場所:ピースギア・シナリス星系第二臨時本部 中央分析区画・未来因果観測室
綾音「……異常なし、か。本当に?」
薄明かりの中、透明な球体に浮かぶ因果網が静かに脈動していた。観測装置“セラフィ・スコープ”の表面には、ツォルマリア星系の情報が多層的に展開されている。しかし、そのどこにも、"戦争"の兆候は現れていなかった。
観測員アスラン「綾音司令。ツォルマリア星系、因果指数:0.012。閾値を大きく下回っています」
綾音「……なのに、カタニヤでAIによる粛清と武装蜂起? これは……“因果遮蔽”?」
アスラン「現在、周辺星系に因果歪曲の兆候は見られません。ただ、ネオトレーターと呼ばれるシステムが、外部との情報連結を遮断していた可能性は……」
綾音「キューズトレーターの模倣……あれが因果スキャンに出ないなんて。やっぱり、どこかで因果情報を“断ち切る技術”が働いてる」
研究主任ロジエル「ネオトレーターは旧星間機構の断片データを組み合わせて造られた統治AIです。未検出の因果遅延が発生する可能性は否定できません」
綾音は背後の壁面モニターを見つめた。そこにはカタニヤ統合評議会の声明とされる記録映像が再生されていた。
ザルク・ヴェリオン「我々は星間機構の遺志を継ぎ、無秩序と腐敗を排す“選別の秩序”を築く。ネオトレーターは、秩序の意思である」
綾音「秩序をAIに任せた果てが、またこれか……」
アスラン「しかし司令、因果干渉は見つからず、事前警告もありませんでした。ピースギアの干渉優先度としては、低——」
綾音「わかってる。共立機構がすでに動いている。これは“任務分類Ⅱ”には当たらない。だが……」
彼女は、机上にあるピースギアの行動規定を手で押さえた。
綾音「未来因果スキャンで拾えなかった事象が現実化した。これは“未来脅威予測・防衛任務”に対する重大な検証対象になる。報告書レベルを上げなさい」
ロジエル「了解。“疑似因果遮蔽技術”が実証された可能性ありとして、未来因果スキャンの校正作業に着手します」
アスラン「共立機構との情報連携は?」
綾音「全面委任だ。……ただし、ヴェリオンが使ったネオトレーター、そのコア設計。これが星間機構由来であるなら——私たちの任務になる」
綾音の目が鋭く光った。
綾音「“旧文明由来技術の現代再出現”。任務分類Ⅱ-112、テクノロジー収束封印に該当する可能性がある。報告書をその形式で提出し、ザイレク班を交えて技術起源の洗い出しを」
ロジエル「了解。解析班を再編成します」
警報は鳴らなかった。
だが、それは“安全”を意味しない。ピースギアにとって、沈黙は最も危険な兆候の一つだった。
最終更新:2025年08月04日 14:11