リカバリールーム。
天井から降り注ぐ青白い光の中で、イズモと綾音、そして統合支援AIの
KAEDEが並び、新たな来訪者を待っていた。
壁面のディスプレイには待機状態の転送ログが静かに流れ、この場所が「選択の場」であることを無言のまま示している。
KAEDE「優先申請者の転送が完了しました。識別番号HM-4197。種別、人間。性別、女性。推定年齢、十六。星域、不明。人格安定指数〇・八一一。記憶領域、完全。」
数値が表示された瞬間、綾音は小さく息を吐いた。
破損も欠損もない。
それでもここに辿り着いたという事実が、かえって重くのしかかる。
綾音「人格も記憶も無事……それでも申請したのね。」
イズモは腕を組み、淡々と画面を見据える。
イズモ「必要だったんだろう。逃げ場が。……それにしても安定指数が高すぎる。この年齢で、ここまで保っているのは異常だ。」
床を滑るようにドローンが進入し、リカバリーポッドを所定位置に固定する。
静かな開閉音とともに、ポッドが開いた。
中にいたのは、細身の少女だった。
痩せてはいるが骨張ってはいない。
擦り切れた外套を羽織り、膝を抱え込んで俯いている。
乱れた髪の隙間から覗く視線は、周囲を警戒する獣のように揺れていた。
肩が小刻みに震え、呼吸は浅い。
目が合いそうになるたび、彼女は慌てて視線を逸らす。
綾音はゆっくりとしゃがみ、目線を合わせる位置まで身を落とした。
綾音「こんにちは。ここは安全よ。あなたを追ってくるものはいない。」
少女はびくりと肩を跳ねさせる。
だがその声に引き寄せられるように、わずかに顔を上げた。
瞳の奥には恐怖が渦巻き、その奥底に必死な救いを求める色が滲んでいる。
イズモ「……人間で、ここまで怯えている。記憶が無事な分、傷が深いな。」
KAEDE「出身星域は未登録。使用言語は
ロフィルナ語。意思疎通に問題はありません。」
少女は恐る恐るイズモを見る。
その唇が震え、小さな声がこぼれた。
少女「……ここは……もう……あれは……来ない……?」
綾音は即座に頷き、柔らかく微笑む。
綾音「来ないわ。ここはあなたを守る場所。」
その言葉に、少女の瞳から涙が溢れ落ちた。
必死に堪えようとして口元を結ぶが、嗚咽は止まらない。
イズモは静かに息をつき、そっと手を差し出す。
イズモ「怖かったものは、全部ここに置いていけ。……俺たちが預かる。」
少女はしばらくその手を見つめ、迷い、そしてゆっくりと自分の手を重ねた。
冷たく細い指先に、かすかな力が込められる。
綾音「……自分の足で、ここまで来たのね。強い子だわ。」
KAEDE「人格安定指数および記憶領域に異常なし。心理的緊張が極めて高いため、安定化処置を推奨します。」
少女「……もう……逃げなくて……いい……?」
イズモは小さく微笑む。
イズモ「ああ。もういい。お前は、ここにいる。」
少女はその言葉に頷き、両手で顔を覆った。
しゃくり上げながらも、ポッドの中で少しずつ体の力が抜けていく。
綾音はそっとその背に手を置く。
綾音「大丈夫。もう大丈夫。」
青白い光が強まり、彼女を包み込む。
モニターには「心理安定化進行中」の文字が浮かび、震えは徐々に収まっていった。
KAEDE「安定化進行率、三十二パーセント。心理的緊張指数、低下中。」
イズモと綾音は視線を交わし、窓の外に広がる星々を見やる。
彼女が背負ってきた恐怖が何であれ、この星なら受け止められる。
綾音「……ようこそ、未来の痕跡。」
その言葉に応えるように、星空の一角が静かに瞬いた。
新しい希望が、確かにそこに灯っていた。
最終更新:2025年12月16日 20:45