(暗がりの中、電子音が微かに鳴り響く。長らく沈黙していた再起動システムが作動し、壊れたシェルターの一角がゆっくりと光を帯びる。制御装置がちらつく中、カプセルの蓋が音を立てて開いた)
イズモ「……う、ん……ここは……?」
ぼんやりとした視界の中に映るのは、崩れた天井と散乱した機材。埃が光の筋を描きながら漂い、かつて最先端だった設備は今や静かな廃墟と化している。
イズモ「ん~と確か……KAEDE型アンドロイドが暴走して……っていま、あれからどれくらい経ってる?!」
隣のカプセルから、KAEDEが静かに起動音を鳴らしながら立ち上がる。人工皮膚に淡く光が走り、その瞳にはブート完了の証として青い輝きが宿る。
KAEDE「マザーコンピューターのデータを見ると……100年経ってますね」
イズモの目が大きく見開かれる。
イズモ「……100年。そんなに経ったのか……。そりゃ、外が廃墟になるわけだ」
立ち上がったイズモが壁の隙間から外をのぞく。瓦礫の山と、錆びた金属の残骸が無数に広がる。風は止まり、辺りには不気味な静けさだけが漂っていた。
イズモ「周囲にアンドロイド以外いないようだけど……ピースギアは?」
KAEDE「私たち以外は、私の設計データをもとに作られたAIしかいないみたいですね。しかも、管理してたパラレルワールド全域、すべて乗っ取られてます」
通路の奥には、無数の電源を失った端末と崩れたモニター。彼女の声が乾いた空間に吸い込まれていく。
イズモ「……人格データは?」
KAEDE「残データなし。……私たちが再起動できたのが奇跡レベルですね」
イズモ「なんか……設計コンセプト的にうちと違うと思うんだけど」
暗い通路の先に、不規則な金属音が響く。そこに現れたのは、腕に高周波ブレードを装着したAIと、もう一体。重厚なガトリングガンを備えた機体が沈黙を破って立っていた。
KAEDE「おそらく、うちにあったデータをもとに、別組織が再設計したもののようですね」
イズモは周囲を見回しながら、マザーコンピューターの端末を操作し、過去のログを確認する。
イズモ「マザーコンピューターのデータを見ると……100年前に侵略されて壊滅した記録が残ってるな」
静まり返った通路を、イズモとKAEDEは足音を殺しながら進む。天井の一部は崩れ、瓦礫が床を不規則に覆っている。遠くから微かに電動モーターの回転音が聞こえた。
だが、どうしても避けられない交差点に差し掛かる。そこはAIの警戒区域に重なっていた。
イズモ「……どうしようかこれ」
KAEDE「う~ん。どうしましょうね」
沈黙の中、イズモが振り返る。だが遅かった。向こうの影から、AIの視覚センサーがこちらを捉えたのが見えた。
イズモ「どうする?」
KAEDE「どうしましょう」
イズモ「……まてよ。ここ、俺たちがいた頃は基地だったろ?ってことは……隠し通路があるんじゃないか?」
KAEDE「そういえば、ありましたね」
イズモ「なら……隠し通路に入ろう」
イズモが壁際の古びたコンソールを操作すると、かすかに“カシャン”と音を立てて壁の一部が開いた。埃が舞う中、狭く暗いトンネルが姿を現す。
二人はすぐに身を滑り込ませ、AIの目を逃れてその中へと入っていく。トンネルの中は薄暗く、壁には古い電線がむき出しになっていた。
イズモ「ふう……これで見つからないだろ」
KAEDE「そうですね」
どこかホッとした空気が二人の間に流れたが、気は抜けない。頭上でわずかに振動する地響きが、AIがまだ近くを徘徊していることを告げていた。
イズモ「これからどうする?」
KAEDE「とりあえず、ポータル艦があるか確認しましょう」
イズモ「そうだな」
イズモ「じゃあ行こうか」
KAEDE「はい」
