ピースギア共同研究棟。
その一角にある、白と青の無機質な研究室で、ふたりは並んで説明を聞いていた。
主任研究員「魂のデジタル化……厳密には、記憶・人格・感情パターンの完全複製です。これにより、万が一の際も、人格はマザーコンピューター上に保全されます」
カナタ「……つまり、“ぼく”が死んでも、“ぼく”は生き続けるってことですか?」
主任研究員「厳密には、物理的存在としては“終わり”ます。しかし、情報としての“あなた”は残ります。行動の傾向も、感情の反応も、そのまま――連続性も可能です」
ユナは無言でモニターに映る脳神経スキャンの図を見つめていた。そこには、記憶の網のような構造が描かれている。
主任研究員「現在、前線の隊員の一部にはすでに適用済みです。君たちのような開発班にも、この技術は必要と判断されました。万が一、事故が起きても――君たちが消えないように」
静かな沈黙が部屋に落ちた。
数日後。
カナタ「ユナ、どう思う……?」
整備ベンチの上に、ドローンの小型センサーが静かに点滅している。
ふたりは開発棟の隅で、いつものように並んで作業をしていた。
ユナ「……安全のため、なんだよね……。わたしたちの代わりを、“残しておく”っていう」
カナタ「でも、それって“代わり”じゃないと思う。たとえ全く同じように考えて、同じように笑ってくれても……それは、ぼくじゃない。きっと、そう思っちゃう」
ユナ「……わたしも、同じこと、考えてた」
ふたりは、静かに顔を見合わせる。
ユナ「カナタが消えるのは……すごく、怖い。わたしの心の中にしかいなくなるのも、やっぱり……怖い。でも……」
カナタ「ユナ……」
ユナ「でもね、わたしは……今、生きてる“あなた”が、ほしい。記録されたあなたじゃなくて……心が動いて、揺れて、照れて、笑ってくれる、今のカナタが……」
彼女は目を伏せながらも、真っ直ぐな言葉を絞り出すように言った。
カナタ「ぼくも……ユナが、生きていてくれるだけでいい。“残すため”に、失うのは、違う気がする」
ユナ「……うん」
夜。研究施設の外、星が見えるテラス。
カナタとユナは、並んで腰をかけていた。ふたりとも、今夜は何も整備をしていない。手にはお互いのコーヒーと、少しの沈黙だけがあった。
ユナ「……主任、どう言ってた?」
カナタ「“選ぶ権利はあなたたちにある”って。でも、“二度とチャンスはないかもしれない”って言われた」
ユナ「わたしたちは、“生き残って”ほしいんだよね……記録でもいいから。……それ、すごく優しい気持ち、だと思う」
カナタ「うん。だけど……ぼくは、自分が誰かの“代わり”になることが、怖い」
しばし沈黙が流れた。
ユナがゆっくり口を開く。
ユナ「……昔、ひとりで生きてたとき、“自分なんていなくてもよかった”って、よく思ってた。でも、今は違う。誰かに代わられるために生きてるんじゃないんだって、知ったから」
カナタ「……ユナがそう思えたなら、ぼくもそうでありたい。代わられるためじゃなくて、ユナと“今”を生きるために、生きていたい」
ユナはカナタの手にそっと触れた。
夜風が髪を揺らす。星々が静かに瞬いていた。
翌朝。正式な申請書にふたりはサインをした。
「魂デジタル化・延期申請」。
期限は無期限、つまり実質的な“拒否”だった。
主任研究員は短くうなずいて言った。
主任研究員「了解した。……強制ではないからな。ただし……いつか、後悔する日が来るかもしれない。その時、選ばなかった自分を責めないようにな」
カナタ「……後悔は、するかもしれません。でも……ぼくらは、自分で選びました」
ユナ「……自分の心で、生きていたかったから」
それから数年。
ドローン開発は順調に進み、ふたりは主任補佐に昇進した。現場では何人もの新人が、彼らに教えを乞う。
時折、“魂のデータ化”についての話題が浮上しても、ふたりはもう迷わなかった。答えは、胸の内に刻まれていた。
カナタ「人は、データにはなれないと思う。少なくとも、ぼくは。……ぼくが生きていた証は、ユナとの時間に残るから」
ユナ「わたしたちは……ちゃんと生きた。それで、充分なんだと思う」
それは、「永遠」を拒んだ選択だった。
だが、その分だけ、彼らは「今」を深く、確かに生きていた。
そしてその“今”こそが、ふたりにとっての、魂の在り処だった。
最終更新:2025年07月27日 11:34