……人の死は思うほどあっけないものだ。
強大なものに立ち向かっても、普通は打ちのめされて地面の肥やしになる。英雄物語を皆が好むのは、それが自分には出来ないと分かっているから。多くの人間は絵空事の叙事詩を心に秘めながら、死という現実を避けるために勇気を否定する。
しかし、理不尽な死はそんな彼らをも赦してはくれない。
――くそっ……
視界が霞んでいた。
見えるのは地面に流れる自分の血液、これだけ失われれば事切れるのは遠くないだろう。
「無能力者が無茶なことをするものだな」
近づいてくる男の声、こいつの特性は知っている。
意味系言葉外装を得意とする魔法犯罪者――ドランドベッド・アンシヴァール。今までに自らの魔法技術の向上のため、幾度となく人間を生贄に捧げてきた。無辜の人間を誘い出しては、自らの私欲のためだけに利用してきたクズだ。
その男は俺の視界の端に立つと、勝ち誇ったかのようなニヤケ顔を見せる。
「警備員か何かは知らんが、お前には俺の研究の一部になってもらう」
「……」
「もう答えるほどの気力もないみたいだな。まあいい、お前は今から――」
「――勘違いの代償を」
男の目が見開く。
さしずめ、こいつはそんなことが言える状況にあるはずがない。英雄となることを普通の人間と同じように諦めた存在だと、断定していたところだろう。
しかし、俺は違う。最期の切り札を残していた。
「――払うことになるなっ、ドランドベッド!!」
「なっ……!?」
「第二剣術――秘法暗殺……ッ!!」
カッ、と地面を蹴った反動に腕を合わせ、隠し刃を掴み眼の前の男に投げる。油断していた男は反応できない。向かった二本の小刀は相手の首――両頸動脈を切り裂き、開花のように血を振り巻く。
男は出血する首を押さえつつ、引き下がる。
「な、何故だ。十分な現象魔法での現実改変を加えたはずだ! お前は起き上がることすら出来ないはずだ!!」
「現象魔法学の基礎すら知らないのか?」
俺の言葉に男はふらつきながらも反抗的な表情を見せる。
「俺の研究は正しい……お前のような非適正に何が分かる……!」
「分かるさ」
俺は血溜まりから立ち上がり、男に迫る。
彼の表情は完全に異形の何かを見たかのような恐怖に襲われていた。
「言葉外装は基本的に弱い現実改変能力しか持たない。なら、現実改変場を制御することが出来るアイテムを持っていれば、別に問題は無いというわけだ」
懐から俺が取り出したのは一つの「懐中時計」――と見せかけた強力な現実固定能力を持つ特殊なアイテムだ。
「ああ、お前の攻撃に関してはこいつの現実固定能力を使って調整させてもらった。血が大量に出てるから、ダメージが大きかったと考えていたんだろうが目算は外れだ。あれはフェイクだよ」
「うっ……ひっ……!!」
男は止まらない出血を服に流しながら、どんどん後ろに引き下がる。
「現象魔法を使うんだったら、もう少しおつむが賢いほうが良かったかも知れねえな」
「ま、待て、後生だ。命だけは……っ!」
相当の血液を流したのだろう。男は後ろに倒れつつ、命乞いをし始めた。
俺はため息を付きながら、短剣をそいつに向けた。
「だっせえ奴だな」
そう言い放つとともに、俺にも身体の限界が来る。ふらつきながらも近くの壁に身を寄せることが出来た。
同時に飛び込んできたのは、凛々しい官憲の声だった。
「違法術式捜査局だ! ドランドベッド・アンシヴァール、魔法規制法違反で逮捕する!!」
意識が薄れていく中、見えたその捜査官の姿を俺は延々と覚えさせられることに鳴った。
捜査官にしては小柄、高校生程度の身長にきらびやかなセミロングの金髪、矛盾を切り裂くような蒼い瞳。年相応とは言えないスーツ姿に戸惑いつつも任務を果たそうとする凛とした姿の彼女は俺の元に駆け寄り、そして……一発のキックをお見舞いしてくれた。
「被疑者確保!!」
朦朧とした意識が消えゆく最後に聞こえた言葉はそれだった。
■ ■ ■
「ごめんなさい!!」
起き抜け早々に少女から謝罪を受ける。一体自分がどういう状況に置かれているのかも理解していないのにだ。
周りを見回すと、取り敢えず見知らぬ部屋だということは分かった。申し訳程度の柵があるのを見ると、どうやら人を閉じ込める施設であるというのは明白だった。
目の前に居るスーツ姿の少女を俺は睨みつける。
「ここ数日で最高の目覚めなんだが、俺はなんで留置場に居るんだ?」
「えっと、その……」
「ドランドベッド・アンシヴァールは何処にいきやがったんだ?」
「あっ……」
それっきり、少女はバツが悪いとばかりに何事も言い出せなく鳴ってしまった。
俺はため息を付いて、状況を再度整理するのだった。