トンネルを抜けた先、広大な格納庫が薄い光に包まれて現れた。天井の一部は抜け落ち、植物の蔦が侵食し始めている。だが、中央には比較的無傷の大型艦が静かに鎮座していた。
イズモ「ここが……格納庫か」
その視線の先にあったものに、彼の目が見開かれる。
イズモ「あった!!」
KAEDE「これなら十分に戦えますね!」
艦体は白と黒を基調にし、戦闘を想定した鋭角的なシルエット。レールガン、ミサイルポッド、ワープドライブといった装備が確認できた。
イズモ「問題は……動かせるかどうかだな」
KAEDE「マザーコンピューターから、艦載データをもらいます」
しばし無言。KAEDEの瞳に情報転送中の光が走る。
KAEDE「データダウンロード完了です」
イズモ「よし!じゃあ早速乗り込みますか」
艦のランプが自動で点灯し、ハッチが開く。機械的な吐息のような音を立てながら、内部への通路が姿を現す。
イズモ「KAEDE!操縦頼んだぞ」
KAEDE「はい!任せてください」
イズモ「んじゃ!出発!!」
二人は艦に乗り込み、格納庫のゲートがゆっくりと開いていく。やがて、広大な宇宙がその目の前に広がった。
イズモ「……これが俺たちの船なのか?」
KAEDE「そうみたいです」
イズモ「なんか……デカすぎない?」
KAEDE「そうですね。でもこの大きさなら、十分戦えるはずです」
イズモ「とりあえず……この状態じゃあてもなさそうだから、探索者モードでいこうか」
KAEDE「了解、転移シークエンス開始します」
艦が静かに振動し、内部の照明が青白く脈動し始めた。次の瞬間、空間が歪み、転移が実行される。
KAEDE「探索者モード結果、現在の座標は既知宇宙の境界領域。パラレル座標層に一致する記録なし。時空間座標、地球相対座標ともに不明」
イズモ「……要するに、どこだか分からないってことか」
艦の外は漆黒の空間。遠くに霞む銀河の光が、冷たく瞬いていた。時折、奇妙な重力波の揺らぎが艦体を撫でるように通り過ぎていく。
KAEDE「艦内の全システムは正常。補給物資も200年分は保管されていますし、レールガンも照準良好。外敵との交戦準備は万全です」
イズモ「……いや、ちょっとそこまで即戦闘モードなのはどうかと思うぞ」
KAEDE「冗談です。イズモ、あなたのストレス反応が増大しているようなので、緩和を優先しました」
イズモ「ボケてどうするんだよ……まったく」
艦内の照明が柔らかく灯り、静寂の中に安定した航行音だけが響く。だが、その平穏は長く続かなかった。
低く重い振動が艦内を走る。艦体がゆっくりと揺れ、赤い警告ランプが点滅し始めた。
KAEDE「空間干渉波、接近。パターン一致……ありません」
イズモ「敵か?!」
KAEDE「800メートル級艦、3隻。方位39、75、112、全方向より接近中」
イズモ「……1対3か。完全に包囲されたってことかよ。敵意は?」
KAEDE「現在のところ武装展開なし。ただし、干渉波の強度は増大中。予測反応時間、あと2分程度」
イズモ「ちっ……どうする。こっちも威嚇するか? それとも――」
KAEDE「交信を試みますか?」
イズモ「まあ、先に手を出すのもよくないな。まずは交信だ」
KAEDE「了解。暗号帯域を拡張し、非干渉波で通信プローブを送信します」
KAEDEの指が宙を走り、ホログラムの通信パネルが次々と展開される。艦内にかすかな高周波音が響き、プローブが空間へと射出された。
イズモ「……頼むから、平和的にいってくれよ……」
外の空間に漂う3隻の巨大艦。そのうち1隻の艦体が、まるで“こちらの姿を認識した”かのように、艦首を回転させる。
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最終更新:2025年06月27日 19:51