第7話 【負け犬の約束(仮)】
某時刻 ――司令部にて
電話が鳴る。
黒電話が好きなのだが、そんな古い電話機を置くわけにもいかず、
せめて音だけでもと、黒電話の音にしている。
ジリリリリリリンと電話が鳴る。
ガチャリ
「はい、ゴルドです。」
「えぇ、順調ですよ」
「島にいる軍は全軍撤退完了しました。」
「『アレ』の使用許可申請の件はご協力ありがとうございます。」
「えぇ?特別軍ですかァ?失礼ですがね、これ以上は無意味だと思いますよ。
どうやらあの島には凄腕の暗殺部隊がかなりいるのでしょう。
恥ずかしい話、部下の中では『見えない何か』などと恐れられている程でね・・・。
それにコトは穏便に早く済まさなければならないというなら
あえて大胆に早めに『アレ』をやった方が良いと思うんですがね・・・?」
「そうですか、そこまで言うのであれば、私どもも目を瞑りますけどね、
無駄じゃあないかなぁ、と思いますよ。」
「では、失礼します。」
ガチャリ
「はぁ・・・マヌケか?無駄だとわかっていることを何故するのか。
思うに意地というやつだな。うっとおしい『蚊』を叩き殺そうと必死になっている。
何故早く『蚊取り線香』をたかぬのだ。」
コンコンッ
「入れ」ガチャ
「ほう、承諾したか。許可が出たところすまないが、急遽一時作業は停止だ。
だが、いつでも『アレ』が使えるよう準備はしておけよ。」
司令官というのも楽ではない。
ゴルドは一人きりになったのを確認すると、ふーっと葉巻をふかす。
そして窓から空を見上げた。雲ひとつ無い晴天だった。
「最近は疲れが溜まっているのか、年のせいかはわからんが、
幻覚が見えるようになったみたいだな・・もう引退を考えねばならんのかね・・・」
基本的にはこの地下には太陽の光は差し込まないし、朝昼夜の概念は無いに等しい。
そのため、この施設での1日は25時間を表す。これは人間の体内時計の1周期に合わせている。
今の時間帯は、部屋にいって熟睡しているか、夜食を食べているかの時間帯だ。
そしてもちろん労働場になどは誰もいない。
――――ただし2人を除いては。
信司「出しなよ・・軍人さんのスタンド・・・・」
セイム「その必要はない。もうスデに準備は完了している。」
セイムはスタンドと同化しており、左半身にスタンドの像(ビジョン)が見えた。
信司「そうかい、ならこっちから行かせてもらうよ。
行けェェーーー!!『オーバーワーク』ッ!!!」
朽ち果てた人間のような骸骨と死神を足して割ったような姿のスタンドが宙に浮いている。
信司はそのスタンドを『オーバーワーク』と呼んだ。
人型のそのスタンドはセイムに向かって殴りかかる。
だがスタンドと同化したセイムの方が早く、
菅原信司のスタンド――『オーバーワーク』のパンチをヒラリとかわした。
セイム「『オーバーワーク』というのか、お前のスタンドは。
なら私もこのスタンドに名前をつけようか」
『オーバーワーク』の繰り出すパンチを軽々とセイムはかわしていく。
信司「嘘だろ・・なんて速さだ・・・攻撃が当たらない!」
セイム「『武器の宝庫(ウェポンズ・ベッド)』とでも名づけようか・・」
信司「どうして当たらないんだ!スピードは同じくらいなのにッ」
セイム「ゆけ、『ウェポンズ・ベッド』!!」
ウェポンズ・B「・・・・・OK」
同化したセイムの身体から『ウェポンズ・ベッド』を切り離し吹っ飛ばす。
そして『ウェポンズ・ベッド』がパンチを繰り出した後の隙だらけの信司のわき腹にパンチをぶち込んだ。
バグォ!!
パンチがモロに本体に直撃した!!
しかしひるむことなく信司は『オーバーワーク』でセイムに向かってパンチを放つ。
信司「ぐふッ こ、この距離ならどうだ!!」
しかしセイムはとっさに『ウェポンズ・ベッド』でガードし、その衝撃で後ろへと飛び、間をとる。
セイム「うーむ、やはり戦闘には慣れないな。イマイチパワーに欠けるようだ。急所を狙うしかないみたいだ」
信司「ハァハァ・・あの距離で『オーバーワーク』のパンチを受け流すなんて・・・」
セイム「戦い方がまるでなってない。子供の喧嘩じゃあないんだぞ?
