ヴァンス・フリートン > エピソード2

ヴァンス・フリートンは、夜の帳が降りる頃、いつものように静かなバーへと足を踏み入れた。外の世界では、車のクラクションや遠くのざわめきが絶え間なく響き、彼を追い立てるように感じられた。だが、この薄暗い店内だけは別だった。そこは、セトルラーム共立連邦の大統領としての重圧から逃れられる、唯一の小さな聖域だった。この日、彼の肩にはいつも以上の重さがのしかかっていた。

カウンターに腰を下ろすと、バーテンダーのアレクが慣れた手つきでウイスキーを注いだ。グラスに落ちる琥珀色の滴が、静寂の中でかすかな音を立てる。

「ヴァンス、何か考え込んでいる顔だな」

アレクの声は穏やかで、どこか気遣うような響きを帯びていた。

フリートンは唇の端に微かな笑みを浮かべ、グラスに映る自分の影を見つめた。「アレク、今日という日は一段と私を試したよ。どうして私は、こうも質の低い人間たちとばかり向き合わねばならないのだろう」

アレクはカウンターに肘をつき、静かに頷いた。「君がリーダーとして背負うものが大きいからだよ。そういう連中が目につくのも仕方ないさ」

フリートンは首を振って目を伏せた。「いや、違うんだ。問題は私にあるのかもしれない。アレク、私は何が足りないのだろう。私の信念に心から共鳴してくれる者が、一人もいないのではないか」

彼の声は低く、深い溜息とともに吐き出された。その言葉には、自らを責めるような痛みが滲んでいた。

アレクはグラスを手に持ったまま、少し間をおいて答えた。「ヴァンス、それは君が自分に厳しすぎるからだよ。あまりにも高く掲げた理想に、周りが追いつけないだけかもしれない。だがな、君の努力が無駄だなんて思うな。どこかに、君の志に共感する者が必ずいるさ」

フリートンはウイスキーを一気に飲み干し、喉を焼くような感覚に目を細めた。だが、その熱は彼の心に広がる冷たい空虚を埋めるには至らなかった。「私は人を不幸にしているだけなのかもしれない。アレク、時間も体力も、ありったけのものをこの国に捧げてきた。それなのに、何が間違っているのだろう。私は何のために戦っているのか……」

彼の言葉は途切れ、深い苦悩が顔に影を落とした。

その瞬間、心の奥底にぽっかりと空いた孤独が広がった。努力が報われない焦燥感、仲間たちの士気の低さを自らの失敗と結びつける痛み。それでも、彼には信念を捨てるという選択肢だけはなかった。それは彼の魂に刻まれた、消えぬ炎だった。

二人はしばらく沈黙を共有した。アレクは新たなウイスキーを注ぎ、フリートンはそれを手に持ったまま、グラスの中で揺れる琥珀色を見つめた。その静かな揺らぎが、彼の乱れた心に微かな落ち着きをもたらした。

夜が更ける頃、フリートンはバーを後にし、孤独な執務室へと戻った。外の冷たい風が彼の頬を刺し、街灯の光が細長い影を地面に投げかける。明日もまた、理想と現実の狭間で戦う日々が待っている。それでも、彼の胸にはかすかだが新しい力が芽生えていた。それは、自らの限界と向き合いながらも前に進もうとする、小さな決意だった。

その夜、フリートンは政治の重圧から一時解き放たれ、一人の人間としての自分を取り戻した。アレクとのささやかな会話と、ウイスキーの静かな香りが、彼の心に深く染み込んでいた。未来への意志をそっと再確認しながら、彼は新たな一日を迎える準備を整えた。執務室の窓から見える夜空には、星一つない闇が広がっていたが、彼の瞳には微かな光が宿っていた。

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最終更新:2025年01月06日 00:29