「新(あたらし)さん。こんにちは」
事務所のドアを開き、入ってきた一人の女性は、デスクで昼食を取っているメガネの女性にお辞儀をした後に、すぐに彼女の元に、黒いTシャツを着た若い男が駆け寄ってきた。
「やあよく来たね。唯ちゃん」
満面の笑みを浮かべ、近づくこの男に対し、『新唯(あたらし ゆい)』は冷静にこう一蹴する。
唯「遊びに来たんじゃないの。穂積君。例の情報を売って頂戴」
穂積「ついでにお茶でも飲んでかないかい?」
唯「外に出ていいのかしら? 命狙われてんでしょ?」
穂積(ほづみ)と名乗ったこの男は、唯に対して異様に軽い口調で返す。
穂積「職業柄仕方がなくてね。それにもともと敵は多いしね」
穂積「ここだけの話。あそこの奈良岡さんも僕の命を狙ってるのかと思って毎日接し方には工夫してるよ」
唯が最初に会ったメガネの女性……恐らく秘書のことだろう(彼女と自分、そして彼以外この事務所にはいない)。
唯「奈良岡さんに失礼でしょ」
穂積「唯ちゃんが気にすることァないよ。それに君から「ふんだくった」コレはこう言うのに使ってんのさ」
右手で、『金』を暗示する仕草を取った穂積は、不気味な笑みを浮かべながら部屋の奥の棚を指さす。
穂積「あの「サイフォン」……30万もしたんだよ。もうね僕ァあれで淹れるコーヒーがホント大好きなんだよ。流石この『穂積隆也(ほづみ たかなり)』から30万も取るだけはあるねェ ホントいい仕事してる」
穂積「飲んでくよね? 唯ちゃん」
唯「先に情報を頂戴って言ってるでしょポンコツ『情報屋』……サイフォン壊されたくなかったら『BEATTY REDS』の情報を売りなさい」
穂積「…………せっかちだねェ……「また」彼氏逃げちゃうよ」
この男『日下武治(くさか たけはる)』の寝起きは、決まって悪い。
ボサボサな髪を手櫛で整えるのもほどほどに、寝ぼけ気味の瞼を擦りながら起床の第一声を放つ。
武治「寝足りねえ……」
「君ねえ。開口一番がそれかい?」
武治「惟精か。おはよう」
惟精「もう12時だよ。それとも君の中の常識じゃあこの時間帯が朝なのかい?」
武治「いや、『いいとも』がやるのは昼と決まってる」
この軽妙なやり取りを武治に引き出させた男は、『久富惟精(ひさとみ これきよ)』。無免許だが一応医者である。
そして、武治とは中学時代からの友人で、一軒家をシェアしている『ルームシェア』メイトと言える存在。
武治「唯は?」
唯「ここよ昼行灯」
唯は、武治の寝室のドアの前にいた。
ドアが開くと、ドッと疲れたと言うような表情を浮かべた唯が姿を現す。
惟精「お帰り! 新さん! 相変わらずうちの事務所の所長は可愛いなぁ」
唯「久富くん? それは所長に対する口のきき方かしら?」
武治「そうだぞ惟精? コイツ何かにつけて給料引いてくるからな」
唯「アンタもだゴク潰し。それにいい加減この部屋掃除させなさいよ! 日がな一日寝てるアンタのせいで掃除できないじゃないの!」
武治「いや、十分キレーだろうがこれ! なあ惟精!」
惟精「何か臭い。というか加齢臭もする」
武治「てっめッ! 裏切りやがったな」
惟精「そこは『久富惟精お前もかッ!』だよ。 ブルータスに殺される「ジュリアス・シーザー」のごとくね」
武治「てめえは「ジュリアス・シーザー」の何知ってんだよ」
唯「まあベッドの下には埃が溜まりやすいの。掃除機掛けくらいはさせなさいッ!」
武治「……いや、お前これ部屋十分キレーだろうが」
唯「前掃除したの先週でしょ? いいからさせなさい!」
武治「部屋の掃除なんてなぁあ…………あれだお前。週一でいいんだよッ!」
結局、武治は部屋から〆出された。
この一軒家は、唯・武治・惟精の3人がシェアしているわけだが、唯の『事務所』でもある。
というか、郊外の異様に閑散とした(周りには廃ビルと潰れた飲食店くらいしかなく、交通の面でも明らかに不便)場所に佇むこの一軒家は、唯の所有物であり、武治と惟精は、『ルームシェア』メイトという建前で、住まわさせてもらっている『居候』なのだ。