今のままじゃお前はいつまで経っても私には勝てない。
たとえ私よりスタンドを使い慣れているとしてもな。」
信司「まだまだ始まったばっかりさ。勝利宣言はちょっとフライングしすぎなんじゃあないかっ?」
セイム「もう勝負の結果は見えた。
宣言しよう。『今から私はお前に触れずにお前を跪かせる』と!!」
信司(セイムさんのスタンドと僕のスタンドのスピードはさほど大きな差がないように思った。
けれど、どうしたことか全部避けられてしまっている・・・。)
セイム「来い、お前の全ての攻撃を受け流して見せよう。」
信司「うおおおおおおおおお」
セイム「駄目だな。」ヒラリ
セイム「その程度では」ヒラリ
セイム「カスリすらせん。」ヒラリ
オーバーワーク「ウラウラウラウラウラウラウララララアアア!!」
数分が経過する。
まだ僕は一度も攻撃を当てられずにいた。
完全に疲れきってしまっている僕を尻目に
セイムさんはかなり手加減をしていたようで、汗すらかいていない。
信司「ハァハァ・・ うぐ・・・」ガクッ
僕はとうとう倒れこんでしまった。
冷ややかな目線が僕に送られる。
セイム「ふぅ・・。おいおい、情けないな。開始からまだ数分しか立ってないぞ?
どうした?もうヘバったのか?ボクサーだってもう少しは意地でも立ってるもんだぞ?」
僕は思った。
(なんで当たらないんだ・・カスリすらしないなんて・・・・
まるでこっちの攻撃パターンが全て読まれているように殴る前から避けられている!)
セイム「正直のところ、今のお前では足手まといにしかならんな。」
何も言い返せなかった。実力の差は歴然としていた。
信司「・・・・・・・・・・」
僕は絶望した。足手まといを仲間として認めてくれるはずがない。
サッカーやバスケットで例えるならゴール付近でノーマークだとしても
フリースローで成功しない奴にボールをパスするだろうか。
野球で例えるならヒットを打てないヤツを本試合で出すだろうか。
ストライクゾーンに入れられないヤツをピッチャーに起用するだろうか。
いくら表面上仲間だと言おうと、それは信頼されていないということだ。
そんな関係を仲間だと本当に言えるのか。
協力し合う者同士は、お互いに利用し合わなければならないんだ。
それこそが相手の能力を信頼している証なんだ!
・・・だからこんな僕は本当の意味での仲間になんてなれない。
この地下地獄で一生こき使われているのがお似合いだ。
柄にも合わない事なんてしないほうが良い。
くだらないよ、ここから脱出するなんて夢のまた夢。
信司「僕はやっぱり一生『負け犬』のままなんだ・・・・」
足音が遠ざかっていくのを聞きながらぼそりと呟いた。
返事なんて期待していない。ただ自分を納得させようとしただけ。
しかし意外なことに返事は帰ってきた。
「私はお前の過去の話など知らん。負け犬であるというのなら
私が狂犬に調教してやろう。私はこの地下に一秒も長くいるつもりはない。
私と一緒に来るのなら、外の空気を吸わせてやると約束しよう。
その代わり、お前にも約束してもらう。私の『狗』になるとな」
僕はうつむいていた頭を上げ、声の主を見る。
そこには飲み終えた果実酒と荷物を抱えたセイムの背中がそこにはあった。
その背中は消灯時間を過ぎた暗い労働場で一際光っているように見えた。
信司「『約束』するよ!あなたが言うこと何でもやってやる。
どんな過酷なことにだって耐えてやる!
だから・・だから・・僕も連れてってくれよ!
あなたのその夢に僕も連れてってよ!!」
セイムさんは振り返りもせず、左手をあげ、僕に合図をした。
僕の心に一筋の希望の光が射した気がした。
同時刻 ――管理室にて
ヨア「マイクが入ってるの教えたと思うんだけどな、ククク・・・
面白いな、面白いよアイツ・・・なぁメシア?」
メシア「ちょっと、うとうとしてたわ。ごめんなさいね。
あなたが見せたかったのはこれなのかしら?
私をこんな時間に起こして。」
ヨア「そうだった君は睡眠時間が必要なんだったな。
俺はこの『痛み』を抱えてから眠れなくなったもんでね、ククク・・・
本当にすまなかったよ、安らかに寝てくれ・・」
メシア「・・安らかに?どういう意味かしら・・変な子ね」
ヨア「特に意味は無いよ、俺は君の寝顔が一番好きなのかも知れないな」
メシア「『人間らしく』なってきたじゃない、随分と。」
ヨア「元々人間だよ。今も昔も。」
メシア「あら、そうだったわね・・おやすみなさい・・・・」
・・・・・・・・・・
ヨア「一人の夜はつまらないな、ククク・・・
こう思うのも『人間らしく』なってきたから・・かもなぁ」