ラヴァンジェ諸侯連合体 > ラヴァンジェSS > ラヴァンジェの日常_騒乱


――ラヴァンジェ諸侯連合体・統合侯統府庁舎

 また特大の悲鳴が挙がった。先程から近づいている気がするのは気の所為ではないだろう。そんなことをフラウは魔導空間内での計算で察していながらも、柔和な笑顔を全く崩さなかった。警備のために周りを固める第三機動魔術部隊の隊員たちは仏頂面で表情からは内心を伺い知れない。
 だが、ネットワーク型魔法実体であるフラウにとっては計算である程度相手の感情や考えていることが察された。元々、翻訳のために作られた存在だ。全てを解釈対象として認知する。

「フラウ氏、我々よりも前に出ないでください。相手はクラックですよ」
「ふふ、庁舎まで来るとは面白いお客さんですね」

 少しからかってみたつもりだったのが、返答は無かった。これだから、国の魔導師は駄目だ。と、フラウは思った。そう、冗談が通じないのである。

 統合侯統府庁舎はラヴァンジェ諸侯連合体の政府が入ったコロニーの中心地である。ここに政府中央機能は集中しており、侵入者はここを狙っているようだった。それが現象魔導師であることは分かっていた。だからこそ、機動魔術部隊が出動しているのだ。
 そんな現状のおさらいのようなことを魔導計算領域から補助記憶領域に書き込んでいるうちに、フラウの視界には妙なものが見えていた。ここは執務室。魔導テロ対策の専門チームである第三機動魔術部隊が各々呪具を持って固めている以上、誰かが侵入することは不可能なはずだった。しかし、その視界には映っていた――現象の脱落が。

「ごはっ……!」

 機動魔術部隊の隊員の一人が奇声を上げ、いきなり首を押さえる。倒れ込む。瞬間、吹き出す血。床に広がる赤。その一瞬に隊員たちは神経を尖らせた。何が起こったのかはフラウにすら理解できていない。しかし、既に敵はここに侵入することに成功している。それだけは理解していた。

「敵襲だッ! 志向性解放《エフネン・インテンツィオナリテート》!!」

 隊長の叫びとともに、隊員たちの周囲に背光のような明るみが帯びる。魔導実力行使を専門とする彼らに与えられた現象魔法技術「志向性解放機構」が意味の領域で稼働を始める。人間には感知できないその動きをフラウはまじまじと見つめることが出来た。
 志向性解放機構は、簡単に言えば現象魔法を強化するシステムだ。意識の志向性を緩ませ、現象魔法の行使をより容易にする。しかし、常人が使えば廃人になるレベルの強力な現実改変圧力がある。このため、訓練した彼らのみが使える能力となっているのだ。

「ぶっ……!」
「ごばあっ……!」

 しかし、死体は増えるばかりだった。隊員はなすすべもなく次々と床に倒れていく。一寸の間に隊長まで殺されてしまった。
 そして、その正体が目の前に姿を表した。黒いパーカー、無精髭に満ちた顎のみがここからは見える。魔導センサーが通知する薄汚れたボトムスにフラウは目を向ける気はしなかった。

「やあ、フラウ様」
「ようこそ、統合侯統府へ」

 ニコニコとした笑顔を崩さずにフラウは挨拶をする。男はそれを見て、気味が悪そうに表情を崩す。

「俺はお前を殺しに来た」
「そうでしたか」
「――っじゃねえんだよ! 人間の上に魔法があるなんて、間違ってんだよォ!!」

 そう言いながら、男は飛び込んでくる。しかし、その手がフラウに触れた瞬間、その手先から煙のように実存が消えていった。

「しかし、おいたはいけませんよ。ラヴァンジェにはちゃんと民主機構があるんですから」

 男は消えていく自らの体を見つめながら、恐れに駆られた顔で必死にフラウに助けを求める。しかし、その言葉ももはやフラウには届かなかった。
 男の実存の消え去った後、残ったパーカーを見下げて、フラウは初めて顔をしかめた。

「殺しすぎです。人のために、人を殺しすぎてどうするのですか」
最終更新:2021年12月25日 02:52