惟精「『居候』である僕らは、この一軒家の中に組み込まれている限り、この一軒家の中の『要素』に過ぎないわけだよ」
武治「わけだよじゃねえよヤブ医者。死なすぞ」
惟精「と、言ったところでもう12時半だね。何か食べる?」
武治「いーよ別に。腹減ってねえし」
惟精「君は『居候』の立場を弁えているようだね。腹が減っても家主を気遣って空腹のまま戦場へ馳せ参じ…」
武治「ちげえよホントに腹減ってねえんだ。お前はそのクソウゼえ口調をいい加減やめろ」
唯「別にいいじゃない。それくらいしか久富くんの味ないんだから」
武治「つか何でお前いんだよ。掃除は」
唯「案外きれいだったからやめたわ」
武治「…………」
唯「何よ」
武治「俺を追いやる必要なんてあったのかよ」
惟精「新さん。ここは僕の方から言っておくよ……この世に意味のないことなんて存在しない。だからきっと君が追い出されたことに対して君自体がとやかく言うのは野暮ァッ?!」
久富惟精は、いきなり顔面を殴られて廊下に這いつくばった。
武治「そうだな。お前が言った方が殴りやすい」
結局、全員集合。
鼻血を滴らせながらも相変わらずニヤついている久富惟精と、眠気のあまり不機嫌な日下武治、そしてこの二人の士気の低さに幻滅を隠せずにいる新唯の三人で、皮肉にもこの『事務所』は成り立っていた。
武治「で、仕事かよ? 所長さん」
唯「まあ平たく言うとそうね」
武治「平たく言うなよ」
惟精「相変わらず野暮だね君は。新さんの言うことにいちいちツッコミを入れまくるとは」
唯「このままだと作者が字数稼ぎで私たちに無駄口叩かせてると勘違いされるかもしれないわ。ここらで本題に」
惟精「勘違いしないでよねっ!」
唯「本題に入るわ。『BEATTY REDS』の情報が入ったわよ」
ここで、久富惟精の表情は一転する。
武治「オイ……なんだそれ? バンドかなんかか?」
唯「違うわ。西日本を拠点に今でも活動している――――」
唯「『掠奪集団』よ」
唯「ようするに暴力と盗みを生業としてる最低のゲス共の集まりね。連中が直接人殺したって話はあんまり聞かないけど」
唯「どっち道いい話はあんまり聞かないわね」
惟精「『掠奪集団』ですからね。いい話を聞くとかえって恐ろしい」
武治「で……そのなんちゃらレッズがどうしたんだよ? 何でそんなのの情報を集めてんだ」
唯「ホント無知ねえ……」
唯「その『REDS』が『矢』を所持してるって情報が入ってね」
ここでようやっと。日下武治も面食らう。
唯「『矢』についての説明は不要よね。私と久富君はともかくアンタはそれで『スタンド使い』になったんだから」
武治「ああ――忘れもしねえ。あの『矢』は…………」
武治「すまん。忘れた」
その一言に、唯と惟精は、一昔前のコント番組のようにずっこける。
惟精「君の頭はホントに都合いい造りだねえ……」
唯「久富君。仕方がないわよ。だって武治だもん」
武治「だからその「武治だもん」って何だそれお前」
武治が唯に対し怒号を吐こうとした瞬間、事務所の窓を割って、何かがこちらに飛んできた。
床に落ちてコロコロと転がったそれから、紫煙が徐々に立ち込める。
だが、それよりも武治の対応の方が速かった。
武治「誰だよこんなもん投げ込んでくる野郎は――」
武治「こちとら一般市民だ。大概にしとけよ…………!」
武治「『スターズ・アンド・ミッドナイト・ブルー』ッ!!」
武治の肉体に重なるように、人型の、銃を構える像(ヴィジョン)――――『スタンド』が現出した。
武治「惟精ッ!」
惟精「野暮だね。言われなくても分かってるよ」
惟精「『マッド・チャリオッツ』」
久富惟精も、同様に『スタンド』を発現する。武治のそれとは一線を画する機械的なデザインの巨大な蜘蛛の像。
『マッド・チャリオッツ』が脚で空間を切り裂くと、その空間に、切り傷状の穴が空く。
そこに『S&M・ブルー』が弾丸を撃ち込む。
するとどうだろう、その弾丸の『軌跡』は、ただ空を裂くだけに留まらず、具現化し、「ロープ」のようにピンと張った。
