
惟精「アイツなら逃げてるよ。現在進行形で」
惟精「新さんの車を強奪してねえ」
武治はこの時、惟精が珍しく激昂しているのが分かった。口調は相変わらず神のように軽いが、確固たる怒りと殺意がうちたてられていることが分かった。
唯曰く、自分たちは大塩が仕掛けた二段階の『ハッタリ』で死んだと言うことになってるらしいのだ。
武治「つまり奴が『ハッタリ』で仕掛けた爆弾で、爆死したかのように見せかけて」
武治「それを逆手にとって本拠地に帰還するのを狙い、奇襲をかけるってわけだな」
惟精「説明乙」
唯「そういうこと。あらかじめ『廃ビル』にしかけておいた爆弾を使ってね」
武治「時々お前ら恐ろしいぜ。何で普通に爆弾とか言うんだよ」
唯「知らないの? このSS結構「ご都合主義」なのよ?」
ひざの上でしかめ面をとる武治の顔を覗き込み、唯が微笑んだ。
実際のところ『廃ビル』を爆破したのは――――唯の『スタンド』なのだが。
大塩「ハァ…疲れたぜチクショウめ」
『ハッタリ』により負傷を治し、『ハッタリ』により鍵を作って車を奪い、『ハッタリ』により『廃ビル』を爆破した。
大塩学は自分の完璧な仕事ぶりに酔っていた。そして、もうすぐ『BEATTY REDS』の拠点に到着する。自分の『スタンド』―――『LIV』の持続力は解除しなければ永遠に持続すると言うほど長くはない。今は動けているが再起不能であることには変わらないのだ。
大塩「土師サン。俺だァ! 大塩! いますかァ?!」
「いる」
まだ真昼間だと言うのに暗い。そんな廃墟から男の低い声が響く。
大塩「とりあえず「例のあいつ」の情報通り、俺たちを嗅ぎまわってた鼠どもはブッ殺したぜ。まあ手傷は負っちまったからしばらく闘えねえけど」
土師「テンション下がるなあ……」
土師「ブッ殺したのならテメエこのエンジン音は何だよ」
大塩「はい?」
土師からの声を聞き、大塩は慌てて耳をすませる。
大塩「何にも聞こえませんぜ」
土師「もうチョイ後ろだ。もうチョイ後ろに下がりな」
大塩「は?」
土師「そこからキッカリ4歩」
大塩「何スかホントもう」
土師「いいから下がれよッ!」
大塩「は…はいぃ!」
土師からの怒号を恐れて、大塩は言われた通りに4歩下がる。
そして彼も、ようやく迫るその音に下がる途中で気付く。
大塩「この音って……」
少しだけ振り返ったのがまずかった。そのまま猛スピードで乗り込んできた車に、大塩は轢かれ5m以上吹き飛ばされた。
武治「お前運転荒いぞ惟精ッ!」
惟精「確信犯だよ」
唯「でもこれ私が借りたレンタカーなんだけど」
惟精「大丈夫だよ新さん。親父から修理代ふんだくるから」
土師「…………誰だお前ら」
武治「よう……テメエが親玉か? ちょっくら遊ぼうぜ? 俺たち三人とよ」
to be continued→
使用させていただいたスタンド
No.1167 | |
【スタンド名】 | スターズ・アンド・ミッドナイト・ブルー |
【本体】 | 日下武治(くさか たけはる) |
【能力】 | スタンドのピストルから撃たれた弾丸の軌跡をロープに変える |
No.1621 | |
【スタンド名】 | マッド・チャリオッツ(暴走戦車) |
【本体】 | 久富惟精(ひさとみ これきよ) |
【能力】 | 空間を脚で切開する |
No.13 | |
【スタンド名】 | LIV |
【本体】 | 『BEATTY REDS』の下っ端構成員(本名は大塩学) |
【能力】 | 本体が語る武勇伝を実際にあった出来事のように錯覚させ信じ込ませる |
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