数日後、
ピースギアの内部を貫く中継回廊に、警告灯が赤く走った。
主要区画を結ぶこの回廊は、艦内ネットワークとエネルギー供給を束ねる生命線だ。
その一角で電圧異常が発生し、緊急修理依頼が即時発令された。
内容は配線盤の再調整と、最悪の事態に備えた応急配備。
放置すれば、周辺区画が一斉に機能停止する危険があった。
現場対応に指名されたのは、補修担当のユナと、支援技術員の
カナタだった。
ふたりは最低限の装備を整え、隔壁の向こうへと足を踏み入れる。
回廊内部は照明が落ち、非常灯だけが床を細く照らしていた。
金属と配線の匂いが混じった空気が、ひどく冷たい。
ユナ「……暗いね、ここ。センサーも、うまく反応してない……」
ユナは手首の端末を確認するが、数値は乱れ、警告音が途切れ途切れに鳴る。
こうした環境下では、感覚と経験が頼りだった。
カナタ「大丈夫。僕がライト持ってる。ほら、手、つないで行こうか?」
カナタは落ち着いた声で言い、携行ライトを最大出力にする。
その光は不安定に揺れながらも、確かな道筋を示していた。
ユナ「……う、うん……」
ユナは一瞬ためらい、それから小さく手を伸ばす。
暗闇の中で触れたカナタの手は温かく、少しだけ力強かった。
その感触に、胸の奥でざわついていた不安が、ゆっくりとほどけていく。
配線盤は想定以上に損傷していた。
断線、誤接続、過電流の痕跡。
ユナは一つひとつ丁寧に状態を確認し、カナタは背後から手順と数値を補助する。
狭い空間に警告音と呼吸音だけが響き、時間の感覚が薄れていった。
作業は難航したが、互いに声をかけ合い、役割を崩さず続けた。
やがて最後の配線を固定し、ユナがスイッチを戻す。
ユナ「……やった……ちゃんと、光った……」
回廊の照明が一段階明るさを取り戻し、非常灯が静かに消える。
カナタ「ユナが丁寧に配線してくれたからだよ。僕、けっこう雑だから助かった」
ユナ「……ううん……わたし、カナタがいたから……落ち着いてできた……」
その言葉のあと、短い沈黙が落ちた。
再起動した機器の低い駆動音だけが、空間を満たす。
カナタ「……ねえ、ユナ。ひとつ、聞いてもいい?」
ユナ「……なに、かな……?」
カナタ「もし、僕が遠くに行くことになったら……ユナは、どうする?」
不意の問いに、ユナの瞳がわずかに揺れる。
胸の奥に、冷たい影が差し込んだ。
ユナ「……そんなの……いや……かも……」
カナタ「……実はね、今、別の拠点から要請が来てるんだ。けど、まだ返事してない」
ユナ「……どうして?」
カナタ「ここに、大事な人がいるから。……ユナ、君がいるから」
ユナの頬に、熱が一気に広がった。
言葉を探そうとして、声が出ない。
ユナ「……わたしも……カナタがいないと……きっと、また、こわくなる……」
カナタ「じゃあ……僕、残るよ。ユナと一緒に、ここで頑張る」
ユナは黙ったまま、しかし確かに頷いた。
ふたりは見つめ合い、次の瞬間、自然に距離が縮まる。
装備越しでも伝わる鼓動が、互いの存在を確かめ合っていた。
ユナ「……わたし、いつか……カナタを守れるくらい、強くなりたい……」
カナタ「ううん、ユナはもう強いよ。僕は、そんなユナが……大好きだ」
ユナの目に涙が滲む。
それは恐怖でも悲しみでもなく、胸の奥に静かに咲いた温かな感情だった。
その日、ピースギアの上空を一条の流れ星が横切った。
鋼鉄の要塞を包む宇宙の闇の中で、ふたりの小さな願いだけが、確かに光っていた。
最終更新:2025年12月16日 21:15