足下の催涙弾を、脚で拾い上げ、それが宙を舞った時点で、『S&M・ブルー』が、銃を構えていない方の、左手で、「ロープ」上に固定し、そして叫ぶ
武治「行けッ!!」
その叫びと同時に、「ロープ」は催涙弾を引き連れたまま、惟精が切り開いた空間に姿を消した。
数秒の作業であった。
『何だァ? 煙が部屋に充満しねえなあッ』
突然、外からメガホンで声が響いた。
惟精が割れた窓を開け放ち、外を眺める。もともと周りに余り建物がない場所なので、真っ直ぐ前にある『廃ビル』から投げ込んだんだろうが、相手はどうも大胆不敵にこちらを眺めていた。
『やっぱ『スタンド使い』かぁッ! そんな気はしてたぜ。俺は勘がいいからなあ』
武治「誰だオメエッ! ブチ殺すぞッ!」
惟精「そんな顔でその口調だとチンピラにしか見えないよ」
『まあそんなことァいい。俺は勘がいいからちゃんと備えをしてきたのさ』
『お前ら俺に近づけねえぜ。ここには「見えない壁」仕掛けといたからよぉ』
武治「馬鹿にしてんのかテメエコラ。そんな手の内曝け出しまくりやがって」
唯「頭が悪いんでしょ。はい武治。行ってくる」
相変わらず気の強い唯の言葉にたじろぎながらも、武治は外の『廃ビル』の壁に向けて弾丸を放つ。
だが、弾丸は、何もない空間で何かに弾かれ、落ちてしまう。
惟精「ありゃ。ホントに壁あるみたいだね」
『そんな弾丸で壊れるかよッ! バッカじゃねえの?』
武治「うっせーぞド小物がッ! ハッタリばっか噛ましてねえで姿現しやがれド畜生ッ!」
惟精「君もうそれ小物的チンピラにしか見えないよ」
小物臭い口調と表情で『廃ビル』の男に叫ぶ武治を、惟精が軽い口調で諌める。
『ハッタリだと? 面白れえや手前。ホントに面白れえよ手前……』
『俺は優しいから警告しといてやる。「絶対に避けろよ?」 今から一斉放火するからよォ…』
『廃ビル』の男がそう言うと同時に、見えない壁から大量のピストルが生えてきた。
『降伏しろ。そして『BEATTY REDS』について嗅ぎまわるのを今すぐやめな。今なら適当にリンチってベトナム辺りに逃がしてやるよ』
武治「個人的には「フォー」を喰いてえから連れてってくれよベトナム。旅費お前持ちでよ」
『………………俺の合図で『発射』するぜ? この「見えない壁」に張り付いたS&W全部がなあ……!』
唯「武治。久富君。頼むわよ」
武治「OK所長」
武治は、再び『S&M・ブルー』を発現させ、窓から飛び出る。
武治「『S&M・ブルー』ッ!」
まず、武治は、事務所の一番右側の窓に弾丸を発射し、その軌跡をロープに変える。
武治「行けッ!!」
彼がロープに捕まると、ロープは端の方まで武治を引き寄せる。それによって武治がビルの屋上にまで一瞬で登りつめたのだ。
武治「惟精ッ! 一応今から垂らすのは右の以外『第一のロープ』だッ! 右掴むと登っちまうぞ!」
惟精「君じゃないんだから間違えないよ」
武治「よし、後で殴らせろ」
そんなやりとりをしながらも、武治はしっかり、足下に向けて弾丸を発射しながら屋上を駆け巡る。
結果、約8本のロープ(武治を登らせたロープも含む)が、事務所の正面からぶら下がっている状態となった。
『何だァ? そのロープで防ぐ気かァ?』
惟精「敢えて言おう。そのつもりだよ」
『バカにし腐りやがって…………もういいや死にやがれッ!!』
次の瞬間、凄まじいほどの発砲音と共に、大量の弾丸が事務所に襲いかかる。
惟精「じゃあ行ってきます。マイ・フェア・レディ・新さんッ」
唯「うん。キモいからさっさと行って」
惟精は、少々落胆しながらも武治同様飛び出した。そして、真ん前のロープを掴み、速攻で右端のロープの一つ手前に移動すると、勢いよく叫ぶ。
惟精「『マッド・チャリオッツ』ッ!」
『M・チャリオッツ』の脚の一本を立て、そのままロープを掴みながら左側へ向けて、まるで『ターザン』のように一本ずつロープを確実に掴み、移ってゆく。
『何するつもりだ?! 手前の『スタンド』はバレエを踊りにでも来たのかこの野郎ッ!?』
惟精「低俗だね。ホントに低俗な脳髄だ。高尚である新さんとは大違いだ」
