ピースギア臨時本部の広場。
午前。
薄く差し込む恒星光が透明な天蓋を透過し、拠点全体を柔らかく照らしていた。
かつて静まり返っていたこの場所は、今や明確な「生活の音」に満ちている。
広場の中央には長いテーブルが並び、朝食を取る人々とアンドロイドが混在して腰を下ろしていた。
金属と陶器が触れ合う音。
湯気の立つカップ。
周囲では技術者たちが機材を運び、子どもたちの笑い声が反響する。
綾音は温かいマグカップを手に、ゆっくりと周囲を見渡した。
綾音「……ずいぶん賑やかになったわね。」
イズモは腕を組み、広場全体を一望する。
視線の先では、修復を終えたアンドロイド数体が、新たに届いたパーツの仕分けと組み立てを手伝っていた。
隣接する整備区画からは、工具の金属音と人の笑い声が混ざって聞こえる。
イズモ「静かだった頃が懐かしいな。……悪くない。」
KAEDE「本日の稼働人数は五十二名。機械修復班、外周防衛班、未来因果班、生活支援班に分かれて行動中です。」
広場の一角。
修復班の作業台では、かつてリカバリールームで怯えていた少女が、今は
ユナ(Yuna / 由奈)とという名で呼ばれ、仲間と肩を並べて作業していた。
小さな手で配線を押さえ、先輩技術者に笑顔で質問を投げかけている。
返ってくるのは、対等な声と冗談混じりの助言だった。
綾音はその様子を見て、静かに目を細める。
綾音「……いい顔になったわね。」
そのとき、一体のアンドロイド整備士が小走りで近づき、イズモにデータパッドを差し出した。
アンドロイド整備士「イズモ様。搬入口に食料コンテナが到着しています。確認をお願いします。」
イズモ「わかった。後で向かう。」
別の方向では、子どもたちがポータル制御装置の光の前で鬼ごっこをしている。
整備員が慌てて声を飛ばした。
整備員「そこは危険領域だ。近づくな。」
子ども「はーい。」
軽い返事と笑い声が返り、緊張は長く続かない。
広場の中央では未来因果班がホログラムを投影し、三日先までの予測シミュレーションを簡易的に公開していた。
集まった住民たちが、興味深そうに光の流れを見つめる。
未来因果班員「こちらが今後の変動予測です。……あ、触らないでください。」
それでも子どもが手を伸ばし、光が指をすり抜ける。
周囲から笑いが起こった。
綾音はマグを口に運び、ふと天蓋越しの星空を見上げる。
綾音「……これが、“声”が増えたってことなのね。」
イズモは短く息を吐き、わずかに笑った。
イズモ「ああ。悪くない音だ。」
広場では、アンドロイドと人間が区別なく機材を運び、貧困層出身の若者たちが真剣な表情で議論を交わしている。
そこに悲壮感はない。
あるのは、緊張を内包した現実感と、確かな前進の気配だった。
整備区画の端で、誰かがハーモニカを吹き始める。
それに合わせ、子どもが手拍子を打つ。
空気が一段、柔らぐ。
KAEDEは広場に視線を向けたまま、静かに告げた。
KAEDE「心理安定指数、全体平均〇・七八一。上昇傾向です。」
綾音「もう、“難民キャンプ”じゃないわね。」
イズモ「ああ。ここはもう、拠点だ。」
星々の光の下で、無数の足音と声と機械音が重なり合い、生きている証のように響いていた。
イズモと綾音はその光景を見つめ、言葉を交わさず、静かに頷き合った。
最終更新:2025年12月16日 20:48