エレス・ニア第3軌道基地到着後の会議とパフォーマンス終了後、二人は一旦保留を選び、艦へと帰還した。
艦橋には少し疲れのにじんだ静けさが漂っていた。
イズモ「向こうは全面的な技術提供かぁ……」
椅子に体を沈めながら、低くつぶやく。表情は穏やかだが、瞳には濁った警戒心が宿る。
KAEDE「そうね……」
彼女もまた同じくモニターを見ながら答えた。だがその声色はどこか沈んでいた。
そして両者はこう思った。(面白いことになりそう……)と。
だがそれ以上に、心の奥底に不安という黒い靄が広がっていた。
実は心中は単純な期待などでは到底済まされない複雑な思いに満ちていたのである。
イズモ「たぶん、全面的な技術提供の提案はブラフかもな」
モニターを横目に苦笑する。
KAEDE「私もそう思う。おそらく、どれだけ引き出せるか試してる感じ……だろうね」
彼女は背筋を伸ばし、冷静に言葉を並べるが、その口元は微かに引き結ばれていた。
イズモ「そうなると……かなりまずいことになりそうなんだよなぁ……」
声は低く、少し憂いを帯びていた。
KAEDE「……どういうこと?」
イズモ「う~ん、なんつーかうまく説明できないんだけど……」
しばらく沈黙し、手元の端末を軽く指で叩く。
イズモ「確かに彼らの説明では問題はない。技術提供も現実的だ。」
モニターには会議中にやりとりされたデータと映像が流れていた。
イズモ「けど、なんか……嫌な予感がするんだよなぁ」
KAEDE「……それは?」
眉をひそめて彼の言葉を追う。
イズモ「う~ん……まあ、うまく言えないけど……なんていうか、感覚的な話だな」
KAEDE「……もしかして、あの話と関係あるの?」
イズモは無言で頷いた。
かつて、前身組織クデュックがピースギアへと移行する過程で、一部が反乱を起こした事件があった。汎用型中型二足歩行兵器が256機も奪取され、鎮圧には成功したものの、その後組織内で勢力争いが発生し、最終的にクデュックは解散。新体制としてピースギアが誕生するという経緯があった。
あの時と同じことが起きるのではないか。
その可能性が頭を離れず、今回の「全面的技術提携」に強い警戒心を抱いていたのだった。
イズモ「彼らが同じ轍を踏まないとも限らん。万一、内部崩壊や技術の漏洩が起きた場合、対処できるのは……現状自分たちピースギアしかいない。でも今の戦力じゃ圧倒的に足りない」
KAEDE「でも……この技術は、ピースギアのものだから……」
イズモ「……まあ、そうなんだけど」
溜息をつきながらモニターに目を戻す。緊張の糸がわずかに緩む気配はない。
KAEDE「ま、なるようにしかならないでしょ?」
イズモ「……そうだね」
短くうなずき、操作パネルに向き直る。
イズモ「とりあえずこちらの意見を出そう」
イズモは落ち着いた声でメッセージを入力した。
『こちらピースギア所属ポータル艦アリス級エルニウスの最上イズモ三佐、こちらとしては技術提供に関して文明
共立機構国際平和維持軍以外の第三国や敵対勢力への流出、内部紛争の際の悪用のリスクを懸念し、取り外し不可能な状態にて平和維持にのみ使用可能とする制御システムを組み込んだ状態でのみ提供する。』
『こちらの要望に関しては、無人惑星への開拓許可、さらにそこを拠点として新たな独立主権組織の設立の許可を要請する。』
イズモ「これで良しっと」
KAEDE「良いと思うけど……」
イズモ「何か問題ある?」
KAEDEは少し考え込む素振りを見せた。
KAEDE「……大丈夫かなって。そのシステムが破られた場合、この技術は流出するわけだし……」
イズモ「このシステムは電源ユニットと接続していて、このシステムを動かす核融合炉もこのシステムの制御下にある。つまり、この制御システムがなければ動かすことすらできない」
そう言って、モニターに表示されるシステム構造図を指差す。
KAEDE「でも、もしその制御を通さずに向こうの核融合炉で起動されたら……?」
イズモ「……その時は」
間をおいて、
イズモ「起動しないかな」
イズモ「このシステムは、専用設計の制御ユニットと核融合炉の識別コードが一致しないと一切作動しない」
KAEDE「つまり、起動できないから実質的に外部では無敵状態ってこと?」
イズモ「まあ、そういうこと」
KAEDE「あら……でもなんで?」
イズモ「外部電源が使えたら、リバースエンジニアリングされたら即戦力にされるからな。そもそも核融合炉を専用制御にしたのは、悪用を防ぐため」
KAEDE「確かに……それなら納得」
イズモ「とりあえず、これに乗ってくれるかどうかだな」
そう言って、メッセージを正式に送信する。
イズモ「たぶん、新たな独立主権組織の設立は無理だろうな」
KAEDE「え!?そうなの?」
イズモ「……あのデモンストレーション見たら、向こうは星間航行がやっとで、外銀河への進出技術はまだない。そうなると、一部技術は向こうが上でも、恒星間航行技術そのものではこっちが上になる」
KAEDE「……そうなっちゃうと、やっぱ無理なんでしょうか……」
イズモ「そういうことかな。そんな相手に新たな独立主権組織の設立なんて許可したら、自分たちの立場が脅かされると考えるのが普通だよな」
KAEDE「そりゃたしかにそうですよねぇ……」
KAEDEは納得し、肩をすくめた。
イズモ「ま、現状は最悪エルニウスで生活してもいいかな?惑星の開拓権がもらえればラッキーって考えとこう」
KAEDE「……そうね。てか、そういう考えでちょうどいいかも」
イズモ「でしょ?……さて、向こうはどう出るかな?」
最終更新:2025年06月27日 20:14