「我らが大宰相殿は例の親善会談に関する続報をご覧になられましたか?」
毎年開催される軍閥会議において、一人の男が問う。それは、自由主義陣営に対して最も先鋭的と報じられた王国の総意を決する重要な問いかけでもあった。
屈強な男たちの視線が一人の大宰相のもとに集中し、これから紡がれるであろう流血の言葉を欲したのである。
大宰相と呼ばれた男の名は―――
レルナルト・ヴィ・コックス
数多の戦場において鍛え抜かれた、その精神に宿るものは血以外の何者でもなく信仰を違えぬ覚悟が問われる瞬間であった。
ここに到るまでの過程でコックスは無言を貫いてきたわけだが、その鋭い眼光を質問者に向けると、硬い拳を振り上げ眼前の机を叩き割ってみせた。
「……俺を舐めているのか?」
静かに、だが轟々と凄む大宰相の気迫を前に軍閥の長たる男達も同じ程度の覇気をもって応えた。されども声を荒らげる者は誰一人とて存在しない。
全員が無言の応酬を続ける中、同席するメイディルラングの大使はガタガタと震えている。安全が保障されているとはいえ、彼は酷く怯えていた。
質問を投げかけた男が仰々しく問いかける。
「むしろその逆です。何事を決する上でも、まずは我らが代表たる大宰相閣下のご意向を伺うのが筋というものでしょうや。なぁ、おまえら!そう思うよな?」
男達は「異議なし」の声を上げた。しかし、その弁明は男の言動に反して血なまぐさい意味を含んでいる。コックスは手元の核ボタンを撫でつつ、諭すように答えた。
「お前達が今すぐにでも奴らを血祭りにあげたいのは重々承知している。であればこそ、より派手に、豪快に成し遂げたいとは思わないかね?」
「ほう、それは如何様なことでございましょうか?」
「先程、セトルラームの大統領から直々の連絡がきてな。この難局を乗り越えるために監視を目的とする主力部隊を寄越すんだと。おまえ、これが何を意味するのか分かるか?」
問われた男は眉間にシワを寄せて吐き捨てた。
「大方、オクシレインの蛆虫共をあしらうための方便なんでしょうが、体よく利権の拡大でも狙ってるんですかね?」
コックスは豪快に笑う。それでいて酷薄な形相を浮かべている時は大抵の場合、良からぬ計画を立てているであろうことを誰もが期待した。
質問者である男の表情も破顔し、歯茎を剥き出しにしてコックスに話の続きを促した。
「その通りよ。おまえはやっぱり頭がいいな?監視にかこつけて我らの力を削いでおこうという魂胆なんだろうが、そうはさせない。あのくそったれのへたれ共が嫌でも我らと共闘したくなるような事件を起こしてやるんだ。具体的には、そうだな?帝国にいちゃもんを付けてロフィルナ離れを煽るなんてのはどうだ?」
「いいねえ、あんた最高だよ。あのプライドのクソ高いお嬢様集団のことだ。煽ったら煽った分だけ意固地になってくれるぜ!」
へたれの大統領もさぞかし手を焼くことだろう、云々と吐き捨てる。
友好国に対するこの上ない侮辱だが、今、この場においてコックスにはそれを咎めるつもりはないらしい。
「おうよ!うまく行けば帝国とオクシレインが手を組んでセトルラームに圧をかけてくれるかもな?そしたら?」
「二大同盟が瓦解し、我らが主導による新時代の秩序が成立すること間違いなし!そうだよな?メイディルラングのお使いさん?」
「は、はい。我が国の大統領は貴国との関係修復を望んでおられます。ただ……」
期待と殺意の眼差しが震える大使に向けられる。事と次第によっては、その場で殺されかねない勢いだ。
「帝国とオクシレインが手を組むというのは、少々、と言いますか、相当飛躍してるかと。我が国の大統領が望まれているのは、あくまでも必要以上の馴れ合いを防ぐことで、あなた方が期待するような最悪のシナリオは……むしろ国際的な均衡を保つために……っ!」
血に塗れたナイフを向けられ、思わず怯む。先程、大宰相を相手に凄んでいた男(これでも外務長官らしい)が他国の大使を脅しているのである。
他の男達はその狼藉を戒めるどころか思い思いのままに様子を伺っており、中には煙草を吸い始める者、くつくつと笑っている者さえ見受けられた。
大使は思わずにはいられなかった。品性の欠片もない。これが、この国の支配階級なのかと。コックスが大使に問う。
「そんなこたぁ、どうでもいいんだよ。で?お前達はお前達の陣営を守るために一芝居打つ気があるのか、ないのか?どっちなんだ?」
「……これだけは申し上げておきますが、貴国との同盟を約束するものではございません。ただし、貴国が我々の計画に協力してくださるというのであれば、我が国として貴国の主権を確約し、かつ制裁を解くための必要な策を講じる用意があるということです」
―――会議を終え、堂々たる離席を果たしたコックスは動向する秘書官にその真意を問うた。
「どう思う?」
「甚だ疑問ですね。奴らは常々我々のことを蛮族だと見下していますし、今回の交渉だって美味しい餌に釣られるバカの集団だと思ってますよ」
「そうだよな~。やっぱりそうだよな~。かといって、下々の連中を手懐けるのも一苦労だしなぁ。めんどくさいな~」
うんうんと頷いたコックスは、その隆々とした上腕二頭筋を更に盛り上げ、指示を出す。
「よし、決めたぞ!お前、今から言う話を世界中に広めてこい。……陛下を怒らせない程度にな」
「承知しました。それにしても、公の場で外務長官があのような発言をなさるのは……」
「ああ、全てを終えたら、あの野郎を吊るしてやるつもりだ。……この俺を脅しやがって」
内々の不安を抱えながらも、王国の逆襲が始まった。