薄暗い廊下に赤色警報灯が断続的に瞬き、遠くで非常サイレンが低く唸っている。
床には破壊された防護用シールドが転がり、割れた端末や金属片が無秩序に散乱していた。
武装部隊の足音が抑えたリズムで反響する。
セレスは銃を下げたまま、短く息を吐いた。
セレス「……トーマ。応答しろ。まだ引き返せる」
通信機から返るのは、ノイズ混じりの沈黙だけだった。
セレスは一瞬だけ目を伏せ、合図とともに前進する。
部下「副局長、安全確認完了。制御室前、敵影なし」
重厚な扉が静かに開き、青白いモニター光が廊下に流れ出す。
制御室の中央には、一人の男が立っていた。
トーマ・ライネル。
背を向けていた男は、ゆっくりと振り返る。
トーマ「セレス副局長……久しぶりだな」
室内には倒れ伏した職員たちの姿があるが、血の匂いはない。
全員が拘束され、意識を失っているだけだとすぐにわかる。
セレス「……何をするつもりだ」
トーマ「この区画を押さえれば、本部は止まる。
そう思っただけだ」
背後の大型窓越しに、星々とシナリスⅥの青緑色の大気圏が静かに広がっている。
セレス「君らしくない。
無駄な賭けはしない男だったはずだ」
トーマ「……無駄じゃない。
誰も、聞こうとしなかっただけだ」
沈黙が落ちる。
武装部隊が距離を詰め、トーマを包囲する。
セレス「お前の部隊は全員拘束済みだ。
これ以上の抵抗は意味がない。投降しろ」
トーマは目を閉じ、深く息を吸った。
トーマ「ピースギアは変わった。
上層の、選ばれた連中だけで回る機構だ。
俺たちはただの歯車だ。
……平和の歯車、ってか?」
乾いた笑いが室内に響く。
セレス「……トーマ」
数秒の沈黙の後、彼はゆっくりと両手を上げた。
トーマ「負けだ。
だが、この声が届くなら、それでいい」
武装部隊が静かに前進し、手錠がかけられる。
金属音が冷たく響いた。
【翌日・本部カフェテリア】
ガラス張りの空間に朝焼けが差し込み、シナリスⅥの海が静かに広がっている。
職員たちは低い声で言葉を交わし、落ち着かない空気が漂っていた。
職員A「……まさか、ライネル班長がな」
職員B「現場、最近ピリついてたしな」
職員C「でも、誰も殺さなかった。
あの人らしいよ」
窓の外には戦艦ツォルマリアの影が浮かんでいる。
【本部・中央ホール】
高天井のホールに、巨大ディスプレイが起動する。
イズモの映像が映し出され、職員たちは息を潜めた。
イズモ『本部内部における規約違反行為について報告する。
関係者は全員拘束済みだ。
独立管理局および内部監察局による合同審査を行う』
場内がざわめく。
イズモ『再発防止のため、班代表制フォーラムを新設する。
全職員の意見を、正式な意思決定に反映させる』
【夜・本部屋上】
銀河が広がる夜空の下、セレスは手すりにもたれて立っていた。
風が静かに吹き、遠くでシャトルの灯が明滅する。
セレス「……お前は間違っていた。
でも、全部が間違いだったとは言い切れない」
しばらく星を見つめ、低く呟く。
セレス「――それでも、ピースギアは前に進む」
夜空を背に、セレスの影が静かに溶けていった。
最終更新:2025年12月16日 20:55