惟精「その脳髄はきっとチューブタイプの味噌くらいしか詰まっていないんだろうね」
左側に移ると『M・チャリオッツ』は脚を仕舞い、惟精も一番近い窓から事務所に戻る。
その間、数秒しか経っていない。だがそれ以上に驚きなのが、弾丸は『見えない何か』に阻まれて一発も事務所に着弾していないことにあった。
『な……何だぁあああ?』
惟精「傷口に縫い付けた「縫合糸」は、血止めの役割を果たしている……」
台所に辿りついていた惟精は、冷蔵庫からペリエの瓶を取り出して蓋を開けると、何やら指をパチンと鳴らし、瓶を口に運んだ。
それと同時に、何かが「抜け」て、消え去った弾丸が再び姿を現す。
だが、それは依然として事務所を攻撃しようとしている凶弾ではなかった。もう既に、標的は『廃ビル』。
『な……』
コンクリートや窓が張られていない穴に向けて、弾丸は無差別に着弾する。
『な……なんなんだよこいつらあああ』
男はようやく姿を現した。たまらず『廃ビル』から出てきたのだ。金色の短髪に、右耳に大量のピアスを付けたチャラい男。その男は、巨大な口の不気味な『スタンド』を引き連れていた。
武治「何なんだと聞かれたら。こう答えるしかねえだろ」
武治「名乗るほどの者じゃあねえ!!」
武治は、姿を現した男に向けて銃で発砲する。その弾丸は、正確に男に額に着弾したが、男に外傷は一切ない。男の額からロープが生えているだけ。
男「な……なんだこりゃあああ」
武治「『第三のロープ』だこのヤロー」
武治がそのロープを引くと、男は勢いよく天井にまで引き上げられる。
男「うおぉあああ」
武治「冥土の土産だ。教えといてやんよ兄ちゃん……俺の『スタンド』によって生まれるロープは三種類ある」
武治『第一のロープ』が普通のロープ、『第二のロープ』が対象にこっちが飛んでいくロープ、『第三のロープ』が今お前に使ってる対象がこっちに飛んでくるロープだ」
武治「まあようするにあれだ……もう何でもいいから逝っとけ」
武治「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ――――」
銃身を腰のホルスターに仕舞った『S&M・ブルー』が繰り出したのは拳撃。連打(ラッシュ)によって男はタコ殴りにされる。
タコ殴りにされた末に、ロープを蹴撃で斬り放され、そのまま落ちる。
武治「あばよ」
唯「あばよじゃねえわよこのバカチンが!」
突然、すぐ後ろから怒号が飛んだ。声の主は当然、新唯。
武治「いつからいたんだよ」
唯「アンタが登ってきたのと同じくらいにもういたわよ。意外と屋上とあそこ近いからね」
武治「お前まさか惟精の事信用してなかったのか? アイツ知ったら泣くぞ」
唯「うっさいわね本能よ本能。それと何重要参考人殺してんのよッ!」
武治「殺してねえよ。ほれ、下でカエルみたいにぴくぴくしてんだろ」
唯「情報吐かせらんないじゃないのよ! 医者呼びなさいよ医者!!」
惟精「僕医者ですよー」
惟精は台所から屋上に向けて叫んだ。
『BEATTY REDS』の下っ端構成員(本名は大塩学) スタンド名:『LIV』――再起不能(リタイヤ)
使用させていただいたスタンド
No.1167 | |
【スタンド名】 | スターズ・アンド・ミッドナイト・ブルー |
【本体】 | 日下武治(くさか たけはる) |
【能力】 | スタンドのピストルから撃たれた弾丸の軌跡をロープに変える |
No.1621 | |
【スタンド名】 | マッド・チャリオッツ(暴走戦車) |
【本体】 | 久富惟精(ひさとみ これきよ) |
【能力】 | 空間を脚で切開する |
No.13 | |
【スタンド名】 | LIV |
【本体】 | 『BEATTY REDS』の下っ端構成員(本名は大塩学) |
【能力】 | 本体が語る武勇伝を実際にあった出来事のように錯覚させ信じ込ませる |
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